自分を捨てる旅
第11回

あのとき、できなかったこと

暮らし
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昔行った同じ場所を旅をして道を歩いていると、ふと何かを思い出すことがある。普段考えていないことがひょこっと顔を出す。日帰りで行った横浜で、偶然行くことになった博多で、夜道を歩きながら思い出したこと。

どうすれば楽をして、サボりながら生きていけるか

会わなくなった友人の夢をたまに見る。その人は大学時代にできた友達で、その後も同じアルバイトをしたり、そのアルバイト先にふたりとも就職して同僚になったりと、ずいぶん長い時間を過ごした。

仕事が終わると毎日のように一緒に酒を飲み行き、好きな音楽も似ていたのでライブに行ったり、たまに旅行もした。私と同じように仕事に対してまったくやる気がなく、どうすれば楽をして、サボりながら生きていけるかということばかり常に考えているような人だったので、気が合った。

しかし、お互いにまったくやる気のなかったはずの仕事の上で起きたトラブルによって私は友人と衝突し、二度と会うまいと誓った。時期を同じくして私は会社を辞め、東京から大阪へ引っ越して生活も一変した。以来、一度も会っていないし、その友人について考えるようなことも特にないのだが、脳の仕組みは不思議なもので、たまに夢に現れる。

夢の中では何事もなかったように仲良くしていることがほとんどだ。どこだかわからない町や建物の中を一緒に歩いていたりする。記憶力の弱い私でも、友人と過ごした場面が脳の中のどこかにしまわれていて、深い水の底からあぶくが浮き上がるように、たまに水面に顔を出すのだろう。

先日、横浜まで電気グルーヴのライブを見に出かけた。大好きな電気グルーヴの久々のワンマンライブで、広い会場でドーンとやるというので、どうしても行きたかった。スケジュールの調整に失敗して、日帰りするしかなく、新幹線で慌ただしく往復することになった。

ライブ開始の4時間前に新横浜駅に到着。横浜アリーナへと早足で向かう。会場限定グッズが販売されるというので色々買いたかった。着いたのだが、グッズ売り場が見つからない。「あれ?おかしいな」とスマホでイベント情報を改めて検索して驚いた。私は横浜アリーナにいるが、それはまったくの勘違いで、会場は「ぴあアリーナMM」という別の場所であった。

横浜アリーナでは「伊藤忠ファミリーフェア」が開催されていた

しかも、検索したついでにわかったことによれば、限定グッズの売り場には私がのん気にやってきた何時間も前から大行列ができており、多くの商品がもう売り切れているという。ショック! まあ、でも、土台無理な話だったのだと思うと諦めもつく。開演まではだいぶあるし、せっかくだから、少しでも横浜にいるからこその時間を味わおうと思った。

地下鉄に乗って正しい会場がある方面へ向かいながら、ふと「吉村家に行ってみるか」と思う。「吉村家」は「家系ラーメン」の発祥の地。その吉村家で修行した人々が独立して「〇〇家」という店を出し、その亜流店も現れ、そうやってできていったラーメンの一大ジャンルが“家”系ラーメンということなのである。

横浜駅で下車して吉村家までの道を歩いていて、「何度もこの辺りを歩いたな」と思い出した。会わなくなった友人は横浜に住んでいて、ラーメンが好きだったから、あちこちの家系ラーメン店へ案内してくれた。当然、吉村家にも何度も来た。店の近くを歩いていると、そういう記憶が断片的によみがえってくる。店の前にたどり着くと、すごい行列だ。

ランチタイムはだいぶ過ぎていたが、かなりの行列

面食らったが、友人が「吉村家はとにかく回転が早いから列がどんどん進む」と言っていたのを思い出す。ふたりで列に並んでいるとき、吉村家の店員は複数の客が差し出す食券を見て一気にそれを記憶する、その能力がいかにすごいかを友人が解説してくれた。

友人が言っていた通り、思ったより早く入店でき、久しぶりの美味しいラーメンを食べた。そうだった、こういうのだった。生姜を入れるといいとか、後半は酢をかけて食べるといいとか、この店はその酢にもすごくこだわっていて、とか、横でいろいろ言っていたな。思い出しながらラーメンをすする。

