2022年11月25日に緊急出版された荻上チキ編著『宗教2世』。本書に掲載されている「社会調査支援機構チキラボ」による宗教2世当事者1131人へのアンケート調査は、NHK・日テレ・TBS・テレ朝・朝日新聞・毎日新聞・読売新聞など各メディア、そして国会でも取り上げられて話題となった。2022年12月に発表された「新語・ 流行語大賞」には、「宗教2世」がトップ10に選出され、授賞式には本書の編著者・荻上チキが登壇している。宗教2世は勇気を振り絞って脱会した後も、困難は続くという。宗教の「残響」ともいうべき、その影響とは?
脱会後の困難
ここまで2世たちの実相について、さまざまな角度で考えてきた。それでは、信仰から離脱した2世たちには、どのような課題があるのか。脱会経験をした回答者に対して、脱会に際して困ったことがあったかどうかを尋ねている。調査では、複数の項目を立て、該当する項目すべてを選択してもらった。
この問いに対し、8割近くの2世脱会者は、何かしらの困難を経験したと答えている。最も多かったのは家族関係の悪化で、6割近い脱会2世回答者が経験していた。また、宗教的世界観が残り、社会に適応しづらい経験をした回答者も多かった(図19)。
何度も再入団を求められた経験や、家族や教団からの脅迫などの経験も、相応にあった。しつこく脅迫的に行われる「宗教的つきまとい」に対しても、一定のルール作りが必要となりそうだ。なお、ストーカー規制法には「恋愛要件」(恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的)という限定があるため、現状では当てはめることができない。
信者コミュニティから離脱することで、友人なども失うこと。また家族ネットワークが失われることで、経済的な苦労をするという者も多い。関連して、自由記述欄には、家族や友人と縁を切り、保証人などが見つけられないことから、さまざまな契約に苦労をするという証言も寄せられている。
2世と3世以降の違い
なお、ここまで、「宗教2世」という言葉を用いて、特定宗教への帰依を求められてきた子どもたちの状況を分析してきた。このなかには、3世、そして4世以降など、さまざまな世代の信仰体験者たちが存在する。
最も回答者が多かった創価学会の体験について、2世と3世とで比較してみると、総じて2世と比べて3世のほうが、家族からも教団からも、「儀式などへの参加」(教団からの要求は、2世で71・5%、3世で66・3%、家族からの要求は、2世で66・2%、3世で63・9%)「教団への献金」(教団からの要求は、2世で25・8%、3世で13・7%、家族からの要求は、2世で19・9%、3世で8・2%)などで「何度も求められた」割合が下がっている。また、さまざまな宗教的声掛けの頻度も、体罰などの理不尽な経験も減少していた。ただし、友人への投票の呼びかけなどを教団から要求された割合には大きな差がなかった(2世で74・1%、3世で76・2%)。
一方「男らしさに関わる教団の教え」を受けた割合は変わらず、「女らしさにかかわる教団の教え」を受けた割合は3世より2世のほうが低かった(2世で43・8%、3世で51・8%)。これらは、若い世代である3世のほうが、男女役割意識への違和感に気付きやすくなっている事情が背景にある可能性もある。
このように2世と3世とでは、家族の関わり方、教団のスタンス、集団風土、時代背景などが変わることで、宗教体験が変わることもありそうだ。なお、2世よりも3世のほうが、「脱会後の苦労」経験がより低い状況でもあった。
宗教の「残響」
宗教2世は、家族や信者コミュニティから、集団的、継続的、一貫的な仕方で、「特定の信念」(ビリーフ・システム)や「思考の型」(スキーマ)を、意図的に教育されることになる。そこで築かれた信念、態度、価値観、慣習などは、「脱会」を宣言すれば、すぐさま失われるというものではない。脱会してなお、さまざまな信念や態度が残り続けること。そのことを本書では、「宗教の残響」と呼んでいる。
先行研究では、脱会を「認知的離脱」と「組織的離脱」とに分けた上で、どちらが先になるかは人によって異なるし、片方だけになるケースも存在することも指摘されてきた(猪瀬2002)。たとえば「すでに心は離れているが、形式上は信者として所属している」というケースもあれば、「教団から脱会し、信者とも距離を取っているが、信心そのものは捨てていない/捨てきれていない」というケースもあるということだ。
