局地的なエリアで親しまれる酒カルチャーがある。東京都板橋区周辺だけで体験できる「牛乳割り」もそのひとつだ。以前雑誌の取材で何軒か牛乳割りを出すお店をまわったが、そのなかで牛乳割り関係なく大好きになってしまったお店がある。近所の常連客の笑い声がたえないそのお店の圧倒的な魅力とは。
東京のなかの、それも板橋区周辺に限るというかなり局地的なエリアで親しまれている「牛乳割り」という酒カルチャーがある。
発祥は、住所こそ豊島区だが、板橋区と隣接する西巣鴨にかつてあった老舗もつ焼き店「高木」と言われており、そこの定番が、甲類焼酎を牛乳で割った「牛乳割り」だった。これをまねる店が板橋区を中心に次第に増えはじめ、やがて牛乳割りは板橋区の隠れた名物となってゆく。
数年前、雑誌『散歩の達人』の企画で、この牛乳割りを出している店を数軒めぐる機会があった。大好きだったが残念ながら閉店してしまった板橋駅近くの町中華「平家」や、新鮮な魚介類が売りの老舗「北海」など、名店ばかりで飲み歩く楽しい取材だった。実を言うと、僕はあまり牛乳が得意ではなく、ふだんはまったく飲まない。けれども焼酎を割ると不思議なほどに飲みやすく、少し苦手な香りや後味をまったく感じることなくすいすい飲めてしまう。そして、どんな料理にも合う。
その取材の際に初めて訪れ、もはや牛乳割りどうこうを抜きにして大好きになってしまったのが、大山にある「わいわい」だった。
カウンターが数席のみの小さな店で、看板に大きく「立ち飲み」と書かれているものの、椅子があるので座って飲める。営業時間が昼の12時からなのも嬉しいし、安くてうまいのは当たり前。ただ、それらの要素はわいわいにとっては単なる大前提であって、僕が一発で骨抜きにされてしまった最大の理由は、個性爆発のマスターと、店員のみゆさんの、あまりにも魅力的な人柄だった。
取材で初めて訪れたとき、「今日は牛乳割りの取材で伺いました」とご説明すると、マスターは「あ、そうだったっけ? いいね〜。よろしく!」と軽快なノリで応じてくれた。笑ったのはそのあとで、メニューにあったのは「牛乳割り」「青汁牛乳割り」「ウコン牛乳割り」の3種類。ところがマスターは、「う〜ん、もうちょっと色味が欲しいよね。ちょっと待ってて!」と買いものに行ってしまい、トマトジュースやオレンジジュースなど数種類のドリンクを買ってきて、次々ジョッキの牛乳割りに足してゆく。「いや、雑誌に掲載するので、お店で出されているものでないと……」と説明すると、「でもさ、赤い色もあったほうが綺麗でしょ? 大丈夫大丈夫、メニューには加えとくから!」とのこと。結果、白が基調の牛乳割り特集において、わいわいのページだけがやたらカラフルなことになってしまったのだった。
マスターは常にパワフルで、アイデアが無限に湧いてくるようなタイプらしく、行くたびに料理も酒も新メニューが増えている。つまりそもそも、牛乳割りも特に板橋の歴史には関係なく、マスターが勝手に考えてメニューに加えていたものだったらしい。そんな経緯も含めて最高だ。
ちなみにある日、わいわいで飲んでいるとマスターが、「私はね、かつてはビジネスマンで、日本のレンタルビデオの歴史を作ったんだよ!」とやけに大きなことを言ってきたことがある。それを「またまた〜」などと聞いていたが、「ほら」と言って差し出された古いビジネス誌に、本当にそういう内容のインタビューが、マスターの写真とともに掲載されていたのには驚いた。まだまだいろいろなエピソードを持っていそうで、底知れない男すぎる。
忘れてはならないのがもうひとりの店員、みゆさんの存在。常に明るくて記憶力抜群。マスターから飛び出す下ネタの対応にも慣れたもの。接客業の鏡のような人で、ふたりが揃ってしまうともう最強。常連客たちの笑い声が絶えない、僕に撮っては理想郷のような酒場なのだった。

数種のもつをじっくり煮込んだ名物「もつ煮込み21」。謎の21という数字は原材料の数らしい。一品料理は壁を埋めつくす短冊メニューが無数にあるし、手作りのカレーライスも人気だ。ひとり1日1回だけ頼める、数種のおつまみとドリンクのセット「500円セット」は、スタートにぴったり。
玉子料理が豊富なのも玉子好きの僕としては嬉しく、先日、どんなものが出てくるんだろう? と頼んでみた「目玉つつみ焼き」(税込385円)は、白身をこんがりと焼いた玉子ふたつぶんの目玉焼きを、黄身を内側にして折り畳み、レタスにのせただけのもの。見た目はただの白身焼きなんだけど、箸でつつくと中心から半熟の黄身があふれだし、全体を絡めて食べるとたまらない。
食べるたびに感動するのが「ちくわサラダ」(528円)。ちくわサラダとは、ちくわの穴にポテトサラダを詰めて天ぷらにした、「おべんとうのヒライ」という店で生まれた熊本県のご当地グルメ。現地ではないものの、居酒屋などで数回食べたことはあった。が、熊本出身のマスターは気合が違うのか、単に腕がいいのか、僕が今まで食べたどのちくわサラダよりも、わいわいのものが圧倒的にうまい。ちくわの穴にたっぷりと詰め込まれた、具がごろごろのポテトサラダ。ふわりとしたちくわ。さくさくの衣。それらが融合し、「ポテサラとちくわの天ぷら」ではなく、きちんと組み合わせに意味のある「ちくわサラダ」という絶品料理になっているのが素晴らしい。
飲みものはそれこそなんでもあるが、僕のおすすめは、ここに来たら1杯は飲んでおきたい、体に良さそうな味の「ウコン牛乳ハイ」(495円)。
先日訪れた機会が、コロナ以来というかなり久しぶりのタイミングになってしまったが、おふたりが変わらず元気だったのが本当に嬉しかった。しかもありがたいことに、数回飲みに行っただけの僕のことをしっかりと覚えていてくれて、マスターが「柑橘系の牛乳サワーは廃止にしちゃったよ。さっさと飲まないと分離するから!」と言っていたのにも笑った。
あ、そういえばひとつ、大切なことを書き忘れていた。わいわいのカウンター内にはアンプやスピーカー、マイクスタンドなどのサウンドセットがあるが、これは客がカラオケをする用ではない。興がのったときにマスターが、ギターを弾きながらライブをするためのものだ。マスターの歌はプロ級で、しかも商店街で大丈夫? っていうくらいしっかりとした音量が出るので、酔っぱらい客たちはそりゃあ大いに盛り上がる。その瞬間に立ち会えたらラッキー。ちなみにマスターの十八番は、谷村新司をはじめとしたフォーク全般だ。

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『酒場と生活』毎月第1・3木曜更新。次回第41回は第1金曜日、2026年2月6日(金)17時公開予定です。
筆者について
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。