久々に吉村家のラーメンを食べることができてうれしかった

吉村家の店頭には「ご自由にお持ちかえり下さい。」と書いた貼り紙の下にカゴがあり、そこにはキャベツやブロッコリーなどの野菜が山のように入っている。このお持ち帰り野菜は吉村家の名物らしく、客の多くが持ち帰っていく。私はこれからライブに行く身だが、ブロッコリーが好物なので、もらっていくことに。ブロッコリーを手にして横浜の町を歩くのはなんだか愉快だった。

思いがけない横浜みやげを手に懐かしい街を歩いた

同じ道を歩くことによってしか思い出されない記憶というものがある

その日帰り旅からしばらくして、私は福岡へ行くことになった。JR西日本が販売する「サイコロきっぷ」という期間限定のチケットがあって、ランダムで指定される目的地まで往復5000円で行けるというものなのだが、一度それを買ってみたら尾道行きが当たった。その旅が楽しかったので、もう一度買ってみたところ、今度は博多行きのきっぷが当たったのだ。

久々の福岡だったが、ランダムで選ばれた目的地であり、特にしたいこと、行きたい場所があるわけでもない。ただ、街を歩き、何か美味しいものでも食べられたらそれで満足だった。

博多駅に着いてからようやく「さて、どこ行こう」と考える。以前、博多に来たとき、「長浜屋」というラーメン屋へ行って、美味しかった。とにかく、まずはそこに行って腹ごしらえをしようと思った。

博多にも、会わなくなった友人と一緒に来たことがある。そのときは、格安航空会社のタイムセールだとかで、片道1円という破格で売り出された数席限定の航空券が運良くふたり分買えて、それで行ったのだった。というか、その航空券をWEBサイトで購入したのも、会社の仕事中だった気がする。とにかく全然仕事をしていなかった。

「くじ引きで博多旅行が当たったみたいなもんだな」とふたりで喜んでいたが、その航空券には短所もあって、飛行機の出発時間が朝の6時だったのだ。当然、お互いの最寄り駅から始発電車で向かっても間に合わない。そこで、前夜の遅くに東京駅を出て午前4時過ぎに空港に到着する深夜バスに乗ることにした。これは私たちと同じように早朝の便を利用する人向けのバスで、途中サービスエリアで長く休憩したりして、寝ながら早朝便までの時間を過ごすためのものなのである。

結局、私も友人もバスの中ではうまく眠れず、寝不足気味で博多に向かうことになった。そのとき、朝早くから営業している「長浜屋」でラーメンを食べたのだった。なんだか最近やけに友人のことを思い出しているな、と思いながら博多駅から地下鉄に乗り、その店を目指す。

駅から店までの道のりも、やはり懐かしい。友人と来たときのささいな場面を思い出す。同じ道を歩くことによってしか思い出されない記憶というものがあると思う。

「この絵、なんかいいね」と言い合って写真を撮った記憶がある

そうやっていろいろなことを思い起こしながらたどり着いた「長浜屋」はなんと清掃中でお休みだった。

立ち尽くす人が私以外にもちらほらいた

「そうかー」とちょっと落ち込みつつふらっと入ったうどん屋の「しいたけうどん」がとても美味しかったのでそれはそれでよかったのだが、なんだかそれだけでは気が済まなかった。

「長浜うどん」で食べた「しいたけうどん」も美味しかった

日中は博多駅周辺を散策し、夜、ビジネスホテルに荷物を置いて、再び「長浜屋」を目指す。今度は無事営業していて、「そうだ、そうだ。これこれ」と久々のラーメンを味わう。

今度はしっかり「営業中」だ
あきらめずに食べにきてよかった

私のあとに来たお客さんが、ラーメンの食券を出しながら「ベタナマで」と注文していた。「ベタ」が油多め、「ナマ」は麺硬めを示す「カタ」よりさらに硬い茹で具合を意味する。友人と来たときも「ベタナマってなんだろうな」と話したな。

ラーメンをあっという間にお腹におさめ、駅へ引き返そうと歩き出す。が、そこで足が止まった。友人と一緒に来たとき、「博多には屋台がたくさんあるらしい。夜はそこで飲もうよ」と言っていたのだが、寝不足がたたり、宿でひと休みするつもりが気づけば朝になっていた。安い飛行機に乗れたのはよかったが、せっかく来た博多で、私も友人も、普段にないぐらいに深く眠りこけてしまったのである。

