白央篤司さんが加齢に伴う心身の変化に食を通して向き合ったエッセイ『はじめての胃もたれ』(太田出版)の刊行を記念して、小説家・角田光代さんをゲストに、今野書店さんで開催されたトークイベント「食べること、飲むこと大好き人間たちの、加齢とご飯とメンテナンス」。
食べること、飲むことが大好きなお二人が、加齢に伴う様々な変化を語り合った当日の様子を、抄録としてOHTA BOOK STANDにてお送りします。
はじめて「野菜を食べたい」と思った
白央 『はじめての胃もたれ』の刊行記念イベントを今野書店さんからご提案いただいたとき、「誰かゲストを」と言われて真っ先に浮かんだのが、角田さんでした。というのも角田さんのエッセイ集に、年齢と共に食の好みが変わったり、体のあちこちが今まで通りにはいかなくなったり……的なことをつづられた『私の容れもの』(幻冬舎)という本があるんです。『はじめての胃もたれ』を書く前にこの本を読んで面白くて、なるほど私もいろいろ変わってきたな……と感じ入って書き始めて。ですからもうダメ元でお願いしてみようと。ご快諾いただけたときは編集者と一緒に驚きで叫びました(笑)。角田さん、今日はよろしくお願いいたします。
角田 ありがとうございます。まずは『はじめての胃もたれ』のご出版おめでとうございます。私はこの本を読んで、はじめて「野菜を食べたい」と思うようになりました。
白央 えっ、ありがとうございます。でも角田さん、『今日もごちそうさまでした』(新潮社)という本で、好きではなかった野菜にいろいろトライしては好きになっていく様を書かれていましたね。
角田 決まりきった野菜ばかり食べていて、手を出していない野菜があるんです。でも、ご本を読んでいたら非常に魅力的に書かれていて。それで積極的に買って食べるようになりました。
白央 ありがとうございます……どうしよう、いきなり感激して喋れなくなっちゃいました(笑)。
40代になると豆腐に目覚める
白央 角田さんはずっと肉好きとして有名で。以前のインタビュー記事で、夫さんと出会った頃「肉が好きじゃなくて白身の魚が好きだと言うので、覇気のない若者だ」的に思ったと書かれていたので、今日お目にかかるのがちょっと怖かったです(笑)。
角田 20代の頃は肉好きを自称していたんですが、40代になって霜降り肉が食べられなくなり、そのあとカルビがダメになって、いまは赤身もつらくなってきました。でも長年肉好きであることを公言してきたので、食事に誘ってくれるほぼすべての人が「今日はお肉ですからね」って言ってくるんですよ。食の好みが変わったことを伝えても「まあまあ、遠慮しなくても」みたいな……。ブックフェアで台湾に行ったときも「角田さん、今日はお肉ですから」って言われたんですよ。
白央 現地の人からですか?
角田 はい。おそろしいですよね(笑)。
白央 すごいな、イメージってなかなか変わらないですよね。20代の頃から変わらない部分はありますか?
角田 魚卵好きは変わらないです。魚卵部っていうのがあるんですけど。
白央 魚卵部!
角田 部長は私です。お肉と違って魚卵専門のお店ってないですよね。だから「今日は魚卵ですよ」って言われることがないんですよ。白央さんは、小さい頃から変わらない食の好みはありますか?
白央 自分は小さい頃からさほど肉愛がなかったんです。魚好きで、煮つけを喜んで食べる子で。一般的に子どもが好む唐揚げをさほど喜ばず、「作り甲斐がなかった」なんて母に言われますね。
角田 昔から煮つけとか野菜が好きだと、あまり加齢を感じないんじゃないですか。
白央 たまの贅沢で肉を食べるのは好きなんですよ、すき焼きや焼肉ってハレ感があるじゃないですか。それが『はじめての胃もたれ』に書いたように、40代に入って牛カルビを食べたら、むかむかして気持ち悪くなってしまって。
角田 ご本の話をしていたら、仲のいい人の方のお子さんから「胃もたれってなに?」って聞かれたんです。「脂っぽいものを食べた後に『うっ』ってなる感じだよ」って答えたら「お腹いっぱいになるってこと?」って言われちゃって。子供って本当に胃もたれを知らないんだなあって感激しました。
白央 その子もいつか……。
角田 30年後くらいに(笑)。加齢にともなって、他に大きな食の変化はありましたか?
