なんてことないことがなくなったら、なんてことあることしかなくて大変だ。これは、『ケトル』の副編集長である花井優太が、生活の中で出会ったことをざっくばらんに、いや、ばらっばらに綴り散らかす雑記連載です。第11回。
※初出:雑誌『ケトル』編集部note公式(5月20日)
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4月前半、夜の街に繰り出せなくなった僕は、いじけて結構な数のレコードを買った。どうせ飲みにいけないわけだから、どうせ飲んでいたらもっとお金を使うのだからと、欲しかったレコードを買ったのだ。そのうち2枚は、予約で5月22日発売のもの。サニーデイ・サービスのアルバム『いいね!』とザ・ストロークス7年ぶりのアルバム『ザ・ニュー・アブノーマル』だ。両方すでに配信はされていて、後者にいたってはCDも販売されている。ずいぶん先だと思っていた発売日が迫っているけど、満足に外を歩ける状態ではないまま手元にレコードが届きそう。東京都が発表する感染者数は、先月に比べて減少を見せている。ただ、生活は変わらない。
じゃあ、この変わらない生活は悪いのか? その問いに適当な答えを出すのは極めて難しいが、家にいることで料理は以前よりもするし、献立を考えながらスーパーマーケットにも行く。制約ができたのとは反対に、これまでまともにやっていなかったことに取り組んでいる。その点は良い。冷蔵庫に入っている食材を気にし、包丁を研ぐ。雑に切った玉ねぎ、パプリカ、ズッキーニ、ナスを、オリーブオイルとニンニクが馴染んだホーロー鍋に投げ入れ野菜がしなるまで炒める。そしてトマト缶をひっくり返し、安い白ワインを品無くドボドボ注ぎ、塩胡椒もローリエの葉も目分量。そして蓋をして30分ほど煮込む。ラタトゥイユだ。南仏プロヴァンスから吹く風、洒落た料理のようにも感じるが、どっこい、名はかき混ぜたごった煮の意。日本でいうところの、がめ煮ぐらいの存在なのだろうか?
できあがったら冷ましてタッパーに小分け。ちょっとやそっとでは食べきれない作り置きを、1週間かけて消費する。なくなればまた作る。これを週末もしくは週の頭に繰り返している。常に一品用意されているのは、心に余裕をもたらす。野菜をしっかりと摂取できるわけで、あとは安く買ってきた鶏肉を焼くなり、なんだっていい。ネックはパプリカの値段が少々張ることだが、肉のハナマサで「ピーマンスライスミックス」(500g)を買えば問題なし。なんておトクなお値段なんでしょう。
加えてクラッカーにとろけるチーズを乗せ、申し訳程度に雑魚をまぶした粗雑な代物をオーブンで焼いてピザのようなお菓子のようなものを用意すれば、その場をしのぐには十分すぎるツマミも完成だ。ピッツァかピザかは置いといて、「チーズを乗せただけだけでピザのようだなんてけしからん! トマトはどうした!?」という声にはこの際耳を塞ぎたい。でも、ピザのルーツは小麦で作った生地にニンニク、アブラ、塩を加えて焼いたもので、トッピングは小魚だったという話がある。だとすると案外、しっかり筋の通ったものなのかもしれない。
こうなると、ついつい酒飲みの習性としてワインが欲しくなってくるが、これも高いものである必要は一切ない。目利きは少しばかり必要になるが、500円ぐらいのものを買ってきて、2リットルの空のペットボトルに移し替え親の仇のごとく振りまくる。泡がたとうが音が五月蝿かろうが無視。とにかく振る。そして、泡が消えるまでしばらく放置したら、もとのボトルに移し替える。グラスに注ぐとどうだろう、閉じていたはずの香りが広がるではないですか。恐るべきデキャンタージュ。しかしながら、ペットボトルをすごい形相で振っているところはあまり人に見られたくない。かのジャン・コクトーの言葉に、「大胆のコツは度が過ぎることなくどこまで遠くへいけるか」というものがあるが、歯を食いしばりボトルを振る姿は度が過ぎていると思う。というか、このコクトーの名言、オスカー・ワイルドの本に書いてあったことは覚えているけど、出典はどこなんだっけ? なんの話だ。
自分の口に入っていくものに気をかけ、手を加えることでの変化を感じ、その積み重ねで日々が形成されていく。眠っていたプリミティブな感覚が目を覚ます。いまの仕事をし始めたのは7年前。塗りつぶされるカレンダーと煩雑な思考とともに、あっという間に時は流れたが、その間まともに家事などした覚えはない。畳まなくていい服を選び着まわし、掃除を頻繁にすることもない。そもそも、たいして家にいなかったから部屋も散らからない。たまに窓を開け、掃除機をかければ良い。包丁をしょっちゅう持つなんてこともない。名前も故郷も忘れ眠っていたみたい。
