現在公開中の『TENET テネット』の他、『ダークナイト・ライジング』『インターステラー』『インセプション』『ダンケルク』など、発表した作品がことごとく大ヒットしているクリストファー・ノーラン監督。彼の映画ではこれまで何度も、相反する2つの概念の衝突が取り上げられてきました。正義と悪、真実と嘘、事実と記憶、過去と現在。しかも、ノーラン映画の登場人物は皆、どちらか一方ではなく、常にその“間”に身を置きながら迷い、苦悩し、そこからドラマが生まれています。
こうした物語をノーランが好む背景には、自身がイギリスとアメリカの二重国籍を持ち、幼少期には異なる文化圏を行き来しながら暮らしていたことが影響しています。同じように暮らした弟のジョナサンも、2つの国で育ったことで「分裂的なものの見方」が身についたと語っています。
しかも、大人になってからのノーランは、イギリスでは不遇時代が長く、渡米してから成功の糸口を掴みました。そのためイギリスには複雑な思いを持ち、故郷の映画界に興味をほとんど失っていた時期もありました。その一方、映画のロケ地にはやたらとイギリスが多かったり、主要キャストにイギリス人俳優を起用しがちだったりと、自作から故郷愛も感じられるところが、まさに“分裂的”です。
いまも家族でロサンゼルスに住んでいるノーランですが、昨年12月には映画業界への貢献が認められ、大英帝国勲章を受章しました。2005年にはイギリスのメディアで故郷について、「とても閉鎖的な場所」と苦言を呈し、新しい挑戦を受け入れてくれるハリウッドの懐の広さを称賛したノーラン。それだけ辛辣なコメントをしたイギリスから勲章を授与されるとは、まるで簡単に割り切れないノーラン映画の物語のようでもあります。
◆ケトルVOL.56(2020年10月15日発売)
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