『日本エロ本全史』『日本AV全史』など、この国の近現代史の重要な裏面を追った著書を多く持つアダルトメディア研究家・安田理央による最新連載。前世紀最後のディケイド:90年代、それは以前の80年代とも、また以後到来した21世紀とも明らかに何かが異なる時代。その真っ只中で突如「飯島愛」という名と共に現れ、当時の人々から圧倒的な支持を得ながら、21世紀になってほどなく世を去ったひとりの女性がいた。そんな彼女と、彼女が生きた時代に何が起きていたのか。彼女の衝撃的な登場から30年以上を経た今、安田理央が丹念に辿っていきます。(毎月第1、3月曜日配信予定)
※本連載では過去文献からの引用箇所に一部、現在では不適切と思われる表現も含みますが、当時の状況を歴史的に記録・検証するという目的から、初出当時のまま掲載しています。
『週刊現代』2007年3月17日号にその記事は掲載された。
独占スクープ 飯島愛電撃引退宣言「わたしが芸能界をやめる理由」
ケバケバしいルックスと天衣無縫な辛口発言でおなじみの飯島愛(34歳)。元AV女優というありがたからぬ経歴ながら、バラエティ番組のコメンテーターから女優、作家と、幅広い活躍で人気を得ている。
(中略)そんな人気絶頂の彼女が、この3月末の番組改編で、ブラウン管から姿を消すというのだ。
「TBSのあるプロデューサーに、彼女が、『もうつらくてテレビをやめようと思ってるの』と、相談したそうです。それで、TBSでは彼女が出演する『金スマ』で〝番組卒業〟特別企画をやろうと、極秘に準備をはじめて、すでに放送作家にその特番用のシナリオを依頼しているそうなんです」(TBS関係者)
この時、飯島愛は、『サンデージャポン』(TBS系)、『ウチくる!?』(フジテレビ系)、『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)、『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS系)の4本の人気番組にレギュラー出演する売れっ子タレントであった。
そんな彼女が不祥事を起こしたわけでもなく、突然芸能界を引退するというのは、間違いなく大きな事件であった。
いち早く独占スクープとして報道した『週刊現代』のこの記事では、引退の理由をいくつか推測している。そのひとつとして挙げられているのが体調不良である。前年(2006年)の11月には体調不良により『サンデージャポン』などの収録を休んでいた。
本人はブログでその理由を腎盂炎だと説明していた。
もうひとつが、2004年頃に起こったらしい個人事務所の経理担当者による横領事件の影響だ。信頼していた経理担当者が、外国人女性に貢ぐために1億円もの金額を使い込んでいたというのだ。
記事では彼女の「知人」のこんな証言を紹介している。
「今年に入ってからの愛ちゃんは、体調もよくないし、横領事件のことも引きずっていて、もう他人を信じられなくなったと、グチが多くなりました。
それに、芸能活動をしている以上、いつまでも〝AV女優〟の過去を背負わなければならないことも、本人には負担なようです」
そんな証言を紹介しながら、この『週刊現代』の記事でも、「性を売り物にするAV女優がゴールデンタイムのテレビ番組に登場し、170万部のベストセラー作家になる」「元AV女優というありがたからぬ経歴」などと、AV女優であった過去をことさら強調している。
これが飯島愛の置かれた状況だったということだ。
記事では、飯島愛本人に質問状を送り、その回答を掲載している。
ーー3月末の改編で、テレビを降板し、芸能界を引退するそうですが、その理由はなんですか。
「腎盂炎で体調悪いから」
ーー芸能界の想い出のなかで、一番良かったことは。
「なんでそんなこと聞くの? 友だちができたことかな」
(中略)
ーーこれからですが、結婚のご予定は。
「ありません」
ーー今後の活動は?
