スープやパスタ、カレーやハヤシライスなど、トマト缶は非常に使い勝手が良い食品だが、生産や加工の実態が伝えられることは稀だ。トマト缶の生産と流通の裏側を初めて明らかにしたノンフィクション『トマト缶の黒い真実』(ジャン=バティスト・マレ・著 田中裕子・訳/太田出版)では、通称「ブラックインク」と呼ばれる、古くなって酸化が進み、腐ってしまった濃縮トマトを使った商品の実態をリポートしている。
もし濃縮トマトの缶詰にトマトは31%しか入っておらず、残りの69%が添加物だとしたら? 同書では、著者が中国の某食品グループの創業者のリウ将官および息子のクイントンと交わしたやりとりが紹介されている。
* * *
「見てくれよ、こいつには数百万ドルの価値があるんだ。うちの科学者だ。ぼくたちのビジネスでもっとも優秀な人間さ。かつては天津のxxxxx社(*)の工場で働いてたんだが、今はここにいる。こいつは奇跡を起こしてくれるんだよ」
奇跡とは何だろう? クイントンが説明してくれる。この男性に、世界でもっとも安く売買されている三倍濃縮トマト、ブラックインクを渡し、完成品のトマトペースト缶に濃縮トマトを何パーセント使いたいかを伝える。それだけで、このリウ一族専属の科学者が最良のレシピを考えてくれる。商品として販売するのに最適な添加物の分量を教えてくれるのだ。
一見簡単なことに思われるかもしれないが、じつはそうではない。ブラックインクに水をたっぷり入れたら、とろみをつけるためにデンプンや食物繊維を加えなくてはならない。だがそれらを多く入れすぎると色が薄くなるので、今度は着色料を加えなくてはならない。だが入れすぎると粘り気がなくなり、トマトペーストとは似ても似つかないものになるおそれがある。
ここにいる科学者は、それぞれの添加物のちょうどいい割合を見つけられる唯一の人物なのだ。では、彼の最新のレシピとは? それは濃縮トマト31パーセントに対し、添加物69パーセントだという。
「ほら、これが今日の缶詰だ」
クイントンはそう言って、ライバル会社の缶詰を科学者に手渡した。彼はそれらを持って応接室から出ていった。さっそく研究室で分析を始めるのだろう。他社のトマトペースト缶にどれくらい濃縮トマトが含まれているか、正確な割合を調べるのが彼の任務だ。リウ親子は、ほかの商品にどれくらいの割合で添加物が入れられているか知りたいのだ。リウ将官は息子に向かって言った。
「今ここで値段の話をするのはやめよう。明日、分析の結果を待ってからだ。結果さえわかれば、コスト計算もできるし、戦略も立てられる」
リウ将官は、わたしと握手を交わして別れの挨拶をすると、応接室から出ていった。玄関まではクイントンが見送りにきてくれた。番犬のジャーマンシェパードもいっしょだ。クイントンによると、通商産業省での父親の会見はうまくいったのだそうだ。
「ここの土地は本当に安いんだ。だから、数カ月以内にはガーナに自社工場を建てて、天津の生産ラインを丸ごと持ってくるつもりだ。それから、カジノも開こうと思ってる」
* * *
技術や生産努力が、常に正しいことに使われるとは限らないということを思い知らされる「添加物69%の缶詰」のエピソード。習慣的に行われている「産地偽装」、奴隷的に安価で働かされる労働者など、さまざまな問題をこれらの“現場”に潜入した著者が暴露する、フランスでも話題沸騰のノンフィクション『トマト缶の黒い真実』は全国書店で発売中。
*本書では伏せ字無くお読みいただけます。
【関連リンク】
・ジャン=バティスト・マレ著『トマト缶の黒い真実』 特設サイト
・トマト缶の黒い真実-太田出版
【関連記事】
・トマト缶の闇 なぜ中国産トマトが「メイド・イン・イタリー」に?
・トマト缶の実態 腐ったトマトの再商品化「ブラックインク」とは
・『北の国から’92巣立ち』で田中邦衛が謝罪の品にカボチャを選んだ理由