毎日顔を合わせているとつい忘れがちになるけれど、子供というのは心も体も、日々信じられないくらいのスピードで成長しているのだ。今年の春、2回の花見で外で他の家族と飲みながら思ったこと。
早いもので
ついにこのときが来てしまった……。娘の、保育園最年長クラスへの進級。つまり、0歳児クラスから長く通ってきた保育園にお世話になるのも、今年度が最後というわけだ。そのことを考えるだけで、すでに寂しい。
つい数か月前までは、一緒に朝の見送りに行くと、まずは着替えやら水筒やらの準備をあれこれ手伝い、その後しばらくは、「パパ、まだいっちゃだめ!」「だっこー!」などと、なかなか帰してもらえなかった。仕事が立て込んでいるときなどはそれがもどかしく、「ぼこちゃん、今日パパ、お仕事で急いでるって言ったよね!」などど、軽くイラついてしまうこともあった。なのにだ。最年長クラスになったとたん、その自負が芽生えたのか、な〜んにも手伝わなくてもさっさと自分で準備を済ませ、僕が「もう行っても大丈夫?」と聞くと、「うん、ばいば〜い!」なんて軽く言ってくる。ポツーン……って感じ。いや、もっと寂しがってよ! と。
この連載で「子育ては常に切ない」という話を書いたのが、ちょうど1年前のこと。そこに、娘が大好きだった先生が、年度末をもって辞めてしまう際のエピソードを書いた。そのときは、感動のお別れシーンにあたり、娘はむしろきょとんとし、僕が必死に涙をこらえていた。けれどもたった1年で、娘の心はずっと複雑に成長したらしい。今年もまた、好きな先生が、しかも同時に3人も辞めてしまうことになり、娘は数日前から、「せんせいがやめちゃうのさみしい……ぜったいや!」と、とても寂しがっていたのだ。
3月最後の登園日の朝、娘は、先生たちあてのプレゼントと、手紙を準備していた。プレゼントは、折り紙で作った家。それから、折り紙を小さく切って貼り合わせた便箋に、たどたどしい文字で「〇〇せんせいへ だいすき ずっとともだちだよ」と、それぞれに書く。妻がそれをひとつずつ、小さな袋に入れてかわいくラッピングしてあげている。そんなのを見てしまったら、もう、だめ。洗面所へ行って人知れず泣き、顔を洗って戻ってくることをくり返すしかない。先生のことを「ともだち」と書く感覚も、大人にはないものだけど、だからこそ純粋な気持ちなんだろうなと、感慨深い。
毎日顔を合わせているとつい忘れがちになるけれど、子供というのはこうやって、心も体も、日々信じられないくらいのスピードで成長しているのだ。
ハードなボール遊び
先日、地元の石神井公園で花見をした。桜が6〜7分咲きくらいまで咲きはじめ、ぽかぽかと暖かい絶好の花見日和。地元の友人知人とその家族が何組か集まって、昼から夕方まで、とても楽しい会だった。
参加したうち、親子連れは我が家を含めて3組で、子供たちは奇遇にも、全員が女の子。ひと組が中学1年生と小学4年生の姉妹。さすがにもうお姉さんの雰囲気で、娘の無邪気な話を「そうなんだ〜」などと優しく聞いてくれてありがたい。もうひと組は、小学校3年生と、春から小学生になるという姉妹。やはり兄弟がいると成長はより早いのだろう。また、お母さんが大変ファンキーな方というのもあり、その姉妹は、すでにアメリカのティーンドラマに出てきそうな風格がある。下の子が娘の1歳上とは、とても思えない。そんなメンバーだったが、やっぱり子供らしいところは当然あって、我々が宴を開いている横で、元気に遊びまわっている。
しばらくして中1小4姉妹がボール遊びをはじめた。使っているのは、革布に綿をぎゅぎゅっと詰めたような、柔らかいけど重みもしっかりとあるボール。娘はそれに混ざりたがり、姉妹は相手をしてくれることになった。僕が娘とボール遊びをする場合、使うのは軽〜いゴムボール。それを、なるべくとりやすいようにふわっと胸元に投げてやって、とれたら毎回「すご〜い!」なんて拍手をする。親バカだ。ところがその姉妹とのキャッチボールは様子が違う。上のお姉さんが娘に向かって、上投げで、けっこうな勢いでボールを投げている。こわがるだろうと見ていたら、なんと娘も果敢に食らいついている。まるでスポ根ドラマのワンシーンだ。しかも、毎回ではないけれど、3回に1回くらいは、どすん! とキャッチできている。僕はびっくりして、素で「すご!」と言ってしまった。兄弟姉妹のいる子供っていうのは、こうやってたくましく成長していくんだろうなぁと、感動と反省の入り混じる気持ちで眺めつつ。
みんな好きなんじゃん!
