ターシルオカンポ【後編】

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~~前回までのあらすじ~~

ターシルオカンポにつこた」
「はい?」

市役所に勤める若手職員・大島は、連日の業務に疲れ、誤ってM町のGさんに5,000兆円の給付金を振り込んでしまう。事態に気づいた大島と係長は、慌ててGさんのもとに向かうが──
既に使い込まれてしまった5,000兆円。謎のワード・ターシルオカンポ
果たしてターシルオカンポとは何なのか……! すべてが明らかになる? 後編のスタートです。

※前編はこちら

※この記事は『クイック・ジャパン』vol.161(2022年6月24日発売)に掲載された小説をWEB用に再編集し転載したものです。

「せやからターシルオカンポにつこた!」

「え、何ですか? 何かヤバめの闇ギャンブルですか?」

「ちゃうがな! ホンマに知らんのかいな、やっぱ役所のモンはズレとるのう」

大島は係長のほうを見る。係長は「わからない」という風に首を振る。大島は「使えねーな」という風に係長をにらむ。係長は「何じゃお前」という風ににらみ返す。大島は「え、やるんですか? やるならいいですよ」という風にファイティングポーズを取る。係長は「ええわ、やったろやないけ」という風にファイティングポーズを取る。2人のただならぬ雰囲気を察したGが「まあまあ」という手の動きをしたとき、Gのズボンのポケットからスマホの着信音が鳴る。

「あっ、はい私です! はい! はい! もうちょっと待ってもらえないでしょうか、お金が……そんな殺生な、絶対返しまっさかい! はい、はい! 2週間待ってください! 絶対守りますよってに! はい、それでダメならもう煮るなり焼くなり。二宮和也。逃げも隠れもしまへん。はい、はい! ありがとうございます、よろしゅうたのんます!」

電話が終わるとGは「あかん、もう荷物まとめていっぺんカタールかどっか逃げな。あんたらに構っとる暇ないわ」と家の中に戻ろうとする。

「待ってください、お金返してもらわないと!」

「ないねんてだから! 半分はマリナちゃん、半分はターシルオカンポ、それでゼロどころか借金しとんねん! わかったやろ今の電話で」

大島は「こりゃ返ってこなさそうですね」という目で係長を見る。係長も「残念やけどあかんな……」という顔をする。

「じゃあとにかくマリナちゃんを探すんで、スクショでいいんでちょっと画面撮らせてもらえますか?」

「ええよ。もしマリナちゃんの居場所わかったら教えてな。あとわしが性的な目で見てたことはくれぐれもお口ミッフィやで!」

そう言いながら口の前に指でバッテンを作るGである。大島と係長がマリナちゃんの情報を役所の捜索担当係に渡すと一発で居場所がわかる。隣県のHマンションの602号室。即突撃して大島がインターホンを鳴らすと「はぁい」と声がして女の子が出てくる。マリナちゃんである。めちゃめちゃエロい格好をしており、胸がはだけているというかもう確実にノーブラでかなりソソる。身につけているラグジュアリーな感じの寝巻きっぽいものが太ももの上部あたりまでしか覆っておらず、下に何も穿いていないように見える。やはり全然ピュアさは感じられない。

係長が足ばかり見ていて役に立ちそうにないのでまた大島が聴き取りをすると、半分の1,250兆円は全然売れていないが自分の性癖にはジャストミートしているホストにぶち込んだという。しょうもない嘘はやめてください、と言おうと思ったが、玄関から少し見える奥の部屋にそのホストらしき男の写真が無数に飾られている様子で、それが確かにあまりイケていない容姿だったので、大島はかなりの確率でガチだと判断する。

「ハァ……で、残り半分は?」

「恥ずかしいけど、ターシルオカンポで溶かしちゃった★」

ターシルオカンポ? Gの野郎もそんなこと言ってましたね……」

「ふふ、ターシルオカンポ、やってみる? 部屋上がりなよ」

そう言ってマリナは気だるそうな、それでいて超絶に色っぽい笑みを浮かべて手招きする。ターシルオカンポ、もう確実にソッチ系のものでは? 大島は誘惑に惹かれて部屋に上がろうとするが、マリナは「ふふ、冗談♥」と言って指で大島の唇をおさえた。勃起しつつホストの居場所を聞き出す大島である。

