多くの人がある日直面する「親の介護」。それはやがて確実にやってくる〈自分介護〉の絶好のリハーサル機会でもありますが、最初は誰もが介護の初心者。ひとりまたは家族だけで抱え込むのは危険です。では「誰(どこ)を」「どのように」「頼れ」ばいいのでしょうか。
2025年に太田出版より刊行した『じょうずに頼る介護 54のリアルと21のアドバイス』(一般社団法人リボーンプロジェクト・編)は、親の認知症介護から完全セルフ介護まで、当事者たちの実体験によるリアルな事例集です。老々介護/老後資金計画/実家の後始末/老いと向き合う/障がい者と仕事/シングルの保証人/介護申請/施設入所/在宅死の選択/相続人がいない/お布施と戒名/墓じまいetc..本音で知りたかった実践的裏ワザと、正気の保ち方。刊行を記念し、本書の一部を試し読みとしてOHTA BOOK STANDにて公開します。
純子さん(65歳)は、1年ほど前に腰痛と膝の関節痛を発症。激痛に加えてしびれがあり、足に力が入らなくなった。
「当初は、痛みで椅子に座れず、ベッドで寝返りも打てませんでした。歩けないのでトイレにも這っていく始末。家事ができないどころか、整形外科への通院も一人では無理で、寝たきりに近い状態でした」
純子さんには社会人の子どもがいるが、いまは独立しており、東京都内で夫との二人暮らし。発症してからは、夫が家事一切を引き受け、通院にも付き添った。
夫婦二人が倒れたら
ところが、ある日、夫が腹痛を訴え、救急搬送される。
「かかりつけ医を受診したら、緊急手術が必要かもしれないと、そのまま救急車で病院に運ばれてしまったんです。当時、私の病状は一進一退。自分のことさえままならないのに、病院から『すぐに来てください』と言われて、慌てました」
その日は都内に住む長女に連絡を取って一緒に病院に行ってもらい、手術の立ち会いは長男に頼んだ。が、子どもたちは働き盛り。残業や出張で忙しく、頻繁に仕事を休んでくれとは言えない。
入院着や歯ブラシなどは病院に依頼すればよいが、スマホの充電器や老眼鏡など家から届けなければならないものもあり、そのうえ、入院同意書を翌日の昼間に受付に提出しろとのこと。リュックを背負い、旅行用バッグを斜めがけにして、杖をつきながら病院にたどりついたら、受付の人が慌てて院内用のショッピングカートを持ってきてくれた。これから入院する患者だと勘違いされたようだ。
ちょっと助けてほしいだけなのに、とても煩雑な手続き
その頃は、さすがにトイレに這っていくことまではなくなっていたものの、日常の家事がままならなかった純子さん。スーパーマーケットではレジ待ちで立っていることがつらく、重い荷物も持てない。杖をついているので、ゴミ出しもできない。夫が入院前に注文した米が宅配便で届き、玄関前に置かれたが、一人で中に取り込むこともできなかった。
ちょうど65歳になったばかりだったので、買い物やゴミ出しをヘルパーさんに頼めないかなあ、と考え、自治体の地域包括支援センターに問い合わせてみた。
「たった一人で、毎食、どうしようと途方に暮れました。冷静に考えれば、食事はフードデリバリー、買い物はネットスーパーだっていいはずなんです。でも、夫の入院で気が動転していたのでしょうね」
ところが、まずは1週間後に、自治体の相談員が自宅に来て状況の聞き取りをするという。ヘルパー派遣はおよそ1カ月後と言うので、いったんはあきらめたものの、介護に詳しい知人に相談すると、「緊急性があればもっと早く来てもらえるかもしれないから事情を詳しく伝えたほうがいいわよ」とアドバイスされた。「整形外科系の病気なら介護申請が早く通るかもしれない」とも……。
そうして、地域包括支援センターに電話すること三度。自分の病状、夫の入院を詳しく伝えたところ、ようやく緊急性があると判断されたのか、相談員が翌々日に来ることになった。
やれやれ、これでヘルパーさんが来てくれる……と安堵したのは大間違い。
相談員が来た翌日、自治体から介護認定の調査員が自宅を訪れ、どの程度歩行ができるのか、足はあがるか、家族の支援はどうか、認知症がないか、などを調査。さらに次の日、「見切りで介護認定をすることになったので、仮のケアプランを作ります」とケアマネジャーがやってくる。またまた次の日は、介護事業所の責任者が来て、契約書の作成。そうして、さらにその翌日、ようやくヘルパーがやってきて、ゴミ出しと洗濯をしてくれたのだった。
