古川日出男の小説『平家物語 犬王の巻』を原作にしたアニメーション映画『犬王』が、5月28日に公開される。
異形の身体を自在に操り、型破りな舞と歌で室町時代の人々を熱狂させる能楽師となっていく犬王。友魚という認め合える存在と出会い、ふたりにしかできない表現を心から楽しみ突き詰めていく犬王を、明るく軽やかに、縦横無尽に駆け回る自由さをもって見事に演じきったアヴちゃんに、『犬王』という作品、そして犬王という人物との幸福な出会いについてたっぷり話をうかがった。
アヴちゃん
バンド「女王蜂」のボーカル。2011年にメジャーデビュー。映画『モテキ』のテーマソングを担当、かつ本人役で出演し一躍脚光を浴びる存在に。2022年3月には2度目の日本武道館単独ライヴを開催。女王蜂としての音楽活動に加え、ブロードウェイミュージカル『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』への出演や、様々なジャンルのアーティストへの楽曲提供など止まらない躍進を遂げている。
自分が選ばれる意味ってなんだろう
──まずはこの『犬王』という作品に犬王役としてご出演が決まったときの想いからおうかがいしたくて。今回は、オファーを受けて……という流れになりますか?
アヴちゃん はい。
──お話を聞いてどんな風に思われました?
アヴちゃん 最初にお話をいただいたときは、もう「えっ⁉」って思って。やっぱり日本のアニメというものは世界中でもすごく人気のある、韓国でいうK-POPのように世界に輸出している素晴らしいものだし。そのなかでも『犬王』は“日本のミステリアス”をとてもすごい形で挑戦的に描いている。その「主演は誰だ?」っていうときに、自分が選ばれたということはすごく驚きで。いま声優の皆さんも本当にお歌がお上手な方もとても多いなかで、「自分が選ばれる意味ってなんだろう」と考えました。前向きに出たいけど、まずは「原作読んで考えてみるね」って読んでみたら……「あっ、やれる!」って思いましたね。前向きになった理由のひとつは、やっぱり森山未來氏の存在で。彼と毎週遊ぶとかそういう仲ではないけれども、要所要所で会ったり話したりとかして、10年以上お互いを気にしたり、彼も新譜が出たら聴いてくれていたり……みたいな方で。以前、『モテキ』という作品で、私たちがテーマソングで彼が主演だったんですが、10年後に今回、私たちがダブル主演になっているっていうのがすごくアツいなと思いました。「やれる!」って思ってからは、楽しみしかなかったですね。
──素敵なご縁ですよね。湯浅政明監督もそうですし、いろんな縁がつながって。
アヴちゃん そうなんです。湯浅監督とは『DEVILMAN cry baby』という作品で、私が初めて声優として三役いただいて……とても拙い、たどたどしかったですけれども。当時は“本当に合ってるのこれ?”みたいに思いながらやって。絶叫したりとか、「顎しゃくらせてやってみて」とか言われて「うっそーん!?」みたいな(笑)。ブースの向こうで笑ってたからダメかと思ったら「OK」って言われて、また「うっそー!」って思って。「不思議だね~」なんて言いながら終わったあとにカレー屋さんに入ったら、湯浅監督があとから入ってきて一緒にカレー食べたりもしました(笑)。すごく面白いご縁でしたね。『DEVILMAN』は自分でも何度も観たし、友達にも勧めたし。『DEVILMAN』に出演できたってことは本当に自分にとってとても大事なことだったので、そこからの今回のこの『犬王』でのご縁っていうのもすごく嬉しいことだなと思いました。
──先ほど原作を読まれて「やれる」と思ったとおっしゃっていましたが、具体的にどういう部分から感じられたのでしょうか?
アヴちゃん やっぱり歌舞伎でも能でも楽器ひとつとってもそうですけど……いろんなもののなかでなんとか生き残ったものが次の時代にバトンを渡しているけれど、圧倒的に“バトンを渡されなかった人たち”がいたんだよっていうことは、私は常々考えているんですね。私もいま、こういう舞台に立ったりと一種目立つ場所にみんなと手をつないで力を合わせて自分の足で来ましたが、そこに来られなかった人、来ようとは思っていた人たちの存在っていうのをすごく感じるんです。でも、“その人たちがいた”ってことを描いている作品は案外少なかったりして。バトンリレーにみんな躍起で、そのバトンを作った人とかそのバトンになるまでに結実しようとしていた熱たちを描いてるものって案外少ないと思っているなかで、この『犬王』はそこをすごく大事に、ロマンチックに描いていて。犬王っていう方自体、ものすごかったことは伝承されるくらいのものだったけれども、彼が書いたものはひとつとして残らなかった。その理由はいろいろあったんだと思うんです……本当に、この映画の劇中のようなことがあったのかもしれないし。もっと掘り下げて言うと、私はいま“アヴちゃん”としての扱いを手に入れて、こうやって人々とやっていくこの“ツッパリ”っていう戦い方を私は選んだけれども、戦い方を選べなかった人もきっといた。迎合というとあれですけど、本当にどうしようもなかったことがあった方もきっとものすごくたくさんいたなかで、恵まれているなと思うのと同時に、このバトンでありバトンにならなかった熱情を常に次を考えずに“ここでブチ上げる!”っていう意識で生きている人間としては、すごくフィットする、シンパシーを感じる作品なので、やれるかなと感じました。
──本当におっしゃる通りですね……(と、お話のアツさに思わず感涙)。
アヴちゃん あー! 大丈夫⁉(とティッシュを差し出す)
──ありがとうございます(泣)。本当に、観ていてこの犬王という役はアヴちゃんにこそ、やってほしい役だなと心から思ったんです。
アヴちゃん 嬉しい!
