ブラックカルチャーの専門家・丸屋九兵衛が語る「黒人英語」に隠語が多い理由

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港区のエキサイトカフェにて、HipHop、R&Bを中心とした音楽情報サイト『bmr』編集長にして、博覧強記の鬼才・丸屋九兵衛のトークライブが開催された。隔月ペースで開催されているこちらのイベントは、第一部でアフリカ系アメリカ人をとりまく文化、第二部では、オタク周辺カルチャーについて語るという内容だ。

■丸屋九兵衛トークライブ【Soul Food Assassins vol.8】 黒人英語講座III スラング論を超えて

第一部【Soul Food Assassins 】のテーマは、今回も「黒人英語」。概論となった第1回、文法について詳しく語った第2回に引き続き、第3回は「隠語」について掘り下げる回となった。

丸屋は黒人英語の特徴の一つとして、隠語をはじめとする“「二重性」を抱えた表現”の多さをあげる。こうした流れが生まれた背景に奴隷制度があることは言うまでもない。奴隷たちは奴隷主の意に沿わぬ人間らしい活動をするため、必要に迫られる形で隠語を生み出していったのだ。

◆性を暗喩する二重表現 ~「甘くネバネバしたもの」とは?

奴隷主から愛を語らうことさえ禁じられていた奴隷たちは、恋愛においても隠語を使わざるを得なかった。ちょっと不謹慎かもしれないが、その中でも興味深いのが、セックスについての隠語。どう言うわけか甘味で表現されるのだ。オハイオ・プレイヤーズの名曲タイトルともなっている「Sweet Sticky Thing」はその典型である。「甘くネバネバしたもの」である。何を指すかは歌詞を眺めつつ想像していただきたい。

さらに丸屋は、二重表現の例として“言いたいことと反対の内容を述べる「反語」”をあげる。本来「悪い」を意味する「Bad」だが、黒人英語においては褒め言葉として使われることがある。同じく「Wicked」という単語は、本来「邪悪」を意味するが、ジャマイカ系黒人の間では「イケてる」「素晴らしい」といった意味合いで使われるのが一般的だ。

◆当事者以外は隠語の取り扱いに注意! ~部外者はNワード厳禁

フレッシュかつクールであることから、ついつい真似したくなる黒人英語由来の隠語。だが、取り扱いに注意を払うべき言葉も多数存在することを忘れてはいけない。差別語をルーツとするにもかかわらず(一部の)アフリカ系アメリカ人が使うようになってしまった「Nワード」は、その典型と言えるだろう。丸屋はこんな言葉でトークを締めくくった。

「仮に当人が黒人と仲が良く、お互いをNワードで呼び合っていたとしても、文脈を読めない人が見ている場で使うのはまずい。何もわかっていない人が真似する可能性だって出てくる。アメリカの黒人街に住み、壮絶な人生を送ってきたとしても、日本人がNワードを使ったラップをするのはNG」(丸屋九兵衛)

名指しこそしなかったものの、この言葉は最近Nワードの使用で物議を醸した某女性ラッパー・Aに対する忠告だと思われる。今、世界各国でアジア人のラッパーに注目が集まっている。日系のラッパーとしてアメリカでヒットを飛ばすことだって夢ではないだろう。しかしそのためには、しっかりと差別表現について考えることが必要不可欠になってくるのではないだろうか。

■丸屋九兵衛トーク【Q-B-CONTINUED vol.25】 がんばれ、イエローレンジャー! アジア系アメリカ人が歩んだ道

トーク第2部【Q-B-CONTINUED】では、オタク周辺カルチャーについて語るのが通例となっているが、今回は少し趣向を変え、映画、音楽、スポーツ等、さまざまな角度からアジア系アメリカ人の歴史と現在を解き明かす内容になった。

◆人類の4割はアジア人~ 「エイジアン・アメリカン」とは何か

アメリカで「アジア系」と呼ばれているのは、東、東南、南アジアの血を引く人々のこと。「アジア人」の総人口は中国、インドだけで26億人に及び、トータルでは30億人以上。人類の4割近くはアジア人だというから驚く。

言うまでもなく移民大国アメリカには、数多くのアジア人が暮らしている。もちろん国籍や民族が異なる人々が混在しているわけだが、彼らは「アジア系」としてまとめられ、時に過酷な差別を受けてきた。日米貿易摩擦が頂点に達していた1982年には、広東系の技術者ヴィンセント・チンが、日本人と間違えられて殺害されるという最悪のヘイトクライムが発生。犯人の白人3人に執行猶予判決が下ったことに批判の声が上がり、アジア系アメリカ人への差別が社会問題化した。

◆アジア系アメリカ人の歴史

「エイジアン・アメリカン」(=アジア系アメリカ人)の歴史は古く、1587年にはアメリカ本土(後にニューオーリンズを呼ばれる場所)にフィリピンからの入植があったことが記録されている。

