娘の食の好みはかなり保守的だったけど、少しずつ食べられる食材やおかずの幅は増えている。子供が食べるものの幅を広げるコツも少しずつ見えてきた。先日、かなり久しぶりに家族で外食をする機会があった。
「ちゃるめら、さいこ〜!」
この連載の第2回「のびた『アンパンマンうどん』で酒を飲む」で、かなり保守的である娘の食事情に触れた。
もちろんその基本は変わっていないんだけど、主に妻の努力により(僕も娘にごはんを作ってやることはあるけれど、つい食べるとわかっている同じものばかりになってしまいがち)、少しずつ食べられる食材やおかずの幅は増えてきている。
たとえば第2回で「肉類は、基本的に鶏オンリー。豚や牛は食べたがらない。子供なら大好きそうなハンバーグも、いわゆる茶色いデミグラス系のソースがかかったようなのには興味がなく、『しろいはんばーぐがいい』んだそう。白いハンバーグとは、鶏ひき肉に卵、片栗粉、パン粉、玉ねぎ、ほんのりめんつゆなどを目分量で加えて練り、小型に成型してシンプルに焼いた我が家の定番メニュー」と書いた。が、最近はデミグラスソースで煮込んだハンバーグなどもぱくぱくと食べるようになった。豚肉や牛肉も、味つけによっては少しずつ食べてくれるようになった。
麺類だと、子供用のカップラーメン、うどん以外は、パスタオンリーだったのが、今年の夏はそうめんをよく食べた。これも妻の提案で、卓上流しそうめん器を導入したことが大きい。買ったのはパール金属「そうめん流し器 Mサイズ 流氷 しろくま」。中央にふたつの氷山を模した薬味入れがあり、そのまんなかに小さな白くまがいてそれがスイッチになっている。娘はこれをとても気に入り、「今日の朝ごはんなににする?」と聞くと「ながしそうめん!」と言ってきて、朝からはかんべんしてくれ! ということが何度もあった。また、太めでつるもち食感の「手延半田めん」を箱買いしていたことも大きく、このそうめんは本気でうまい。
それからもうひとつ。妻子がどハマりしている(最近はその影響で僕もハマりはじめている)、「ちいかわ」というキャラクターがあって、その漫画やアニメに、インスタントラーメンの「チャルメラ」がたびたび登場する。おかげでチャルメラの醤油味も娘の好物になり、ちいかわ定番のかけ声をまねて「ちゃるめら、さいこ〜!」なんて言いながら、喜んで食べている。
ただし、チャルメラ1人前は5歳の娘にはまだ多く、よく残す。そういう場合は、スープをざるで切って、いったんのびた麺だけにし、それをなんとかアレンジして僕が食べてしまうことが多い。ある日は、すき家でテイクアウトしてきた単品の鶏料理「ファイヤーチキン」の残りが冷蔵庫にあったのを思い出し、それをほぐしてのび麺とともにごま油をひいたフライパンで炒め合わせ、謎の中華風麺料理を生成してみたりした。それは酒のつまみに、意外と悪くなかった。
それからなによりもありがたいのは、妻が作る「にんじんしりしり」を娘がとても気に入ったことだ。細切りのにんじんにツナ缶と玉子を加えて炒めた沖縄料理で、これを子供用の箸でがさっととって大口でほおばっているのを見ると、なんだかすごく安心する。
初めての餃子作り
子供が食べるものの幅を広げるコツのひとつに、「いつもと違う環境」があるようだ。特にコロナ前は、家族で外食に行くことも多かった。今よりもずっと食べられるものの少なかったころでありながら、家とは違う環境に、テンションが上がるのだろう。
たとえば、車で妻の実家に帰省する途中で寄った、からあげ定食専門のチェーン店では、こちらが驚くほどにからあげをばくばく食べた。よく行っていた地元の町中華でも、家では玉子オンリーの薄味チャーハンしか食べないのに、具沢山のチャーハンをよく食べた。家族でスーパーに行った際、小さな器でカレーの試食をすすめられたことがあった。当時の娘はまだ、アンパンマンカレーしか食べなかった。ところが僕と妻が食べているのを見てうらやましくなったようで、「ぼこちゃんもたべたい!」と言いだす。ふたりして「大丈夫? これ、大人用のカレーだよ?」と言うんだけど、それでも食べてみたいというので、ほんのひと口食べさせてやったら、辛味もそこそこあってスパイス感も強いカレーだったのに、「おいしい!」と言ったのには驚いた。
先ほどの流しそうめんもそうだけど、いつもと違う環境は、なにも外食でしか作れないわけではない。先日は、休みの日の早めの夕方から、家族で餃子を作った。餃子なんて、食べるときはぱくっと一瞬なのに、具材を刻んで、ちまちま包んで、フライパンに並べて焼いてと、面倒極まりない料理だ。しかも近所で、「ぎょうざの満洲」の冷凍餃子が買えるのに。なので我が家ではあまり作らないメニューなんだけど、娘が楽しんでくれればいいなという想いでがんばった。娘にとっては、生まれて初めての餃子作りだ。
念のため、具は3種類用意した。ひとつはオーソドックスに、豚ひき肉とたっぷりキャベツのもの。もうひとつは娘が食べやすいよう、鶏ひき肉と少なめキャベツ、味も薄めのもの。それから、はんぺんをよーく潰して玉子に混ぜて焼いたもの。これは玉子餃子用。
