飯島愛のいた時代
第18回

束の間のセカンド・キャリア

飯島愛のいた時代

『日本エロ本全史』『日本AV全史』など、この国の近現代史の重要な裏面を追った著書を多く持つアダルトメディア研究家・安田理央による最新連載。前世紀最後のディケイド:90年代、それは以前の80年代とも、また以後到来した21世紀とも明らかに何かが異なる時代。その真っ只中で突如「飯島愛」という名と共に現れ、当時の人々から圧倒的な支持を得ながら、21世紀になってほどなく世を去ったひとりの女性がいた。そんな彼女と、彼女が生きた時代に何が起きていたのか。彼女の衝撃的な登場から30年以上を経た今、安田理央が丹念に辿っていきます。(毎月第1、3月曜日配信予定)
※本連載では過去文献からの引用箇所に一部、現在では不適切と思われる表現も含みますが、当時の状況を歴史的に記録・検証するという目的から、初出当時のまま掲載しています。

桜が咲き始めた3月28日、東京・西麻布の芸能人御用達の有名焼き肉店『U』で、飯島愛(34)がMCを務めるバラエティ『ウチくる!?』(フジテレビ系)の収録を目撃。
まもなく芸能界を引退する彼女にとって、この日が『ウチくる!?』の最終日。番組では、中山秀征(39)とともにホステス役としてゲストの芸能人がよく行くお店を紹介してきたが、この日は飯島がゲストとして、馴染みの店を親しい友人たちと訪ね歩くという演出のよう。『U』に登場したのはモト冬樹。気心しれるモトの前で、つい素に戻って号泣したのだろうか。

『女性自身』2007年4月17日号に掲載された「飯島愛 3月28日、『ウチくる!?』最後の収録を 〝4月引退〟に芸能界友人が駆けつけて…、〝涙の送別会〟を独占目撃!!」という記事だ。西麻布の焼肉店から涙ぐみながら出てきた飯島愛を「通りがかりの人」が目撃したのだという。
記事は、最終回収録後に俳優・内田朝陽の実家が経営するレストランでお別れ会が行われ、関係者が次々と集まったとレポートしている。

芸能活動を停止してからも、マスコミは飯島愛を追い続けた。売れっ子芸能人の突然の引退は、やはり多くの人の興味を引いたのだ。
4月には、早くも参院選出馬の噂まで立っている。

「彼女は単なるタレント候補じゃない。若者に強い影響力があるし、ニートやフリーター問題でも考えを持っている。すでにいろいろなルートで打診を始めていると聞いています」(民主党関係者)
夏の参院選を目指して、各党とも比例代表に名前を連ねる「目玉候補者」探しに躍起だ。3月末で芸能界を引退した飯島愛(34)にも白羽の矢がたっているという。自民、民主両党の若手議員から熱い視線が送られているというからモテモテだ。
「一昨年の郵政民営化選挙のとき、じつは自民党の武部幹事長から、熱心な誘いがあったんですよ」(政治部記者)
引く手あまたの愛ちゃんは本当に選挙に出るのだろうか。

『FLASH』4月25日号のこの記事によれば、真相を直撃すべく飯島愛のマンションに張り込んだところ、4月4日の深夜に彼女が助手席に座っている銀色のポルシェを目撃したという。運転席には出川哲朗が、そして後部座席には千秋が子供を抱いて乗っていた。
記者が出馬の噂を問うと「ないよ。ぶっちゃけ、ない」と言い捨てて去っていったという。記事は、この時の飯島愛の顔の肌荒れを心配する、という尻すぼみな締め方をしているのが、なんだか妙におかしい。

アルバイト、ビジネス、ノイローゼ

こうしたマスコミの興味は、芸能界引退後の「転職先」はどうなるのか、だった。最も有力に思えたのは、引退前から急接近が囁かれたIT業界だ。
前述の『FLASH』の記事でも、デーブ・スペクターが参院選出馬を否定しながら「彼女はそういうんじゃなく、何か『ビジネス』がしたいんですよ。それはIT関係だったりするんだろうね」とコメントしている。
7月には『週刊朝日』で、当時「2ちゃんねる」管理人だったひろゆき(西村博之)との接近を報じている。お互いの公式ブログ上でこんなやりとりがあったというのだ。

【6月3日】(飯島)
「アルバイト探してるんですよ…と。」いろんな意味でお世話になりたいんです。えぇえぇ。
【4日】(ひろゆき)
アルバイトをされたいそうなので、一件、心当たりがあるんですが(中略)緩めの雰囲気にするためのお手伝いとかしてもらえるとかなりありがたかったりするのですが、いかがでしょうかー?(中略)待遇ってどんな感じがいいんでしょうか? 時給の額のご希望とかもあったら、お伺いしておきたい感じですー。
【21日】(ひろゆき)
お返事くれると思っていなかったので…ありがとうございます。早速。バイトの件ですが…全て、面接して決めて下さい。氏が面接をして下さる事。のみ、希望致します。
【同日】(ひろゆき)
来週の月曜日とか火曜日だと、珍しく出社してる日なので、あわせてもらえると、出不精なおいらとしては、恐悦至極だったりするのですが、いかがでしょうかー?