学生の頃は料理をし、本を読み、ギターを弾く毎日だった。何に対しても、「何をご託宣を垂れているのだろう」という態度で、基本的にいじけている。まったく迷惑なやつ。その迷惑なやつの纏っていた情調が、時間を超えて流れ込んでくる。そして言う、よくそんなに自分に世話を焼かずにいらましたね、大丈夫ですか? と。そんなの大丈夫かどうかなんて、俺だってわかるわけがないでしょ。でも、失われていた感覚はもう取り戻した気がする。遠退いていた知覚の扉よ。
つい先日、CHAIが「Ready Cheeky Pretty」という曲をリリースした。2020年の彼女たちのテーマは「サルになること」らしい。本能をむき出して生きていたいというスタンスの表明を、同曲では行なっているのだ。CHAIにはこれまで2度会ったことがある。1度目は取材、2度目はライブ後のちょっとした時間。友人のサプライズパーティでなんて機会もあったが、その時はお互いの時間が重ならずに会うにいたらなかった。それでも、彼女たちの魅力の凄まじさはしっかりと刻まれている。取り繕うことなく、おべんちゃらはもちろんなく、言葉の選定がストレートで心地がいい。
今回の新曲と触れると、そんなCHAIの根幹と環流できているような気になる。KEEP IT REALが何度も繰り返されることから、何が彼女たちにとって重要かが自明のものとして理解できるし、リアル=オーセンティシティは、近年の社会においても重要なテーマである。社会的云々なんてわざわざ言うと一気に野暮になってしまうが、いまこの時に流れる音楽として、音の連なりと言葉の並び以上の重要性を持っているように感じる。それも野暮だな……。
出演予定だったフェスやイベントが軒並み中止になって、ツアーも先が見えなくなってしまっているけど、やっぱりリアルで演奏が観たい。マック・デマルコともホイットニーともやりあった爆音で。
◼️NOTES
1●サニーデイ・サービス
曽我部恵一、田中貴、大工原幹雄からなる1992年結成のロックバンド。2018年に他界したドラムの丸山晴茂の死から2年、大工原を迎えたスリーピース体制で3月19日にアルバム『いいね!』をデジタルリリース。CD、アナログ発売は5月22日。
2●ラタトゥイユ
夏野菜を煮込むニースの田舎料理。つくり方は本文の通りだが、トマト缶を使わずにケチャップで代用すると酸味が抑えられ甘みが出るので、最近はそちら派。お財布にも体にも優しいというのがスバラシー。
3●肉のハナマサ
言わずと知れた「プロ仕様」の業務スーパー。卸値に近く大容量なため、作り置きの心強い味方。ホームページには肉をガッツリ使った料理のレシピが公開されている。美味しいステーキの焼き方はここで覚えました。
4●ジャン・コクトー
フランスの詩人、批評家、画家、劇作家、脚本家、映画監督、小説家。1889年生まれ、1963年逝去。小説『恐るべき子供たち』『大胯びらき』、映画『美女と野獣』『オルフェ』などが特に有名。1920年代フランスの芸術界の中心人物であり、ウディ・アレンの映画『ミッドナイト・イン・パリ』でも存在が確認できる。
5●オスカー・ワイルド
イギリスの作家。1854年生まれ、1900年逝去。三島由紀夫も演出をした『サロメ』や、唯一の長編小説である『ドリアン・グレイの肖像』が有名。ジョン・レノンも影響を受けており、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のジャケットにも登場している。
6●CHAI
ミラクル双子のマナ・カナに、ユウキとユナの男前な最強のリズム隊で編成された4人組「NEOかわいい」バンド。アルバムに『PINK』『PUNK』があり、『PUNK』はPitchforkで8.3の評価を得た。5月13日にニューシングル「Ready Cheeky Pretty」をリリース。
7●マック・デマルコ
カナダのシンガーソングライター。1990年生まれ。2012年、アルバム『2』のリリースをきっかけに世界中から注目される存在に。細野晴臣や坂本慎太郎など、日本のミュージシャンを愛聴していることも明かしている。
8●ホイットニー
シカゴ出身のフォークロック・バンド。2016年リリースのファーストアルバム『Light Upon the Lake』が人気を博し、昨年セカンドアルバム『Forever Turned Around』をリリース。今年春に来日公園をする予定だったが、新型コロナウィルスで延期に。
■筆者プロフィール
花井優太(はない・ゆうた)
プランナー/編集者。太田出版カルチャー誌『ケトル』副編集長。エディトリアル領域だけでなく、企業のキャンペーンやCMも手がける。1988年サバービア生まれサバービア育ち。Twitter : @yutahanai
筆者について
はない・ゆうた。プランナー/編集者。太田出版カルチャー誌『ケトル』副編集長。エディトリアル領域だけでなく、企業のキャンペーンやCMも手がける。1988年サバービア生まれサバービア育ち。昨年一番聴いたアルバムはSnail Mail『LUSH』。タイトルが載った写真は関口佳代さんに撮っていただいたものです