人生には「インプット」が大切だと言われる。ライターなんて職業をしていればなおさらだ。インプットがなければ、実際書くネタも枯渇してしまうと思う。ただ、子育てとインプットの両立というのは、相当に難易度が高い。
ピカチュウのもり
娘が古いポケモンのアニメにハマりまくっている。きっかけはわからないけれど、登録している配信サービスに大量にある動画を、かたっぱしから見ては大興奮。最近は、「ぼこちゃんのしってるポケモンはね〜、これとこれと〜」なんて話しだすと、あまりに数が膨大で、その記憶力にこちらが驚く。ちなみに、いちばん好きなポケモンは「ライチュウ」らしい。
先日、妻が出かけて僕が娘を見ていることになった休日も、娘はポケモンのアニメを見たがった。しかも、最初のシリーズの話はいったん見つくしてしまったようで、そのなかからピンポイントで「ピカチュウのもり」という話が見たいとリクエストされた。そこで検索し、TVで再生する。これで30分弱、僕も自分のことができる。ここぞとばかり、たまったメールの返信などをしていた。
しばらくしてふと娘を見ると、顔をくしゃくしゃにして、今にも涙がこぼれおちそうに目を潤ませている。あわてて、「ぼこちゃん、どうしたの、何かあった?」と聞くが、娘は「ううん」と顔を横に振り、まっすぐにTVを見ている。そこでやっと状況を把握したんだけど、このピカチュウのもりという話、主人公のサトシとその相棒のピカチュウが、あわやお別れをしてしまうというような、いわゆる泣ける話らしいのだ。
数年前まではアニメで映像が動いているというだけで大喜びしていた娘も、こういうストーリーに感動するようになったんだと、僕はそのことに感動してしまった。ただ、その姿をあまり茶化すようなこともよくないだろう。ふたたび作業に戻りつつ、その後はあえて、娘のほうはあまり見ないようにしていた。
やがて動画が終わり、娘に「おもしろかった?」と聞くと、結局、話はハッピーエンドだったようで、嬉しそうに「うん!」と言う。ただ、そのあとに続けて言った言葉には、思いっきりずっこけてしまった。
「パパ、つぎは『さよならフシギダネ』がみたい!」(※)
いやいや、タイトルからして、たぶんそれも泣ける系のやつだよね? 落語の「まんじゅうこわい」じゃないんだから! と。
5歳にして、感動するアニメを見て心のデトックスでもしている感覚なのだろうか。
※正式タイトルは『さよならフシギダネ! オーキドていのぼうけん!!』
TVっ子だったはずなのに
ところでそんなことだから、最近は自分の見たいTV番組を見る時間もめっきり減ってしまった。
そもそも僕は昔からTVっ子で、好きなお笑い番組などを見ながら酒を飲むことこそが、自宅で過ごす時間における最高の癒しだった。が、子育てというのはやたらと時間がかかるもので、録画をしても動画は消化できずにたまる一方。結局見られないので、予約の候補はどんどん減ってゆき、現在の我が家のHDレコーダーの動画リストは、最終的に残った、尊敬する居酒屋研究家・太田和彦先生の番組と『プリキュア』だけが交互に並んでいるというよくわからない状態になっている。
そもそも、人生には「インプット」が大切だとよく言われる。ライターなんて職業をしていればなおさらで、TVを見、映画を見、音楽を聴き、そして本を読んでこそなんぼ。そのインプットがなければ、書くネタも枯渇してしまうというイメージが強いし、実際そう思う。ただ、子育てとインプットの両立というのは、相当に難易度が高い。よく、若いころはバンド活動にあけくれていた人が、子供ができたことをきっかけにフェードアウトしてしまうなんて話があるが、それは、本当に無理のないことなのだ。
そういう意味でここ数年の僕は、自分には圧倒的にインプットが足りていないという、焦りにも近い気持ちを抱き続けていた。日々仕事の締め切りに追われて満足に本も読めず、映画を見たり、ライブイベントに気軽に行ったりすることもなかなかできず、朝夕の時間は、娘が見たいTV番組や動画が中心になる。きっと、「わかるわかる」と感じてくれる子育て中の方も多いだろう。
ただ、それでも僕は、こうして今も、なんとか原稿を書くことができている。それはなぜかと考えたときに、ふと気がついた。この連載のテーマである「酒と子育て」。それこそが、現在の僕における最大のインプットなのだと。
酒と子育てこそが
昔勤めていたの会社の同僚で、当時はよく一緒に酒を飲み、今は2児の母となった女性がいる。彼女がこの連載を読んで久々に連絡をくれ、その内容に、目から鱗が落ちる思いがした。
「子供が意味のわからないことではしゃいでるのって、酒飲みながら相手するくらいがちょうどいいんだよね〜」
なるほど。かつての僕は好きなTV番組を見ながら晩酌をしていたけど、よく考えれば、娘が楽しそうにはしゃいでいる姿を見ているほうがさらにおもしろいし、飽きないし、しかもそれは、人生のなかで今しか味わえない貴重な時間じゃないかと。つまり、それこそが現在の僕にとってのインプットじゃないかと。実際、そのことをネタに、このような原稿を書いているわけだし。
酒に関してもそうだ。いくらインプットの時間が足りないと言ったって、酒を飲む楽しみをがまんしてまでその時間を作るという選択肢は、僕にはない。偉そうに宣言することじゃないのは重々承知のうえで、ない。さっきも言ったように、近年の僕はそのことに焦りを感じていたんだけど、よく考えてみたら、僕の仕事はず〜っと、愉快に酒を飲んではその感想を原稿に書いているだけ。と、考えれば、本とか映画とか音楽の比じゃなく、酒というインプットがなければ、これはもう致命的に仕事にならないというわけだ。
なんとも不思議な状況だよなぁと思うけど、同時に、恵まれているとも思う。だって今、人生でいちばん好きなことがそのまま仕事の糧になってるんだもん。そして勇気も湧いてきた。生活のためにも、酒というインプットは、胸を張って継続していかなければならないのだと。
あらためて、子供の言動というのは常に予想がつかず、本気でおもしろい。どんなお笑い番組を見るよりもずっと笑える。ただ、そう感じられるような時期というのは、きっとあとほんの数年のことだろう。その間を貴重なインプットの時間と考え、今後も、酒と子育てを楽しんでいけたらと思う。
筆者について
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』、『晩酌わくわく!アイデアレシピ』、『天国酒場』、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』、『ほろ酔い!物産館ツアーズ』、『酒場っこ』、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』、『“よむ”お酒』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『酒の穴』(シカク出版)。