ボーナス“酒”チャンスは日常のあちこちに潜んでいる。そのチャンスをつかめるかどうかは私たち次第。
「したのおみせにいきたい」
休日に子供を外に連れ出して遊ばせていて、ふいに出現するラッキーな時間のことを「ボーナス“酒”チャンス」と呼んでいる。
そんなチャンスがもっとも訪れやすい場所が、家の近所の「石神井公園」。駅寄りの「石神井池エリア」と、道を挟んだ「三宝寺池エリア」からなり、東西にかなりの広がりをみせる、東京23区内では屈指の規模の公園だ。特にかつて「石神井城」のあった三宝寺池エリアは、まるで山里のごとく自然豊かで、地形も起伏に富み、遊具の充実したエリアもある、子供を遊ばせるにはもってこいの場所。困ったらとりあえず娘を連れていけば「つぎはあっちにいきたい」を連発して、勝手にのびのびと遊んでくれる、近所にあることがありがた〜い公園なのだ。
さらに僕的に嬉しすぎるのが、三宝寺池のほとりにある「T島屋」の存在。坂道を降りたところにあるので、娘は「したのおみせ」と呼んでおり、ひとしきり遊んで満足した娘が、「したのおみせにいきたい」と言ったら、イッツボーナス“酒”チャンス!
まさに天国
僕は、有名な観光地や景勝地ではなく、なんてことのない普通の公園のなかや川べりに、ぽつんと一軒建っている茶屋のような店、なかでも、焼きそばあたりをつまみに缶ビールやカップ酒なんかが飲める店を「天国酒場」と名づけ、探し巡ることをライフワークとしている。
T島屋はそんな天国酒場のまさに典型。いつの時代に建てられたんだ? という古い平家の建物で、入り口近くには駄菓子やジュース、公園で遊べるボールやおもちゃ、ザリガニ釣り用のエサ、それから酒類などが販売されている。奥に進むと頭上にちょうちんの並ぶ屋外の小上がり席があり、さらに、池に向かってすべての扉が開放された、畳敷きの広い座敷がある。
座敷の目の前には店のシンボルである立派な松の木が立っていて、雰囲気はまるで江戸時代の茶店だ。そこで、娘には最近気に入っている「ちゅーちゅーあいす」こと「クーリッシュ」のバニラ味を買ってやり、あわせて缶ビールを購入。続いて店員さんに「みそおでん」あたりも注文したら、そそくさと座敷に上がりこむ。
だらりと足を崩して座り、目の前で汗をかきつつ熱心にアイスを食べる娘と、そのむこうの、水面に反射した光を受けてキラキラと輝く木々を眺めながら、みそおでんとビール。はっきり言って、こんな天国はそうそうない。
ちなみになぜ店名を伏せ字にしているかというと、ここが写真撮影やネットへの情報アップ厳禁の店だから。なんでも、かつてグルメ系の口コミサイトなどを見て嫌な思いをしたようで、家の最寄りの天国酒場ということもあり、何度か取材のお願いをさせてもらったことはあるんだけど、とうとう許可はもらえなかった。
あんなにいい店の記録、残したくてたまらないんだけどな……。もしも近くにお寄りの際は、その雰囲気をぜひ覗いていってみてください。
お水みたいなもん
ほかにも、ボーナス“酒”チャンスは日常のあちこちに潜んでいる。
脳の成長のためにいいような気がして、娘には、欲しがった絵本があれば基本的に買ってあげることにしている。それとは別に、たとえば「プリキュア」や「すみっコぐらし」のおもちゃがおまけについているような幼児向け雑誌は、月に1冊だけ買ってもいいというルールにしている。なので、月が替われば当然、「おまけつきのほんかいにいきたい!」ということになり、僕が本屋へ連れてゆくことも多い。
ある休日の午後、お隣の大泉学園駅の駅ビルに大きな「ジュンク堂」があるので、娘を連れてそこへ行った。あ〜だこ〜だと迷ったあげく、ようやく1冊を決めて買い、さて帰るかとなったところで娘が「どこかおみせによってかえりたい」と言う。この場合、なにか目的があるというよりは、駅前に出てきたことにテンションが上がって、もうちょっとなにかして帰りたいってだけなんだろうけど、さてどうするか。定番は、ケーキ屋などでちょっとしたおやつを選ばせてやり、買って帰るか、ファミレスで甘いものでも食べて帰るか。だが、そこでふと思いだした。「ここ、大泉学園だよな。ということは、『大森喫茶酒店』!」
大森喫茶酒店とは、その名のとおり、銀座の名門喫茶店で修行した店主が営む本格的な喫茶店でありながら、同時に昼間っから通しで飲める酒場でもあるというすごい店。オープンからまだ5年ほどだが、大泉の酒好きの間では知らぬ者のないほどの人気店になった。僕はほぼ酒場としてしか見ていなかったけど、そうだ、あそこは喫茶店でもあるんだよな。
さっそく「パパのお友達のお店があるから行こうか」と提案し、「うん!」と嬉しそうに返事をする娘を連れて店へ。入店し、顔見知りの店主、大森さんに「子連れなんですけど、大丈夫ですか……?」と聞くと、にっこりと奥のテーブル席へ案内してもらえた。
すぐにお通しの「ヴィシソワーズ」の小鉢(お通しでもういい店とわかるでしょう?)を持ってきてくれた店員さんに、条件反射的に「ホッピーセット」を注文。僕ひとりで娘を連れての外出時は「一杯まで」ルールを決めているから、一瞬「しまった」と思ったけど、まぁ、ナカをお代わりしなければいいのか。
それから、つまみはなにを頼もうかな。日替わりのボードから「ブロッコリー人参ドレッシング」と「きつね刺」(いなり寿司の皮のみ的なメニュー)をお願いするか。しかしどっちも200円って、本当に憎い店だよな〜……。おっと、娘にもなにか頼んでやらないと! というかそっちが先だったな。いかんいかん、一瞬完全に“本気酒モード”に入りかけた。あくまで今は、ボーナスタイム中であることを忘れないようにしないと。
というわけで、メニューをひとつひとつ読んでやりながら、娘の選んだ「バニラアイス」(好きだな、バニラアイス)も合わせて注文。すぐにやってきた品々をつまみながら、至福のプチホッピータイムが始まる。きつね刺を半分くらい、いなり寿司好きの娘に奪われてしまったけど、まぁそれもいい思い出で、結果的に大満足。この店のことをとっさに思い出した自分のファインプレイっぷりにうっとりしつつ、懐の深い大森喫茶酒店に心から感謝した。
そういえばこの日、もちろん生まれて初めてホッピーセットを目にした娘が、グラスに半分くらい入った“ナカ”を指差し、不思議そうに聞いてきた。
「ぱ〜ぱ、そののみものなぁに?」
僕は答えた。
「これは……お水みたいなもんだよ」
筆者について
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』、『晩酌わくわく!アイデアレシピ』、『天国酒場』、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』、『ほろ酔い!物産館ツアーズ』、『酒場っこ』、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』、『“よむ”お酒』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『酒の穴』(シカク出版)。