その一方でまったく成長のない僕だが、この春、ひとつだけ酒飲み的な成長があった。いや、成長というか、堕落というか……。
以前、これまたこの連載の「ピクニックあれこれ」という回で、「“暗黙のノンアル”問題」について書いた。たまに保育園の家族同士で公園でピクニックなどをすると、親たちはなんとなくノンアルコールが基本、というものだ。ところが先日、ついにその暗黙の了解が解かれる出来事があった。
先の花見から2週間後、こんどは保育園の友達家族数組が集まる花見に誘ってもらって参加した。妻は料理を何品かと、生のいちごを使ったいちごシロップや、カットレモンを準備してくれている。もちろん、子供たちや飲めない人でも楽しめるように炭酸水も用意してくれていたが、僕的にはもう、飲まずにはいられない。いいだろ、花見だし。と、ビール2本、スパークリングワイン1本を持って参加した。
現地へ行くと、すでにけっこうな規模の会場ができていた。なかにはちゃんと話すのははじめてのお父さんお母さんもいる。そしてちらほらとではあるけれど、缶チューハイや缶ビールを飲んでいる方もいる。僕はちょっと安心し、ぷしゅりとビールを開けた。
今年は花見運に恵まれた。雨の週末もあったが、それをうまく避け、この日も日焼けしそうなくらいの好天だ。子供たちは子供たちで、サンシェードテンドでお菓子の交換会をしたり、周囲でシャボン玉をしたりと、元気に遊んでいる。僕はだんだんいい気分になり、クーラーボックスから取り出して、スパークリングワインの栓をポンと開けた。そこに妻作のいちごシロップやカットレモンをぽちゃんと足すと、最高にうまい。あぁ、天国。
そこで妻が気を利かせ、周囲のパパママに「よかったらどうですか? お酒でも、炭酸水割りでも」と声をかけてくれた。するとみなさん顔がほころび、けっこうな割合の人が、酒のほうを選んで飲みはじめる。そのフルーツ入りスパークリングワインが大好評で、そこからはもう、飲み会モード突入だ。僕が子供たちが喜ぶかと思い持っていったアウトドアテーブルは「酒飲みチーム」の宴会場と化した。あっという間にワインが空いてしまい、当然「買ってきます?」となる。宴は5時間続き、最終的にスパークリングワインが数本と、缶ビールやチューハイもたっぷり空いていた。な〜んだ、みんな好きなんじゃん!
長年保育園に通ってきて初めて、同じクラスのパパママたちと「どんなお仕事をされてるんですか?」なんてプライベートな話ができたのも、あの空気感があってこそだろう。きっとコロナがなければ、こういう機会はもっとずっと早く訪れていたんだろうな、と思うとちょっと悔しいけれど、これから取り返していけばいい。実際みんな「こういう会、もっとやりましょうよ!」と盛り上がっていたし。
あ、ただ、最後にひとつだけ。子連れ野外宴会で、どうしても避けられない苦行がある。それは、「酒を飲んだ状態で鬼ごっこの鬼をやらされる」という行為。あれはやばい。下手するとまじで吐く。子供って、なんであんなに鬼ごっこが好きなんだろうか……。
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パリッコ『缶チューハイとベビーカー』次回第30回は、2023年4月21日(金)17時配信予定です。
筆者について
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』、『晩酌わくわく!アイデアレシピ』、『天国酒場』、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』、『ほろ酔い!物産館ツアーズ』、『酒場っこ』、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』、『“よむ”お酒』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『酒の穴』(シカク出版)。