そのとき、屋台でお酒を飲めなかった後悔が、今、私の脳裏に生々しくよみがえった。というのも、「長浜屋」の通りを挟んだ向かいに、ポツンと一軒の屋台が出ているのが見えたのだ。

通りの向こう側に一軒の屋台が見えた

「長浜屋の前の『さよ子』っていう屋台に入ってみたらすごくよかったよ」

あの日できなかったことを今になって、ふとやってみる。そんな試みが我ながらおもしろく思えた。通りを渡って近寄ってみると、「さよ子」という名の屋台らしかった。

「さよ子」という名前が屋号になっているのが、いい

くるんと結わえられたのれんの隙間から顔を出し、「1名なんですけど、いいですか」と言うと、「どうぞどうぞ、お好きなところに」と、お店の方が迎えてくれた。瓶ビールをいただいて飲んでいると、「ひとりぼっちかね。彼女はどうしたと」とお店の方が冗談を言う。 

この屋台の店主は屋号の通り、さよ子さんという方で、この日はもうひとり、お手伝いをしているというよし子さんという方と、ふたりで切り盛りされていた。「さよ子ママは81歳。でもひっくり返せば18歳やけん、まだまだ若いよ」とよし子さん。「私は76歳やからひっくり返しても67歳。大して若くならんとよ」

博多の屋台で飲んでみたいという夢がかなった

「旅行で来たとね。どこ行ってきたの今日は」「いや、それが博多駅の辺りをうろうろしていただけで」「ああ、そうね。私ら博多駅のほうにほとんど行ったことない。行ったら迷子になって」とさよ子さんが笑う。「少し冷えてきたね。こっちのほうがあったかいよ。これが近いけん」と、よし子さんがおでん鍋を指差す。そっちのほうへ移動させてもらった。

おでん鍋の近くはあったかい席

「どこから来たと?」という質問からはじまって、なんとなく身の上話になる。「お子さんはおると?」と聞かれて「はい。上が中学生で、生意気盛りというか、言うことを聞かなくて」と返すと、よし子さんが「あんね、あなたも言うこと聞きよらんかったでしょうが。隣の旦那に似るわけないっちゃけん」と言う。その言葉のリズミカルな響きが耳に残った。

さよ子さんがこの屋台を始めてから今年で42年目になるという。宮崎県出身のさよ子さんは中学卒業と同時にお姉さんと一緒に博多へ出てきたらしい。お姉さんはのちに中州でママさんをすることになり、さよ子さんも若い頃から働いた。40歳辺りでこの屋台をはじめて、42年。

近くには「長浜鮮魚市場」という市場があり、当初、そこで働く人に向けて一帯に屋台が立ちはじめたという。たくさんあった屋台も徐々に数を減らし、コロナ以降の2年ほどで、ついに「さよ子」が一軒残るのみとなった。

最近まで緊急事態宣言の発令等に合わせて「開けたり閉めたり」の状態がつづいていた。「(19時から21時までの)2時間だけしか営業できない時期もあったからね。この屋台を組み立てるのに2時間かかるでしょ。それで2時間だけ開けてまた閉めないかんのじゃ、もう開けないほうがいいでしょ」とさよ子さんは言う。

焼きしいたけ、うずら巻き、チーズ巻きとウーロンハイをもらう。ポン酢の香りがパッと鮮やかで美味しい。「ポン酢が美味しいでしょう。自家製よ。ママの手作り」とよし子さんが教えてくれた。

さよ子さんの手作りポン酢でいただく焼き物

この屋台に決まった曜日に手伝いに来ているというよし子さんは熊本県の出身だとか。「熊本は32分で行くけん、往復で7600円。熊本は新幹線に乗ったらすぐやけん」と言う。「最初に乗ったときね、友達と3人で乗ったんよ。指定席とって、そうして席を見つけて座って、弁当を開いて、ビールばプシッと開けたらもう着いてしまったの。ビールは開けてしまったから手に持って、弁当は抱えて改札を通って。それぐらいすぐよ」と、そんな話を笑って聞きながら、熊本へも行ってみたいなと思う。