白央 厚揚げや豆腐を買う回数が増えました。西荻窪に来るたび、今野書店さんの近くにある壽屋(ことぶきや)豆腐店で買い物するのが楽しみで。角田さん、豆腐について面白いこと書かれてましたよね。
角田 豆腐って、「一品足りないときにごまかしとして置いておくもの」って考えていました。でも40代になってから豆腐に目覚めたんです。美味しい豆腐は美味しいんだってことがわかりました。
白央 向田邦子さんも40代半ば過ぎくらいのとき豆腐に目覚めた、的なことをエッセイに書かれてます。
角田 みんな40代で豆腐に目覚めるんですね。40代に入ってお肉がつらくなったり豆腐が好きになったり、食の好みが変わって「これからどうなってしまうんだろう」とアイデンティティ・クライシスを覚えたんですが、白央さんはそういう経験はありますか?
白央 うーん、現実を見つめたくなかったですね。でも確実に牛カルビで胃もたれするようになって、もう若くないんだなと。でも「いや体調が悪かっただけ」「肉質が悪かったかな」とか、あがくんですね。胃もたれを繰り返しつつ、「ああ自分はもう本当に30代の体じゃないんだ」とか思って、「さよなら、30代」とか思うのに別れ際がきれいじゃない(笑)。40代後半に入ってやっと、加齢による変化を直視しながら、どうやってメンテナンスしていくかを考えていくようになりました。
加齢による変化に対応するのが心地よい
角田 食以外ではどうですか? 病気ではないけど、明らかに以前は感じなかった不調ってあります?
白央 夕方くらいに気分がものすごく落ち込むことがあります。もう本当に理由もなく、月に1度ぐらい。死にたいほどじゃないけど、鬱っぽくなるんですよね。もっと深刻になったら心療内科に行ってみようと思っていたんですが、ある人が「ひょっとしたらホルモンバランスが原因かもね」ってアドバイスしてくれて。ああ、更年期的なものかなと。
角田 女性の更年期だけでなくて、男性の更年期もよく聞くようになりましたよね。
白央 『クロワッサン』(マガジンハウス)という雑誌でも以前、男性にも更年期障害があることを特集されたようです。男性にも更年期があることが知られていくのはいいことですね。
角田 サプリとか漢方とかは飲みました?
白央 はい、今も漢方を飲んでいます。私はわりとイライラしたり攻撃的になったりすることがあるんですが、ドラッグストアで「イライラしがちな人」によいとされる漢方薬を見つけて。どの程度効いているかを自己判断するのはむずかしいけれど、いい感じはします。自分の治したい点に向き合って、対応しているということ自体が心地いい。
加齢による変化を認めるのが難しい
白央 角田さんは加齢による不調ってありますか?
