世にあまたある職業の絶対数からするとかなり珍しい部類に入る、酒や酒場についてを専門に書く「酒場ライター」。その理想的な一日のスケジュールを初公開。子育てをしながらいつ酒を飲み、酒について書くのか。
酒を飲むことも仕事
最近、WEBや雑誌での定期連載が少し前よりも増えてきたこともあり、それに加えてこの連載が始まったものだから、人からこんなふうに声をかけてもらう機会が増えた。
「最近忙しそうですね。仕事をして、子育てにも協力して、一体いつ酒を飲んでるんですか?」
大変ありがたいことだ。ただ、その問いに対しては、明快な答えがある。確かに、世の中には僕よりもずっと忙しく働いていて、それに子育ての時間が加わろうものなら、酒を飲んでいるヒマなんてないという方も多いことだろう。ところが僕の仕事は、世にあまたある職業の絶対数からするとかなり珍しい部類に入る、酒や酒場についてを専門に書く「酒場ライター」。酒を飲むことも大切な仕事。つまり、先ほどの問いに対して答えるならば、「仕事中です」というわけだ。
だって、たとえば編集さんから「『〇〇』という居酒屋を取材して、〇月〇までに原稿を提出してください」という依頼を受けたとする。当然、その店へ行く。そこで、自分がまず心の底から酒やつまみを楽しまないで、「あ〜美味しかった」なんて記事を書いたところで、説得力など生まれないだろう。
もしくは「テーマは自由なので、とにかく毎回『お酒の楽しみ』にまつわる原稿を書いてください」というような連載。これなどは、日々あわただしく仕事に追われつつも、「やばい、今週の締め切り、もう明日だ! 急いで酒を飲まないと!」という、もはや一休さんのとんちのような状況になってくるわけだ。
と、偉そうに「どうです? 大変そうでしょう?」なんてテンションで書きだしてはみたものの、実際の酒場取材の現場では、つい仕事のことも忘れて楽しんでしまうし、明日が締め切りと言われなくても、勝手に酒は飲むんですけどね。まぁとにかく、僕の場合は、なによりも好きな酒が、仕事でも飲めることが大きいという話で。
仕事〜子育て〜仕事
そこで今回は、世にも珍しい酒場ライターの、とある一日について書いてみようと思う。もちろん、毎日こんなにスムーズに事が運ぶことはなく、あくまで「理想的な一日のスケジュール」ではあるけれど。
僕は完全なる、超朝型人間だ。夕方以降は難しいことは考えられないし、そもそも酒も飲んでいる。ぜひ、仕事の電話などはそれ以外の時間にしていただきたい。そのかわり、朝は早い。前日に深酒などしていなければ、たいていは5時に起きる。大きな原稿の締め切りが迫っていたりしたら、それが4時、3時とどんどん早くなるが、さすがに眠いので、ベストは5時だ。娘が起きるのが7時前(最近はポケモンのアニメにハマりすぎ、朝ごはんの前に1話だけでも動画を見たいというから、6時半に起きるようになった)。なので、それまでの約2時間弱が、僕が一日でもっとも仕事に集中できる時間。そこで原稿を1本上げられたら、かなりいい滑り出しだ。
続いて朝の子育てターン。起きてきた娘にポケモンを見せてやりつつ、妻が保育園の荷物の準備などを、僕が娘の朝食作りを、というパターンが多い。
近頃の娘のお気に入りは「しおしょうゆとろたまごごはん」で、これは、ほんのひとふりの塩と水少々を加えてとろとろめに焼き上げたオムレツを、丼に盛ったごはんの上にのせる。そこにだし醤油をこれまたほんの少しかけて、全体をざっくり混ぜて食べるというメニュー。おかげで最近、オムレツを焼く腕がめきめきと上がっている。その他、ハム玉子サンドやパンケーキなどを作ってやることも多く、本当は野菜のおかずなども食べてほしいものの、朝はこちらも余裕がなかったりで、なかなか難しいのは悩みのひとつ。
それから僕か妻が、娘の着替えや歯みがきを手伝ってやり、保育園へ連れていく。保育園への送り迎えは、「行けるほうが行く」ということになっており、妻は勤めに出ているので、どちらかといえば僕が行くことが多い。
朝のあれこれが落ち着くのが8時半ごろで、そこからは再び仕事のターン。地元に借りている小さな仕事場へ、散歩がてら歩いて向かい、数時間はまじめに原稿仕事をする。
ちなみに僕は、朝食はとらない。朝食べないと元気が出ないとか、体に良くないという話も聞くけれど、むしろ眠くなって頭が回らないし、体もすっきりした状態で午前中を過ごせる気がして、自分には向いているようだ。昼過ぎくらいにはさすがにお腹が減ってくるが、それもサンドイッチなどの軽食か、スープやお茶だけで済ませてしまうことも多い。そもそも、原稿を書くのに夢中になっていると、あっという間に時間が過ぎてしまうので。
真の自由時間
そうやってひたすら仕事をして、午後2時ごろには、さすがにもう頭が回転しなくなる。急ぎの締め切りが残っていない限り、もう原稿仕事は終了。いよいよ真の自由時間、酒のターンだ!
