缶チューハイとベビーカー
第33回

家族で鳥貴族

暮らし
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本格的なコロナ禍に突入し、家族で居酒屋に行くことがほとんどないまま、娘は6歳になってしまった。最近、娘が「焼鳥」ブームなので、今度はお店で焼きたての焼鳥を食べさせてあげたい。家族で初めて焼鳥屋へ行く計画を立てた。

子供と酒場

娘が生まれる前は、妻とふたり、休みが来るたびにあちこちの街へ出かけていって酒場めぐりをした。妻はもちろん酒場も好きだけど、それ以外の、普通のレストランだとか、イタリアンだとか、小洒落たカフェだって大好きだ。にも関わらず、当時その魅力にどんどんハマっていく最中で、とにかくやたらと「大衆酒場」に行きたがった僕に、ひたすら付き合ってくれた。ありがたい話だ。あのころの経験が、今の僕の「酒場ライター」という仕事の基礎になっていることは間違いない。

もちろん、妻が妊娠して以降は、そういう機会がぱったりとなくなった。寂しいけれど、我が家に子供が来てくれるという喜びが勝って、ふたりとも、辛いとか、がまんしてるとか、そういう感覚にはならなかった。

やがて娘が生まれ、1年、2年と経つと、少しずつ慣らしながらではあるけれど、子連れ外食をする機会も増えてゆく。以前にも書いたが、地元石神井公園の名町中華で、今は閉店してしまった「ラーメンハウスたなか」の座敷には、何度もお世話になった。妻の実家に帰省した際には、町田にある馬肉料理専門の老舗酒場「柿島屋」の座敷で昼飲みもしたし、いまや幻となった天国酒場「たぬきや」に連れて行ったこともある。また、娘が初めて行った酒場は、地元の「伊勢屋鈴木商店」という角打ち(酒屋の店頭で飲める)店。昼間からやっていて、散歩の途中に休憩がてらふらりと寄れるから、女将さんには赤ちゃんのころからかわいがってもらっている。そう考えると、なかなかの酒場エリートだな、娘。

けれども、「小さな子供を連れて夜の居酒屋へ行く」となるとまた別の話で、人によってかなり意見の分かれるところだろう。もちろん僕だって、たばこの煙モクモクの大衆酒場に毎夜子供を連れていき、夜遅くまで飲んでいる、なんていうのはあまり良くないと思う。なかにはそうしないといけない事情のある人だっているんだろうし、全否定はしないけど。

ただ僕は、人一倍酒場文化を愛する者だ。大衆酒場の良さや、いつでもそこで待ってくれている店の人々と、そこに集まる人々が作る温かな空気も知っている。子供を居酒屋に連れて行くこと=悪とは、まったく思わない。そこで娘がだいぶ外食に慣れだしたころ、大好きな地元の沖縄居酒屋「みさき」のテーブル席をひとつ、開店時間の午後5時に予約し、家族で行ってみた。3歳になる直前の娘はまだよちよちしていたが、それでもいつもと違う状況に大はしゃぎし、沖縄風のさかなの天ぷらのはじっこをかじって美味しそうにしたりもしていた。

いいぞ! これからどんどん、家族でいろんな店にいけそうだぞ!

焼鳥ブーム

と、思っていた翌月、日本が本格的なコロナ禍に突入。外食どころか、家から気軽に出かけることすらもままならぬ日々となってしまった。そして娘が6歳になる現在まで、そういう機会は、ほとんどストップしてしまっていた。

ところで最近、娘のなかで「焼鳥」がブームらしい。

そもそも妻が大の焼鳥好きで、子供時代は、近所の焼鳥酒場のテイクアウト窓口へおこずかいで焼鳥を買いに行き、その場でつまんで、店内の酒飲みたちに珍しがられたりしていたそうだ。もちろん僕だって、焼鳥は大好物。なので我が家ではたまに、テイクアウト専門の店で買ってきた焼鳥が夕食のメインの「焼鳥パーティー」が行われる。それがだんだん気に入ってきたようで、「きょうやきとりたべたい!」と、娘からよく言われるようになった。

