今年の夏、突如訪れた家族との隔離期間。すっかり元の生活に戻って数ヶ月。あの日々を思い返すと不思議に感じる。再認識できた人生に必要なことや不要なこと。
ついに感染者に
ついに自分も感染者になってしまった。もちろん、いまだ脅威の消えないあのウイルスの、だ。
と言ってもしばらく前のことで、発症は8月の中旬。第7波が猛威をふるい、僕の住む東京都では、1日の感染者が3万人オーバーの日もあった時期だ。もちろん、対策はしていた。どこへ行くのにもマスクをし、アルコールのハンドスプレーを持ち歩いて、公共のものに触ったらすぐに消毒をし、手洗いもこまめにしていた。それでもかかってしまうのだから、ウイルスの感染力おそるべしだ。この2年半ほど、いろいろなことをがまんしながら生きてきたのにと思うと、なんだかすごく虚しい気持ちにもなったが、しかたない。
ある朝、起きるとなんだか喉が痛かった。空気が乾燥している冬場ならいざ知らず、体は丈夫なほうの自分にしては珍しいなと思いつつも、熱はない。他に異常もないから、しばらくはいつもどおり仕事をしていた。が、そのうちにどんどん具合が悪くなってくる。ゾクゾクと寒気がしだし、熱を計ってみると39度を超えていた。これはまずいと思い、妻に状況を伝え、「少し休んでるわ」と、ひとまず自室に閉じこもっていた。その間、妻はあちこちに問い合わせ、当日に検査をしてくれる病院を見つけて予約してくれた。
夕方、自転車で病院へ行く。それだけでかなりきつい。先生に「かなり疑わしい症状なので、すぐに結果の出る抗原検査をしてみましょう」と言われ、検査を受け、念のため家には帰らず、個人で借りている仕事場に戻ってひたすら寝ていた。ちょうどその数日前、仮眠ができるようにと簡易的なふとんセットを買っていたのもタイミングが良かった。
その日のうちに連絡が来て、結果は「陽性」。あぁついに……とは思ったが、絶望感よりも今は体調がきつい。食事もとらず、ただひたすらに眠り続けた。
翌日の夕方ごろ、何度目かの睡眠からぼんやりと目を覚ますと、体がずいぶん楽になっている。熱も37度台前半にまで下がっている。やっと食欲が出て、仕事場にあったアルミ鍋うどんに玉子を落として食べた。あぁ、こんなにもうまい食事がこの世にあったとは……。
それから、ユニットバスに湯をため、風呂に入った。仕事場では風呂を使うこともないなと思って、アウトドア用の椅子やテントなどの物置にしてしまっていたが、この小さな風呂が使えることのありがたみを、そのとき初めて噛み締めた。
日常のありがたさ
妻子もすぐに検査を受けたが、ほっとしたことに結果は陰性。一緒に暮らしていても、そういうことはあるんだな。が、濃厚接触者ということで、しばらくはふたりも外出できない。つまり、家のこと、娘のこと、すべてを妻に任せる日々となる。子育ての大変さは身に染みているから、それが申し訳なさすぎ、ちょこちょことLINEで連絡を取り合うと、妻は「こっちのことは大丈夫!」と絵文字入りで返してくれたりし、本当に頼もしく、ありがたかった。
その日の夜、またふとんに入り、寝てばかりいたから眠気もあまりなく、そこで突然、猛烈な寂しさにおそわれた。体調はもうだいぶいい。それなのに、今夜はまだこの生活の2泊目で、その先、8泊もこの小さな部屋から外に出られず、家族に会えないのだ。果てしないな……と呆然とした。娘の、この世にあるもののなかでいちばんすべすべのほっぺたや、柔らかい手に触れることもできないし、頭をなで、そっと髪の毛の香りをかぐこともできない。何気ないそんな行為が、どれだけ幸せだったかを実感した。
そしてまた、寝泊まりすることは想定していなかったので、仕事場には薄いレースのカーテンしかつけていなかった。なので日が暮れると、ごく小さな間接照明しかつけられない。その薄暗さがなんだかこたえた。気が滅入る。そんなことを妻に愚痴ると、「カーテン買えばいいんじゃない?」と言われ、天才か! と思った。すぐにAmazonで手頃なカーテンを注文すると、届いてからの夜の快適度は段違いだった。とにかく、いつも当たり前だったさまざまなことのありがたみを感じる日々。
妻によると娘は「おうちにぱぱがいなくてさみしい。はやくげんきになってほしい」と言っているという。それを聞き、胸が締めつけられる。それでも今はできることがない。そのもどかしさ。
3日目には熱も下がり、すっかりいつもの体調に戻っていた。買いものは、西友のネットスーパーとAmazonがあるから不自由しなかった。どちらも届いたら、「ドアの前に置いておいてください」と伝えれば直接会わずに済む。なんとありがたい時代だろうか。
仕事も、あわてていてノートPCを家に置いてきてしまったのは痛かったけれど、仕事場用のPCでどうにかこうにかこなすことができた。幸いなことに連載用のネタのストックが少しばかりあったから、原稿を落とすこともなかった。
それから数日間は、ただ粛々と過ごすのみ。子育てにまつわる作業あれこれが、どれだけ膨大だったかをあらためて実感するくらい、時間的な余裕はあった。早朝に目を覚まし、軽く体操などをして、仕事をはじめる。夕方前にはすっかり落ち着いてしまい、長く「時間ができたらやらなきゃな」と思っていたデータの整理などもできたし、なんだかごちゃごちゃしていた頭のなかのリセット期間のようでもあった。