それからマッハでホストを訪ねるとやはり写真で感じた通りあまりカッコよくなく、大島はあのマリナちゃんがなぜこんなイマイチな野郎にハマっているのか、そしてなぜ自分には誰もハマらないのか不思議に思いつつ事情を聞き出す。すると半分は資産運用系の情報商材屋にだまし取られ、半分はターシルオカンポに使ったと言う。

次に情報商材屋を訪ねると、半分はメイドリフレの女の子に持っていかれ、半分はターシルオカンポに使ったと言うので、メイドリフレの女の子を訪ねると、半分はインスタのフォロワー数2ケタのマイナーな2.5次元俳優に貢ぎ、半分はターシルオカンポに突っ込んだらしく、インスタのフォロワー数2ケタのマイナーな2.5次元俳優を訪ねてみると、半分は神を自分に降臨させるタイプの占い師にだまし取られ、半分はターシルオカンポにいかれたらしい。

神を自分に降臨させるタイプの占い師の家に突撃すると占い師はこれまた半裸の女性であり、大島が問い詰めると「ちょっと待って、神様をおろすね、私にはよくわからないから、神様をおろすね」と言い始めて部屋の中に設置されたポールでクソエロいポールダンスを始め──係長はそれを見ながら手で股間を隠しているので大島はため息をつくしかなかったが──、それが終わると占い師は急に神感のある太く低い声になり「金はすでに使った……半分はママ活で惚れた男に貢ぎ、あとはターシルオカンポにいかれた……」と言うので占い師の惚れたママ活男子の情報を聞き出して襲撃すると、半分は信仰している新興宗教の教祖にお布施として渡し、半分はターシルオカンポに吸い取られたと言うので、二人でその宗教の本部施設に突撃してみたところバキュンバキュンに銃撃され、命がけで下っ端を引っ捕えて問い詰めると、半分は教祖のハマっているバ美肉系VTuberへのスパチャに消え、半分はターシルオカンポでパァになったと言う。

こうした聴き込みを粘り強く続けた結果、かなりの金額がターシルオカンポに流れていることがわかったのだが、いくら聞いても肝心のターシルオカンポが何なのかわからない。

みんなの言葉の断片を何とか総合してみると、ターシルオカンポは螺旋的でなく円環的な遊戯であり、つねに一回性を持つ美的行為であり、祝祭と葬送を同時に象徴しており、フドウィンクと呼ばれる独自通貨を用いて行われ、回復不可能な中毒性と快楽を孕み、無限に拡張されうる構造と不完全な形式、そして流動的な参加プロセスを持ち、行為の相互関係は必ずシンメトリーな幾何学模様で表すことができ、構成要素の総和は不変であるらしいのだが、これではほとんど正体が見えてこない。大島がデカイ図書館でどれだけ文献を漁ってみてもそんな言葉は記述されていないし、友人知人の誰に聞いてもそんなものは知らないと言う。

完全に手詰まりとなったある日、悩める大島に係長からメッセージが届いた。

ターシルオカンポの尻尾を掴んだ」

だが、それ以降係長とは誰も連絡が取れなくなり、職場でも無断欠勤が続いた。一体ターシルオカンポとは何なのか?

やがて大島は誤振込の件が盛大にバレて減給の懲戒処分を受けたが、その処分はほどなく無意味なものとなった。なぜなら5,000兆円を失ったK市の財政は一瞬で破綻し、職員には特例措置として何らかの副業をしながら無給で働くことが要請されたからである。

その結果ほぼ全職員が退職してK市の市民サービスは皆無に等しいものとなり、多くの市民が泣く泣く住まいを捨てて旅立った。国の介入もむなしくK市はたちまち無法地帯と化し、今では九龍城顔負けの巨大違法建築が乱立している。最大の城塞の中にある中華料理屋で大島と係長が働いていた、という噂もあるようだが、あくまでも噂にすぎない。

デス・シティと呼ばれ恐れられるようになったK市は現在YouTuberたちの度胸試しの場としても有名だが、いまだその全容は明らかになっておらず、危険を顧みず潜入動画を撮った者の半数以上は行方知れずとなっている。

筆者について

さがわ・きょういち 京都大学文学部卒。2019年『踊る阿呆』で第2回阿波しらさぎ文学賞。代表作に『アドルムコ会全史』『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』ほか。最新刊『ゼッタイ!芥川賞受賞宣言』(中央公論新社)が発売中。

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