ノーラン監督の得意技「時間の操作」を生んだ“奇妙な癖”

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今年9月に公開されたクリストファー・ノーラン監督の『TENET テネット』は「時間の逆行」が大きなテーマの物語。その難解さに、映画ファンからは「1度見ただけでは理解出来ない」という悲鳴も上がりましたが、結果的に今年公開された洋画では屈指の大ヒットとなりました。ノーラン監督の多くの作品は「時間」がカギになっていますが、これは彼の妙な“癖”が反映されています。

女性に翻弄される男、フィルム・ノワール(犯罪映画)のダークな雰囲気、複雑でパズルのような語り口など、70分程度の自主制作映画にして初長編『フォロウィング』(1998年)。このデビュー作には、後のノーラン映画に頻出するモチーフがすでに表れています。

尾行を趣味とする作家志望のビルが、自分と同じ行為に没頭する男と出会ったことで、ある女性が原因となった事件に巻き込まれていく物語ですが、実際の映画はあらすじ通りには進みません。時系列がバラバラにされ、時間を行ったり来たりしながら徐々に真相に近付く構成となっています。それはさながら、すべてが終わったあとに、「どうして、こんな結末に……」と苦悩するビルの思考をそのまま表現したかのようです。

「時系列シャッフル×犯罪映画」の原点といえば、スタンリー・キューブリック監督『現金(げんなま)に体を張れ』。一滴の血も流すことなく成功すると謳った現金強奪計画が破綻に至るまでを描いた名作で、時系列を前後させながら、さまざまな人物の思惑が交錯する様子を描いています。そうしたジグソーパズルのような構成はまさに『フォロウィング』。また、主人公が尾行する映像は素人を俳優に起用したことによるリアルさがあり、同様に素人を使ってスリの手口を克明に描いたロベール・ブレッソン監督の『スリ』を彷彿とさせます。

実はノーランには本を「結末から読む」という癖があり、「本を逆から読めば何でもミステリーになる」と語っています。この奇妙な癖はノーラン独特の語り口として『フォロウィング』にしっかり反映されているのです。そして、時系列シャッフルは次作『メメント』でより洗練されたかたちで引き継がれ、当時無名の新人監督だったノーランは、稀代のストーリーテラーとして注目されていきます。

◆ケトルVOL.56(2020年10月15日発売)

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※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。

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