『日本エロ本全史』『日本AV全史』など、この国の近現代史の重要な裏面を追った著書を多く持つアダルトメディア研究家・安田理央による最新連載。前世紀最後のディケイド:90年代、それは以前の80年代とも、また以後到来した21世紀とも明らかに何かが異なる時代。その真っ只中で突如「飯島愛」という名と共に現れ、当時の人々から圧倒的な支持を得ながら、21世紀になってほどなく世を去ったひとりの女性がいた。そんな彼女と、彼女が生きた時代に何が起きていたのか。彼女の衝撃的な登場から30年以上を経た今、安田理央が丹念に辿っていきます。(毎月第1、3月曜日配信予定)
※本連載では過去文献からの引用箇所に一部、現在では不適切と思われる表現も含みますが、当時の状況を歴史的に記録・検証するという目的から、初出当時のまま掲載しています。
90年代で最も印象深く語られるテレビのお色気番組と言えば、やはりテレビ東京の『ギルガメッシュないと』ということになるのだろう。
日本のお色気番組の歴史を総括した『【昭和・平成】お色気番組グラフィティ』(佐野亨・編 河出書房新社 2014年)でも、「九〇年代のお色気番組の中でも未だに多くのファンに語り継がれ、あらゆる伝説を残した名番組といえば『ギルガメッシュないと』だ」「思春期真っ只中の中高生男児をはじめ、若年男性の間で人気を博した」「深夜ニ五時過ぎからの放送にもかかわらず九・四パーセントという最高視聴率を叩き出す快挙を成し遂げた」と重要視され、2022年には動画配信サービス「Paravi」で『ギルガメッシュないと』の制作の裏側をモデルにした連続ドラマ『ギルガメッシュFIGHT』まで作られている。
1960年の『ピンク・ムード・ショー』(フジテレビ系)で始まった日本のお色気テレビ番組は、『11PM』(日本テレビ系)や『トゥナイト』(テレビ朝日系)を経て、80年代半ばに『オールナイトフジ』(フジテレビ系)、『グッドモーニング』(テレビ朝日系)、『TV海賊チャンネル』(日本テレビ系)、『ミッドナイトin六本木』(テレビ朝日系)などがしのぎを削る全盛期を迎えるも、その内容の過激化が国会で取り上げられるなど風当たりが強くなり、失速する。
しかし1991年10月にテレビ東京が『平成女学園』、そして『ギルガメッシュないと』という番組を成功させると再び盛り上がりを見せるようになった。とはいえ『ギルガメッシュないと』も、当初は情報番組として作られており、お色気要素も含んでいたものの、その割合は低いものであった。
この時期は視聴率が伸び悩んだこともあり、1992年1月に大幅なリニューアルを断行。グラビアアイドルとして人気が上昇していた細川ふみえを司会に起用すると同時に、お色気要素の強いコーナーを増やしていった。
「情報」から「お色気」への路線変更
そして2月にこの番組に登場したのが、飯島愛だった。
『プラトニック・セックス』には本人の回想として、テレビ出演に気乗りがせず、2時間遅刻してリハーサルをすっぽかしてしまい、険しい顔をしたディレクターから渡された台本を読んで初めて自分が『Tバックで読むニュース』のコーナーに出演することを知ったというくだりがある。
緊張し、頭の中が真っ白な状態でなんとか本番をこなすと帰り際にプロデューサーから「レギュラーになったから、よろしく」と声をかけられる。
こうして自分は『ギルガメッシュないと』のレギュラー出演者となった、と書かれている。
豊田正義の『独りぼっちの飯島愛 36年の軌跡』では、プロデューサーが飯島愛のプロダクション社長をこう口説いたとされている。
「女の子がニュースキャスター風にキメて画面に登場し、本当にニュースを読んでもらう。内容は、くだらないことでも何でもかまわわない。で、真面目に原稿を読み上げると、それまでバストアップを撮っていたカメラがスッと後方に引いていく。女の子の下半身が現れると、そこにはなんとTバックが! どうよ、これ?」