そんなことをするのははじめてだったが、おふたりに一杯ずつ御馳走させていただくことにした。さよ子さんは車を運転して帰るのでノンアルコールビール。よし子さんは焼酎のお湯割り。みんなで乾杯した瞬間に幸せを感じた。

ようやく従来通りに営業ができるようになり、最近の「さよ子」は24時半ごろまで営業しているという。屋台の設営と撤収について詳しく聞かせてくれた。「中を全部空っぽにしてこの屋根をバタバタって畳んだら四角になるとよ。それを駐車場に入れてある。いつも決まった時間に建ててくれるお兄さんがおる。また終わったら閉めて、パタッと畳んだら持って行ってくれる。だから車の駐車場と屋台の駐車場と、荷物置くための駐車場と、3台分借りるの。この場所もただじゃないのよ。市にお金を払うの」と。今はこの辺りに1軒だけになってしまった屋台だが、福岡市は屋台を新たにはじめたいという人を募集していて、来年から近くに数軒増える予定だとのこと。

よし子さんが「御馳走してもらったお礼に、私もなんか奢るけん。明太子食べない?」と言う。「明太子はね、生か焼くか、玉子焼きもできるよ。私は生が好き。それにしよう」とのことで、おすすめの生をありがたくいただく。

近くの市場から仕入れているという明太子

「これをちょびちょび食べながら飲むのが最高よ。酒が何杯も入る」とよし子さんが言う通り、追加でもらった芋焼酎のお湯割りにこの上なく合う塩辛さ。たまらない。

しばらくのあいだ、客は私ひとりだったが、徐々にお客さんが増えはじめた。長崎県に帰る途中だという陶芸家の方が来て「長崎はいいところですよ! 今度一度来てください」と話がはずんだり、賑やかで楽しい時間になった。お会計を済ませ、ほろ酔い加減で屋台を出る。

また来よう。「さよ子」

夜道を歩きながら、再び思い出すのは会わなくなった友人のことだった。あれからずいぶん月日が経って、お互い別の場所にいて、それぞれの時間を過ごしている。私は私で、今のところなんとか元気に歩けている。そっちはどうだろう。「長浜屋の前の『さよ子』っていう屋台に入ってみたらすごくよかったよ。今度行ってみ」とだけ伝えたいような気持ちになりながら、ゆっくり駅に向かった。

博多の夜、川が綺麗だった

筆者について

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』、『集英社新書プラス』、月刊誌『小説新潮』などを中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『酒ともやしと横になる私』、『関西酒場のろのろ日記』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』、『「それから」の大阪』、パリッコとの共著に『酒の穴』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ”お酒』、『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』がある。

  1. 第1回 : 蔵前のマクドナルドから
  2. 第2回 : 上を向いて有馬温泉を歩く
  3. 第3回 : つながっている向こうの場所で
  4. 第4回 : 敦賀の砂浜で寝転ぶ
  5. 第5回 : 家から歩いて5分の旅館に泊まる
  6. 第6回 : 煙突の先の煙を眺めた日
  7. 第7回 : 犬鳴山のお利口な犬と猫
  8. 第8回 : 暑い尾道で魚の骨をしゃぶる
  9. 第9回 : 湖の向こうに稲光を見た
  10. 第10回 : 枝豆とミニトマトと中華そばと
  11. 第11回 : あのとき、できなかったこと
連載「自分を捨てる旅」
  1. 第1回 : 蔵前のマクドナルドから
  2. 第2回 : 上を向いて有馬温泉を歩く
  3. 第3回 : つながっている向こうの場所で
  4. 第4回 : 敦賀の砂浜で寝転ぶ
  5. 第5回 : 家から歩いて5分の旅館に泊まる
  6. 第6回 : 煙突の先の煙を眺めた日
  7. 第7回 : 犬鳴山のお利口な犬と猫
  8. 第8回 : 暑い尾道で魚の骨をしゃぶる
  9. 第9回 : 湖の向こうに稲光を見た
  10. 第10回 : 枝豆とミニトマトと中華そばと
  11. 第11回 : あのとき、できなかったこと
  12. 連載「自分を捨てる旅」記事一覧
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