麻痺のある人でも扱えるリュックとは⁉~夫の快適が誰かの便利に/夫が脳で倒れたら

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「献身的」で、なくていい! 突然、働き盛りの夫を襲った脳卒中と半身の後遺症。何の知識もなかった私は、ゼロから手探りで夫の復帰までを「闘う」ことになる――。当事者だけがツラいんじゃない。家族にも個別のツラさがある。ここでは、ライター・三澤慶子が綴る、葛藤と失敗と発見の記録。今回は本書第6章から一部ご紹介。麻痺のある身体には、衣服も持ち物も今まで通りとはいかない。妻は考える、夫の生活が少しでも快適になる方法を――。

世の中は両手両足を使ってちょうどいいようにできている

退院後のトドロッキーは、しばらく家で寝たり起きたり。近所の散歩は大冒険。ちょっとの起伏につま先が引っかかるし、すぐに汗だくとなって疲労でフラつく。今にも後ろにひっくり返りそうで、私はいざとなったら支えるつもりで後方を付いて歩いた。こんなんでよく花火大会に行けたもんだ。

胴体の麻痺側の筋肉が落ちて左右のバランスが崩れ、痛みが出た。立ってるのは疲れるし、椅子にも長くは座っていられない。

内臓の筋肉もうまく動いていかず便秘がひどくて、対策にあれこれ試してみるものの数日おきに腹痛でのたうちまわる。

それでも仕事復帰のための準備はした。

まずは映画試写に出向くことを想定して、いくつかの試写室まで実際に足を運んでみた。時間にどれくらいゆとりを持てばたどり着けるのか、駅のエレベーターはどの位置にあるのか、階段なら左手で摑める位置に手すりがあるか、人波に飲まれずに歩けるルートはあるかなどを確認。

歩くのにかかる時間を測ってみれば発病前の2.5倍。大きな交差点はタイミングによって渡りきらないうちに赤になってしまうため、次の青のスタート時まで待つ時間も見積もった。

下見には私もついて行ったけれど、実際の仕事のときはひとりで出かけて行った。行った先でみなさんからいろいろ配慮もいただいて、トドロッキーは徐々にひとり外出のコツを摑んでいった。

世の中のあれこれは両手両足を使ってちょうどいい仕様になっているから、片麻痺でも使いやすいものを探していく必要もあった。物品調達は私の担当。ネットで探したり店をあちこち回って実際に物を見たりしているうちに、こんなに物が流通しているにもかかわらず条件に合うものがなかなか探し出せないことを知った。

麻痺でも快適なモノ探し

まず探したのはズボン。トドロッキーが好んで履いていたのは綿パンツ。でも短下肢装具をつけて履けるような裾幅の広いものがなかったため、裾幅が何センチなら大丈夫なのかを測り定規を持って店を回った。

結局よく履くようになったのはワークパンツタイプの綿パンツ。裾が広い。片手だといちいち鞄から小銭やパスモなどなど物を取り出すのが大変なため、何でもつっこんでおける大きなポケットがあると便利なのだけど、ワークパンツならポケットが豊富。腹部のボタンやベルトを締めるのは片手では時間がかかるため一部にでもゴムが入っているのがよく、ワークパンツだとこれもクリアできるものが見つかった。

雨の日対策も必要だった。

使える手は杖を持つため傘を持つ手がない。カッパを着ればいいのだが、脱ぎ着するのがけっこう手間。濡れたカッパを訪問先で袋に仕舞うのも難しい。アウトドアブランドを覗いてみれば、街着としてイケるデザインのパーカーで防水機能がすごい、トレーナーみたいに被って着るタイプのウインドブレーカーを発見。これがトドロッキーにヒットした。

フードを被ればカッパになる。訪問先でタオルで簡単に雨水を拭えばいちいち脱がなくても見た目におかしくない。行きは晴れているけれど帰りに雨が降りそうだって場合もその逆も、このウインドブレーカーなら着っぱなしで大丈夫。便利で重宝した。