角田 私って、疲れとか自分の不調にものすごく鈍いんです。肩こりも自分では気が付けなくて、肩を触った人から「大丈夫?」って心配されるくらいで。化粧品を買いに行くと「最近、お肌の調子はどうですか?」って聞かれるんですけど、わからないので「どうですか?」って聞き返すしかない。不調がわからないから、勧められたものを試してみても調子がよくなかったどうかもわからなくて。
白央 ご著書の『なんでわざわざ中年体育』(文藝春秋)の中に、今まで何キロ走ることになっていても前日にお酒を飲んでいたけど、はじめてフルマラソンを走るときはさすがに怖くて飲まなかった、というお話がありました。お酒を抜いたことをすっかり忘れられていて「なんで今日はこんなに爽快に走れるんだろう? あ、ひょっとしてお酒……?」みたいなことを書かれていて、そこがとても面白かったです。
角田 はじめてのフルマラソンで完走できたので、また前日に飲むようになっちゃいました(笑)。ただ、パンデミックが終わって3年ぶりにフルマラソンに参加したら走り切るのに5時間もかかっちゃったんです。「これはまずい」と思ってお酒を抜いたんですが、それでもついこのあいだは5時間半かかってしまって。これは練習不足なのか、それともやっぱり加齢によるものなのか悩んでいるんですけど……どうすればいいんですか?
白央 わ、私に聞かれても(笑)。小説家としてこれだけお仕事をされていると、眼精疲労はどうでしょう。書くのはもちろん、昔は一気に読めた長編小説が読めなくなった、みたいなのはありませんか。
角田 集中力の問題だと思っていました。眼精疲労ってどこが疲れるんですか……?
白央 目の奥とか、こめかみあたりが痛くなりません?
角田 それはないですね。夕方くらいになると文字が霞んで読めなくなることはあります。
白央 角田さんは朝の9時から夕方の5時までを仕事の時間って決められていますよね。
角田 あ、以前出来ていた(執筆)量が出来なくなっています。これも集中力の問題なのかなあと思っていました。今年(2024年)に入って、自分の限界が見えてきたんです。これまでも少しずつ仕事を制限するようにしていたんですが、「もっと締め切りを減らさないとダメなんだな」と痛感したのが今年でした。
白央 決意の年ですね。
角田 決意の年でしたね。食べ物の変化もそうですけど、今までのように仕事が出来なくなることを認めるのって私にとってはいちばん難しいことでした。
お酒を飲む理由はいくらでもある
白央 僕は週3~4日を休肝日にして、週末に思う存分飲むという生活にしているんですが、角田さんは必ず毎日飲まれますか。
角田 そうですね。休肝日が作れないんです。
白央 以前に「ワインを一日一本飲む」とエッセイに書かれてましたが、今も変わらず?
角田 それはやめました。私は外食が心の支えなんですが、パンデミックのときはお店がやってなかったので、飲む機会が減りますよね。だから「お酒に弱くなりたくない」って思って……。
白央 1日1本ワインを飲んでいたと。それ、早稲田っぽい感じがする(笑)。
(注・角田さん、白央さんはともに早稲田大学で第一文学部)
角田 パンデミックが終わったとき「負けちゃう」と思って、負けまいと訓練するようにたくさん飲んでいたんです。そしたら翌年の健康診断で、ガンマなんとかの数値が跳ね上がってしまって。お医者さんから「とりあえず一か月でいいから、飲むのをやめてください。それで数値が下がればお酒が原因だし、違ったら別の原因を探ります」って。そのときに、何か顔に出ていたんでしょうね。「やめられないなら精神科を紹介しますよ」って言われて、「うわ、感じ悪い」なんて思いつつ、言われた通り一か月我慢したら数値がガクンと下がったんです。
白央 それはよかった。
角田 毎日ワインを1本飲んでいたのは、開けたら酸化しちゃうから。缶チューハイなら量もたかが知れているので、ワインをやめて缶チューハイにしています。
白央 意志が強いんだと思いますよ、缶チューハイにしたところでもう一缶開けちゃう人はいっぱいいますもん。
角田 結局三缶くらい開けるんですけど(笑)。本当は休肝日を作りたいんです。でも毎日何かしら飲む理由ってありますよね。「今日は気持ちのいい秋晴れだなあ。飲みたいなあ」って。
白央 分かります。ここ数年、夏がものすごく暑いでしょう。初夏のさわやかな日なんて「こんな気持ちのいい風を受けつつ飲めるのはもうわずかだ……!」なんて焦って、飲むつもりなかったのに開けちゃう。
角田 猛暑が来たら「暑いから飲もう」ですよね?
