マスメディアとインターネットの融合~キーワードは“ブランディング”?

学び
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インターネット広告が登場したのが1990年代。それから20年あまりのうちに、「インターネット広告なんて」と施策から切り離されていたところから、「インターネット広告も」と存在価値を認められる時代へ。さらには、タッチポイントのプランニングや予算を考えるときに「まずはインターネット広告から」へと、インター ネット広告は立場を大きく変えました。そして今や、マーケティングにデジタルが使われないことはほぼなくなりました。
そんなデジタルマーケティング史を軸に、広告にまつわるテクノロジーや当時の社会情勢など30年分の「知っておくべき」がこれ一冊にギュッと詰まっています!

獲得に寄与しない広告は「ブランディング広告」?

2010年代半ばになると、マーケティングの世界では「マスか、デジタルか」という議論は終わり、テレビとデジタル動画広告を同じ土俵で語り、売買することが始まっていきました。そして、メディアプランニングをする中で、「ブランディングとパフォーマンスのどちらを追求すべきか」という議論が交わされるようになりました。しかしその結果、立場によって「ブランディング」という言葉に対する異なる定義が共存する結果となりました。

まず「パフォーマンス」という言葉の意味が狭くなりました。短期的に広告効果を発揮し、ログで測れるものに意味合いが絞られていったのです。

ブランドというものは、本来一朝一夕で作れるものではありません。ブランドは企業側が「私たちはこういうブランドです」と紹介すれば終わるものではなく、生活者に対して何度もメッセージを発信したり、商品やサービスの体験を通じて、生活者のマインドにイメージを積み上げていくことで初めてできあがるものです。市場での自社のポジションの明確化や、スペック・価格以上の付加価値付けをすることがブランディングの目的です。

しかし、インターネット広告業界におけるブランディングの定義は曖昧だったこともあり、インターネット広告事業者、企業、従来のマス広告を取り扱う大手広告代理店等、立場によって違う使われ方をしていたのです。

極端な言い方をすれば、インターネット広告業界が言う「ブランディング広告」とは、「パフォーマンス広告ではない広告」のことなのです。そしてパフォーマンス広告ではない広告メニューといえば、動画の中身を見せることに注力し、その先のクリックや購買を目的としていない「デジタル動画広告」の一部のメニューでした。広告主の目的が、真の意味での“ブランディング”か否かにかかわらず、YouTubeの「バンパー広告」等の「クリックを成果としないデジタル動画広告」が活用されれば、すべて「ブランディング広告」と呼称される状況が生まれました。

そしてパフォーマンス目的ではない、すなわち具体的なクリックやコンバージョンを目的としないインターネット広告全体を指して、「ブランディング施策」と呼ぶようにもなっていったのです。

この状況はしばしば現場に混乱を生じさせました。企業内部においても、担当者がデジタルマーケティング出身か、マスマーケティング出身かによって、「ブランディング施策」の定義が違ったためです。また、古き良きマーケティングを知り、厳密な意味でのブランディングを実践してきた人たちにとっては、“ブランディング”という言葉が軽々しく使われることへの忌避感もあり、「だからデジタルの人は……」と、業界内でマーケター同士の壁が作られる要因にも繋がりました。

デジタル動画広告に「ブランディング広告」という呼称が使われるようになった背景に、成果単価(CPA:Cost Per Acquisition。一件のコンバージョンを獲得するのにかかったコスト)が、バナー広告や検索広告に比べて高くなる特徴があったことが挙げられます。例えばクリックを前提としたバナーや検索広告の広告単価(CPC:Cost Per Click)が100円の商材の場合、デジタル動画広告では広告単価が1000円を超えてしまうのです。そのため長らくの間、デジタル動画広告はまったく売れませんでした。インターネット広告市場においては高すぎる広告メニューだったのです。企業にデジタル動画広告の価値を感じさせ、出稿してもらうには、コストを納得させるパフォーマンス以外の価値づけ、ロジックが必要とされました。

ここでデジタルマーケティング業界から注目されたのが、マス広告です。インターネット広告と比べて明らかに計測可能な領域が少なく、価格も高いにかかわらず売れ続けているのはなぜなのか。数ある理由の中でも「ブランディングという言葉を使うと、単価が高い理由をサポートできるのではないか」との発想に至ったことから、「ブランディング」という言葉が抽出されました。

