ゲーム&カルチャー誌『CONTINUE』の短期集中連載として復活した「安彦良和マイ・バック・ページズ」。現在発売中のVol.77掲載の特別編第2回目は、6月3日に公開した安彦良和監督最新作『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』について、作品の概要を中心に深く語ってもらいました。ここではその中から、最新作のメインキャラクターであるククルス・ドアンについて語られた内容を一部ご紹介します。
※この記事は、2022年5月26日発売の『CONTINUE Vol.77』掲載の「安彦良和 マイ・バック・ページズ 特別編(第2回)」を一部転載したものです。
シンパシーを感じていたドアンというキャラクター
──話は本編の設定のほうに移りたいと思います。まず、ククルス・ドアンというキャラクターに関してですが、彼に関しては、よく考えてみるとこれまで安彦さんが描かれてきた漫画に登場するキャラクターとの共通部分があるように感じました。戦場で戦う中である種の心の傷を負い、そこから脱走して子どもたちと一緒に静かに暮らそうとする。ある意味、過酷な状況から逃げた者=敗北者ですよね。安彦さんは、ドアンというキャラクターが、ご自身が描いてきた作品の主人公とイメージが近いから選んだりしたという部分はあるんですか?
安彦 それに関しては、いま、そう指摘をされるまで考えたことはなかったんだけど、言われてみればその通りで。確かに、俺の好みのキャラクターではあるな。
──ということは、偶然そうなったということなんですか?
安彦 そうだね。ただ、俺の描く漫画の主人公は、「自分の居場所はどこにあるのか?」と、当て所なくさまよってしまったり、流されてしまったりする感じがあって。そういうキャラクターが好きなのかと言われたこともある。それに比べると、ドアンは定点を定めて、「ここで戦災孤児たちを外敵から守るんだ」という風にはっきりしている。そういう意味では、あまり俺の好みのタイプだとは思ってなかったんだよね。ただ、言われてみると、ドアンは、ジオンや戦争から逃げてきた、ある意味「抜け忍」なんだよね。だから惹かれた部分があったのかと気付かされると、なんか読み切られたというか、見透かされたみたいで(笑)。
──見透かしたというわけではないですが(笑)。ただ、受け取り手としては、すごく安彦さんの描きたいテーマ性とドアンが持つ人物像の要素が似ているなと感じただけなんです。
安彦 実際に、ドアンもかなり不安定な存在ではあるんだよね。子どもたちとともに「ここで生きる」と定めてはいるんだけど、脱走兵として追っ手に狙われているという状況はとても危うい。ただ、一方で、やりたいことは「もうひとつの目的」とともにハッキリしているし、流されている感じはないから、自分に引き寄せて「俺の好みだ」という風には思わなかったんだと思う。俺の描いてきた主人公は、もっと不安定で、なんか波間を漂うみたいなね。そこがキャラクター的な弱さだと言われてもきたし、作品を作る上で強烈なメッセージも伝わらないから「売れないんだ」と言われても「そうか」と納得してしまう感じがあって。
──強烈な目的意識を持って邁進するキャラクターが好きな人には物足りないのかもしれませんが、安彦さんの描く主人公像に共感をする人も多くいると思います。
安彦 「ククルス・ドアンの島」に関しては、よくフランシス・F・コッポラの撮った『地獄の黙示録』を連想したと言っているけど、お話としては、マーロン・ブランドが演じるカーツ大佐がベトナムのジャングルの奥地に独立王国を築いていて、それを密命を帯びた兵士が暗殺に行こうとする。その「独立王国を築く」という部分がドシっとしているわけだけど、「ククルス・ドアンの島」はそのイメージに近いなと。もちろん、テレビ版の設定は子どもがたった4人しかいない、貧相なものだったけど、「ここは自分たちの王国だ」と言っている感じはあった。だから、小さき者が流されていったというイメージは最初はなかったんです。
──安彦さんの学生運動をされた原点には「ベトナム戦争への反戦」があるという話を聞いていたので、「ククルス・ドアンの島」のエピソードは、そうした反戦へのイメージが重なったというのもあります。「ククルス・ドアンの島」で描かれる、戦争の被害者である孤児や脱走兵、戦場でのショックを抱えた兵士のPTSD(心的外傷後ストレス)などは、当時のベトナム戦争の後に出てきた問題を描いたものであるわけで、テーマ的に安彦さんの原点的な部分と重なるというイメージがあったんです。
安彦 「ククルス・ドアンの島」のエピソードに関しては、抜け忍の話であるというのはともかく、やっぱりどこかしらシンパシーを感じたからこそ「これはいい話だ」と思い、心に残っていたのは間違いないですよ。だからこそ、よくぞこのエピソードが、自分でアニメ化してもいいものとして残ってくれていたなと。そういう意味では、後から考えると*皇さんが忙しくて、漫画で描いていただけなくてかえって良かった(笑)。
──もし、漫画として描かれてしまうと、考え方は違ってもひとつの答えが出てしまいますからね。
安彦 そう。皇さんだから、たぶん、しっかり描き切ってくれてた。だから、あそこで描いてもらわずに、残っていたこともいい巡り合わせだと思うね。
*安彦良和は一度、漫画家・皇なつきに「ククルス・ドアンの島を漫画にしてほしい」とお願いしたことがあった。
補強されていったドアンの島とそれを巡る状況
──新規の要素としては、ドアンの過去に絡んだ部分が描かれますね。この設定に関しては、どのような考えから生まれたものでしょうか?