結局、この面接が本当に行なわれたかどうかはわからず、両者に直接問い合わせたものの、回答は得られなかったという。記事は「果たして、単なるお遊びだったのか、それとも何か大きなプロジェクトの仕掛けなのかーー」と結ばれている。

飯島愛の死後に出版された『飯島愛 孤独死の真相』(田口絵理・著 双葉社)には、引退後に彼女が様々なビジネスを試みては頓挫していたという状況が書かれている。
最初はサイバーエージェントの藤田晋とのビジネスが計画されていたが、「藤田社長が急に降板せざるを得なくなり」中止となる。

その後は美容クリニックや美容関連事業を立ち上げようとするも、なかなかうまく行かずに、最終的には「どうせならもっと儲かる医療ビジネスをやらないか」と裏社会の人間までが接近してきたという。
『飯島愛 孤独死の真相』には、関係者のこんな証言が紹介されている。

「裏の人間たちが医療ビジネスに資金提供ということで絡んでいることはよくあることです。簡単に言えば、愛ちゃんというブランドをヤクザが利用しようとしたわけです。さすがに勘のするどい彼女ですから、こうした仕組みを見抜いて断ったようです」

また、この時期に株取引で数千万単位の損を出してしまったとも言われている。
2008年になると自身のブログで、精神の状況は良くないことを告白するようになる。

〈この2ヶ月ほど、軽いノイローゼで大変でした。精神疾病です。抗うつ薬を処方されたので凹みました。〉
つい最近、飯島愛が自身のブログで、胃かい傷や胃がんの原因になるピロリ菌が見つかったこと、そしてノイローゼであったことを告白、話題となった。
(中略)昨年3月いっぱいで、突然芸能界を引退した飯島だが、現在に至るまで特定の仕事に就いていない。
「昨年、交流のある大竹しのぶさん(50才)の携帯に、飯島さんから〝バイトくれ!〟との電話があったそうです。そのころからストレスが大きくなっていったのかもしれません」(芸能関係者)

『女性セブン』2008年3月13日号の「飯島愛 騒然の『ノイローゼ』告白 元凶は進まぬ就職活動」というタイトルで掲載されたこの記事は「前途多難の就職活動。いっそ復帰も、という声がそろそろ出始めそう?」と結ばれている。
実際には、なかなか上手くいかない事業計画が大きなストレスとなっていたのだろう。

念願の新事業

美容関連事業と並行して飯島愛が進めようとしていたビジネスが、女性向けにコンドームなどを通信販売する事業だった。
2003年から毎年「世界エイズデー」のイベントに出演するなど性感染症予防に対しては強い興味を持っていた彼女にとって、それは念願とも言えるビジネスだったのだ。
新たなビジネスパートナーも見つかり、コンドームの通信販売事業は着実に進んでいた。
『女性自身』2008年8月5日号でも、「飯島愛 引退から1年4ヶ月 〝ニート脱出〟の新事業は『大人のおもちゃ屋』」として、この新ビジネスのことが報じられている。

飯島愛が始める新しいビジネスとはいったいーー。
「じつは『大人のおもちゃ屋』を始めようとしているのです」(業界関係者)
かつてはセクシータレントとして活動した彼女だが、今回のビジネス構想はどこから生まれてきたのか。業界関係者は続ける。
「もともと彼女は、HIVの予防などに対する関心が高い。それでコンドームの販売を含めた事業展開を考えたのではないでしょうか」
たしかに、彼女は自ら性病検査を受けたときの心情を、著書『プラトニック・セックス』に記した。またHIVの感染についても「決して他人事とはいえない問題」とコメントしたこともある。

そのネットショップ『ポルノホスピタル』は、いよいよ12月24日にオープンする予定となっていた。
12月6日には、宇都宮で行われたエイズ啓発イベントに出演。その時の様子とその後の電話取材が、『週刊朝日』12月26日号に掲載されている。

