仕事や恋愛、二次元の推しに対する強すぎる想いなど、現代を生きる人々のお悩みはさまざまです。『カレー沢薫のワクワク人生相談』では、漫画家でコラムニストのカレー沢薫が皆様のお悩みに低めの視点からアドバイス。ここでは、本書で人気だったQ&Aを一部ご紹介します。「できればムカつかずに生きたい!」アナタへ贈る、カレー沢薫流令和の歩き方講座。
おペット様との悔いのない別れ方をお教えください。
Q. 私は、夫と15歳の犬と暮らす34歳の主婦です。うちの犬は元々知り合いが飼えなくなり保健所行きになりそうだったところを私たち夫婦が引き取り、そこから10年一緒に暮らしています。15歳ですのでさすがに老いが見えはじめて、なんだかすごく切ない気持ちになってしまいます。私は今まで動物でも人でも、その死の瞬間を看取ったことがない人間なので、いつかうちの犬の死を看取る瞬間が来ることを想像するだけで怖いです。老いたとはいえ、まだ存命の犬に対してこんなこと考えるのは失礼なのかもしれませんが、どうしても考えてしまいます。カレー沢先生、大好きな犬を後悔せずにその死を看取るために、今からやっておくべきことはなんでしょうか?
A. これは、人間如きが80年以上も無駄に生きるのに対し、おドッグ様やおキャット様の寿命は長くても20年程度という、世界最大のプログラミングミスを、未だに修正していないという神の職務怠慢が起こした悲劇であり、早くこいつを左遷して外注でいいから新しいSEを入れろ、というのが一番の解決策です。
しかし、人間の寿命がどのおペット様よりも長いのは、我々人間にはおペット様が天寿を全うするまでお世話をさせていただくという使命があるからともいえます。
世の中には「目上の人より先に○○してはいけない」というマナーがあります。つまり人間がおペット様より先に死なないというのは、目上であるおペット様に対するマナーであり、逆に人間の寿命が5年ぐらいだったら「何で人間如きがおペット様より先に死んでんだ」と、多くのクレームが神に入ることでしょう。
もちろん、人間の全てがおペット様を飼うわけではありませんので、今おドッグ様を迎え入れ、世話をし、看取ろうとしているあなたは、「80年以上地球を破壊しながら無駄に生きる生物」として図鑑に載っている人間の中でも「おドッグ様をお見送りする」という生きる意義を持った珍種ですので、その点は誇っていいと思います。
来たる日のために、必ずやるべきことは「おドッグ様より先に死なない」ということです。
仮におドック様がこれから100年生きたとしてもあなたも根性で100年と1秒生きましょう。
まず、病気や事故、隕石などには気をつけてください。台風の日に用水路を見に行くのも、おドック様が身罷られた後でいくらでも出来ますから今は控え、出来るだけ部屋から出ないようにしましょう。
このように大体の悩みは「部屋から出ない」ことで解決されます。
また、おドッグ様が旅立たれるまで今の生活水準を維持するのも大切です。ギャンブルやホスト、宗教にハマるのもおドッグ様をお見送りしてからにしましょう。
そうであれば、むしろおドッグ様を失った悲しみを宗教などで癒せて良いかもしれません。
何か特別なことをするのではなく、おドック様にとって、最期まで変わらずあなたが世話係という名の飼い主であることが大事なのではないでしょうか。そうすればおドッグ様も安心して逝けるでしょう。
よって、あまり派手な整形などもお勧めしません。顔をアンジェリーナ・ジョリーにするのも今はやめましょう。
そしてもう一つ懸念されているのは「おドッグ様亡きあとの自分」のことだと思います。
おドッグ様さえ心安らかに逝ければ残された人間が狂を発しても大した問題ではない、と思われがちですし、そういうことを書いてきましたが、そうでもありません。
それは、いつまでも泣いていたら天国のおドッグ様が悲しむよ、などという「人間が都合よく考えたおドッグ様の心情」的な理由ではありません。
私はおキャット様原理主義過激派なのですが、おキャット様を飼っていません。なぜなら、まさに昔飼っていたおキャット様との別れが辛すぎたからです。
常にネタ詰まりで自分のことはもちろん、家族や友人のプライバシーさえ勝手に切り売りし、もっとも裁判所に近いと言われる職業「エッセイスト」を無職の傍らやっている身でありながら、このおキャット様のことだけは書けませんし、未だに思い出すことすら辛いです。
死というのは肉体的な死を指すだけではありません。現世の人間に忘れられたときが二度目の真の死だからこそ、あなたがおドッグ様のことを「思い出すのも辛いから忘れたい」という状態になってしまったら、おドック様を二度死なせることになってしまいます。
よって、出来るだけ悔いなくお別れし、おドック様亡きあとも思い出と共に心身健やかに過ごすのがおドッグ様のためにもなります。
私が「思い出すのも辛いから忘れたい」状態に陥ってしまったのは、そのおキャット様との別れがあまりに突然かつ悲劇的なものだったからです。
よって、あなたは「突然の死!」というアスキーアートが出ないように、日ごろから気を配り「必然の死!」と表示されるよう努めてください。また最期が近いと思ったら、おドッグ様のこと以外は全部ハナクソ以下だと思って出来るだけ一緒にいるようにしましょう。
ただ、どれだけ万全を尽くして「必然の死!」を迎えても、おペット様が亡くなるというのはとても悲しいことなので、普通に情緒が狂って、それが私のように一生続く、という場合も覚悟しておきましょう。
尊いおドッグ様がお亡くなりになられたのだから、それより遥かに劣る人間がトチ狂うのはもはややむなしです。
そのトチ狂った心もおドッグ様が残したものですので、真の意味で「おドッグ様は心の中で生き続けている」と思いましょう。
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筆者について
かれーざわ・かおる 1982年生まれ。漫画家、コラムニスト。2009年に『クレムリン』(講談社)でデビュー。自身2作目となる『アンモラル・カスタマイズZ』は第17回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品になぜか選出され、担当編集ならびに読者が騒然となった。主な漫画作品に『猫工船』(小学館)、『ひとりでしにたい 1』(講談社)、『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)、エッセイ作品に『ブスの本懐』『ブスのたしなみ』(ともに小社)、『負ける技術』『もっと負ける技術』『非リア王』(ともに講談社文庫)、『クズより怖いものはない』(大和書房)、『ひきこもりグルメ紀行』(ちくま文庫)などがある。