「切っても涙が出ないタマネギ」はどうやって生まれた?

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タマネギは生でかじればピリリと辛く、切れば涙がこぼれてしまうもの。しかし、切っても涙が出ないうえ、生で食べても辛くないという不思議なタマネギ、通称「スマイルボール」の存在をご存知でしょうか。このタマネギの開発元となったのはハウス食品グループ本社。研究の中心となった正村典也さんによれば、もともとの開発のきっかけは、タマネギとニンニクを炒めると緑色になる「緑変」という現象の解明だったそうです。

「普通、タマネギとニンニクを炒めるとアメ色になりますが、なかには突然緑色に変色するものがあるんです。弊社では長年レトルトカレーを作ってきましたが、ときどき起こるこの緑変という現象に悩まされてきました。そこで90年代から、この現象の防止策を研究し始めたんです」

長年の研究の甲斐があって、緑変の発生には、タマネギとニンニクの内容成分が非常に深く関係することに気づき、課題自体は解消されました。だが、研究はここでは終わりませんでした。

「タマネギの成分についての理解自体は深まったのですが、研究の過程で、これまでの定説ではどうしても説明がつかない実験データがありました。そのデータを足がかりに、今度は『タマネギを切るときになぜ涙が出るのか』のメカニズムを突き止めていくことになったんです」

研究を進めるうちに、それまで世界中の誰も気づかなったタマネギの催涙成分合成酵素(LFS)を発見。

「この酵素は、タマネギに特有の『切ると目がツーンとして涙がでる』『食べると辛い』という現象が引き起こす『催涙成分』ができる過程において、必須の酵素だったんです。そして、この酵素の発見により、世界で初めて、タマネギを切ったときの催涙成分生成のしくみも明らかになりました」

研究成果は2002年に科学雑誌『ネイチャー』に発表され、2013年には「タマネギが人を泣かせる生化学的なプロセスは、科学者が考えていたより複雑であることを明らかにした」として、イグ・ノーベル化学賞も受賞します。しかし、研究チームの挑戦は、さらに先へと進みました。

「せっかくタマネギの催涙成分生成のしくみがわかったので、今度は『涙の出ないタマネギ』は作れないものか、と。そこで、非遺伝子組み換え手法で突然変異したタマネギのなかから、催涙成分をほとんど生成しないものを探しました。分析したタマネギはのべ1万個近くありました。その結果、催涙成分を生成させる酵素が少ないタマネギを作ることに成功したんです」

そして生まれたのが、史上初の切っても涙が出ないタマネギ「スマートボール」でした。

「普通のタマネギに比べると辛みはほぼないし、調理中に目が痛くなることもない。生のままサラダにして食べてもまったく問題ありません」

そんなタマネギならぜひ食べてみたいところですが、現在は数量限定で試験的に販売するのみで、次回販売は今年の秋の予定とのこと。今後、日本の一般市場で販売される可能性はあるのでしょうか?

「スマイルボールは北海道で秋に収穫される品種が元になっています。生産量を増やし、秋~冬の時期には多くの方に食べていただけるようにしたいと思っています。また、国内だけでなく、日本よりも生のタマネギを食べる文化が定着している海外からの問い合わせもあります」

日本発のヒット商品として、このスマイルボールが世界市場に参入する日も近いのかもしれません。

◆ケトル VOL.31(2016年6月14日発売)

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※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。