本来、ブランディングという価値は、例えるなら3000円のシャツと3万円のシャツの差です。生活者はブランドのファンになり、そのブランドに商品の機能(この場合なら、シャツとしての着用に耐えること)以上の価値を感じたときには価格によらず購入します。これは、将来への投資という意味で、5章で紹介したエンゲージメントとも似ているかもしれません。すぐには商品を買ってくれなくても、顧客になってくれることを期待してユーザーとの関係を維持する。そのために「自社のブランド価値を高めたい」という企業の欲望を刺激できれば、広告投資を増やせるかもしれない。ブランディングという言葉は有効なのではないか。そうした背景から、デジタル動画広告をテレビCMのようにブランドを作るための広告メディアであると説明しようとする動きが生まれるのです。

「パフォーマンスを追求する広告ではないのだとしたら、動画広告の価値をなんと表現すべきだろう?」と模索していった結果が、デジタル動画広告は「ブランディングのための広告である」という説明であり、ネーミングに至ったわけです。

しかし、前述のようにインターネット広告ならば、一度に何本も動画クリエイティブを制作して配信することが可能です。そのため、テレビCMと異なり、ターゲットインサイトを絞りこむ必要がなくなりました。そもそも打ち出したい商品特性が複数あったとしたら、それらをすべてアピールする動画クリエイティブを作ればいい、という発想がインターネット広告にはあります。

結果、ユーザーごとに異なるブランドイメージを発信することにもなり、そうなると「これはブランディング広告というメニューを使ったパフォーマンス広告ではないのか?」という疑問に繋がります。ブランディング広告を活用することと、本当の意味で“ブランディング”活動をすることは別であり、混乱を招くと議論が起きています。

その議論はさておき、デジタル動画広告とテレビCMが並列で考えられるようになったことから、ユーザーの購買行動や、メディア接触等の履歴からテレビCMとインターネット広告の効果分析を同時に行う、クロスメディアトラッキングという手法も生まれました。

2010年代をすぎて、マーケティングリサーチ業界から、同一人物のテレビ視聴履歴、パソコン、スマートフォンからのウェブ閲覧履歴等を把握した1000人規模のデータの獲得を可能にするサービスが登場しました。これにより、テレビ視聴データとインターネット広告接触データを分けて評価するしかなかった状況に変化が起こります。テレビとインターネットを組み合わせた広告効果測定手法の開発が進み、テレビCMとYouTube広告をあわせて評価することも可能にしました。

デジタルマーケティングの浸透によって、環境の整備も進み、テレビCMとインターネット広告を同じ土俵で評価できるようになっていきました。さらに、さまざまなメディアが融合し、新たなマーケティングが醸成されていきます。

2013年頃からマーケティングにおける本格的なデジタルの活用が始まり、“ブランディング”という、定義の異なるキーワードをきっかけに、テレビメディアを売る人とインターネットメディアを売る人が、初めて企業のメディアプランニングの現場で出会いました。そして、一緒にメディアプランを策定する過程から、初めて対話が生まれ、より高い広告効果をお互いが発揮しあうために、その共通点や違いをわかりあおうとし始めたのです。

それにともない広告代理店のクリエイティブスタッフも、テレビCMと連動したデジタル動画広告をプランニングし、統合的に提案することが定着してきました。インターネット広告のリーチの広さや、ブランディング効果がテレビCM並みに認められるようになった結果、それまでテレビCMを中心に培われてきた「ブランド論」やインサイトという発想が、インターネット広告の中身にも変化を促し始めました。マスメディアとインターネットが融合した結果、デジタル以前のマーケティング知見が改めて重要になってきたのです。

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本書では、1990年代後半から現在にかけてのインターネット広告の変遷を具体例と共に解説しています。テクノロジーが広告業界に与えた影響、また広告業界の欲望が後押ししたテクノロジーの進化についてより詳しく知りたい方は、現在発売中の『欲望で捉えるデジタルマーケティング史』(森永真弓/太田出版)をチェック!

筆者について

もりなが・まゆみ。株式会社博報堂DYメディアパートナーズメディア環境研究所上席研究員。通信会社を経て博報堂に入社し現在に至る。コンテンツやコミュニケーションの名脇役としてのデジタル活用を構想構築する裏方請負人。テクノロジー、ネットヘビーユーザー、オタク文化研究などをテーマにしたメディア出演や執筆活動も行っている。自称「なけなしの精神力でコミュ障を打開する引きこもらない方のオタク」。WOMマーケティング協議会理事。共著に『グルメサイトで★★★(ホシ3つ)の店は、本当に美味しいのか』(マガジンハウス)がある。

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