数えきれないほど飲み屋がある神田で、いつも鶴亀でばかり飲んでしまう。午後3時という早めの時間から営業している中華風居酒屋に近いお店だ。メニューには中華料理のほかに、串焼きや刺身、もつ煮込みなどがあるが、それでいてラーメンはない。
神田といえば東京でも指折りの繁華街で、特に飲み屋は数えきれないほどにある。なのに僕は「神田で飲む=鶴亀」になってしまっているくらい、鶴亀でばかり飲んでしまうのだった。
以前、飲み友達のライター、スズキナオさんと、作家のせきしろさんが飲むという席に、光栄にもお声がけいただいたことがあった。おふたりのアクセスがいい街ということで、集合は神田駅とだけ決まっていた。事前に行く店を話し合っていたわけではないのに、集合すると3人とも、ごく自然に鶴亀方面へ歩き出し、そしてすっとテーブル席に収まった瞬間は、なんだか笑ってしまった。
鶴亀は、昭和28年創業の老舗居酒屋。僕はここを長く「飲める町中華」的な店だと認識していた。その理由は、午後3時という早めの時間から営業していることと、メニューが中華料理メインだから。実際、もともとは中華料理店だったそうだ。が、現在はどちらかといえば「中華風居酒屋」に近いよう。メニューには中華料理のほかに、串焼きや刺身、もつ煮込みなどが普通にあるし、それでいてラーメンはない。
料理がとにかく安くて、最高級品がなんと「自家製焼き餃子」の税込660円。餃子がその値段は普通じゃね? と思う方もいるかもしれないが、いわゆるジャンボ餃子というジャンルに属するくらい大きな餃子が6個。餡のしゃきしゃきのキャベツと肉のバランスが良く、自家製のたれにつけて食べると、シンプルに「幸せ」という感情に全身が包み込まれる絶品だ。
また、鶴亀といえばチューハイ。チューハイが好きならば、一度は鶴亀のチューハイを飲んでおきたい。そのくらい、チューハイにこそ、鶴亀の矜持が詰まっていると言っても過言ではない。
チューハイとは、甲類焼酎を炭酸水で割っただけの、大衆酒場においてはさして珍しくもない飲みものだ。けれども鶴亀のチューハイの1杯目には、ジョッキのフチになんと、季節のカットフルーツがあしらわれている。かつてはメロンが多かったが、最近はパイナップル傾向。季節や時勢にもよるのかもしれないが、とにかくその、江戸っ子的な粋さと心遣いが、一杯のチューハイのありがたみを極限まで高めている。それでいてお値段がなんと、330円。

また、鶴亀で個人的にツボなメニューが「チーズレタス」(300円)で、初めて頼んだときにはその、なんて言うんだろう、ずばりな“チーズレタスみ”に驚いたものだ。というのも、大皿の中央に半切りにされた生のレタスがどんとのり、その周囲を薄切りにされたプロセスチーズが囲み、一角にたっぷりのマヨネーズ。これはもう、誰に聞いたってチーズレタスという他ない。すぐに家で真似できる料理。ただ、レタスにチーズをひとつ包んでマヨをちょんとつけてかじると、笑ってしまうくらいいいつまみになるし、なにしろそのビジュアルが素朴でとてもいいので、鶴亀に行けば必ず頼んでしまう。
と、語り出したら止まらない鶴亀の魅力なんだけど、僕が特にお気に入りのトップ2が、「ニラモヤシ」(350円)と「ニラ玉」(450円)のニラニラコンビ。どちらも、ニラともやしを炒めただけのもの、ニラと玉子を炒めただけのものと、本当にシンプルで、それこそ家でだって作れるんだけど、そこは老舗の熟練の技で、炒め加減や味加減など、食べるたびにう〜んとうなってしまうくらいにうまい。ニラモヤシはなんだか妙にジューシーで、ちょっと硬めに焼き上げられたニラ玉も、少しずつつまむのに最高にいい。
神田には鶴亀がある。そう思うだけで、なんだか安心できる。そんな酒場がある街、そして、そんな街にある酒場が、僕は好きだ。

* * *
『酒場と生活』毎月第1・3木曜更新。次回第20回は2025年3月20日(木・祝)17時公開予定です。
筆者について
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。