2022年11月25日に緊急出版された荻上チキ編著『宗教2世』。本書に掲載されている「社会調査支援機構チキラボ」による宗教2世当事者1131人へのアンケート調査は、NHK・日テレ・TBS・テレ朝・朝日新聞・毎日新聞・読売新聞など各メディア、そして国会でも取り上げられ、話題となった。なぜ、いま、本書が書かれなければならなかったのか。本書から「はじめに」をまるまる全文、公開する。
はじめに
「え? 撃たれた? 誰が……安倍?!」
2022年7月8日の正午。新宿で友人たちと食事をしていると、ラジオ番組のプロデューサーから電話がかかってきた。私の電話嫌いを知っているため、よほど緊急のときでないとかけてこない人物だ。
なんだろうと思いながら通話ボタンを押すと、彼は緊迫した声で事情を告げる。用件を聞き、私が口にしたのが、先の言葉であった。ドラマでしか聞かないようなせりふまわし。そんな言葉を、まさか自分が口にするとは。
ふとテーブルのほうを振り返る。同席していた友人たちと目が合う。どうやら友人たちのスマホにも、緊急ニュース速報が届いたらしい。
一同は瞬間、私の事情を察し、「うんうん」と首を縦に振った。そして手を前後に振りながら、「行け行け」というジェスチャーをしてみせた。
「ありがとう。会計は追って払うから」
席に戻ってそれだけ告げると、すぐにタクシーに乗り、赤坂にあるTBSラジオのスタジオに向かった。緊急特番に備えるためであった。
車中で思考を整理する。銃とはどういうことなのか。誰が撃ったのか。いかなる背景があるのか。社会的影響はどのようなものになるのか。
スマートフォンで速報を確認する。「心肺停止」の文字が飛び込んでくる。かなりの確率で、厳しい事態になりそうだ。安倍元首相の近親者の心境は、いかばかりだろうか。
いずれにしても、いまは選挙期間中だ。事件によって選挙活動や投票行動に影響が出てしまえば、民主主義を揺るがすものとなる。
また、一般的な犯罪報道では、憶測や流言が飛び交うこともある。そうした情報を抑止することにも努めなくてはならない。
20分ほどで赤坂に到着する。この日の放送では、簡素なコメントを繰り返すことに終始した。
動機がわからないままで、決め付けの報道は避けること。選挙活動を継続することが重要であること。暴力は肯定されてはならぬこと。流言には注意が必要なこと。
こうした原則は、何度確認しても足りぬほど重要なものだ。社会のあり方は、何かしらの「出来事」によって、一方的に変更されるようなものではない。市民が「出来事」にどのように反応するか。つまり「受け止めのあり方」によって、社会の変化のありようが左右される。
だからこそ、確かな情報が出てくるまでは、民主主義社会の営みを維持すること。その努力を自ら放棄することこそが、社会的な危機になりうること。その日のラジオでは、そうした「凡庸な呼びかけ」をただ連呼したのだが、これはいまでも、重要かつ必要な振る舞いだったと感じている。
他方で、事件の様相が明らかになるにつれ、注目される議題は大きく変わっていった。その後の展開は、多くの人が知るとおりである。
事件当日、安倍元首相は帰らぬ人となった。安倍元首相銃撃事件の容疑者が、親が旧統一教会にのめり込んだという「宗教2世」であったことが、断片的に伝えられた。当初、その発言の裏付けができなかったメディアは、「特定の団体と安倍元首相につながりがあると思い込んだ」といった報道を行っていた。
だが、それがただの「思い込み」だと片付けられないことを、長らくこの問題に関わっていた複数の専門家が補足していった。
実際に、安倍元首相は、旧統一教会関連のイベントに祝電を送ったり、ビデオメッセージを寄せたりしていた。そのため、語られた犯行動機について、ただの「思い込み」として片付けようとすることは、難しいだろうと感じた。
何かしらの事件が起きたとき、「同様の出来事が二度と起きない社会」をどう作ればいいのか、という議論が起こる。その内容は常に、玉石混淆である。
ただこの時期の報道は、容疑者がSNSなどで多くの発信を行っていたことや、安倍元首相などの議員たちが、かねて旧統一教会との深い関係を築いていたことが明確だったことから、「旧統一教会と政治家との接点」という論点に、あっという間に集約していった。
容疑者の発言に関する警察発表が露骨に減少する一方で、メディアは、旧統一教会と政治家との関わりに注目し、続々と報じていった。
とりわけ自民党政治家との関わりは広く、深かった。にもかかわらず、自民党は「党としての関与」を否定することに尽力するあまり、他党と比べても、あらゆる対応が後手に回っていた。党内調査にもなかなか踏み切らず、メディア取材から逃れようとする議員たちが目立った。政権与党の、あまりに消極的に見える姿勢に対し、市民の目はより厳しいものとなっていった。
これは、岸田政権にとって、大きな逆風となっていた。安倍元首相の訃報を受け、主に保守的な支持者らから「国葬を」という声が上がった。そこで、岸田首相は「国葬儀」の実施を閣議決定によって決めた。しかし、事件に対する注目の集まり方により、支持率も、「国葬」への賛成率も急落することとなった。そうした世論になんとか応えようと、岸田政権は新たに、霊感商法対策の検討会を立ち上げるなどして、遅まきながら問題に取り組む姿勢を見せ始める。