白央 はい。もちろん……(笑)。結局、飲んじゃいますね。
義務になると、料理は苦しい
白央 そうだ、「パンデミックで料理が嫌いになって、和え物くらいしかしたくなくなった」とも書かれていましたね。
角田 そうなんです。炒めたり煮たりするのが苦痛になって、いまはもう料理自体が嫌いになりました。「料理が好き」って15年くらい書いたり話したりしてきたから、肉好きと同じく、そのイメージが定着しているのだと思いますが、そういう依頼をいろいろいただくんです。あと15年くらいは「料理が嫌い」って言い続けないと料理嫌いということが浸透しないんだろうなって思っています。
パンデミックのときって選択肢がなかったじゃないですか。私の持論なんですけど、好きなことでも、仕事になるとつらくなると思うんです。運転が好きな人も、タクシーの運転手さんになったら楽しいだけじゃなくなると思うんですよね。私の場合は、どれだけ好きだったとしても毎日やらなきゃいけなくなると料理が嫌いになったんです。だから真の料理好きではないというか、仕事みたいに、義務になるといやなんだということが、パンデミックではっきりわかりました。
白央 料理を仕事にする形もいろいろだな、と思うんです。「好き」だからやる人もいるわけですが、「いろいろやってみて一番苦にならないのが料理だった」という人もいるし、調理は好きだけど、献立やメニューを考えるのは向かない、興味がないという人もいる。誰もが「自分のお店を持ちたい」とか「自分の考えた料理を食べてもらいたい」と思ってるわけじゃないですね。料理好き、っていうとそういう人がイメージされやすいけれども。
角田 白央さんは『はじめての胃もたれ』で、「こういう方法があるよ」「こうしたって大丈夫なんだよ」って、料理をもっと自由に捉えていいんだってことを書かれていましたよね。読んでいるうちに、気持ちが楽になりました。
白央 うれしいです。ありがとうございます。
どうやってたんぱく質を取ろうかな
白央 話が変わりますが、角田さんが以前「私にとって鶏肉は魚である」と書かれていたことが心に残っています。
角田 その話もよくされるんです。でも別に鶏肉が悪いって意味じゃなくて……右側に脂っぽい霜降り肉、左側に鯛みたいな白身魚があるとしたら、鶏の胸肉とかささみって、左の方にあると思うんです。そのくらいさっぱりしている。
白央 私はさっぱりしたものを好むようになってきて、鶏の胸肉やささみのおいしさに目覚めてきました。これから老化を考えるときのたんぱく源としてもいいな、と。値段的にも手頃でありがたいし。
角田 白央さんの本を読んでいたら、食べものを豚とか鳥で分類しないで、たんぱく質とか炭水化物、ビタミンみたいにジャンルで分けられているのが新鮮でした。いままでそんな風に考えたことがありませんでした。
白央 仕事でハワイに行ったとき、名物のポキのお店に行ったら、ボウルに入れる食材をひとつずつ選んでいく仕組みになっていたんです。ベースをライスにするかヌードルにするか、次に「プロテインを選べ」って書いてあって、新鮮で。エビとか豚とか、何を入れるかじゃなく「まずたんぱく質をどれでとるか決めよ」という聞き方。なんか、ちょっと目からウロコでした。
角田 白央さんは普段、「昨日は鶏を食べたから、今日は豚にしようかな」ではなくて、「今日はあの食材でたんぱく質をとって、ビタミンはあれで……」みたいにバランスを考えられているんですか?
