トマト缶は、パスタ、カレー、スープ、煮込み料理など用途が広く、どんなスーパーにも陳列されている商品だが、その生産と流通の裏側を初めて明らかにした衝撃的なノンフィクションが『トマト缶の黒い真実』(ジャン=バティスト・マレ・著 田中裕子・訳/太田出版)だ。
著者のジャン=バティスト・マレは、業界のトップ経営者から生産者、労働者までトマト加工産業に関わる人々に徹底取材を行い、産地偽装、健康被害、劣悪な労働環境の実態を明らかにしたが、彼はなぜ「トマト缶」をテーマに取り上げようと思ったのか? マレによれば、故郷(フランスのプロヴァンス地方)のトマト加工工場が中国の食品グループに買収されたことがきっかけだったそうだ。
「2011年に、初めてその工場で中国産の濃縮トマトのドラム缶が大量に積まれているのを見たのが本書を書くきっかけです。かつてはわたしの祖母のように、地域で収穫されたトマトを使ってトマトペーストを手作りするのが普通だったのに、いまは中国からの濃縮トマトしかありません。
フランスのトマト加工会社を買収したA社は地元との取引をすべて打ち切り、原材料や生産に関する情報をいっさい公開しなくなりました。私もその工場に取材を申し込みましたが、拒否されました。A社は、中国の新疆の開発と防衛に携わる政府の兵団によって経営されています。兵団なので、経営者のリウ・イは将官と呼ばれています。なぜ中国の兵団がフランスのトマト加工メーカーに目をつけたのか? 買収は小さな記事にしかなりませんでしたが、その背景についてとても知りたくなったのです」
そして本の執筆には3年を費やしたというマレ。取材場所はヨーロッパ、中国、アメリカ、アフリカまで、全世界にわたったが、ある人にとっては不都合な事実を追求することで、危ない目には遭わなかったのだろうか?
「何千人ものアフリカ人が、イタリアでマフィアの支配下にある『ゲットー』と呼ばれる無許可労働者キャンプに住んでいます。そのようなゲットーにも取材で二度訪ねました。中国、天津のトマト加工工場にも行き、隙をついて立ち入り禁止の区画にも入りこんだりしました。
この本に限りませんが、そういう場所への取材のときは連続して2日以上はいないようにしています。長くいるほど目をつけられやすく、危険度も高まるので、身を守るためにその決まりを自分に課しています。そのおかげか、大きな危険にはあいませんでしたね」
丹念な取材により、世界的に流通するトマト缶の一側面を明らかにしたマレの労作は、フランスやイタリアを中心に大きな話題となった。しかしマレは、ただ単純にトマト缶の危険性を訴えたかったわけではないという。
「この本は『中国産の濃縮トマトは危ない』といった暴露本ではありません。労働問題や貧困など、読者の方にトマト缶の背後にあるものを見ていただきたいのです。少しでも社会がよくなるようにと書いたので、スーパーでトマト缶を見てそれが中国産だとしたら、そのトマトは子供が収穫したものかもしれない可能性や、アフリカの貧困層に向けて劣悪な品質の濃縮トマトが輸出されている可能性などを想像していただければと思います」
特設サイトではインタビュー全文および、マレの特別ムービー(日本語字幕付き)が公開されている。『トマト缶の黒い真実』(ジャン=バティスト・マレ・著 田中裕子・訳/太田出版)は、1900円+税。
【関連リンク】
・ジャン=バティスト・マレ著『トマト缶の黒い真実』 特設サイト
・トマト缶の黒い真実-太田出版
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