「マーベル・コミックスの神様」スタン・リーがコミックに絶望した日

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人気シリーズ『X-MEN』の最新作『X-MEN ダーク・フェニックス』が現在公開されています。『X-MEN』を生み出したのは、『スパイダーマン』『アイアンマン』『ハルク』『ソー』『アントマン』など、数々の名作を世に送り出し、「マーベル・コミックスの神様」とさえ称されるスタン・リーですが、若き頃には不遇の時代もありました。

スタンは1939年、叔父の助けを借りて出版社のタイムリーコミックス(後にアトラスコミックスを経て、マーベル・コミックスに発展)に入社します。社長のマーティン・グッドマンもスタンの遠縁にあたる人でした。

入社してからアシスタント経験を積み、1941年に『キャプテン・アメリカ』(原作ジョー・サイモン、アートワークはジャック・カービー) の脚本を手がけるなど、若い頃から数々のヒーローものを手がけます。しかし、みなさんは若かりし頃のスタンが生み出した、こんなキャラクターたちをご存じでしょうか。

「ブラックマーベル、ブロンドファントム、ジャックフロスト……」

マニアでも聞き慣れないこうしたマイナーなキャラクターたちは、当然ですが昨今のマーベル映画には登場していません。この頃のスタンが後世に残るようなキャラクターを生み出せなかったことには、彼の才能に理由があるというよりも、当時の時代状況が大きく関係しています。

初めてアメリカンコミックスの概念が生まれたのは、1842年に登場した『The Adventures of Mr.Obadiah Oldbuck(オバディア・オールドバック氏の冒険)』。1938年には初のスーパーヒーローものとして、『スーパーマン』が『アクションコミックス#1』に登場して人気を博します。タイムリーコミックスの立ち上げは、そのわずか1年後。新しい娯楽としてスーパーヒーローのコミックスに注目が集まり、スタンもその波に乗って大活躍するはずでしたが、第2次世界大戦の真っ只中ということもあり、彼のキャリアは従軍によって一時中断することになります。

◆表現規制によりコミックスに絶望

終戦後もスタンは時代に翻弄されました。その頃に過激な暴力表現で成功を収めたEC コミックスという出版社の影響で、恐怖漫画や実録犯罪漫画のブームが起こったのですが、その人気ぶりが思わぬところに飛び火してしまったからです。

「スーパーヒーローものの根底には暴力と同性愛への誘惑がある」──そんな考えを主張する、精神科医の著書が出版され、「モラルパニック」という社会現象へと発展します。結果、コミックスの出版禁止や焚書といった運動が盛んになり、スーパーマン、バットマン、ワンダーウーマン以外のスーパーヒーローもののほとんどが一掃されます。出版社も立て続けに倒産するなど、アメリカンコミックスに大きな傷痕を残しました。現在「アメコミ=ヒーローもの」というイメージがある理由のひとつが、このモラルパニックによるものと言われています。

そういったコミックスの表現が制限された時代の影響もあり、スタンはヒットキャラクターを生み出すことができずにいました。しかも当時のスタンは、40歳を迎える前に自分のコミックライターとしてのキャリアに終止符を打ちたい、つまり退職したいと奥さんに相談していたのです。

実はスタンは、すでに自分が心から熱中できると思えるものを生み出していました。それが『YOU DON’T SAY!』という雑誌です。実在する政治家や有名人、さらにはNASA の宇宙開発も題材にするなど、政治的かつ風刺的な要素を含んだ“大人の雑誌”でした。創刊号から売り上げも上々で、スタンは子供向けとされていたコミックスよりも、知的で大人向けのこの雑誌を生涯かけてやりたいと本気で考えるようになったのです。

ところが、1963年11月22日、世界に衝撃を与えたケネディ大統領暗殺事件が起こります。『YOU DON’T SAY!』の最新号がケネディ大統領を扱っていたこともあり販売は中止。雑誌自体も終了してしまいます。

戦争、モラルパニック、大統領暗殺。スタンの人生はアメリカの歴史に翻弄され続けていました。しかし自分の思い通りにいかない鬱屈した時期が長かったことは、後にスタンが生み出すマーベル・コミックスの名作の数々に大きな影響を与えていことになるのです。

◆ケトルVOL.49(2019年6月15日発売)

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※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。

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