早いと思われるかもしれないが、考えてもみてほしい。早朝から仕事を始めていたことを考えると、この時点ですでに7時間くらいは働いている。出勤退勤時間の決まっている社会人の方とはスケジュール感がずれるが、僕にとってはすでに夕方なのだ。
しかも、ただ「はいおつかれ〜!」なんつって、何も考えずに酒を飲むわけではない。常に、今後の原稿のネタに困らないよう、という頭がある。なので、気になっている店に昼飲みに行ってみたり、「今日は〇〇飲みをしてみよう」などと、ひとつのテーマを設け、それに即した酒とつまみを用意したり、実験レシピの試作や、コンビニ各社の同じ料理をひたすら食べ比べたり。心の底から楽しんでいるし、実際に酒も飲んでいるんだけど、その時間がないとすぐにネタが枯渇してしまう。つまり、これもまた立派な仕事なのだ。そう考えると、かなり勤勉な人物であるとは言えないでしょうか? 僕。
その酒ターンに真面目に取り組んだら、夕飯の食材の買いものなどに行く。スーパーへ行くのも大好きなので、妻に「なにかいるものない?」などとLINEをし、わりと積極的に行く。保育園のお迎えを自分が担当する日は、酒は一杯くらいにとどめておいて、その後しばらく昼寝をし、酔いを冷ましてから向かう。それが夕方の5時すぎくらい。
書いていて自分でも目まぐるしいなと思うけど、そこからはまた、育児&家族の時間ターン、プラス、酒のターンだ。
夕飯は、これまた妻か僕、作れるほうが作る。僕が買って出ることも多い。「仕事をして帰ってきたあとに夕食まで作るなんて偉い!」と思われる方がいるかもしれないし、そう思われることはやぶさかではない。ほめたければぜひ、遠慮せずにほめていただきたい。が、僕は料理が趣味だし、また、それが今後の仕事のヒントになったりもする。はっきり言ってもう、単なるごほうびタイム、息抜きの時間なのだ。
そして家族での夕食。例の早めの夕方の酒タイムに、けっこうがっつりと食べてしまっていることも多いから、僕は主食はとらず、おかずをつまみに晩酌する。妻や娘とたわいもない会話をしながら、幼い時期の子供ならではの、予想もつかない言動に笑ったりしながら。1日のうちでいちばん、心落ち着く時間かもしれない。
あとはもう、妻か僕が娘を風呂に入れ、寝る支度をして寝るだけだ。それが夜の9時か10時くらい。よく、いつもそのくらいの時間に寝ていると言うと、人から「めちゃくちゃ早いですね!」と驚かれることがあるが、誰がなんと言おうと、もう完全に眠いのだ。
以上、自分で書いていてうっとりするほどに理想的な一日のスケジュールではあるけれど、やっぱり、そううまく事が運ぶ日ってなかなかないんだよな。昨日なんて、朝の10時から夜の9時くらいまで、いろんな媒体の取材や撮影で、あっちこっちの酒場を5軒回っただけで終わってしまったし。当然、娘のことは丸一日すべて妻に任せて。そして当然、帰り道はへろへろだった。
筆者について
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』、『晩酌わくわく!アイデアレシピ』、『天国酒場』、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』、『ほろ酔い!物産館ツアーズ』、『酒場っこ』、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』、『“よむ”お酒』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『酒の穴』(シカク出版)。