病院の待合室で/裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち

学び
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虐待、売春、強姦、ネグレクト……沖縄の夜の街で働く少女たちの足跡は、彼女たちを取り巻くざまざまな問題を示している。『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』は、沖縄出身の教育学研修者・上間陽子が、2012年夏から2016年夏まで、沖縄独自の問題や、身近な誰かにも起こりうる問題、それらから受けた傷や苦悩を背負いながらも懸命に立ち上がり、自分の居場所を作り上げるため歩み続ける少女たちに、自ら寄り添った4年間の記録である。ここでは各エピソードの冒頭を一部ご紹介する。

病院の待合室で

産婦人科の待合室で名前が呼ばれるのを、亜矢とふたりで待っていた。こうやって一緒に病院にやってきたのは、亜矢から電話をもらったからだ。

友だちの妊娠検査薬に付き合って、もう1本余っているから、ノリでやってみたら、友だちは出なくて、亜矢のほうが赤い線出て、わかる? 赤っていうかピンクの線?

――わかる。

産めないから、堕ろすってなって、宮国病院に友だちと行ったら、女の医者が出てきて、未成年だから手術できないとか、だれの子ですか、エイズかもしれないからうちではできないとか、検査してからとか、いろんなことをいわれて。……………どうすればいいかなと思って。

――病院、一緒、行く?

いいの?

――いいよ。………一緒に行って、どうしてできないのか確認しよう。エイズだったら、どうすればいいか教えてもらって考えればいいさ。一緒に、もう1回、行こうよ、病院。別のとこでもいいし。

私と亜矢は、もともとは調査のインタビューがきっかけで知り合いになった。キャバ嬢として働く亜矢に会った最初のころ、亜矢の年齢は19歳だと聞いていたが、きちんと話を聞いたら、亜矢は未成年で子どものいるシングルマザーだった。

それでもきらびやかなドレスを着て、夜の街をさっそうと歩く亜矢は、大人っぽくて、だれかに助けてほしいといいそうな子には見えなかった。

その亜矢が電話をかけてきたのだから、よっぽど困っているということなのだろう。確かにそうだ。中絶手術を希望する女性にとって、手術を拒否されるのは新たに病院を探さないといけないことを意味する。さらに、手術を拒否する理由が、エイズに罹患している可能性があるからだといわれれば、自分自身の身体への不安も抱えることになる。

――ひどいね、その医者。おんな?

おんな。「爆サイ」にも書かれていた、「くそ最悪」って。親がたぶん宮国病院の医院長。

「爆サイ」というインターネット上のコミュニティサイトでも話題になっているという、病院名と同じ苗字のその医師は、確かに「くそ最悪」だった。診察室に入った亜矢と私をじろじろ眺め、初めて会った私に亜矢との血縁を尋ね、血縁関係はないと私がいうと、「自分のお母さんには話せないんですか?」と、咎めるような口調で亜矢に尋ねた。「話してもいいよ、でも協力とか絶対してくれないよ、付き添いもないよ」といって、亜矢は黙りこんだ。医師がふたたび、「子どもはだれの子どもですか?」と話しかけると、亜矢は間髪いれずに、「あたしの子」といってまた黙った。「一人目の子どもの父親はだれですか?」と医師が尋ねると、「不詳!」と亜矢はいった。

医師が大げさなため息をついたあと、「性病をもっているかもしれないので」といいかけたので、「STD(=性感染症)、エイズの検査もろもろ、今日お願いします。ここ、病院ですよね?」と、私は一息にいった。そうしたらようやく私の顔をじっと見て、「あなたは、どなたですか?」と聞いてきたので、名刺を渡して私も黙った。

看護師がやってきて、エコーを見るために移動するよう亜矢を促す。

名刺を前にして、パソコンの前に座ったままの医師に、「おふたりは、どういう関係ですか?」と問われる。立ち上がった亜矢に、「私、話していい?」と尋ねると、「いいよ」といわれる。亜矢がカーテンの向こう側に移動するのを見届けてから、「宮国病院には、レイプされた方は来ますか?」と尋ねた。「来ますが」と医師はいった。「私、レイプサバイバーの予後を支援しています」といって、私は医師の顔をにらんだ。