白央 基本的に食べたいものを食べてますよ。ただ「きちんとたんぱく質とらないと、筋肉がどんどん落ちちゃうな」みたいな気持ちはあって、たんぱく質量を意識するようになりました。効果的に、経済的にたんぱく質量をしっかりとろう、というのは生活情報誌でよく特集組まれますし、中高年に広く響くテーマだと思います。
角田 そうなんですね。
白央 主菜だけだと量も限界あるので、ヨーグルトやドリンクなどのおやつや間食でもたんぱく質を摂取できるような商品も増えてますね。あと、豆乳が人気だったり、たんぱく質がとれるパスタがあったり。
レシピにまつわるあれこれ
角田 私は料理を覚えたのが成人してからで、非常に遅いんですね。そういう人間の常として、レシピに対するコンプレックスがあるんです。なにも見ずに作るのっていまだにできないんですよ。何度も作ったことがある肉じゃがも調べないと作れないんですよね。
白央 不安になるんですか?
角田 指南書がないと、何からはじめたらいいのかわからないんです。根深いコンプレックスですよね、これは。
白央 ガイド本やマニュアルがないと不安、というのは分かります。でも角田さんの旅エッセイなどを読むと、旅先で気ままに歩き回るのお好きじゃないですか。
角田 旅は大丈夫なんです。料理だけかな……料理でつまずく人って「塩、大さじ一杯」って書いてあったら作れるけど「適宜」ってあると、全部嫌になっちゃうって話をよく聞きます。
白央 計量するには少量すぎるものなど、そう書かざるを得なくてね。あるいは本当に好みの量でいいときなんかは適宜とか、適量とか書きますね。餃子のたれに好みでラー油みたいなとき、変に量を指定もできないし(笑)。
角田 そうそう、レシピって著作権みたいなものがないんですよね?
白央 はい、ないですね。
角田 それを知ったときに、すごいショックでした。大丈夫なの? って。
白央 独創的なレシピで「誰それ考案のもの」って周知されることはありますけどね。
角田 あと料理研究家の方とお話していると、その人が5年くらい前に書いたレシピで料理を作ったことをお話したら「実はもっと美味しいレシピを発明したんですよ」って言われることがあったんですね。たゆまぬ努力をされているんだなあと感心しました。
白央 「いまの私には少ししつこくなったので、昔のとは塩気の量を変えました」みたいなレシピアップデートをされる先生は結構いる印象です。
角田 そういう流れをご覧になっていて、時間を省くレシピが増えたと思いますか?
白央 ここ15年くらいで、料理雑誌や番組は時短が基本、材料や調味料はなるたけ少ないレシピが中心になったと思います。時間がかかる料理は「たまの休日など、時間をかけてじっくり作ってみませんか?」みたいなエクスキューズが必要ですね。いまは副菜も入れてトータル20分くらいで作れるものじゃないと雑誌には載らないかもしれない。
なんでこんなに歯にものが挟まるの?
角田 白央さん、加齢に伴った食の変化に関して「三つ葉をあまり食べなくなった」とメールに書かれていましたね。
白央 そうなんです、歯に挟まりやすいからね(笑)。30代の頃、昔のアルバイト先でまかないに三つ葉が出たんですが、60歳前後のシェフが「俺三つ葉嫌いなんだよ、歯に挟まりやすいから」って言ってたの思い出します。当時の私はそれの何がわずらわしいのか全然分からない。でも今「こんなに挟まるもんかね!」なんて驚いちゃいますね、イリュージョンみたいに出てくるときある。「だんだん歯茎が痩せて、歯間が広くなるからね」ってある人が教えてくれました。
角田 若いときって、おじさんがつま楊枝でシーシーやっているのは加齢による意識の低下だと思っていたんですよね。
白央 恥の概念が下がるというか、人前でそういうことできちゃうようになる、みたいな。
角田 そう、気持ちの問題だと思っていたんです。
ここ3年くらい、どうしてこんなに歯にものが挟まるんだろうって悩んでいて。早く家に帰って思う存分フロスを使いたいって思うくらい、気になって気になって。でも当時、おじさんに対して「意識が低下している」って思った自分を覚えているから、手で隠してもシーシーしにくい。だから必死に舌で取ろうとしていたんですけど……いま白央さんのお話を聞いて、歯茎が痩せているからなんだと知りました。
白央 ちょっと洒落た飲食店に行くと、トイレにフロスとか爪楊枝が置いてありますね。「ここで思う存分やりなさい」っていうお店からの心遣いでしょうか(笑)。
角田 今日のお話を聞きながら思ったんですが、白央さんって解決派なんですね。私は、「どうしてこんなに挟まるんだろう?」って疑問に思いながらずっと生きてきたけど、白央さんはその答えを得ようとするんだなと思いました。
白央 いやいや、生活情報誌の編集者の知人が多いから、加齢における困りごとなんかの対処法や原因をよく教えてくれるんです。
「美味しくて感じの悪い店」「味はそこそこだけど感じのいい店」、どっちがいい?