そんなとき、テイクアウトはもちろん、家でカットした鶏もも肉をフライパンで焼き、半分は塩で、半分はだし醤油などでたれ風に味つけ。皿に並べたらひとつひとつに、つまようじを1本ずつ刺した、1串1肉の“ミニチュア版焼鳥”とでもいうメニューもよく作る。これはそもそも、娘がそうやって作ってみてほしいと発案したもので、通称「ぼこちゃんやきとり」と呼ばれている。酒のつまみに、だいぶいい。

そんな流れから、「焼きたての焼鳥も食べさせてあげたいなぁ」と考えるのは当然のことだろう。テイクアウトや自作ももちろんうまいけど、専門店の、焼き台で焼きあげられてノータイムで届く焼鳥のうまさは別格だ。あんな贅沢な料理はそうそうないなと思うし、確実に日本を代表するグルメのひとつだと思う。娘はもちろん、しばらくあの幸せを味わえていない妻にも食べさせてあげたい。そこで、夫婦で休みを合わせ、保育園へのお迎えも少し早め、早めの夕方から家族で焼鳥屋へ行こう! 計画を立てることにした。

といっても、カウンター席だけのザ・激渋酒場みたいな店は、当然まだ無理。そう考えると、意外と地元に選択肢が少ない。そこで思いついたのが大手チェーン店の「鳥貴族」。家から最寄りの大泉学園店が、やたらと広く、しかも夕方の4時からやっていて、早めの時間はいつも空いている。妻も「チェーン店でもぜんぜん嬉しい」と言ってくれた。よし、娘の人生初焼鳥屋は、鳥貴族に決定だ!

気分上々↑↑

決行当日。平日の早めの時間なこともあり、店内は予想どおり、ほぼ貸切状態だった。店員さんに広めのボックス席に案内してもらうと、やっぱり個人経営の酒場とは違う気がねのなさがある。どこかファミレスっぽいというか。思わず、「すみません、子供が座れるざぶとんのようなものとかってありますか?」と聞いてしまったら、さすがにファミレスではないので、そういったものはなかったけど、小さなフォークなどの食器を貸してもらえたり、用意のあるなかでものすごく親切に対応してもらえてありがたかった。

娘も最初は、初めての環境にちょっと落ち着かないようだったけど、次第に慣れてきて興味津々にあちこちを指差しては「これはなに?」などと言っている。楽しそうでなにより。

さて注文。妻は生ビール「ザ・プレミアム・モルツ」。僕は当然、トリキに来たらの定番「メガ金麦」から始める。ただし、ここからの勝手が、ふだんひとりで来る場合と違いすぎるのがおもしろかった。

いつもの僕ならたいてい、酒はあと1杯。そして、つまみは頼んで2〜3品。胃の容量的にそのくらいなのだ。しかも「もも貴族焼(たれ)」と「つくねチーズ焼」は固定枠なので、あと1品。これまた定番で、ちびちびつまめて重宝する「ふんわり山芋の鉄板焼」を頼むか、それとも、別に気になるものをいってみるか、それとも、ストイックに焼鳥2皿のみで攻めるか……。そんなせせこましいことを、延々と考えながら飲んでいるのだ。あらためて客観的に書いてみると、なんともしょうもない男だな、自分。

ただ、この日は違う。メニューを次々と見せては「ぼこちゃん、これ食べてみる? こっちは?」と、まずは娘におうかがいをたててゆく。つくねが食べやすそうなのですすめてみると、塩味なら食べてみたいと言う。この時点で、愛するチーズ焼きは候補から消える。ごはんものも、僕としてはトリキでもっともお得なメニューと信じている「とり釜飯」をぜひとも賞味してみてもらいたい。鶏がらスープで炊いた、炊きたて具だくさんの釜飯、絶対に感動すると思う。なのに、かたくなに「こっちがいい」と言うので、注文は「ご飯セット -温玉添え-」となった。

