「どんな酒かて寝かせれば、ええ味に変わるかもわからん」─そう言ったのは、サントリー創業者の鳥井信治郎氏。ウイスキーなど多くの酒は、時間を置けば置くほどに熟成され、風味がまろやかになっていくことはご存じの通りです。しかし、実は「なぜ、酒は寝かせておくほどに、味がまろやかになるのか」というメカニズムについて、いまだ全容は解明されていません。
「ウイスキーのように酒を樽で保存した場合、樽の成分が酒に滲み出るので、寝かせるほどに味が変わるのは当然です。でも、もし純粋に『酒だけ』を長期間動かさずに置いておいた場合、その酒は熟成されるのか。また、熟成される場合はどういう工程を経ていくのか。これは長年の謎でした」
そう語るのは、東北大学流体科学研究所の圓山重直教授。この疑問を解明するため、今年、圓山教授がサントリーグローバルイノベーションセンター株式会社(以下「サントリー」)と共同で行っているのが「宇宙空間で酒を長期間保存して、その変化を調べる」という実験です。「自らもお酒好き」という圓山教授が今回の実験のヒントを得たのは、泡盛を長期保存して寝かせて作る沖縄名物・古酒(クース)でした。
「古酒はカメで保存されるので、木樽などで保存されるお酒に比べると、容器の成分がお酒に染み出しにくい。それでも、新しいできたてのお酒に比べると、古酒は味がよりまろやかなんです。これによって『容器の成分』がプラスされなくとも、お酒の味が時間によって変化していくということがわかりますよね」
そこで今年8月には、宇宙ステーション補給機「こうのとり」5号にアルコール類を積み込み、現在国際宇宙ステーション「きぼう」で長期間にわたって保管するという実験をサントリーと実施。しかし、なぜわざわざ宇宙空間での実験を考えたのでしょう。
「今回の実験では、『お酒が容器中で動かない状態、つまり無対流の状態では、酒類中の分子構造が変化し、味がまろやかになるのでは』という仮説を立てました。無対流の状態とは、『液体が対流によってかき混ぜられない状態』のこと。だから、お酒がまったく動かず、かき混ぜられない状況を作れば、おいしくなるのではないかと考えたんです」
重力がほとんどない宇宙空間は、その実験場所にふさわしかったのだそう。仮に宇宙空間で熟成させるとおいしいお酒ができることがわかっても、コストがかかってしまうので、実用化は難しいですが、実験からはどんなことが期待できるのでしょうか。
「『なぜ酒は長期間置くとまろやかになるのか』のメカニズムが解明されれば、それに似た状態を地上で再現することはできると思います。それで、みなさんの手元においしいお酒を届けることができたら、すごく有意義なことなんじゃないでしょうか」
全世界の酒飲みが待望する「宇宙酒」のそのお味、どうなるのか非常に楽しみです。
◆ケトル VOL.27(2015年10月15日発売)
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