アウトドアブランドのアウターは冬にも活躍した。冬のアウターって一般的にけっこう重い。上着が重いとものすごく疲れるトドロッキー、欲しいのは超軽くて、ゴワゴワしない動きやすい薄さでしかも超暖かいアウター。防水でフードがついているカッパ機能があればなおいいし、手袋がはめられないため袖は長めがいい。

スノージャケットを試してみた。スノボ用だ。街中で着ても違和感のない地味なスノボ用ジャケットを買ってみたが、これはトドロッキー的にはゴワゴワ感に着辛さがあったようで、ほとんど着ることはなく、息子が本来のスノーウエアとして着るようになった。

結局アウトドアブランドのタウン仕様のアウターに落ち着いた。ネックはファスナーだった。片手では閉めづらい。裾に麻痺手の指をひっかけられるよう紐を縫いつけてカスタマイズしたけれど、うまく閉められないときもよくあって前全開で寒風の中、帰って来ることも度々あった。

財布も探した。がま口なら片手で扱えるかなと用意してみたが、やはりどうしても支払い時にもたつくため、結局ポケットにじゃらりとコインやお札をそのまま入れるようになった。

夫の快適が誰かの便利に

リュックサックも探した。

ショルダーバッグを斜めがけ、っていうのは非常に歩きづらいという。見つけ出したいのは取材先に出かけて行くために本や書類が入る、片手で扱いやすいリュックサックだが、これが難航した。

まずファスナー仕様のは除外。片手では開け閉めしづらいから。

蓋を被せるタイプのはいいが、中で一度紐を絞る作業をしなければならないものも除外。紐を絞る作業も片手では難しい。

蓋をベルトで閉めるタイプは、ベルトの両方を手で持たないと閉められないものを除外。

立てかけてもクタンとして自立しないのも除外。片手でものが出し入れできないから。

本体が重たいのも除外。それでなくても本を入れる。極力軽くないとだ。

開け閉めしたり、ものを取り出すのに両手で作業する必要があるリュックの一例。これらのタイプは片手だけではかなり手間取る
締めづらいファスナーは、つまむ部分を取って紐をつけている

これらの条件をクリアしたのはネットでようやく見つけた一点。それでも使ってみれば、本のような重たいものを入れると形が変形して残念なフォルムとなったのだけれど、もう妥協するしかない、ほかにないのだ。

そもそもリュックサックって荷物をバランスよく持ち上げられない構造をしている。トートバッグみたいなバランスのいい構造になっていたらファスナーだって紐だって必要なくなるはず。店頭ではあんなにたくさんのデザインが売られているのに、バランスが解決されているリュックサックはほんのわずかだ。

私自身リュックサックが好きでいろんなデザインのものを使ってきたのだが、ファスナーや紐を閉め忘れたまま背負ってしまうと、ベロンと中身が見えてしまって一気にだらしなくなるあの感じは嫌。よく閉め忘れるから幾度となく恥ずかしい思いをしてきたけれど、撫で肩のため頻繁にずり落ちて来るトートバッグよりは遥かに使い勝手がいい。ベロンと中身が見えてしまうのは構造上バランスが悪いからで、これが解決されればきっとトドロッキーにも使いやすいリュックサックが誕生する。

そんなことを考えているうちに、いつかトドロッキーが使いやすいリュックサックを作ってみたい気持ちが芽生えた。きっとトドロッキーが日常使いこなせるのなら、子どもの手を繋いだままリュックの中のものを取りたい親御さんだとか、片手で何かしら作業中の人にだって便利なはずだ。

夫・轟夕起夫とリュック

東京の鞄職人製と開発した「片手で出し入れ」リュック『TOKYO BACKTOTE』はいろいろ簡単!