次第に、報道は政治との関与以外の論点も、掘り下げ始める。消費者被害の救済、カルト団体の解散可能性、そして宗教2世の苦しみなどである。
私も大学院生時代、「保守勢力によるジェンダーバッシング」をテーマに修士論文を書いている。そしてその調査経験から、共著者である山口智美・斉藤正美とともに、『社会運動の戸惑い』という本をまとめたことがある。
同書では、旧統一教会をはじめとした宗教関係者や右派関係者が、政治家と連携しながら、どのような社会的影響をもたらしたのかを整理した。また、旧統一教会の関係者へのインタビューも行っており、その影響についても理解していた。
旧統一教会と保守政治家は、とりわけ「家族と性」に関する理念の合致によって、結託と連携を強めていた。そこで、ほかのテーマほどではないが、男女平等や性的マイノリティの権利をめぐる問題に注目するメディアも少なからず出てきた。
消費者被害やマインド・コントロール、正体を隠しての勧誘、多額の献金、差別的な教義、そして権利を侵害される子どもたち。このように当事者たちの苦しみが長らく続いてきたにもかかわらず、放置されてきたことへの問題意識が短期間で高まった。それまで押さえられていたふたが、吹き飛んだかのように。
私は評論家として、「荻上チキ・Session」(TBSラジオ)というラジオ番組のパーソナリティを務めている。
番組ではたまたま、安倍元首相の殺害事件がある前から、「選挙が終わったら、宗教と政治や、宗教2世に関する特集をしよう」と決めていた。そのため、事件を受けてもその方針を変えず、さまざまな特集を展開していった。
特に力を入れたのが、「宗教2世」の特集である。「Session」は普段から、人権や社会福祉を重視し、声を上げにくい当事者の問題を取り扱うことが多い番組だ。だからこそ、事件報道によりクローズアップされ、感情を揺るがされている「宗教2世」たちの体験を共有できる場所になればと思い、放送を重ねた。
多様な当事者の体験に触れていくと、「宗教2世」の問題は必ずしも、旧統一教会の信者の周りのみで起こるとは限らないことがわかる。伝統宗教であれ新宗教であれ、「家の宗教」あるいは「親の宗教」によって人生を左右されたという経験を味わった者は少なくない。それがどのようなものなのか。その実相を明らかにすることに努めた。
本書は、こうして放送されたラジオ特集をもとに、さらなる加筆を行ったものである。
専門家や当事者などを招き、じっくり話を聞くという番組構成を生かすことで、「宗教2世」を取り巻く問題を、多角的に描くことを目指して作られた。
番組に寄せられたメールについても、投稿してくれたリスナーに許諾を得て、再録した。放送中に送られてきたメールからは、いまを生きる人間としての息遣いのようなものが伝わってくる。本書にちりばめられたメールの数々からも、「宗教2世」当事者の思いが、断片的にであれ伝わるものと思う。
またさらに、より広く「宗教2世」の実態に迫るため、新たな調査を行うことにした。私が所長を務めている「社会調査支援機構チキラボ」にて、宗教2世当事者へのアンケート調査を行った。また、各メディアが「宗教2世」にどれだけ着目したのか、その報道量についても新たな調査を行った。
アンケート調査には、1000名を超える「宗教2世」当事者から回答を頂いた。調査では、さまざまな項目の体験率を回答してもらっただけでなく、自由記述欄を設けて、各々の体験の具体的な内容なども記入していただいた。
そのため本書では、他に類を見ないほど、「宗教2世」当事者たちの膨大な肉声を届けることができている。
調査で得られたデータと、当事者たちの実体験は、各章の特集テーマに合わせて掲載していく。宗教も地域も世代もジェンダーも異なる、多くの当事者たちの声は、「宗教2世」問題を立体化するうえで、とても有意義なものになるはずだ。
いままでなかなか可視化されてこなかった、当事者たちのリアル。じっくりと耳を傾け、これから向かうべき社会のあり方を、ともに考えてほしい。
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本書『宗教2世』(2022年11月25日発売)では、TBSラジオ「荻上チキ・Session」の全面協力のもと、選べなかった信仰、選べなかった家族、選べなかったコミュニティ、そして社会からの偏見に苦しんできた2世たち1131人の生の声を集め、信仰という名の虐待=「宗教的虐待」(スピリチュアル・アビューズ)の実態に迫っています。
また、12月23日(金)には、『宗教2世』(太田出版)刊行記念 荻上チキ×松本俊彦トークイベント 「『宗教と依存』――カルトを渡り歩く人たち」が開催。精神科医の松本俊彦さんと本書の編著者であるチキさんが、「宗教と依存」というテーマで語り合います。ご来店、またはオンラインでご参加可能です。詳しくは、Peatixイベント案内ページよりご確認ください。
筆者について
おぎうえ・ちき 1981年、兵庫県生まれ。評論家。「荻上チキ・Session」(TBSラジオ)メインパーソナリティ。著書に『災害支援手帖』(木楽舎)、『いじめを生む教室 子どもを守るために知っておきたいデータと知識』(PHP新書)、『宗教2世』(編著、太田出版)、『もう一人、誰かを好きになったとき:ポリアモリーのリアル』(新潮社)など多数。