──あっ、アヴちゃんって呼ばせていただいて大丈夫ですか?
アヴちゃん 全然! アヴちゃんって呼んで!
これは映画なのか、ライヴなのか
──冒頭、呪いによって生まれる前から理不尽にも身体を奪われた犬王が、それを気負うどころか縦横無尽に走り回る自由さや明るさ。心の中には何かあるのかもしれないけど、楽観的に生きているというか。あれを観た瞬間に、女王蜂の「HALF」という楽曲が浮かんできたんです。
アヴちゃん ああっ、嬉しい! ありがたいです。
──「生まれてみたいから生まれて来ただけ」くらいの重さと軽やかさを犬王から感じたんですね。本当にアヴちゃんが演じてくださったからこそ、色濃く伝わることがあるなと思って。たとえばこの物語のなかで犬王は芸事を極めていくたびに身体の一部を取り戻していきますけど、その“取り戻すこと”が決してこの作品の主題じゃないと感じたんです。
アヴちゃん その通りですね。……こうして熱を持ってくれている人に伝播するところまで来れたことが、とても嬉しいです。おっしゃっていただいたようなことが体現できていたとしたら本当に受けてよかったですし。なんて言ったらいいかな、アバターをたくさん手に入れたほうがこの世界では生きやすいっていうことが証明されていってしまっているなかで、私は自分で肉体を改造して“2.9次元”くらいの感じでライヴをやっていて。「はみ出してね?」「ちょっとおかしくね?」ってことをわざわざやったり、“跳躍”ですよね。自分の身体も心も超えてリーチしていく、戦っていくっていうことを私はずっとやってきたんですけど、一種、この映画もすごくそれをやっている。でも映画……? 「これは映画なのかな?」っていう感じですよね。「ミュージカルなのかな?」「え、ライヴなのかな?」っていう。古川さん(原作の古川日出男)もこの映画を「モンスターだ」っていう風におっしゃっていたんですけど、私、“手に負えないもの”ってすごく素晴らしいなと思っていて。でも、手に負えないものが苦手な人ってとても多いですよね。やっぱり自分の手で手折れるもの、やめてっていうスイッチを押せるものがいま求められているのかもしれない。けど、この『犬王』という心をジャックするような作品の中核を未來氏と私が担うことができて、本当に光栄ですね!
──アヴちゃんご自身は“犬王”という人物像に対してはどんな風に感じられましたか?
アヴちゃん もし私が男の子を全うしていたとしたら彼だった、と思います。やっぱり私のこの感じって、たとえば友達とか親とかに「思ったように生まれてこられなかったんだよね」って言われたらそういうことではなくて。ただ「これしかやっちゃダメ」とか、「こうだからこうやりなさい」っていうことに対してのアンチがあまりにも強いっていうか。「これは自分で選べないの?」っていう気持ちがすごく強かった、そういう性格なんだと思うんです。これはずっと活動していてわかったんですけど、やっぱりそこに気づくまでって、「もっと女の子たらしめるもの」とか、「男の子たらしめるもの」に対するざっくりとした憧れっていうものがあったと思うんです。でも、犬王はそれを持ってなくて。「舞台に立つためにこの腕が普通に見えてほしい」という考え方ではないんですよね。キャラクターだからというのもあるんですけど、でも早い段階どころか生まれたときからそこに気づけている彼はすごいなと思いますし、すごくいまの私と似ているなと感じます。だから「やっと会えたね」っていう感じ。私からギャル成分を抜いたら犬王になるんじゃないかなっていうくらいのフィット感があります。細いし、何か似てるなって思います。
──長い腕で生き生きと踊る姿はただただ眩しくて、本当にアヴちゃんと重なるところを感じました。
アヴちゃん (犬王の声色で)「こんなことが誰にできる⁉」ってね。彼には舞台に立って絶対にやりたいビジョンというのがあって。「比叡座で絶対にこの名をとどろかすことができる」と思っている。でも小さなころから何か声が聞こえていて、そのバトンにならなかった重み、潰えていった者たちのビジョンというのもすごく見えていて。それを「お前たちが絶対に報われるようにするね」って思えるようになったとき、そこに友魚がいてくれたっていうことがすごく大きかったと思います。私もやっぱり友情だったり友愛というものに気づいて、ドラスティックな人生だけじゃない道を選んでいまがあると思うので。そこに友愛が流れていることにもグッときましたね。
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※この続きは、現在発売中の『GIRLS CONTINUE Vol.8』にてお読みいただけます。
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謎に包まれた実在の能楽師・犬王をモデルに大胆な解釈でストーリーを紡いだ古川日出男の小説『平家物語 犬王の巻』を、唯一無二の世界観で独創的なアニメーションを世に送り出してきた湯浅政明監督がアニメーション映画化。主人公の犬王をアヴちゃん(女王蜂)、彼のバディで琵琶法師の友魚を森山未來が演じる。
【Information】
映画『犬王』
2022年5月28日(土)全国ロードショー
声の出演:アヴちゃん(女王蜂)、森山未來、柄本佑、津田健次郎、松重豊
原作:「平家物語 犬王の巻」古川日出男著/河出文庫刊
監督:湯浅政明
脚本:野木亜紀子
キャラクター原案:松本大洋
音楽:大友良英
アニメーション制作:サイエンスSARU
配給:アニプレックス、アスミック・エース
公式サイト:劇場アニメーション『犬王』
公式Twitter:@inuoh_anime
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