驚くべきは人間の適応能力で、2日目の夜、あんなにも寂しかったのに、数日でなんだか、この生活に慣れはじめてしまっている自分に気がついた。家族と離れて単身赴任なんて、僕には考えられないけれど、もしもそうなったらなったで、きっとその生活も送れてしまうんだろうな。そのことが、なんだか無性に虚しく、そして、あらためて家族といられる日常のありがたさを思った。
なければないで、あればあるで
陰性だった妻子の自宅待機期間が先に明け、妻が作ったおかずあれこれを、仕事場まで何度か届けてくれた。もちろん対面はできないがドアノブにかけて。娘の好物のからあげや、玉子を油揚げに入れて煮た袋煮や、にんじんしりしり。ブロッコリー入りの玉子サラダに、自家製の青唐辛子の醤油漬けまで。
その際もちろん、子乗せ自転車で、娘と一緒に来てくれた。僕の仕事場は1階にあるので、久しぶりに、窓越しではあるけれど、ふたりの顔を直接見ることができた。娘は想像以上に元気で、仕事場のロフトへ続く階段を見て、「それベッド? ベッド?」などとニコニコしている。よかった。とにもかくにも、妻に感謝の日々。
娘は、家族3人が海で遊んでいる絵を描いて、持ってきてくれた。つい2年くらい前までは、画用紙に顔っぽいものが描けただけで「ぼこちゃん、上手だね! すごい!」なんて驚いていたのに、もうこんなにも表情豊かで細かい絵が描けるようになっている。子供って、本当にすごい。
その夜、久々に妻の手料理を食べる。レンジがないから冷たいままだが、ここ数日、レトルトの粥みたいなものばかり食べていたから、そのあまりのうまさに、全身が痺れるような衝撃が走った。あぁ、これだよ、食事って……。そしてふと、酒のことを思い出す。そういえばここ数日、あんなに大好きだった酒を飲んでいないし、飲みたいな、とも思わなかった。やっぱり酒って嗜好品で、気分次第では不要なこともあるんだな。
が、突然思い出したわけだ。うまいものと一緒に酒を飲まないなんて、この生活に入る前の僕ならありえなかったくらいのことだ。体調もすっかり回復してから数日が経っているし、事務所の冷蔵庫には缶チューハイが数本冷えている。そこでぷしゅりと開け、久しぶりの酒をごくごく。ふぅ〜……うん、なんだろう。夢にまでみた! という感じではない。自分でも驚くほどに平常心だ。けれどもやっぱり美味しくはあって、なにより心がほっと落ち着く。やっぱり、酒は僕の人生にとって必要不可欠な、相棒のような存在だなと、強く感じた。
無事、10日間の隔離期間を終えた早朝。僕はついに仕事場を出て、自宅へと向かった。夏の朝のむわりとした外気、しばらく忘れていた蝉の声、ダイナミックな入道雲。ドアを一歩出たとたん、それらの情報がいっせいに僕の五感を刺激し、鳥肌が立った。なんの変哲もない住宅街を歩いているだけなのに、泣きそうになった。
家に着くと妻が起きて待っていてくれ、娘はまだ寝ていた。よく手を洗って清潔な服に着替え、寝室へ行く。娘の頭やほっぺたをなでながら、「ぼこちゃん、おはよう」と声をかける。
ゆっくりと目を開け、目の前に僕がいることを確認し、ずっといろいろとがまんしていたんだろう。「パパ!」と言いながら僕に抱きつき、大泣きしはじめる……なんていうドラマチックな展開は、特に待っていなかった。
目を覚ました娘はにやにやしながら「パ〜パ、ポケモンってね、いちどしんかするともとにもどれないんだよ?」と、なぜか寝起きにポケモンの豆知識を教授してくれた。「へ、へ〜、そうなんだ……」。
すっかり元の生活に戻って数ヶ月。あの日々を思い返すと不思議に感じる。人生に必要なことや不要なことが再認識できたような気がするし、とにかくいろいろなことのありがたさを実感した。
そして酒だ。けっきょく、隔離期間中はあまり酒を飲まなかった。酒、なかったらないで、ぜんぜんいけるな。そう知れたことは、大きな発見のひとつだった。じゃあ最近もあんまり飲んでないのか? と聞かれると、そんなことはまったくない。ぜんぜん飲んでる。あったらあったで、やっぱり最高なのが、酒なのだった。
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パリッコ『缶チューハイとベビーカー』次回第23回は、2023年1月6日(金)17時配信予定です。
筆者について
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』、『晩酌わくわく!アイデアレシピ』、『天国酒場』、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』、『ほろ酔い!物産館ツアーズ』、『酒場っこ』、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』、『“よむ”お酒』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『酒の穴』(シカク出版)。