他、とにかく食べられそうなものということで、「ふんわり山芋の鉄板焼」「とり天梅肉ソース添え」「もも貴族焼(たれ)」「ポテトフライ」などをわーっと注文。ひと段落してからやっと、妻や僕が食べたい「せせり」「ホルモンねぎ盛ポン酢」「塩だれキューリ」なども追加し、結果、テーブルの上がすごいことになってしまった。鳥貴族に来てこんなにあれこれ頼んだのは初めてだぞ。

安心したことに、娘はどの料理もだいたいひと口ずつ食べては「おいしい〜」と言っていた。特に気に入ったのはとり天で、どんぶりメシの上にのせてばくばく食べていた。僕もひとつ食べてみたけど、肉がでっかいのに柔らかくて、衣がサクサクで、確かにうまい。

ただ、娘は早めにお腹がいっぱいになってしまったようで、けっきょく後半はずっと、フライドポテトだけを食べ続けていた。あの、ここ、一応焼鳥屋なんですけど……。

子供と行く居酒屋。やっぱり、夫婦でのんびりと楽しんでいたころとは過ごしかたがまったく変わる。特に妻は、隣に座った娘につきっきりで、楽しめているかがずっと気がかりだった。けれども、こんな経験というのも、今しかできないことだ。また機会を作って、いろいろな店に家族で行きたいと思った。

そういえば、もうひとつだけ印象的だったこと。店内のBGMがかなり大きめで、最初はうるさすぎないかちょっと心配だったんだけど、当の娘は嬉しそうに、曲によってはノリノリで、即興ダンスっぽい動きをしたりしている。僕も妻も音楽は大好きなんだけど、家ではあまり、音楽をかけてゆっくり聴くみたいな余裕がまだなかったので、ちょっと意外な、いいシーンだった。

ちなみに、特に気に入ったのは、嵐の『Troublemaker』と、mihimaru GTの『気分上々↑↑』とのこと。

*   *   *

パリッコ『缶チューハイとベビーカー』次回第33回は、2023年6月16日(金)17時配信予定です。

筆者について

パリッコ

1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』、『晩酌わくわく!アイデアレシピ』、『天国酒場』、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』、『ほろ酔い!物産館ツアーズ』、『酒場っこ』、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』、『“よむ”お酒』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『酒の穴』(シカク出版)。