* * *

この続きは『夫が脳で倒れたら』本書にてお読みいただけます。
*本文中に出てくる病院、医療関係者、患者などの固有名詞は仮名です。

筆者について

三澤慶子 × 轟夕起夫

みさわ・けいこ。北海道生まれ。ライター。
(株)SSコミュニケーションズ(現(株)KADDKAWA)にてエンタテインメン卜誌や金融情報誌などの雑誌編集に携わった後、映像製作会社を経てフリーランスに。手がけた脚本に映画『ココニイルコト」『夜のピクニック』『天国はまだ遠く』など。半身に麻痺を負った夫・轟夕起夫の仕事復帰の際、片手で出し入れできるビジネスリュックが見つけられなかったことから、片手仕様リュック「TOKYO BACKTOTE」を考案。

轟夕起夫

とどろき・ゆきお。東京都生まれ。映画評論家・インタビュアー。『夫が脳で倒れたら』著者・三澤慶子の夫。2014年2月に脳梗塞を発症し、利き手側の右半身が完全麻痺。左手のみのキーボード操作で仕事復帰し、現在もリハビリを継続しつつ主に雑誌やWEB媒体にて執筆を続けている。近著(編著・執筆協力)に「好き勝手夏木陽介スタアの時代」(講談社)J伝説の映画美術監督たちX種田陽平」(スペースシャワーブックス)、「寅さん語録」(ぴあ)、「冒険監督塚本晋也」(ぱる出版)など。

  1. プロローグ/夫が脳で倒れたら
  2. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ①/夫が脳で倒れたら
  3. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ②/夫が脳で倒れたら
  4. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ③/夫が脳で倒れたら
  5. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ④/夫が脳で倒れたら
  6. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ⑤/夫が脳で倒れたら
  7. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ⑥/夫が脳で倒れたら
  8. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ⑦/夫が脳で倒れたら
  9. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ⑧/夫が脳で倒れたら
  10. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ⑨/夫が脳で倒れたら
  11. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ⑩/夫が脳で倒れたら
  12. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ⑪/夫が脳で倒れたら
  13. リハビリの基礎知識~急性期リハビリテーション開始!/夫が脳で倒れたら
  14. リハビリ合宿生活の試行錯誤~トイレくらい一人で行きたい!/夫が脳で倒れたら
  15. もしもリハビリ入院中に新しい病気が発症したら?/夫が脳で倒れたら
  16. 「花火見に行かない?」活動させるリハビリで仕事復帰を目指す!/夫が脳で倒れたら
  17. 麻痺のある人でも扱えるリュックとは⁉~夫の快適が誰かの便利に/夫が脳で倒れたら
『夫が脳で倒れたら』試し読み記事
  1. プロローグ/夫が脳で倒れたら
  2. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ①/夫が脳で倒れたら
  3. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ②/夫が脳で倒れたら
  4. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ③/夫が脳で倒れたら
  5. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ④/夫が脳で倒れたら
  6. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ⑤/夫が脳で倒れたら
  7. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ⑥/夫が脳で倒れたら
  8. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ⑦/夫が脳で倒れたら
  9. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ⑧/夫が脳で倒れたら
  10. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ⑨/夫が脳で倒れたら
  11. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ⑩/夫が脳で倒れたら
  12. 第1章 発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ⑪/夫が脳で倒れたら
  13. リハビリの基礎知識~急性期リハビリテーション開始!/夫が脳で倒れたら
  14. リハビリ合宿生活の試行錯誤~トイレくらい一人で行きたい!/夫が脳で倒れたら
  15. もしもリハビリ入院中に新しい病気が発症したら?/夫が脳で倒れたら
  16. 「花火見に行かない?」活動させるリハビリで仕事復帰を目指す!/夫が脳で倒れたら
  17. 麻痺のある人でも扱えるリュックとは⁉~夫の快適が誰かの便利に/夫が脳で倒れたら
  18. 『夫が脳で倒れたら』記事一覧
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