「ヘルパーさんの依頼だけで、こんなに大変だとは思いませんでした。ちょっと家事を手伝ってほしかっただけなのに。毎日次々と違う担当者が来て、あれこれ説明して書類に押印やサインを求めてきます。訪問時間も先方の指定で、こちらの都合はほとんど聞いてもらえませんでした。ケアマネさんからは、廊下に手すりを設置したらとか、介護用ベッドに入れ替えたらとか言われ……。こちらは、その間に夫の手術で病院からの呼び出しがあったり、差し入れが必要になったりしていたので、対応だけで疲れ果てました」と、純子さん。
他の介護サービスもあったのに
ちなみに、純子さんの住む自治体では、「緊急一時介護人派遣」という制度がある。病気やケガをした際、介護認定がなくても3日間までなら緊急でヘルパーを派遣してくれる制度だ。純子さんがこの制度を知ったのは、介護事業所の責任者と雑談をしていたとき。地域包括支援センターからはこの制度についての説明は一切なかった。純子さんは、この派遣制度の利用で十分だったのではないかと思っている。
「自治体のホームページに掲載されていますよ」と言われたが、制度自体を知らない人には見つけにくい。腰痛でパソコン検索は苦痛だったし、夫の入院手術で気が動転していた純子さんが、介護情報をくまなく収集するのは難しかっただろう。
それでも、介護申請してよかったと思っている純子さん。「正直なところ、あまりに面倒で申請なんかするんじゃなかったと思ったこともありました。でもこれから先、年齢とともに判断力が落ちていきますから、いまやってみたのは正解。当事者になって初めてわかったことも多いので」と話す。まだまだと先延ばしにしてきた〈自分介護〉について、真剣に考えるきっかけになったそうだ。
解説「早めの介護申請とお試し介護で、”上手に他人に頼ること”に慣れておく」
病気やケガで動けなくなったら、誰に助けてもらうのか──。まず頭に浮かぶのが、介護保険制度による公的な介護サービスだろう。でも、毎月介護保険料を払っているからといって、「誰でも、すぐに」公的な介護サービスが受けられるわけではない。自治体に申請し、認定された人のみが利用できる仕組みになっている。
”いま大変”なことに即応するようにはできていない
公的な介護保険サービスを申請できるのは、65歳以上の人、もしくは40~64歳で、脳梗塞や脳出血、認知症、膝や股関節の変形性関節症、関節リウマチ、がん末期など16の特定疾病の人だ。かつ、申請からサービスを受けるまで、通常では1カ月以上かかり、制度自体、たったいま大変なことに即応するようにはできていない。
緊急性があると判断されると、本ケースの純子さんのように早くサービスを受けられることもあるが、あくまで行政の判断次第。急に動けなくなったとしても、すぐの対応は難しいと思ったほうがよさそうだ。一方、病気やケガ、筋力低下などで徐々に弱ってきた場合、または療養が長期にわたりそうで定期的に介護や家事を依頼したい場合は、介護保険制度による介護サービスの利用を積極的に考えよう。
すぐにサービスを利用するかどうかわからなくても、備えとして介護認定だけでも受けていれば、必要なときに即サービスの利用開始ができるので、切羽詰まる前に、まずは気軽に申請してみてほしい。
サービス内容は自治体によって異なる
急に体調が悪くなった自分が一人で介護申請をするのは大変な作業だ。どう伝えれば緊急だと判断してもらえるかがポイントなので、説明の仕方を事前にシミュレーションしておこう。同時に、ゴミ出しをしてほしい、浴室の掃除を頼みたいなど具体的な要望を事前にまとめておくとよいだろう。相談員や調査員はお客様ではないし、自身の体調の悪さを伝えるためにも、玄関まで出迎えてスリッパを揃えたり、お茶出しをする必要はない。
介護保険制度による介護サービスは、大きく分けて、施設サービスと在宅で身体介護や生活援助を受けるサービスの二つ。サービス内容は多岐にわたり、自治体によって異なるが、たとえば、在宅の訪問介護なら、食事・入浴・排せつなどの身体介護や、調理・買い物・洗濯・ゴミ出し・掃除といった生活援助。デイサービスや訪問看護、訪問リハビリ、福祉用具の貸与など。
利用できるサービス内容や利用限度額、利用料の自己負担分などは、認定された要介護度やサービス内容・量によって異なるので、ケアマネジャーと納得がいくまで相談したい。
お試し利用で、自分に合うサービスを探す
どれを利用するにしても、動けなくなってからサービスを探したり、会員登録したりするのはつらいもの。ちょっと腰が痛い、膝が痛む、家事ができないという早めの段階で介護申請をし、認定されたらリハビリや杖など福祉用具のレンタルを利用してみたり、有償ボランティア等のサービスをお試し利用したりして、自分の生活に合っているか確認してみるのもいいかもしれない。
〈自分介護〉成功の秘訣は、家族以外の他人の力を上手に頼ること。なんでも一人で頑張らないこと。それに慣れておくことも必要なのだ。