時を経て19世紀前半、ハワイには東アジア系の移民が多数存在し、さらに1849年から始まるゴールドラッシュによって鉱山での労働需要が高まり、広東省から鉱夫が導入されている。その後、中国系移民は大陸横断鉄道敷設や農業に従事したが、1882年の中国人排斥法により入国が禁止される。

この穴を埋める形で、アメリカにやってきたのが日本人移民だが、こちらも1924年に成立した移民法で排斥の対象に。こうした規制の背景には、「黄禍論」(=黄色人種脅威論)に代表されるアジア人への人種差別感情があったことは言うまでもない。

◆白人がアジア人の配役を奪う「ホワイトウォッシュ」がまかり通る映画界

そんなエイジアン・アメリカンの総数は現在2100万人。今やアメリカの全人口の6.8%を占め、アメリカ国民の15人に1人がアジア人という計算になる。

にもかかわらず、アメリカ映画でアジア人を主役に据えた作品は非常に稀だ。スカーレット・ヨハンソンが日本人サイボーグ・草薙素子(くさなぎもとこ)を演じた『ゴースト・イン・ザ・シェル』、エマ・ストーンがハワイと中国系のミックスを演じた『アロハ』など、本来アジア人が演じるべき役に白人をキャスティングする「ホワイトウォッシュ」と呼ばれる差別がまかり通っているのも要因だろう。丸屋はこうした現状について次のように語る。

「ホワイトウォッシュ批判に対して『責任は製作陣にあり、俳優に罪はない』と擁護する人がいる。が、(黒人解放組織の)ブラックパンサー幹部エルドリッジ・クリーヴァーは『解決に協力しないとしたら問題の一部である』と語っているんです」(丸屋九兵衛)

丸屋によれば、ホワイトウォッシュに異を唱える白人俳優も存在しているのだとか。その代表が映画『デッドプール』のエイジャックス役エド・スクラインだ。『ヘルボーイ』シリーズのリブート版で、日系アメリカ人の元海兵隊隊長ベンジャミン・デミオ役にキャスティングされたスクラインは、自ら役を降り、各方面から喝采を浴びたという。

◆現在進行形! アジア系の偉人

正直言って、まだまだアジア人が活躍しにくいアメリカ。だが大活躍しているアジア人も多数存在している。アジアンブームの大波が到来しつつあるのは、まず間違いないと言っていいだろう。

音楽シーンで言えば、ラッパーのJay-Z率いるレーベル「Rock Nation」と契約した韓国系ラッパーのジェイ・パーク、「Green Tea」がスマッシュヒットを記録した女性ラッパーのAwkwafina、アジア系のメンバーが大半を占めるダンスチーム「JabbaWocKeeZ(ジャバワッキーズ)」、変わったところでは「アメリカで最もクールでヒップホップなシェフ」と呼ばれている料理人のエディー・フアンは台湾系だ。

文学界に目を向ければ、歴史改変SF『メカ・サムライ・エンパイア』のピーター・トライアス、叙情性あふれるSF作品で知られるケン・リュウ、『あなたの人生の物語』のテッド・チャン、黒人青年を主役に据えたシャーロック的な作品『IQ』で世に出たジョー・イデなど、数多くの人気作家が存在する。

そのほかにも、マルコ・ポーロや鄭和と同じルートで旅をして撮影をしているカメラマンのマイケル・ヤマシタ、映画『ベター・ラック・トゥモロウ』の監督ジャスティン・リン、人種ジョーク満載のマリファナ・コメディ映画『ハロルド&クマール』のジョン・チョー、アジア人女優の地位向上に貢献したルーシー・リュー、意外なところではキアヌ・リーブスも中国系ハワイアンを祖母にもつアジア系アメリカ人だ。

丸屋によれば、「エイジアン・アメリカン」という言葉は、「アジア人が一致団結する」ことを目的に日系人のユウジ・イチオカが提唱したものなのだとか。にも関わらず、日本人の中には、自分たちをアジア人だとすら感じていない人が数多く見受けられる。それどころか他のアジア人を一段下に見る人間が少なくない。彼らはアジア人であるにもかかわらず、同じアジア人を差別しているのだ。はっきり言って滑稽そのものだ。是非とも海外で活躍するアジア系の勇姿に目を向け、一刻も早く愚かな考えを改めていただきたい。

<開催情報>
場所:エキサイトカフェ(東京都港区南麻布3-20-1 Daiwa麻布テラス4F)

■講演タイトル
丸屋九兵衛トークライブ【Soul Food Assassins vol.7】続・黒人英語講座! それをスラングと呼ぶな。
2018年8月26日(日) 13:00~14:30

丸屋九兵衛トークライブ【Q-B-CONTINUED vol.24】夏期講習、ビブリの塔はここにあり。歴史改変SF大全!
2018年8月26日(日) 15:00~17:00

【関連リンク】
丸屋九兵衛ドットコム
丸屋九兵衛 (@QB_MARUYA) -Twitter

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※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。