ゲーム&カルチャー誌『CONTINUE』にて特別編として復活した『安彦良和 マイ・バック・ページズ』。第1回目では「作画」をテーマに、技法や作画にまつわる思い出などを17ページの大ボリュームで語られています。ここではその中から、衣装の作画での苦悩や、現在公開中の監督最新作『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』について語られた箇所をご紹介します。
※この記事は2022年3月26日発売の『CONTINUE Vol.76』掲載の「安彦良和 マイ・バック・ページズ 特別編(第1回)」を一部転載したものです。
事実を元にしているからこその資料との戦い
──安彦さんと言えば、資料なども見ずにスラスラと絵を描いてしまうようなイメージがあるんですが、作画用の資料なども作成されるんですか? 『漫勉neo』での作画作業中に原稿の脇のほうに、手掛けているページに登場するキャラクターの服装が描かれた資料的なものが映っているのが見えたんですが、そうしたものは作られてページごとに間違えないようにしているんだなと思いました。
安彦 自分さえわかればいいという、いい加減なキャラ表は作りますね。そういうものがないと服装に統一感とかなくなって滅茶苦茶になっちゃうから。ただ、それは自分でわかればいいので、極々簡単なものだけど。いわゆる資料に関しては、たとえば車両や銃器が出てくるとわかっていれば、人並みに一生懸命写真をもらって集めたりします。あとはたまにだけど真面目に構造とかを考えなくちゃならないときは、専門の資料を作ったりもしますね。いま連載中の『乾と巽』の中で、船で暮らしている奴がいて、そこに転がり込んで住み着いてしまうという話があるんだけど、参考にする船の外観の写真はあったんです。でも、その船の中がどうなっているのかはわからない。だから、想像なんだけどちゃんと考えないとダメだなと思って。一応船の見取り図を作って、どこに機関部があるのかとか、ここで窯を炊くから煙突がここにあって、ドアの突き当たりに食事をする団欒の場所や寝室があるとか。我ながら真面目に考えたなと。そういうこともたまにあります。
──なるほど。一方で、戦争の話を扱うとなると、兵器関係とかは、やはり詳しい人も多いので気を使いますよね。
安彦 それはしょっちゅう「ヤバいな」ってときはあるけどね。描いた後から「ここはこうなっているのか!」ってわかることもあって。『乾と巽』のロシア語の監修をしてくれている人がかなりのミリタリーオタクで。その人から「あれはちょっと違いますよ」と指摘があったり、たくさん兵器系の資料をいただけたりして。「あそこから薬莢は出ないので単行本では直してください」と言われて「はい、わかりました」みたいなやり取りもあったりするから。
──軍服なんかも種類が多いから大変ですよね。
安彦 本当にコスチュームは面倒でね。ボタンの数が変わったりするし。特にいま描いている『乾と巽』に出てくるロシアの軍服が面倒くさくて。階級章がわからないとか、服の合わせが右や左でずれていたりとか。軍服もマニアが多いから。ドイツ軍なんか描いたら何を言われるか(笑)。昔、『虹色のトロツキー』を描いていたときも軍服には悩まされて。資料を見るとある時期から形が違う。何年かを境に軍服が変更されていたんだよね。一方で、兵隊は支給されたものを身に着けないといけないけど、将校は自前だからわりといろんな形があって。『機動戦士ガンダム』のとき士官用の軍服はキャラによっていろいろ変えていたから「どうなっているんだ!」って言われるかと思ったけど、将校はオーダーメイドが可能だから棘がついてたりしても「何でもいいんだ」となったね。
新作映画として生まれ変わる『ククルス・ドアンの島』への思い
──『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』もあるわけですからね。
安彦 そうですね。アニメもまだやっているんだぞっていうね。
──『ククルス・ドアンの島』は現状はどのような感じですか?
安彦 アフレコが終わって、3月上旬にはダビング作業に入るという感じで。公開までの時間を考えるとかなり優秀なスケジュールで進んでいますね。
──テレビシリーズの『機動戦士ガンダム』の制作当時、「ククルス・ドアンの島」に関しては、安彦さんはどの程度タッチしていたんですか?
安彦 あれはキャラを作っただけでノータッチですよ。シナリオも見てなくて、絵コンテで見たのが最初。絵コンテに合わせてキャラを作ったわけだけど、「こんな話なんだ」と知った感じで。子どもがたくさん出てきた印象があったんだけど、今回の映画化に合わせて改めて設定資料を見たら3人しかいなくて。「え? 3人?」ってなったね。「子どもがたくさん出てきたら設定が多くなるから面倒くさいな」なんてちょっと思ったんだけど、面倒くさいなんてレベルじゃなかった(笑)。キャラクターは、ドアンとロランという女の子と、子どもが3人の5人しか出てなくて。当時の「ククルス・ドアンの島」は、作画のクオリティが酷いから「海外のスタジオに丸投げしたんじゃないの?」という噂があるけど、改めてスタッフ表を見ると確かに日本で作っているね。
──当時は、外のスタジオに丸投げしたら、サンライズのスタジオではチェックしないという形だったんですか?
安彦 話数によって違うけど、あれは完全に振りっぱなしだね。
──あの頃、サンライズがメインとなって動かす以外に、中村プロダクションをはじめとした外注スタジオはどれくらいあったんですか?
