死者が蘇り、生きた人間たちを襲い、食い尽くしていく──そんな過酷な世界を描くゾンビ作品が今、日本中で大人気となっています。背景にあるのは、テロの恐怖、政治の混乱、格差社会、テクノロジーの暴走など、未来に対する漠然とした不安ですが、そんな「のっぴきならない時代」の到来を先取りして描いた作品が1968年に公開されました。人肉を食い、感染した人もゾンビになり、弱点は頭部。こうした現代でも踏襲されるゾンビの基本的ルールを作り上げたのが、『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』(以下、『NOTLD』)です。
ゾンビはもともとハイチの伝承に登場する「生ける屍」のことでした。ヴードゥー教の呪術師に操られる「魂のない死体」であり、人を襲う存在というより、意志を持たない労働力だったといわれています。『NOTLD』公開時には、こうした誰かに操られる存在としての「ヴードゥー・ゾンビ」のイメージが一般的だったため、監督のジョージ・A・ロメロも当初はゾンビとはいわず、グール(食人鬼)と呼んでいました。
ロメロが参考にしたのは、リチャード・マシスンの『地球最後の男』という小説に登場する吸血鬼です。謎のウィルスの感染によって人々が吸血鬼となった未来を描く同作では、吸血鬼はドラキュラ伯爵のように主人が操っているわけではなく、生前の姿を残したまま無差別に人間を襲う存在として登場します。この吸血鬼の描写にヒントを得たロメロは、旧来のゾンビ像を換骨奪胎し、蘇った死体が本能のまま人を襲う「モダン・ゾンビ」を確立したのです。
11万4000ドルの低予算で制作された『NOTLD』は公開されるや大ヒット。アメリカ国内だけでなく、スペインやイタリアなどでも1年以上にわたるロングランを記録しました。そこまでヒットした理由は、同作がホラー映画としてショッキングだったからだけではありません。ロメロ自身は「当時は単純に怖い映画を作ろうとしただけ」と語っているものの、隣人や家族すらゾンビになり、人が人を食らう殺伐とした世界観が、当時の観客にとって絵空事に思えなかったのです。
映画が公開された60年代後半は、世界中が大混乱していた時代です。泥沼化するベトナム戦争、公民権運動やヒッピームーブメントの拡大、核の恐怖……。従来の常識が信じられなくなり、自分の身一つで生き抜かなければならない時代の到来。そこに登場した『NOTLD』は、観客が抱える現実への漠然とした不安を反映したコンテンツとして、製作陣の想定をはるかに超える大反響を呼んだのです。
◆ケトル VOL.38(2017年8月16日発売)
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