これをテーブルで、家族3人で包んでいくわけだけど、手先が器用で几帳面な妻に似たのか、娘の餃子包みが思った以上にうまくて、かなり驚いてしまった。ちょっと薄べったい仕上がりではあるけれど、均等につけられたひだなどは、がさつな僕が包んだものよりきれいなくらいだ。
ぜんぶで50個の餃子を包みあげたら、さぁあとは、焼いてビールのつまみにするだけ! 久々に家で作った餃子はとてもうまかったし、娘ももちろん、大喜びで食べていた。ふだん、「今日の夜ごはん、餃子はどう?」なんて提案しても、嫌そうな顔をするだけなのに。
家族で焼肉の名店「牛蔵」へ
そして先日、かなり久しぶりに家族で外食をする機会があった。我が家の最寄りである西武池袋線、石神井公園駅からわずか2駅の、富士見台駅近くに、焼肉の名店「牛蔵」がある。超人気店ゆえ、予約をとるのがかなり難しいほどの。ずいぶん前まではたまに、ある友達が数か月前から「牛蔵会」を企画してくれて「行きま〜す!」なんて気軽なノリで参加させてもらっていた。まったくありがたいことだ。そんな牛蔵の予約状況を、久しぶりに行きたいと思った妻が何気なく確認すると、なんとちょうどキャンセルが出たところで、今決めてしまえば数日後に行くことができるらしい。そりゃあもう、行くしかない! ということで、我々にとっては数年ぶり、そして娘にとっては初めての牛蔵に行けることになった。というか、娘にとっては焼肉店自体が初めてだ。
牛蔵は、A5ランクの国産黒毛和牛にこだわった焼肉店で、しかも異常に安い。そのお得さと満足度は、全国屈指とまで言われているそうだ。つまり、なにを頼んでも、もう本気でうまい。やばい。
そんな店だから、ここぞとばかり、欲望のままに頼んだ。タン塩、上もも、カルビ、薄切りカルビ、ハツ、センマイ刺し……。数量限定の「ローストビーフユッケ仕立て」にありつけたのも幸運だった。くり返しになるけれど、どれも涙が出るほどうまい。もちろん生ビールは飲みつつ、白メシもがつがつ食べる。他にも、鶏スープ、豆腐サラダ、かぼちゃのバターホイル焼き。僕は途中で生レモンサワー、それから、あまり酔っぱらいすぎてもなんなので、「炭酸水」(ジョッキに並々と入ってレモンスライスがのっているので、チューハイ感覚で飲めるのが嬉しい)を追加し、妻子は杏仁豆腐やバニラアイスなどのデザートも堪能。
3人でお腹いっぱいになるまでいい肉を食べて、大満足でお会計を頼んだら、約9000円だった。一体どうなってんだ、この店……。
ちなみに娘の様子はどうだったかというと、当然大喜び。店に入るなり、テーブルにセットされた焼き台のほうへ、まるで焚き火に当たるかのように両手を向けて「あったか〜い」とおどけてみせたり、窓からすぐ横を走る電車に「お〜い!」と手をふったり。そうかと思うと、肉から脂が落ちて焼き台から火が上がるたび、「きゃ〜!」とおびえたりと忙しい。
ふだん家で焼肉をしても、娘は基本的に食べたがらないので、事前に「なになら食べられるかな?」なんて話をしていたんだけど、この日は我々の想像を超えてよく食べた。隣に座る妻に小さめにカットしてもらった肉をごはんに巻いて、どんどん頬張っている。食べるたび、両手をほっぺたに当てて目をつむり、「おいしすぎてうっとり……」みたいな表情をするのも可愛くてたまらない。親って、子供がこうやって喜んでいる顔を見ている瞬間がいちばん幸せなのかもしれない。
娘はどうやら、特に食べやすかった薄切りカルビをいちばん気に入ったようだ。そりゃあそうだ、甘〜い脂がたっぷりのった、A5和牛のカルビだもん。
翌朝、僕は娘に何気なくこう言った。「ぼこちゃん、今日の夜ごはんは、なにかお魚の料理にしようか?」。すると娘はなんだかモジモジしだし、どこで覚えたのかおへその前あたりで両手の人差し指をつんつん合わせる仕草をしている。「ん? どうしたの?」と聞くと、小さく甘えた声でひと言。
「ぼこちゃん、きょうもかるびがたべたいなぁ〜」
これには笑った。だけど、そんなに気に入ってくれたなら良かった。ただし娘よ! 人生はそこまで甘くない。国産牛の味だけに慣れてしまってもらっては困る(主にこっちが)。そこでスーパーへ行き、ちょうどよく脂ののったアメリカ産の牛ばら薄切り肉を買ってきて、夜はそれを焼いてやった。
それを「おいしい」と言って食べる娘を娘を見て、僕はひと安心。しかし、食事も後半になったころ、娘が言う。
「おとうさん、あのね〜、ぼこちゃん、ちょっといいたいことがあるんだ」
「なぁに?」
「このおにくより、きのうのおにくやさんのおにくのほうが、も〜とおいしかった!」
……味覚が敏感なようで、なによりだ。
筆者について
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』、『晩酌わくわく!アイデアレシピ』、『天国酒場』、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』、『ほろ酔い!物産館ツアーズ』、『酒場っこ』、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』、『“よむ”お酒』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『酒の穴』(シカク出版)。