他方で、どのようなケースにおいても、「宗教の残響」は起こりうる。形式的にも離脱を果たし、信仰などを持っていないつもりでも、すべての価値から離脱することは困難であろう。そこで、その経験について尋ねるため、脱会者に対してのみ「実際に脱会に至ったあとに、宗教的な価値観が残っているせいで、次のような気持ちを抱くことはありましたか」という問いを設け、いくつかの項目から選択してもらった。その結果、宗教の残響は、宗教や教団によって、現れ方も異なることがわかった。
残響の度合いの低さとして目立つのは、創価学会の「性的マイノリティへのタブー視」や、エホバの証人の「団体が勧めていた政党への共感」である(図20)。創価学会は特段、性的マイノリティへの攻撃は主張しておらず、支持政党の公明党は同性婚にも前向きである。一方でエホバの証人については、そもそも政治活動が禁じられており、特定の政党を勧めるといったこともない。そうしたことが、残響率の低さに影響を与えていそうだ。
逆に残響として高い度合いを示したのが、キリスト教系、エホバの証人、旧統一教会の、恋愛や性に関わる項目である。恋愛をすること、性意識を持つこと、そして性的マイノリティへのタブー視。これらの残響が、相応の高さでみられた(図20)。すなわち、恋愛や性的マイノリティに対するタブー意識が、教団の活動や教えの影響を強く受けている様子がわかる。
さらに分析では、「男らしさ」「女らしさ」「性的マイノリティ否定」に関する教団活動に触れたかどうかと、性愛規範の性規範に関わる残響率との関係を調べた。結果、性役割意識やマイノリティ差別に関する教えに触れていた人のほうが、自身や他者の性愛行動に関する規範の残響がある傾向が読み取れた。つまり、「男らしさ」「女らしさ」を強調する教えに触れた経験を持つと答えた2世ほど、性に対するタブー視や性差別意識に苦しんでいることが示唆された。
また、創価学会および旧統一教会は、教団が勧めていた政党や政治観への共感が残りやすかった。一方で、異なる宗教行事への抵抗感は、創価学会とエホバの証人で高かった。選民意識の高さは、神道系で目立った(図20)。
宗教の残響を感じることはなかったと答えた回答者は、全体で28・4%であった。とりわけ創価学会では、脱会後の残響率の低さが目立った。一方で、エホバの証人と旧統一教会については、全体の残響率の高さが目立った(図20)。
世界観への執着を取り除くことは、骨の折れる作業であることは想像できる。依存症研究の文脈では、買い物やセックスなどへの依存を「行動依存」、たばこや酒、薬物などへの依存を「物質依存」と区別するが、宗教伝承は、特定の世界観やコミュニティへの依存状態を作り上げる。特定の信念に対し、精神的な依存をおこなっている場合もまた、認知行動療法やスキーマ療法などのセラピーが必要となるが、心療内科などへの心理的距離が一般に遠い状況では、その改善も重要な課題となるだろう。
2世に限らず脱会後には、さまざまな喪失感に伴う「脱会後後遺症」が発生するとされる。もし家庭内布教に対して、義務感に基づいた演技として応じていたのだとしても、家族環境や宗教コミュニティの影響は少なくないだろう。
1世の場合は、入信前の世界観や信念を再獲得することが求められるが、2世の場合、イチから社会通念そのものを学ばなければならない。経済的支援、心理的支援、避難シェルター、社会定着支援など、複合的な支援のかたちを、私たち社会は作っていく必要がある。
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本書『宗教2世』(2022年11月25日発売)では、TBSラジオ「荻上チキ・Session」の全面協力のもと、選べなかった信仰、選べなかった家族、選べなかったコミュニティ、そして社会からの偏見に苦しんできた2世たち1131人の生の声を集め、信仰という名の虐待=「宗教的虐待」(スピリチュアル・アビュース)の実態に迫っています。
また、1月13日(金)に、本屋B&Bにて、『宗教2世』(太田出版)刊行記念、荻上チキ×横道誠トークイベント 「宗教2世を、<流行語>で終わらせぬために」が開催されます。本書編著者の荻上チキさん、ドイツ文学者の横道誠さんのお二人に、同書の内容についてお話しいただきます。当イベントはご来場、またはオンラインでご参加可能です。詳しくは、Peatixイベント案内ページよりご確認ください。
筆者について
おぎうえ・ちき 1981年、兵庫県生まれ。評論家。「荻上チキ・Session」(TBSラジオ)メインパーソナリティ。著書に『災害支援手帖』(木楽舎)、『いじめを生む教室 子どもを守るために知っておきたいデータと知識』(PHP新書)、『宗教2世』(編著、太田出版)、『もう一人、誰かを好きになったとき:ポリアモリーのリアル』(新潮社)など多数。