白央 角田さんから事前に「美味しいけどお店の人の感じが悪いのと、お店の人は感じが良いけど味がいまいちなら、どちらがいいですか?」という質問をいただいていました。
相当考えたんですが、私は味が良い方ですね。「あ、好きな味!」と思える人だったら、感じの悪さも含めて全力で好きになってしまうドーパミンが出てきます。「こっちを一瞥する時間もないほど料理に集中しているんだろう」とか、「シャイなんだろうな」とか。逆にどんなに素晴らしいサービスでも、味がイマイチだとねえ……。でもまあ味も舌の相性ですから、合わなければもうしょうがない。
角田 店にいるお客さんがものすごくうるさかったらどうですか?
白央 それは彼らが帰っちゃえば解決するし。あ、でも拭き残しがあるとか、あまりきれいじゃないお店はいやかなあ……。角田さんはどっちですか?
角田 お店の感じが悪いことがなにより耐え難いです。調理している人でも、店員さんでも、意地が悪かったりしたらもう嫌です。あとお店がうるさいのも。
これは確実に加齢によるものなんです。前は美味しいものが食べたいから嫌な感じがしても我慢したり解決策を探したりしていたんですけど、いまは我慢できなくなるポイントが増えて、リラックスできるお店でそこそこのものを食べたいな、に変わりました。人によって、我慢ポイントがすごく違うんですよね、きっとね。
――そろそろ時間です。最後に皆さんに向けてメッセージをお願いできますか?
角田 西荻窪には小高商店という美味しい野菜を売る八百屋さんがあるので、ぜひお帰りの際に買い物されてみてください。今日は本当にありがとうございました。
白央 来年は、本を2冊出すことになっていて、ひとつは私がすごく尊敬している、井原裕子さんという素敵な料理家さんの本を裏方として作っているところです。井原さんの美味しい世界をみなさんにもっと知っていただきたいと思って企画しました。
もう一冊は、「アイスム」というウェブサイトで、旬をテーマにいろいろな料理家さんに簡単な日常料理を教えてもらう連載をやっていまして、その記事をまとめた本が出ます。現代は旬がわかりにくい世の中ですし、忙しいからなかなか意識もしにくい。料理にちょっと慣れてきた人が、旬を食卓にやさしく取り込めるヒント本になればと思っています。今後も勉強しながら、良いものを書けるように頑張ってまいります。皆さん、今日はありがとうございました。
(2024年12月7日、今野書店にて)
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「あなたの胃は、もう昔のあなたの胃ではないのですよ」
そう気づかせてくれたのは、牛カルビだった。
調子にのって食べすぎると胃がもたれる。お腹いっぱいが苦しい。量は変わらないのに、ぜんぜん痩せない……老いを痛感する日々がだんだん増えているはず。
人生の折り返し地点を迎えて、いままでのようにいかないことがどんどん増えていく。でも厚揚げやみょうが、大根おろしみたいに、若い頃にはわからなかったおいしさを理解することだって同じくらいあるはず! いまこそ、自身を見つめ直して「更新」してみませんか?
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