「いまの段階では、ほんと考えてない。これから……かな」
同号は3月5日の発売だったが、発売前の3日にスポーツ新聞などでその内容が報道され、4日放送の『サンデージャポン』では、共演者から引退の真偽を問いただされるシーンもあったが、本人はそこでは否定も肯定もしなかった。しかし、『週刊現代』の記事での回答は引退を認めた形となっている。
立ち込める変調の兆し
飯島愛の引退騒動はこれまでにも何度か起きていたのだが、今回は本人が認めたことで確実なものとなった。
「彼女が所属する大手の事務所なら、本当に体調が悪いんだったら、辞めさせる前に休ませるはずでしょ。今回のことでわからないのはそこ。何も引退を決める必要はない。辞める年齢じゃないし、何か別の原因、よっぽど深い問題でもあるのかなって思っちゃう」
と『サンデージャポン』などで共演しているデーブ・スペクターは『フラッシュ』2007年3月27日号の取材で答えている。
この『フラッシュ』の記事では、最近の彼女の様子がおかしかったという「バラエティ番組関係者」の証言を掲載している。
「年明けに現場で飯島さんと一緒になったのですが、よそよそしい感じで明らかに様子が変でした。共演のタレント、芸能人たちもそれを察して、収録の合間も距離を置いてました。誰かが『どうしたんですか』と声をかけると、『いろいろあるんだよ!』と吐き捨てるように言ってましたね。『アタシ変わったの!』とささくれだった感じで、以前の明るい飯島さんとは全然違いました」
『週刊新潮』も「飯島愛 唐突過ぎる引退を招いたドタキャン奇行病」(3月15日号)と、彼女の「奇行」を報じる。「飯島と親しいテレビ局関係者」や「民放ディレクター」の証言によれば、飯島愛が朝に起きることができずに遅刻やドタキャンを繰り返しているという。
「とにかく朝は起きられなくて、昨年夏頃から15~30分現場へ遅刻することが多くなった。8月には、東京である大物作家と対談する予定だったが、飯島は朝起きられず、当日ドタキャンしたんです。飯島のマネージャーは困り果てていました」
ある時、約束の時間に飯島が現れないので、マネージャーがマンションに迎えに行ったという。
「しかし、インターホンを何度押しても彼女は出てこない。仕方がないので合鍵を使いドアを開けたが、内側からチェーンが掛かっていたという。中には意識が朦朧としている飯島がいたのですが、いくら呼びかけてもチェーンをはずそうとしない。それどころか飯島は警備員に通報してしまい、トラブルになったんです。さすがにこの話を聞いた時は、変な薬でもやってるのではとも思いました」
「所属事務所が、彼女の携帯に電話しても全く連絡がつかない。マネージャーらが彼女のマンションに行っても誰もいない。困った事務所スタッフは、交代で三日三晩彼女のマンションの前で張り込んだとか。昨年、そんなことが2度あったそうです」
『女性セブン』の「飯島愛 壊れた心が叫ぶ強烈な告白」(3月22号)では、少し意外な「奇行」が紹介されている。
昨年夏、テレビ番組収録後、自宅近くにある漫画専門店に立ち寄った飯島は、周囲の視線も気にせず、1時間以上立ち読みを続けると、アニメやマンガを描くための画材コーナーで、真剣な表情で商品を選んでいた。
「近くにマネージャーさんらしき女性もいましたが、飯島さんはずっと無言。結局、マンガを描くための初心者用入門書とマンガの背景に使うスクリーントーンを何種類かカゴに入れていましたが、見ていた人たちは不思議がってました」(居合わせた客)
飯島愛が心身ともに追い詰められた状態であったのは事実のようだが、デーブ・スペクターが言うように、休養ではなく突然引退を選んだのには不自然なものも感じられた。そのため、理由を求めて様々な憶測も飛び交った。
語られないままの「理由」
「年齢」が理由のひとつではないかと考えたのは『AERA』だ。同世代の女性たちの声を取り上げる形で、当時34才という飯島愛の年齢に注目する。
結婚はしているが、仕事優先で出産は後回しにしてきたという飯島愛と同じ34才の会社員女性が語る。
