日本一有名な商店街、その激戦区のどまんなかにある立ち飲み屋。新鮮な魚と日本酒が楽しめる、立地からは考えられないほどに安くてうまい、奇跡のような店。久しぶりに訪れたら、やっぱりあまりにも良かったので、今、紹介せずにはいられない。
前回、「気がつくとまたここで飲んでいる」酒場として、上野御徒町の「村役場」を紹介した。その前置きに登場した「大統領」「肉の大山」「カドクラ」「たきおか」「魚草」「味の笛」といった近辺の名酒場は、いずれも僕の大好きな店だ。ところで実は、村役場で飲んだ数日後、ふたたび上野で飲む機会があった。そこで久しぶりに魚草を訪れたら、やっぱりあまりにも良かったので、今、紹介せずにはいられない。
「上野アメ横商店街」は、日本一有名と言ってもいい商店街だろう。魚介類をはじめとした食品や、衣類、雑貨などの専門店が所狭しと並び、年末には生鮮食品などを買い求める人々で大にぎわいとなる、日本の風物詩。
観光地としての側面も大いにあって、ガード下には一杯やれる屋台風の飲食店も多数。ジャンルも多様で、特に流行の外国グルメを出すような店は多い印象だ。
ところがそのどまんなかほどにある、立ち飲みの「魚草」は、アメ横らしく新鮮な魚と日本酒が楽しめる正統派であり、その立地からは考えられないほどに安くてうまい、奇跡のような店なのだった。
もともとアメ横にある鮮魚店に勤めていたご主人が、飲食店での修行を経て2013年にオープン。激戦区であるその場所の厳しさを知っていたからこそ、周囲との差別化を図るために「呑める魚屋」と銘打ち、やがて新鮮な生牡蠣が店頭で食べられることが人気を集め、現在の立ち飲み専門営業に移行していったのだとか。
仕入れは三陸産の魚介が中心で、口いっぱいに海の風味が広がるクリーミーな生牡蠣や、レバ刺しにも煮た味わいのモウカザメの心臓「モウカの星」などにはかつて感動した。当然商品は仕入れによって変わり、先日訪れた際は腹具合を考慮して食べなかったものの、その日のおすすめで頼んでいる人も多かった、まぐろの中落ちといくらの相い盛り丼は、別の店ならば2,000〜3,000円してもおかしくないような豪華絢爛さで、なんと1,000円。

この日はまず、「刺し盛り」(税込1,000円)と、名前で選んだ岡山県利守酒造の「酒一筋 かたつむり」(700円)から始める。
刺し盛りの内容は説明によると、インドマグロ、スギ、イシガキダイ、ヒラメ、ヒラスズキ。それぞれが2切れずつのってかなり豪華だ。インドマグロとスギは醤油、あとの白身3種は、添えられた塩で食べるのがおすすめだそう。ほぼ屋外の立ち飲み屋で出てくるレベルではなく、そのギャップが楽しい。
どの魚も鮮度抜群でうまかったが、特に初めて食べたスギの鮮烈な歯応えと強い旨味には驚いた。黒カンパチという呼び名のあるこの魚は、そこまで珍しい高級魚ではないものの、群れを作らないからまとまって獲れないので流通量が少ないのだとか。酒一筋シリーズのなかでもいちばん早い新酒しぼりたての新種だという、かたつむりのフレッシュな味わいと合わせれば、ひと足早く正月が来てしまったような気分になる。
アメ横らしく明るい接客も特徴で、カウンターに集まる一期一会の客たちと、店主さんや店員さんたちのあいだに、いつの間にやら一体感が生まれていくのもおもしろい。店じゅうにある貼り紙のなかでも特に目立つ「君は、黄金に輝くほっけを、見たか」という一文。どうやら「黄金ほっけ(湯煮)」(600円)というメニューが目下のいちおしらしく、ひとりの男性がそれを注文し「うまい!」と声をあげると、「こっちにも!」の声が飛び交う。当然、僕もそれにのった。
ほっけと言えば、干物を焼いたものが酒場のつまみの定番で、お手頃なわりにどーん身が大きいから、テーブルにひと皿あってくれるとちょこちょこつまめてありがたい、というイメージの魚だ。ところがここのほっけはまるで違う。たっぷりと脂ののった上等なほっけの切り身を、酒と塩だけでじっくりと煮て、ねぎ、みょうが、かいわれなどの薬味がのる一品料理。確かに、皮目が黄金色に輝いているように見える。
皮と身の間に旨みが詰まっているとのことで、一緒に食べる。箸を差し込むとほろりとほぐれる柔らかな身を口に運ぶと、とろりとした食感とともに豊かな旨味と豊潤な脂の香りが広がり、それを薬味が引き締める。激戦区の超人気店が推すだけあり、他のどこでも食べたことのない絶品だ。合わせた2杯目、長野県長生社酒造の「信濃鶴」(500円)のすっきりとした切れ味が、その味わいをよりいっそう印象深いものにしてくれる。思わず周囲のお客さんたちと「うまいですねー!」と盛り上がった。
店主は2022年、同じアメ横で戦後の闇市時代から営業を続けてきた老舗「いぬづか商店」の意思を引き継ぎ、共同経営という形で「魚塚」という新店も始めたらしい。持ち帰りの鮮魚類販売もあるらしく、その行動力と勢いにあやかりに、年明けあたりに行ってみようかな。

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『酒場と生活』毎月第1・3木曜更新。次回第39回は2026年1月8日(木)17時公開予定です。
筆者について
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。







