よしながふみ×雁須磨子対談 マンガ家はどうやって作品を形にしている?

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雁須磨子がOhta Web Comicで連載中の『あした死ぬには、』(太田出版)の第2巻が、1月17日に発売された。『あした死ぬには、』は、40代女子が直面する悩みや戸惑いなどを、コミカルであたたかなタッチで描写した作品。同巻には、作者の雁と、マンガ家のよしながふみのロング対談が収録されており、創作の難しさや「40歳」という年齢について語り合っている。対談の一部を紹介しよう。

 * * *
雁:30歳くらいの頃、マンガ家のパラメータが色々あったらどれも下の方で、このままセンスとか雰囲気だけで描いているとやっていけなくなるかもって思ったことがあるんです。もともと私は本当に勘だけでマンガを描いてて。「歳をとるとセンスというのものは枯渇します、だから脚本なりをちゃんと学んで描いたほうがいいです」みたいな話を読んで確かにって思ったのかな。それでプロットを細かく作ってシナリオみたいに描くやり方を2回くらいやったけど、すぐに行きづまりましたね(笑)。結局プロットはもう勘で描くしかない、みたいなところにたどり着いて今に至る。

よしなが(以降、「よ」):雁さん、昔ストーリーが樹形図みたいになっちゃうって言ってませんでしたっけ? いつもラストは決まってないって。

雁:ラスト決まってない。その時その時で描いてますね。三浦しをんさんと対談した時にも話したんだけど、ストーリーを作ってる時って、灯台の強い光を頼りに歩いていたら自分の足元に落ちてるキラキラした小銭がすごく気になって、その小銭をずっと拾っているうちに思わぬところで終わっちゃった!みたいなことが起きる(笑)。

よ:でもそのままうまくオチに行くときもあるんですよね?

雁:うまいこといくこともあり。

よ:『あした死ぬには、』の最後も決めてないんですか。

雁:決めてないですね。あれとあれは描こうって決めていることとかぼんやり考えていることはいくつかあって、そのアイディアは頭の中に鮮烈にあるからいつでも取り出せるんですけど。あとは毎回打ち合わせの時にどれだけ細かく描けるか。細部は私にとってすごく大事で、細部を決めておいたほうが話はいっそ動きますよね。今はその打ち合わせのメモを見て思い出しながら、ネームやるって感じです。

相変わらず勘で描いてはいるけど、メモ取るようになっただけマシになっているのかもしれない。若い頃は記憶力があったから頭の中で全部の話を作ってから描いてたんだけど、今はもうそれができないんですよ。忘れちゃう。

よ:打ち合わせと同じにならないこととかあります?

雁:ならない時のほうが多い。けど、昔編集の方から「打ち合わせで僕と決めたことをなかったことしないで下さい。信用してください」ってものすごく怒られたことがあるんです。でも、やっぱりなんかよくわかんないんだけどこれでいいのかなってずっとモヤモヤ迷っていて、ギリギリに思いついたことがいいような気がして描いて……。そういうやり方をやめたいとはずっと思ってるんですけど。

よ:いやいや、どっちの話もすごくよく聞く話です。

雁:わー、本当ですか。

よ:「描き上げてきたマンガ家さんの話が僕の打ち合わせの話と全然違います」っていう編集者の話と、マンガ家の方が「だって気持ち悪かったんだもん」っていう話と両方聞きますね。私は編集者じゃないのでマンガ家さんのフレーズがすごく腑に落ちるんですよね。打ち合わせ通りにネームを切っていったらなんか気持ちが悪くて、でも説明のしようがない。

多分編集者はなんで打ち合わせ通りにできないのかっていう説明が欲しいんだけど、そんなのやってるよりネームで新しい話描いちゃったほうが全然話が早いので。後になって思い返してみると気持ち悪いっていうのは多分そのキャラクターだったらこんなこと言わないとかそういうことだったでしょうけど、その時は他に言いようがなくて、結果全然違う話を出しちゃうって。

雁:悲しい気持ちになるっていうのは、あの打ち合わせはなんだったんだみたいな気持ちになるのかな。

よ:でもそれはきっと徒労じゃないんだよね。その時に一生懸命考えてたことがあるから、違うルートも見えてくる。

雁:よしながさんは描き方変わってきたりしました?

よ:特にないかも。私はもう打ち合わせで細かく決めちゃう。変化と言えば、打ち合わせがだいぶおざなりになってきた気がするくらい(笑)。昔はここのセリフにこう返してこう展開するっていう細部まで打ち合わせでぎゃんぎゃんに決めていた気がするんですけど、最近はふわっと。「ここでいろいろあるんだけど、うまくいかなくって……」みたいな言い方をするようになりましたね。

わかってきたのは、打ち合わせの時はふわっとでいいけど、ネームを切る時に何も考えないで紙に描いちゃいけないんだってこと。だから描く前にすごく考えるようになりました。お風呂に入っている間でもなんでもいいから次の展開についてすっごく考える。展開も流れも会話も「よし、わかった」となるまで頭の中で決めて紙に向かったら、当たり前だけどきちんとネームにおろせた。

雁:昔お会いした時に、よしながさんがすごくネームが好きって仰っていたのを思い出しました。

よ:そこは私変わらないかもしれない。ネームが好きです。

雁:私がいいなってうらやましがったら「でも辛いのは変わらないのよ」って。

よ:辛いけどおもしろい。だってマンガの大本命ってネームじゃないです? 私、マンガなんて基本的には自分が読むために描いてるから。ネームを切ったら自分はもう読めるんだから、私にとってのマンガはもうそこで終わりですよ(笑)。よくインプットとアウトプットを真逆のように言う人がいるけど、描いた人は必ず自分のマンガを読んでいて、読みながら描いてるじゃないですか。描いてるって読んでるってことで、同じだと思うんです。だから楽しいんですよ。