「これ以上先延ばしにしたら産めなくなるかもという焦りは大きい。飯島さんの引退も、34歳という年齢が影響しているのでは」
30代後半や40代での出産も増えてはいるが、35歳からは高齢出産と呼ばれる。ちょうど微妙な年齢なのだという。
――私達の年代はバブルを経験し無理して仕事したり、遊んだり。そのツケが回ってくるのが今なのかも。愛ちゃんの辛さ分かります。
――女性の34歳っていろいろと想う時。カラダのこと、結婚のこと、仕事のこと。そして「子供を生みたい」という強烈な欲求……。
引退報道を受け、飯島さんのブログには2000件を超えるコメントが届いている。同世代たちからのメッセージも数多い。
『女性セブン』3月22日号では、理由に出産願望があったのではないかと匂わせている。
今年1月に放映された『金スマ』で、青森の神様といわれる霊能力者の木村藤子さんがゲスト出演した際、飯島は、
「最近、子供が欲しいと思う。欲しいんだけど、倫理的な問題とかいろいろなことが…」
と切羽詰まった表情で相談していた。木村さんから、
「いま、子供を授からないと無理になってしまいそう。小さな男の子が見えます。子供さんがひとりいたほうが、将来、よかったと思うあなたが見えますよ」
こう言われると飯島は急に顔を輝かせて身を乗り出し、「そうなの、スゴイ!」と喜びを露わにしていた。
飯島も今年で35歳。きちんとした将来のヴィジョンを考える年齢だけに、木村さんの言葉は大きな救いだったはずだ。
「女の幸せは出産すること」という概念に、無理やり当てはめようという意識が透けて見える書き方と感じられなくもない。
『週刊現代』はスクープ報道の次の号(3月24日号)で、第二弾として「飯島愛『電撃引退』の裏に『藤田晋』」を掲載する。
本誌スクープで芸能界に激震が走った飯島愛の引退。体調不安がその理由というものの、実は虎視眈々と次のステップへの布石を打っていたようだ。気配り上手の駆け引き上手、博才豊富な彼女に、「起業家としての夢」と「ネットビジネスの旨み」を授けたのは、あの〝ヒルズ族〟だった!
実は彼女は引退後、ITビジネスに携わるという情報がある。そして、その〝指南役〟と噂される人物がいるのだ。
「愛ちゃんは昨年から、あの『サイバーエージェント』の藤田晋社長と頻繁に会っているようです。テレビやラジオは旧媒体、これからはITビジネスということで、藤田さんからネットビジネスはオイシイと聞かされて、かなり感化されているそうです。愛ちゃんも芸能界自体に嫌気がさしていたこともあって、一気に転身を決意したみたいです」(飯島愛の知人)
当時、日の出の勢いでサイバーエージェントを成長させ、成功した若手起業家の代名詞だった”ヒルズ族”の一人として注目されていた藤田晋が飯島と親密な関係にあると報じている。サイバーエージェントが運営するブログ「アメーバブログ」を飯島愛も利用していたり、藤田がホストを務めるネット番組「渋谷で働く社長の会食」に飯島愛が出演したのが接点だという。
飯島愛のIT事業家への転身をサポートし、彼女を広告塔として利用しようという考えなのでは、と記事は推測する。
実際、飯島愛はその後、堀江貴文やひろゆきなどとの交流など、IT系業界とは親密な関係となっていったようだ。
そして、2007年3月いっぱいで、飯島愛は本当に芸能界から身を引いた。
筆者について
やすだ・りお 。1967年埼玉県生まれ。ライター、アダルトメディア研究家。美学校考現学研究室卒。主にアダルト産業をテーマに執筆。特にエロとデジタルメディアの関わりや、アダルトメディアの歴史の研究をライフワークとしている。 AV監督やカメラマン、漫画原作者、イベント司会者などとしても活動。主な著書に『痴女の誕生―アダルトメディアは女性をどう描いてきたのか』『巨乳の誕 生―大きなおっぱいはどう呼ばれてきたのか』、『日本エロ本全史』 (以上、太田出版)、『AV女優、のち』(KADOKAWA)、『ヘアヌードの誕生 芸術と猥褻のはざまで陰毛は揺れる』(イーストプレス)、『日本AV全史』(ケンエレブックス)、『エロメディア大全』(三才ブックス)などがある。