2018年、友達から新宿におもしろいタイ料理店があると聞いて、初めて行ってみたら想像以上で、その場で交渉をし、すぐに紹介記事を書かせてもらった。なにがすごかったかというと当時朝の7時からという営業時間。そして値段が安く、いつでも酒が飲めること。そして、ついに24時間営業が始まるという進化を続けるお店を僕が大好きな理由。
僕が最も愛するタイ料理店と言えば、新宿の「モモタイ」を置いて他にない。初めて訪れたのは、2018年のことだった。友達から新宿3丁目におもしろい店があると聞き、行ってみたところこれが想像以上で、その場で交渉をし、とある媒体ですぐに紹介記事を書かせてもらったほどだ。
その時点でなにがすごかったかというと、まずは朝の7時からやっているところ。当時は別のバーを日中だけ間借り営業するというスタイルだったので、夕方には閉店してしまうという変わった業態だった。それでも、朝の7時からやっているタイ料理店というのがもうおもしろい。
次に、値段が安くて、いつでも酒が飲めるところ。そもそもたいていのタイ料理屋って、食事がメインだから1品の量が多いし、値段もそれなりにする傾向にある。けれどもここの店主、桃子さんは、酒も好きだから、食事はもちろん、いついかなるときでも酒を飲めるような、そして、軽いつまみとお酒一杯、という感じでも飲めるような柔軟なメニュー設定にしてくれている。タイ料理と酒、どちらも好きな僕からしたら、これがものすごくありがたく、また、なかなか他にない特徴だ。タイ料理の代表選手である、ガパオ、カオマンガイ、グリーンカレーのそれぞれに「ミニ」があるのが、酒飲みにとっては嬉しすぎる。ちなみにそれぞれの値段が現在、390円、430円、420円と、信じられないリーズナブルさ。
最後にして最大の特徴は、とにかく料理がうまいこと。桃子さんは会社員時代、お気に入りのタイ料理店でランチをしているときだけが心癒される時間だったのだそう。ある日、「私がやるべきことは、今の仕事なのか、それともこのお店のように人を癒す仕事なのか」という疑問が頭に浮かび、天啓を受けたかのように料理の道へ。本場タイにも修行に行き、ついにオープンさせたのがモモタイというわけだ。
独特なのはその味つけで、たとえば、これまた信じがたい値段の「トムヤムクンスープ」(320円)なら、ただ酸っぱ辛いだけではなく、そこに甘みや旨味が加わった奥深い味わい。他のどの店で食べたトムヤムクンとも違うその味は、もはやタイ料理ではなくて「モモタイ料理」と定義したほうがいいかもしれない。すべてのメニューにおいて、このように桃子さんの料理人としてのセンスが光るアレンジがなされているので、一度訪れてしまったら、とりこにならざるをえない店なのだ。
ちなみに現在は新宿2丁目に移転し、間借りではなく独立店舗に。しかもなんと24時間営業になるという、すさまじい進化をとげている。さまざまな人種あふれる立地ゆえ、いちばん盛り上がる時間帯が早朝というのも、この店にしかない特徴だろう。
僕が頼む定番はほとんど決まってしまっていて、先述の「トムヤムクンスープ」、鶏肉のレッドカレー煮込み「パネンガイ」(420円)、スパイシーな豚ひき肉のサラダ「ラープムー」(430円)、そしてこれだけは外せない「ミニカオマンガイ」。行くたびにけっきょくそれらのメニューばかり頼んでしまう。
信じられないくらいふわっふわにやわらかい鶏肉に、にんにくやねぎの風味が効いたオリジナルの醤油だれがかかり、それを香りの良いジャスミンライスが受け止める。その、他に代替しようのない、恍惚のうまさといったら……。
ちなみに僕と同じ注文をした方がいたとして、ひそかにおすすめなのが、カオマンガイの米を一部を残しておき、パネンガイの汁に浸して食べる食べかた。これにより、カオマンガイとレッドカレーを一度に楽しめてしまうという、タイ料理好きの夢とも言える幸せを味わえてしまう。
あ、おともの酒は、生パクチーののった「パクチーレモンサワー」(530円)が大定番。当然のことながら、どの料理にも合いすぎる。
ところで先日、ライターで、バンド「グッド・ライフ・フェロウズ」のボーカルであるサトーカンナさんに、ゲストがおすすめの飲み屋を紹介するという趣旨の連載にお声がけいただいた。
そのときは趣向を変え、今までに頼んだことがないものを中心に頼んでみようということになり、発酵生ソーセージ「ネーム」(420円)、「その日の青菜炒め」(440円)、店のメニューのなかで最高級だった「クンオップウンセン」(990円)などを注文。当然のことながらどれも抜群に美味しく、今までモモタイの良さのごく一部しか味わえていなかったことを反省もした。
特に印象的だったクンオップウンセンは、頭つきの海老を豪快に使い、その下にたっぷりの野菜や貝と春雨が入った、鉄鍋入りの蒸しもの。しょうが、にんにく、セロリなどの香味野菜と海老の味が染みた春雨があまりにも美味しく、今後、人生でなにか嫌なことがあったらまたこれを食べに来よう……と心に誓いたくなる味だった。
新宿の街で24時間、いつでもタイ料理で飲めてしまう奇跡の店、モモタイ。しかもその料理はどれも、店主である桃子さんによる、まるで魔法でもかかっているかのような絶品。考えれば考えるほどに不思議な店だし、末長く通わせてもらえるならば、ひたすらありがたい。
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『酒場と生活』次回第6回は2024年8月15日公開予定です。
筆者について
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。