この提案を聞いた社長は「レギュラー出演であれば」という条件を付け、『ギルガメッシュないと』の1コーナー「GNNヒップライン」への出演が決まったという。
産経新聞1994年1月6日付東京夕刊の「志高くカメラは低く セクシーアイドル続出 ギルガメ旋風」という記事で、プロデューサーの工藤忠義が当時の状況を語っている。
「女性にも喜んでもらえるエッチ番組が目標だった。『志は高く、カメラは低く』――。他局の四分の一の予算でやれといわれて始めたので、キャバクラのホステスさんに大挙出演してもらったり、まだ無名同然だったタレントを使ったり…。ギャラは少ないけどスターに育てるから、と所属事務所を説得した」
(中略)そうしてまず、生まれたスターが細川ふみえだ。一回目の放送にゲスト出演し、「顔、声のかわいらしさと、豊かなバストとのアンバランス。まだ、ぎこちないが女性にも受けるセクシーアイドルになる」とスタッフの目に留まった。
その期待通り、ものマネで一躍有名になった岩本恭生との司会コンビで〝天然ぼけ〟風の味を出しながら本気で赤面。茶の間から熱い支持(?)が寄せられた。
(中略)一方、細川に次いでギルガメから誕生したスターは、飯島愛。アダルトビデオに一本五百万円で出演していた飯島が、番組登場一回目には二万円のギャラでOKした。頭の回転の速さに加え、トレードマークの〝Tバック〟を惜しみなく披露。「おシリを見せることしか能のない飯島愛でーす」と開き直って、女性からの人気も急上昇した。
工藤プロデューサーは、後に産経新聞東京夕刊に『工藤忠義のだからテレビは面白い』という連載を持つようになり、『ギルガメッシュないと』の裏話などを書くようになる。
岩本恭生さん、細川ふみえちゃんのレギュラーでスタートした番組で、ふみえちゃんは、あまりお色気過剰なセリフをいっても似合わないので、それにふさわしいタレントを探していたところ、アダルトビデオの人気者・飯島愛ちゃんがクローズアップされました。
局の中にはAVに出演したタレントは、レギュラーにしてはいけないと反対する人もいましたが、その愛くるしい容姿と頭の回転のよさは魅力的でした。(産経新聞 1995年3月11日付東京夕刊)
実際には『ギルガメッシュないと』初出演の時点では、まだ飯島愛出演のAVは発売されていないので「アダルトビデオの人気者」という表現にはズレがある。
また、飯島愛本人による『プラトニック・セックス』をはじめとする多くの文章で、『ギルガメッシュないと』への初登場からTバックでニュースを読む「GNNヒップライン」を担当しているかのような記述があるのだが、実際には、1992年2月22日の放送で、レポーターの一人として登場し、取材先でいきなりスカートを脱いでTバックのヒップを披露し、同行していた池谷亨アナウンサーを赤面させたのが初登場のようだ。
そして翌週の2月29日分では、5人のボディコン女性のうちの一人として「ボディコンDEスポーツ」というコーナーに出演し、大胆に大股開きで下着を丸見えにさせている。
「GNNヒップライン」が始まったのは4月4日放送から。もしかすると収録時期が前後したのかもしれないが、おそらく最初は多数の出演者の一人としてキャスティングされたが、評判がよかったためにクローズアップされたというところだろう。
『ギルガメッシュないと』のお色気路線へのリニューアルは大成功し、『週刊現代』1992年4月18日号では、早くも人気番組として「ギルガメッシュないと(テレビ東京)の美女軍団」という特集が組まれている。
土曜深夜に視聴率7%、シェア(その時間にテレビを見ている人における視聴率)は41%と2人に1人に近い人間が〝ギルガメッシュないと〟を見ているわけで、これはひと頃の鈴木保奈美騒動に匹敵する大事件なのだ。
