人間、大人になるにつれ若いころのような元気がなくなっていくのが通常だけど、酒という魔法はほんのひととき、当時のテンションを取り戻させてくれる。酒はある意味、タイムマシーンなのかもしれない。
酒=タイムマシーン
子供と酔っぱらいは似ている。これは、自分に娘が生まれるはるか昔からずっと思っていたことだ。
たとえば街なかで保育園の前を通りかかると、園庭でたくさんの園児たちが、奇声をあげながら異常なテンションで遊びまくっている。「一体なにがあんなに楽しいんだか。その元気、ほんの少しでいいから分けてもらいたいもんだ」なんて思ってしまうけど、思い出してみてほしい。夜も深まった大箱の大衆酒場や、夏場のビアガーデンで飲んでいる大人たちの様子を。テンションも、行動も、会話のレベルも、保育園児たちと大差ないだろう。
自分のことをふり返ってみても思う。特に、記憶に残っていることの多い、小、中、高時代なんか、友達と遊んでいるだけで常にアドレナリンが出まくっている状態だった。
高校時代のある日、仲のいい友達数人とチャリンコで夜まで遊び回り、そろそろ帰ろうとなった時のこと。そのなかのひとりが、「じゃあ、俺こっちだから」と言って高速の入り口へ向かっていく、というギャグをかましてきて、冗談抜きで窒息死するかと思うくらい笑った。当然、「お前、まじでギャグセン高いな!」となって、胴上げ大会が始まる。まったくもって迷惑極まりなく、夜の街で絶対に出会いたくない集団であることは疑いようがない。
人間、大人になるにつれそういう元気がなくなっていくのが通常だけど、酒という魔法はほんのひととき、あのころのテンションを取り戻させてくれる。酒はある意味、タイムマシーンなのかもしれない。
「マグ・フォーマー」事件
あれは娘がまだ3歳のころだったか。保育園から帰ってきた娘は上機嫌で、なにやらオリジナルの歌を歌いながらオリジナルのダンスを踊り、要所要所でぴたっと動きを止めては変顔をして、自分で爆笑するという行為をくり返していた。子供のそういう行動はとても愛らしいもので、僕も妻も家事などをしつつ、温かく見守っていた。
ところがそんな状態が10分くらい続き、よく飽きないな〜と眺めていたら、娘がふと、ズボンのうしろポケットに手を入れてなにかを取り出した。そして、ハッとした顔でそれを戻したかと思うと、突然動きが止まり、顔をくしゃっとゆがませ、今にも泣き出しそうな顔になってしまった。僕も妻も一瞬なにがあったのかわからず、「ぼこちゃんどうしたの!? どこかぶつけた!?」などと聞いてみる。すると娘はおずおずとポケットのものをもう一度取り出し、僕らに見せてくれた。その手には「マグ・フォーマー」という、磁石式ブロックの三角形のパーツがひとつ握られている。そこで状況を理解した。娘は保育園でこのおもちゃで遊んでいた際、きっと、「いったん」という感じで、パーツをひとつポケットに入れ、それを忘れてそのまま持ち帰ってきてしまったのだろう。つまり、小さいなりに「いけないことをした」と感じ、どうしていいかわからなくなってしまったというわけだ。
僕も妻もすかさず、「大丈夫大丈夫! 明日先生に『間違えて持って帰っちゃいました』って言って返そうね」と、笑いながらフォローした。と同時に、一瞬でテンションが急降下する子供ならではのおかしさ、そんなことで泣いてしまうかわいらしさ、娘の心に正義感が育っている誇らしさ、そして、なんとも説明できない切なさなどが入り混じり、強烈にぎゅっと胸を締めつけられるような感覚も味わっていた。
ただ、あとから考えてみればその行動、酒場でオヤジギャグなどを飛ばしつつ上機嫌に飲んでいたと思ったら、スマホの待ち受け画面に設定している、単身赴任中で離れて暮らす家族の写真をふと見てしまい、突然泣きだすおとっつぁんと、あんまり変わらないような気もする。
自分にとっての「おやつ」とは
最近、もうひとつ気がついたことがある。
娘は相変わらず好き嫌いが多いが、甘いものだけはたいてい好きだ。ケーキ、アイス、チョコレート、クッキー、焼き菓子類など、常に買いたがるし食べたがる。それはもう、執念に近いと感じるほどに。
たとえば休日、我が家ではなんとなく、1日3回の食事の間に2回、なんらかのおやつを食べてもいいということにしてしまっているので、娘は朝から落ち着かない。普段ならぺろりと食べる量の朝食を「もうおなかいっぱいになっちゃった」と残そうとし、体調でも悪いのかと心配すると、「だからおやつをたべる」と謎の理論を展開するのだった。
日中も、どこで覚えたのか頻繁に「そろそろおちゃのじかんにしようか?」などと誘ってきて、それもおやつが食べたいという意味。公園に遊びに行っても、ひとしきり夢中で遊んだあと、どこかお菓子を売っている店に行きたがり、僕も娘に甘いので、「まぁ、体を動かしたあとだしいいか」なんて、つい買い与えてしまう。
「おやつ欲」がほぼない僕には、その気持ちがまったく理解できず、「子供ってのはなんであんなにおやつに執着するんだろう」と不思議に思っていた。が、あるとき気がついた。「おやつ」を「おさけ」に置き換えれば、その気持ちが完全に理解できるじゃないか! と。
僕の場合、せっかくの休日はどうしたって明るいうちから酒が飲みたくなる。「天気がいいから」「仕事がひと段落したから」「夏だから」、どれも酒を飲むための理由になりうる。昼食を食べようと飲食店に入れば、ランチビールが飲みたいからと、ごはんを半分にしてもらう。これが「執着」でなくてなんだろう。
そういえば自分が子供のころ、夕飯時、親に「なんでお父さんは毎日ビールを飲んでるのに、僕はジュースを飲んじゃだめなの?」聞いたことがあった。そのときは確か「大人はいいの!」なんていうなんとも釈然としない返事をされて、「そっか〜……」と、無理やり納得したんだと思う。
ところが現在、僕は晩酌をしながら、つまり“大人のおやつ”を嗜みながら、「ばーむろーるがたべたい」と言う娘に対し、偉そうに「だめ! 今はごはんの時間でしょ!」なんて言っているのだ。こんな矛盾があるだろうか。
ただ娘よ、申し訳ないけれど、今は我慢のときだ。悔しかったら、早く大人になるしかない。まぁ正直、あんまりあわてて大人になってほしくはないんだけど……。
筆者について
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』、『晩酌わくわく!アイデアレシピ』、『天国酒場』、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』、『ほろ酔い!物産館ツアーズ』、『酒場っこ』、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』、『“よむ”お酒』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『酒の穴』(シカク出版)。