そもそも「妊娠すること」は、そのひとの置かれた生活の文脈によって異なる意味をもつ。妊娠を望んでいるならば、それは幸せなことのひとつになるし、妊娠を望んでいないならば、それは苦悩のひとつになる。それでも病院は、妊娠という出来事を媒介にしながら、産める状況にいる女性をよきものとし、産めない状況にいる女性を否定しようとする。

医師は、亜矢が答えたくないであろう質問を矢継ぎ早に繰り返し、亜矢の妊娠を問題にした。そして亜矢の子どもの父親と、亜矢が妊娠している子どもの父親が異なることをあえて可視化して、亜矢のことを異端とみなした。

医師からの質問に、亜矢が「ただちに戦闘開始」という姿勢になるのは、そのような眼差しのもとで否定されて尊厳を奪われるようなことが、亜矢の日常生活にあふれているからだ。

あなたが知っている生活がすべてではないと、その医師の顔をひっぱたいてやりたいと私は思った。だがその一方で、自分にも怒っていた。亜矢に関わることを話すのは、亜矢でなくてはいけなかった。自分の顔もひっぱたいてやりたいと思いながら、硬い椅子に座って亜矢を待つ。

亜矢が戻ってきて、手術日を決めて部屋を出ると、診察室にいた看護師が追いかけてきた。看護師は、別室に移動するように亜矢を促して、亜矢を椅子に座らせてから、もう一度手術の同意書を取り出すように話した。それから名前を記入する箇所をマークし、同意書の必要な理由を説明し、メモ帳にカレンダーを書いて、「手術の日まで体調を整えないといけないよ」と亜矢にいった。そして、「仕事なに?」「飲み屋」「だったら、仕事は休んだほうがいいんだけど」と話した。「ま、休むよ」と亜矢はいって、それから、「エイズだったらできない?」と尋ねた。それを聞いた看護師は目を丸くして、「はぁ、もう、あんたよ、だったら大変さ、もう」、と亜矢の膝をぴしゃっと叩いた。そして、「それでも、できるから大丈夫!」といった。それから看護師は私のほうを見て、「全身麻酔なので、手術の日は付き添いがいたほうがいいです」といい、「できればあなたが、付き添ってください」といった。

看護師がいなくなってから、亜矢は、「あのひと、うける」といった。「優しかったね」と私がいうと、「あのひとはいいひとだ」と亜矢はいった。

亜矢のひとに対する見立てや評価はたいてい正しい。看護師は、亜矢のそばにいる私に、亜矢の手術を説明しなかった。看護師は、手術を受ける亜矢に手術のことを説明し、亜矢の不安を聞き出してそれに答えた。看護師が問うていたのは、当事者である亜矢の気持ちであり、亜矢の不安だった。

ときどきこういう看護師がいる。医師がどれだけ「くそ最悪」でも、こういう看護師によって、患者は勇気を得て、治療に向かっていこうとするのだろう。

この続きは『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』本書にてお読みいただけます。上間陽子『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』特設サイト

筆者について

うえま・ようこ。1972年、沖縄県生まれ。琉球大学教育学研究科教授。 1990年代から2014年にかけて東京で、以降は沖縄で未成年の少女たちの支援・調査に携わる。『海をあげる』(筑摩書房)で「Yahoo!ニュース|本屋大賞2021ノンフィクション本大賞」他受賞。ほかに「貧困問題と女性」『女性の生きづらさ その痛みを語る』(信田さよ子編、日本評論社)、「排除II――ひとりで生きる」『地元を生きる 沖縄的共同性の社会学』(岸政彦、打越正行、上原健太郎、上間陽子、ナカニシヤ出版)、『言葉を失ったあとで』(信田さよ子と共著、筑摩書房)など。2021年10月から若年ママの出産を支えるシェルター「おにわ」を開設、共同代表、現場統括を務める。おにわのブログは、https://oniwaok.blogspot.com。『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(太田出版)が初めての単著となる。

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