この特集では司会の細川ふみえ、「夜食バンザイ」コーナーで裸エプロン姿を披露したAV女優の野坂なつみ、「ボディコンDEスポーツ」の主力選手である久美晶と並んで飯島愛が登場している。
ギルガメッシュの〝Tバックギャル〟が愛クンだ。「ゼーンゼン抵抗ないでーす」。自信があるだけに、とっても丸くてヨイ形をしてらっしゃる、ヒップが。しかも見ての通りの美形。先ごろCNNが番組を取材に来て、全米に映像が流れたのに気をよくしてか、4月からスタートしたコーナー『GNNニュース』ではTバックの報道記者という大役。イメージビデオや写真集も矢継ぎ早に発売。「今年、ヌカせます、イかせます(笑)」。女神だぁ。
パロディである「GNNニュース」を本家CNNが取材に来たとよく語られるが、実際にはCNNが取材に来たことを逆手にとってコーナーを作ったらしい。
声優、そして「芸能人」へ
リニューアル後、急速にこれだけの人気番組となった『ギルガメッシュないと』で、頭角を現し、プッシュされていたのが飯島愛なのだ。
その話題の彼女がAVでもデビューするというのだから(撮影は、『ギルガメッシュないと』出演前ではあったが)前章で語ったようにその出演作が大ヒットするのも当然だろう。
6月には、ビデオオリジナルアニメ『妖獣戦線 アドベンチャーKID』(ムーフィルム 7月21日発売)で声優に初挑戦。ヒロイン、みどりの役を担当した。
『妖獣戦線』は、『うらつき童子』で知られる漫画家・前田俊夫の同名作品のアニメ化で、海外でも発売された。
そのアフレコ風景は取材陣に公開され、「FLASH」などの雑誌で取り上げられた。
(前略)彼氏の目前で犯されて、泣きわめきつつも次第にヨガっていくとゆ~難しい演技に、百戦錬磨の愛クンも四苦八苦……。
「いやァ、思っていた以上に難しくって。画面もエッチでしょ、ワタシのやってるようなのは(AVだと)モザイクでカットされるけど、アニメはリアルだから恥ずかしかった。バイブそっくりのオチンチン見たら、うわァって言いそうになっちゃった」
(中略)「アニメのミドリちゃんってコは、凄く清純でカワイイ女のコなんですね。だから映像とワタシを照らし合わせないで、可憐なミドリちゃんでヌイていただいてもいいし……主人公になりきって本気でワタシも声を出してるワケですから、あ、愛チャンはアソコをこ~されるとこ~ゆ~声を出すのか……ってカブせて聴いていただいても面白いんじゃないかと(笑)」(「FLASH」 1992年6月16日号)
誌面ではマイクの前で胸と股間を手で揉みしだく姿まで披露したり、原作者の前田俊夫に寄り添ったツーショットを見せたりとサービスも満点だった。
さらに7月からは、『ギルガメッシュないと』で、飯島愛が婦人警官やエレベーターガールとなるコント「ルール」や、ホラー風味の「ショートスリラー」といったコーナーも始まる。
いずれも、当然のようにやたらとTバックのヒップを見せつけるなどお色気重視の演出であったが、飯島愛が『ギルガメッシュないと』の顔であることを印象づけた。
2月に『ギルガメッシュないと』に初登場してから、わずか半年で、飯島愛は一躍、注目される「芸能人」となっていたのである。
筆者について
やすだ・りお 。1967年埼玉県生まれ。ライター、アダルトメディア研究家。美学校考現学研究室卒。主にアダルト産業をテーマに執筆。特にエロとデジタルメディアの関わりや、アダルトメディアの歴史の研究をライフワークとしている。 AV監督やカメラマン、漫画原作者、イベント司会者などとしても活動。主な著書に『痴女の誕生―アダルトメディアは女性をどう描いてきたのか』『巨乳の誕 生―大きなおっぱいはどう呼ばれてきたのか』、『日本エロ本全史』 (以上、太田出版)、『AV女優、のち』(KADOKAWA)、『ヘアヌードの誕生 芸術と猥褻のはざまで陰毛は揺れる』(イーストプレス)、『日本AV全史』(ケンエレブックス)、『エロメディア大全』(三才ブックス)などがある。