雁:私はネームだと、半年後に見返したら自分でも何が描いてあるのかもう訳がわからない。うしろに行けば行くほどあやふやになっていくし。3ページくらいエロって書いてあって次に何がくるのかさっぱりわかんなかったりして、この時の私はエロっていう言葉に流されていたって思ったり(笑)。でもマンガになっていればちゃんと読めるから、作品が出来上がった時によしながさんと同じようなことを思うことはありますね。

◆まだ人生の午前中

雁:昔、友達が30歳くらいの時に「もうやりたいことない」って言ってたんですよ。「私いつ死んでもいいや。こういう時のために人は子供というトラブルを抱えておくんだね。何かトラブルがあればそれにかかりきりになれるから、人間の存続のために必要なんだ」みたいなことを言ったのが全く理解できないと思ったけど、なんか、今になってちょっとわかるというか。40歳すぎた位からもういつ死んでもいいやみたいな気持ちがふっと現れる。

『あした死ぬには、1』より (c)雁須磨子/太田出版

たとえば大地震が起こって若い人に「先にお行き!」みたいな役を担うことがあるならそれもいいかっていう気持ちが湧いてきた。実際にそういうことがあったらガッて押しのけていくかもしれないけど(笑)。

よ:母性なのでしょうか。

雁:そうかもしれない。でも地球の終わりまで見届けたい気持ちも全然あるんですよ。何が起こるのか、ずっと見たい。だって今10歳のすごく活躍してる子とか――10歳のすごい活躍してる子ってなんだろ(笑)?――でもまあその子の死に際を私は見ることができないじゃないですか。「先にお行き!」と言いながらもやっぱり「見たい」とも思います。

よ:私は40歳になった時に「よし、45になったら折り返しだ」って思ってたんですよね。やっとこれで半分だって。でも45歳になった時には人生100年時代とか言われてて、ちょっと待ってよ50歳まで折り返せないの?って(爆笑)。だからまだ折り返し地点にも着いてなくて私たちはまだ人生の午前中だということになるんですけど、ぞっともするっていうか。まだ半分も行ってないのかこの先まだ倍もある。私ちょっと長生きの家系なんでほんとに笑い事じゃないとこもあるんです。早くたそがれたい。

雁:笠智衆が好きなだけに。中年長いですよね。

よ:でもNHKの特集かなんかで見たんですけど、歳とるとしばらく幸せ成分が減るんだけど、90歳を超えると突然幸せ物質が脳にいっぱい出るらしいんですよ。そこの域までちょっと行ってみたいかなっていうのはあります。仕事はね、お金さえあればいつでも辞めたい(笑)。 

雁:でも読みたいものは自分で描かないと。

よ:同人誌で描く! 私のための鉛筆描きのネームをたくさん描けばいいの。死んだ後やばいものがいっぱい出てくるやつですよ(笑)。家族がお棺に入れてそっと燃やすやつ。同人誌やって暮らしたいなあとは思う。だって同人誌の方が健康に良いんですよ。売りに行くから。これもテレビで見たんだけど、趣味においてインプットとアウトプットそれに物理的な移動というこの3点が揃った時すごく脳にいいことが生まれるらしいんです。コミケは自分で売りに行くじゃん? 本を運んで人と触れ合ってお釣り渡したりさ。

雁:この人が読むっていうのが直接わかりますからね。しかも二次創作だと、この人も同じものが好きなんだって思うから愛に溢れている。だって同じ人のことで涙が出るんだから。

よ:ホントですね。みなまで説明しなくても、あそこでさって言っただけでみんながあーってなるんですもん。もう。

雁:愛ですよね。……ああ、今ふと思ったんだけど、『大奥』で和宮が「面白うて面白うて笑いが止まらへんわ」って言うシーンがすごく好きなんです。

『大奥』より (c)よしながふみ/白泉社

雁:数奇な運命で和宮も家茂も天璋院も瀧山もあそこに居合わせて、ふっと訪れた一瞬みたいなね。私もああいう瞬間をマンガの中で描きたいっていうのはずっと思ってるんですよね。

よ:ありがとうございます。すごく嬉しい。

雁:なんか、実生活でも、今もたまたまここに私たちがいて、担当編集のおふたりがいて、ライターの方がいて。こんなことってたとえば私たちがマンガ描いてなかったら起こらなかったし、色んな偶然のつなぎ合わせですよね。多分今までにもモノローグとかでもちょこちょこ入れているんだけど、そういう一瞬みたいなのをこれからもいっぱい描きたいなあ。

よ:うん。長い付き合いだけどこうやって面と向かって雁さんと長時間話したことってあんまりないので、今日はすごくうれしかったし、楽しかったです。ありがとうございました。

雁:楽しいね。ありがとうございました。

 * * *
対談のフルバージョンは、2020年1月17日(金)発売の『あした死ぬには、』第2巻に収録。さらに電子書籍には、特典として描き下ろしショートストーリーが全4種のうち1点が収録される。
なお、17日現在、第1巻の電子書籍セールがコミックシーモア、ebookjapan、hontoの3店舗で1月30日まで開催中だ。

【関連リンク】
あした死ぬには、 2-太田出版
【前編】よしながふみ×雁須磨子 ロング対談「わたしたちのきのう・きょう・あした」-太田出版
あした死ぬには、-Ohta Web Comic

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※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。

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