安彦 ドアンという大変大きなスキルを持った人間が、それまで一緒に戦ってきた仲間を裏切って、脱走兵として軍を離脱する。そして、「自分はこれだけの戦災孤児を守っているんだから、離脱行為は正しいと言うのは、その行為自体は間違っていないけど、それだけで彼の行動を正当化しようというのは、はっきり言って無理があるわけですよ。いくら20人の子どもがいると言ったって、仲間を裏切った後ろ暗さを消すことはできない。だから、そこにドアンがやるべきこと、彼にはあの島に留まってやらなければならない大きな仕事があるという形にしているんです。その、ドアンがやっている、子どもたちにも教えていない「大人の仕事」があることで、ただ逃げて子どもたちを守る、匿うというのだけではないところは、今作で付け足した大きな要素ではあるんだよね。その要素に関しては、戦争に大きく関わるものなので、かえって話をつまらなくするんじゃないかという思いもあったんだけど、どうしても入れておきたかった。
──その目的があったから、仲間を裏切ったという話にもなっているわけですね。
安彦 だから、ドアンのような後ろ暗さを抱えて、「でも、自分はこれのために生き恥をさらしても生きていく」というのは、別の形で描いてもいいわけですよ。20人の子どもじゃなくて、たったひとりの子どもでも、恋人でも。それでいいわけですよ。そういうドラマも実際にあるわけだから。だけど、そっちに行かなかったということなんです。そこはすごく悩むところで、「こんな小さいもののために世界を裏切った。でも、正しいんだ」という描き方のほうがもしかしたらよりドラマチックだったのかもしれない。だけど、今回はそうではない、戦争の状況と直結する描き方を選んでいるんだよと。そこは、実際に見て判断してほしいところではあるかな。
作品に込められた「シンプルさ」を読み取ってほしい
──参加されたキャストのみなさんに対してはいかがですか?
安彦 アフレコに関しては、やはりコロナの影響があって。本当ならば一堂に会して楽しくワイワイとできたら良かったのにという思いはあるね。アフレコもイベント的な面もあるから。それができなかったのが寂しいと言えば寂しいかな。それこそ、アムロ役の古谷徹さんとドアン役の武内駿輔さんの取り合わせを普通のアフレコのムードの中でやれたら必見だったろうに、と思うんだよね。今回は、別々に収録しているから。
──超ベテランの古谷さんが15歳のアムロを、そして若手の注目株である武内さんが存在感のあるドアンの声をやっていて。現実の立場と映像での立場がまったく逆なのは、アニメだから表現できるところでもありますからね。
安彦 そこは本当に面白い世界だよね。あと、今回は子どもたちに関しては実際の子役に演じてもらっていて。彼らも別々に録っているんだけど、子役だけ集まって録れたらちょっとした学芸会みたいで楽しかったかなという思いはあるね。もちろん、残念な部分を挙げるとキリがないけど。それでも、キャスト陣、スタッフ陣のおかげでいいものが録れたのはありがたいことですよ。
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*本記事は『CONTINUE Vol.77』掲載の「安彦良和 マイ・バック・ページズ 特別編(第2回)」からの一部抜粋です。
*『CONTINUE Vol.77』では他にも、最新作『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』について、最初の『機動戦士ガンダム』のテレビシリーズのエピソードをどうして映像化しようとしたのか、OVA『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』を終えた段階で持っていた心残りなど、知られざる制作秘話を全8ページで掲載しています。また、『CONTINUE Vol.76』掲載の「安彦良和 マイ・バック・ページズ 特別編(第1回)」では、「作画」をテーマに、安彦良和の創作に対する思いを熱く語っていただきました。こちらもあわせてご覧ください。
筆者について
1947年生まれ。北海道出身。1970年からアニメーターとして活躍。『宇宙戦艦ヤマト』(74年)、『勇者ライディーン』(76年)、『無敵超人ザンボット3』(77年)などに関わる。『機動戦士ガンダム』(79年)では、アニメーションディレクターとキャラクターデザインを担当し、画作りの中心として活躍。劇場用アニメ『クラッシャージョウ』(83年)で監督デビューする。その後89年から専業漫画家として活動を開始し、『ナムジ』『神武』などの日本の古代史や神話をベースにした作品から、『虹色のトロツキー』『王道の狗』など日本の近代史をもとにしたものなど、歴史を題材にした作品を多く手掛けている。2001年から『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の連載をスタート。10年にわたる連載終了後、アニメ化。現在『月刊アフタヌーン』にて『乾と巽-ザバイカル戦記-』を連載中。2022年6月には待望の監督作『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』が公開された。
1971年生まれ。茨城県出身。アニメ、映画、特撮、ホビー、ミリタリーなどのジャンルで活動中のフリーライター・編集者。アニメ作品のパッケージ用ブックレット、映画パンフレット、ムック本などの執筆や編集・構成。雑誌などで、映画レビューや映画解説、模型解説、インタビュー記事などを手掛けている。著書に『マスターグレード ガンプラのイズム』(太田出版)、『機動戦士ガンダムの演説から学ぶ人心掌握術』(集英社・共著)、『不肖・秋山優花里の戦車映画講座』(廣済堂出版・共著)などがある。