安彦 どれくらいあったかな? その都度動くので、延べにするとかなりの会社に出していると思う。その中でも、中村プロは一番良かったね。世間ではいろいろ言われるけど。
──中村プロは、安彦さんが後半に病気で抜けたところを補う形でたくさんお仕事をされていますからね。独自のテイストもあるので、作画の面に関してはいろいろと言われてしまいがちですが。
安彦 外に振ったものに関しては、原画をあの人に頼んだとか、そういうのは覚えているけど、スタジオがどのくらいあったのかはわからない。でも第15話の「ククルス・ドアンの島」は、ラッシュで観ていて、その記憶は悲惨なものがあったのは確かでね。「ああ、これは……」ってなった。まあ、本当に「ああ〜」って感じなんだけど、あの話が飛び抜けて作画が酷いっていうこともなくて。まあ、酷いんだけど、「放っておいたらこうなるよ」という象徴でもあった。ただ、それは『機動戦士ガンダム』に限らずの話だけどね。
──一方で、お話に関しては惹かれる部分があったんですか?
安彦 これは悪くないんじゃないかというのがずっとあったね。脱走兵が武器を持ったまま逃げて、それで弱き者を守るという話で、それが丸腰だったら良かったんだろうけど、丸腰だと守ることはできないから武器を持っている。そういうジレンマがあって。でも、武器を持っていれば、敵味方関係なく、「あそこに物騒な奴がいる」と追われることになる。そういう意味では、ものすごく奥の深い問題を投げかけているような気はするんだよね。
──いくら彼らが「平和に暮らしている」と言っても、危害を加えてくる可能性があれば、そこは軍隊なら対処しなくちゃならなくなりますからね。
安彦 それだけならまだしも、子どもたちも結構尖っていて、アムロに石をぶつけたりするわけで。滅茶苦茶弱き者なのに結構生意気で。でも、それはわりとリアルな捉え方ではあるんだよね。あと、意外とお話として好きな人がいるというのも聞いていて、それも引っかかっていて。
──確かに、忘れがたいエピソードではありますね。
安彦 別にアリバイを作ろうと思って言っているわけじゃないけど、漫画家の皇なつきさんに「あの話の漫画を描いてくれないか」みたいなことを言ったこともあって。
──ご自分で『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の漫画連載の際に描こうと思ったりはしなかったんですか?
安彦 それは、『機動戦士ガンダム』の全部は描けないから、どこから捨てるとなればやっぱりいの一番に削られる話ではあったんだよね。そういう意味でも、「ククルス・ドアンの島」という話に関しては、捨て子を置いてきたみたいな感じはずっと持っていて。
──劇場版でも真っ先に捨てられた感じですよね。
安彦 富野(由悠季)氏が『機動戦士ガンダム』の劇場版を編集するときに、「『再会、母よ』は捨てるよ」とか「ベルファストのミハルの話は捨てるよ」とか俺に言ってきてね。まあ、人を挑発していたんだろうけど。だから「あれは捨てちゃダメですよ」って言うと「じゃあ、入れよう」という感じで反応していたから、最初から捨てる気はなかったと思うんだけどね。
──安彦さんの反応を見て、残すべきか捨てるべきか確認していたのかもしれないですね。
安彦 その流れで、「ドアンは捨てるよ」と言われれば、「どうぞ」ってなるんだよね。そういう意味では、本当に偶然だけど俺がアニメ化してもいいエピソードとして、「ククルス・ドアンの島」が残っていてくれて本当に良かった。
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『CONTINUE Vol.76』では記事全文を掲載。また、現在発売中の『CONTINUE Vol.77』掲載の「安彦良和 マイ・バック・ページズ 特別編(第2回)」では、現在公開中の『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』について、安彦良和のキャラクターに対する思いや制作の裏側まで語られています。こちらもあわせてご覧ください。
筆者について
1947年生まれ。北海道出身。1970年からアニメーターとして活躍。『宇宙戦艦ヤマト』(74年)、『勇者ライディーン』(76年)、『無敵超人ザンボット3』(77年)などに関わる。『機動戦士ガンダム』(79年)では、アニメーションディレクターとキャラクターデザインを担当し、画作りの中心として活躍。劇場用アニメ『クラッシャージョウ』(83年)で監督デビューする。その後89年から専業漫画家として活動を開始し、『ナムジ』『神武』などの日本の古代史や神話をベースにした作品から、『虹色のトロツキー』『王道の狗』など日本の近代史をもとにしたものなど、歴史を題材にした作品を多く手掛けている。2001年から『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の連載をスタート。10年にわたる連載終了後、アニメ化。現在『月刊アフタヌーン』にて『乾と巽-ザバイカル戦記-』を連載中。2022年6月には待望の監督作『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』が公開された。
1971年生まれ。茨城県出身。アニメ、映画、特撮、ホビー、ミリタリーなどのジャンルで活動中のフリーライター・編集者。アニメ作品のパッケージ用ブックレット、映画パンフレット、ムック本などの執筆や編集・構成。雑誌などで、映画レビューや映画解説、模型解説、インタビュー記事などを手掛けている。著書に『マスターグレード ガンプラのイズム』(太田出版)、『機動戦士ガンダムの演説から学ぶ人心掌握術』(集英社・共著)、『不肖・秋山優花里の戦車映画講座』(廣済堂出版・共著)などがある。