12月6日、宇都宮のオリオン通りでなぜかコンドームを配っていたのは、07年3月に芸能界を引退した飯島愛さん(36)。
宇都宮西ロータリークラブ主催のエイズ啓発イベントにシークレットで参加していた。
通行人は一瞬「あれ?」という表情を浮かべ、やがて歓声を上げる。人気は健在だ。その後、野外ステージでの婦人科医の赤枝恒雄医師とのトークショーでも、シモネタ満載の爆笑・啓蒙トークで観客をひきつけた。
後日、「昔(本誌に)連載してたから、まあいっか」と、電話で話が聞けた。(中略)
――今は元気?
ゆっくり休んだし、お金がないから働かなきゃって。最近、投資会社に借金して、私が社長の会社を始めました。でも、社長は大変だから、部長になりたい。新社長募集中です。
――もう?  どんな会社?
女の子の悩みに応える、オリジナルのコンドームやバイブ、コスメなど……シモのケア用品? そういうものをサイトで売る。かっこいいシモネタ産業ですね。もうすぐショッピングサイトもオープンします。その先は、お客様に育ててもらおう、みたいな。
――そのシモネタ産業を選んだのはなぜ?
いや「かっこいい」シモネタ産業(笑い)。最初は儲かると思ったの。でも意外に儲かんないのよ、これ。ただHIVが増えてるから、何か(力を貸せる)ステキなこともしたいなって。芸能界? もう難しいと思う。前よりぐだぐだ人間だし。今や私の知らないかわいいコばっかりだし。
そんな飯島社長の「かっこいいシモネタ産業」のサイト「ポルノホスピタル」は、近日中には「オープンしてるんじゃん?」だそうです。

ちなみにこの記事が掲載された『週刊朝日』の実際の発売日は12月16日である。

その日に”事件”は起き、「ポルノホスピタル」がオープンする予定であった24日に、それは報道された。

筆者について

安田理央

やすだ・りお 。1967年埼玉県生まれ。ライター、アダルトメディア研究家。美学校考現学研究室卒。主にアダルト産業をテーマに執筆。特にエロとデジタルメディアの関わりや、アダルトメディアの歴史の研究をライフワークとしている。 AV監督やカメラマン、漫画原作者、イベント司会者などとしても活動。主な著書に『痴女の誕生―アダルトメディアは女性をどう描いてきたのか』『巨乳の誕 生―大きなおっぱいはどう呼ばれてきたのか』、『日本エロ本全史』 (以上、太田出版)、『AV女優、のち』(KADOKAWA)、『ヘアヌードの誕生 芸術と猥褻のはざまで陰毛は揺れる』(イーストプレス)、『日本AV全史』(ケンエレブックス)、『エロメディア大全』(三才ブックス)などがある。

  1. 第0回 : はじめにー90年代に何が起きていたか
  2. 第1回 : “ノスタルジックで清楚な美少女”ー初期の飯島愛
  3. 第2回 : 1992年は飯島愛の年だった
  4. 第3回 : ランキングから消える飯島愛の「変化」
  5. 第4回 : 「AV業界」との複雑な関係
  6. 第5回 : 『ギルガメッシュないと』が生んだスター
  7. 第6回 : 期待される「キャラ」と「役割」
  8. 第7回 : 「ライバル」たち、そして東大五月祭事件
  9. 第8回 : 自衛隊との「共演」、そして「テレビCM」へ
  10. 第9回 : 飯島愛と“ギャル”の誕生
  11. 第10回 : 「外見と違って、実はちゃんとしている」という物語
  12. 第11回 : CGアーティストという「夢」
  13. 第12回 : 引退と卒業、評価と中傷
  14. 第13回 : 20世紀最後のベストセラー、『プラトニック・セックス』
  15. 第14回 : 同構造の「純愛」物語――”ケータイ小説”と『プラトニック・セックス』
  16. 第15回 : フロム・サイレンスーー残された1枚のアルバム
  17. 第16回 : 「正直、飽きた」
  18. 第17回 : 唐突な引退
  19. 第18回 : 束の間のセカンド・キャリア
連載「飯島愛のいた時代」
  1. 第0回 : はじめにー90年代に何が起きていたか
  2. 第1回 : “ノスタルジックで清楚な美少女”ー初期の飯島愛
  3. 第2回 : 1992年は飯島愛の年だった
  4. 第3回 : ランキングから消える飯島愛の「変化」
  5. 第4回 : 「AV業界」との複雑な関係
  6. 第5回 : 『ギルガメッシュないと』が生んだスター
  7. 第6回 : 期待される「キャラ」と「役割」
  8. 第7回 : 「ライバル」たち、そして東大五月祭事件
  9. 第8回 : 自衛隊との「共演」、そして「テレビCM」へ
  10. 第9回 : 飯島愛と“ギャル”の誕生
  11. 第10回 : 「外見と違って、実はちゃんとしている」という物語
  12. 第11回 : CGアーティストという「夢」
  13. 第12回 : 引退と卒業、評価と中傷
  14. 第13回 : 20世紀最後のベストセラー、『プラトニック・セックス』
  15. 第14回 : 同構造の「純愛」物語――”ケータイ小説”と『プラトニック・セックス』
  16. 第15回 : フロム・サイレンスーー残された1枚のアルバム
  17. 第16回 : 「正直、飽きた」
  18. 第17回 : 唐突な引退
  19. 第18回 : 束の間のセカンド・キャリア
  20. 連載「飯島愛のいた時代」記事一覧
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