  1. 第1回 : 缶チューハイとベビーカー
  2. 第2回 : のびた「アンパンマンうどん」で酒を飲む
  3. 第3回 : 娘、人生初映画館
  4. 第4回 : 保育園での「仕事バレ」問題
  5. 第5回 : 子育ては常に切ない
  6. 第6回 : 「たぬきや」最後の思い出
  7. 第7回 : 子連れ外食
  8. 第8回 : ぼこちゃん、言い間違い語録
  9. 第9回 : 娘、初めて父のトークライブを見る
  10. 第10回 : 子供と酔っぱらいは似ている
  11. 第11回 : ボーナス“酒”チャンス
  12. 第12回 : 卒業
  13. 第13回 : 不安と混乱の1週間
  14. 第14回 : 特別な夜
  15. 第15回 : 娘が生まれた日
  16. 第16回 : ぼこちゃん、カルビ焼肉を好きになる
  17. 第17回 : プールとビール
  18. 第18回 : 子乗せ電動アシスト自転車がパンクした夜
  19. 第19回 : インプットの時間が足りない問題
  20. 第20回 : ピクニックあれこれ
  21. 第21回 : 酒場ライターと子育て
  22. 第22回 : 家族と会えなかった10日間
  23. 第23回 : 妻が妊婦だったころ
  24. 第24回 : 子連れ外食 その2 「サイゼリヤ」と「しゃぶ葉」
  25. 第25回 : こたつ鍋の喜び、ふたたび
  26. 第26回 : 雪見酒の日
  27. 第27回 : 忘れる記憶、忘れない記憶
  28. 第28回 : 記録することは、未来の酒の肴を仕込む行為でもある
  29. 第29回 : 子供の成長
  30. 第30回 : 子を叱る
  31. 第31回 : 3年ぶりの家族旅行
  32. 第32回 : すこし不思議な話
  33. 第33回 : 家族で鳥貴族
  34. 第34回 : 初めてのパパ友飲み会
  35. 第35回 : いつか娘と酒が飲みたいか?
  36. 第36回 : 初めての、娘がいない夜
  37. 第37回 : お祭りづくしの夏
  38. 第38回 : 子育ては「ねむさ」とともにある
  39. 第39回 : 酒と運転
  40. 第40回 : 思い出の追体験
  41. 第41回 : カラオケパーティー
  42. 第42回 : 遺伝子の不思議
  43. 第43回 : 保育園最後の……
  44. 第44回 : 仕事が進まず、飲むしかない
  45. 第45回 : さらばベビーカー
  46. 最終回 : そして酒飲みの子育ては続く
連載「缶チューハイとベビーカー」
  1. 第1回 : 缶チューハイとベビーカー
  2. 第2回 : のびた「アンパンマンうどん」で酒を飲む
  3. 第3回 : 娘、人生初映画館
  4. 第4回 : 保育園での「仕事バレ」問題
  5. 第5回 : 子育ては常に切ない
  6. 第6回 : 「たぬきや」最後の思い出
  7. 第7回 : 子連れ外食
  8. 第8回 : ぼこちゃん、言い間違い語録
  9. 第9回 : 娘、初めて父のトークライブを見る
  10. 第10回 : 子供と酔っぱらいは似ている
  11. 第11回 : ボーナス“酒”チャンス
  12. 第12回 : 卒業
  13. 第13回 : 不安と混乱の1週間
  14. 第14回 : 特別な夜
  15. 第15回 : 娘が生まれた日
  16. 第16回 : ぼこちゃん、カルビ焼肉を好きになる
  17. 第17回 : プールとビール
  18. 第18回 : 子乗せ電動アシスト自転車がパンクした夜
  19. 第19回 : インプットの時間が足りない問題
  20. 第20回 : ピクニックあれこれ
  21. 第21回 : 酒場ライターと子育て
  22. 第22回 : 家族と会えなかった10日間
  23. 第23回 : 妻が妊婦だったころ
  24. 第24回 : 子連れ外食 その2 「サイゼリヤ」と「しゃぶ葉」
  25. 第25回 : こたつ鍋の喜び、ふたたび
  26. 第26回 : 雪見酒の日
  27. 第27回 : 忘れる記憶、忘れない記憶
  28. 第28回 : 記録することは、未来の酒の肴を仕込む行為でもある
  29. 第29回 : 子供の成長
  30. 第30回 : 子を叱る
  31. 第31回 : 3年ぶりの家族旅行
  32. 第32回 : すこし不思議な話
  33. 第33回 : 家族で鳥貴族
  34. 第34回 : 初めてのパパ友飲み会
  35. 第35回 : いつか娘と酒が飲みたいか?
  36. 第36回 : 初めての、娘がいない夜
  37. 第37回 : お祭りづくしの夏
  38. 第38回 : 子育ては「ねむさ」とともにある
  39. 第39回 : 酒と運転
  40. 第40回 : 思い出の追体験
  41. 第41回 : カラオケパーティー
  42. 第42回 : 遺伝子の不思議
  43. 第43回 : 保育園最後の……
  44. 第44回 : 仕事が進まず、飲むしかない
  45. 第45回 : さらばベビーカー
  46. 最終回 : そして酒飲みの子育ては続く
  47. 連載「缶チューハイとベビーカー」記事一覧
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