自分を捨てる旅
第9回

湖の向こうに稲光を見た

暮らし
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数年前から琵琶湖に泳ぎに行くのが夏の恒例になった。広大な琵琶湖には「湖水浴場」がいくつもある。東側の岸にも西側にも泳げる場所が点在していて、それぞれに特徴があるようなのだが、私が毎年行くのは湖の西側、近江舞子の湖水浴場だ。

しかしそれが、予想以上に楽しかったのである

JR湖西線の近江舞子という駅から歩いてすぐの場所に砂浜が広がっている。近江舞子駅までは大阪駅から1時間ほど。山科駅、大津京駅を過ぎ、窓の外に琵琶湖が見えたと思ったら近江舞子駅に着く手前あたりで湖の岸がグッと近づいてくる。砂浜に立つパラソルや泳ぐ人の姿が、木々の切れ間からちらほらと目に入る。

電車の窓から琵琶湖が見えるといつも感動してしまう

初めてそこへ行ったのにはきっかけがあって、あるとき、夏休みの暇を持て余している子供を須磨の海水浴場に連れて行ったところ、「海の水しょっぱいからイヤ」「ベタベタしてる」「人がいっぱい過ぎる」とさんざん文句を言われたのである。よかれと思って連れていったのに、と、そのときは腹が立ったし、海の中で波の動きを感じながら泳ぐのが私は好きなのだが、プールに慣れた子供にとってはいろいろと面倒に感じるのかもしれない、とも思った。

そして、「だったら今度は琵琶湖に行ってみるか。湖の水だからしょっぱくもないし、たぶんベタベタもしないよ」と提案し、自分の住まいから最も行きやすそうだった近江舞子の湖水浴場を選んで行ってみた。

徒歩数分で湖水浴場にたどり着く

実際のところ、私はそこに行くまで半信半疑だった。「湖で泳いで、果たしておもしろいものかね」と思っていた。物足りない思いをして帰ることになるのではないかと。

しかしそれが、予想以上に楽しかったのである。まず驚いたのは、水が透き通っていることだ。近江舞子の湖水浴場は交通の便もいい人気のスポットで、泳ぎに来る人がたくさんいるから、もしかしたら他の場所のほうが水が綺麗なのかもしれないが、それでも私には十分すぎるほどだった。

水中メガネをつけて潜ってみると、小さな魚の群れが間近に見える。少し沖のほうへ泳げば魚のサイズがひと回り大きくなり、かなり迫力がある。昔、奄美大島に長く滞在したことがあって、毎日のように海で魚を見ながら泳いでいた。あそこで見たようなカラフルな魚たちではないけど、それでも、魚の群れを追いかけて泳ぐなんて、相当綺麗な海に行かなければ無理なことだと思っていたから感動した。

透き通った水の中に小魚の群れが見える

波があるのも意外だった。湖の際に寝そべると、波がちゃぷちゃぷと体にかかって気持ちいい。子連れで泳ぎに来ている自分にとっては、この穏やかな波がむしろちょうどいいものに思えた。

そして水から上がっても、なるほど、ベタつかない。「しょっぱいのが海。ベタベタするのが海。それが楽しいんだよ!」と、海の男を代表するかのように子供に語っていた自分だったが、タオルで体を拭くだけですぐに肌がサラサラな状態になるのは楽でいい。

一回泳いだだけですっかり湖水浴が気に入り、子供も喜んでいたのでそれから毎年来るようになった。

「ああ、なんとか一年生きたな」と思う

今年の夏もどこかのタイミングで琵琶湖に行こうと考えていたところ、義理の母に声をかけてもらい、私の家族に加えて妻の妹やその家族、そして義母と、思いがけず大人数で出かけることになった。さらに、せっかくなら近くの旅館を予約して泊りがけで行こうと、そんな話がまとまった。

人数は増えたが、出だしはいつもの夏と変わらない。電車に乗って近江舞子駅を目指し、降りてすぐの湖水浴場へと歩く。砂浜の近くに古い売店がある。売店といっても、おそらく夏の間だけ営業するのであろう簡素なもの。ジュースやアイスやインスタント食品と、カレーライス、焼きそばみたいなちょっとした軽食も売っている。そのほか、魚をすくうための網、ビーチサンダルや浮き輪、レンタル用のパラソルなどが並べてあり、なにより缶ビールと缶チューハイが売られているのも私にとっては嬉しいところである。

湖水浴場の目の前にある売店。毎年ここで缶ビールを買う

この売店が今年も営業しているのを見るとホッとして「ああ、なんとか一年生きたな」と思う。ひとしきり泳ぎ、子供たちがおにぎりを食べてひと休みしている間に飲む缶ビールの冷たさよ。

またここに来て冷たいビールを飲むことができた

ビニールシートの上に体を横たえ、砂浜の様子を眺める。少し先にある桟橋から、いつもなら高校生ぐらいだと思われる青年たちが高くジャンプして飛び込む姿が見えたけど、今日はそうしている人が誰もいない。危ないから禁止になったのかな。

ビールを飲みながら湖と砂浜をぼーっと眺める時間が好きだ

そういえば今年は水上バイクの数が減ったような気がする。大きな事故があって、運転ルールが厳しくなったというニュースを見た。巡視船が注意を促している声が、遠くからかすかに聞こえてくる。

去年までは水上バイクがかなり派手に走り回っていて、中には遊泳許可エリアを区切るブイの近くまで来るものもあった。眺めていると、沖のほうまで泳いで行った人が水上バイクに乗せてもらっている。どうやら、「乗せて!」と頼む人を拾い上げ、そこらへんを走って戻ってくるということを、サービスのつもりか、運転手たちが自主的にやっているようなのである。

ただ、女性グループしか乗せないという怪しげなルールを勝手に設けている水上バイクもなかにはいるようで、坊主頭の少年ふたり組が「なんで俺たちだけ乗せてくれないんだろう」と言いながらうつむいて歩いているのを見かけた。

あの大きなエンジン音があまり聞こえないからか、今年の砂浜は静かな気がする。本当にいろいろな人がいる。バラバラの人生を生きている人たちが、夏だからという理由でここに集ってきているのが不思議に思える。

何年前だったろうか、ここに来て楽しく泳いで完全に気を抜いていたタイミングで「ライターのスズキナオさんですよね⁉」と、ふいに若い方に声をかけられたのを思い出す。インターネットで私の書いた記事をよく読んでくれているそうで光栄だったが、水に濡れてぺったりしたヘアスタイル、なんの運動もしてないぷよぷよした体で「はい、そうです!」と答えたあのとき、なんだか恥ずかしかったな。もっとかっこつけたかった。

ひと眠りして、再び泳ぐ。小さな魚を手でつかまえようとしてみる。もちろん、魚たちは私の鈍い動きに捕らえられるはずもなく、伸ばした手をするすると軽やかにかわして逃げていく。水の上に顔を出して深呼吸してもう一度。それが楽しくてやめられない。

砂浜には、どうやってつかまえたのか、わりと大きなサイズの魚をプラスチックのケースに何匹も泳がせている子どもがいる。我が子と一緒に「すげー!」と近づいて見ていると、好きなのをどれか一匹くれるという。おしぼりをしまってあったケースに入れてもらい、少しの間だけ観察する。15センチぐらいの、ハゼに似た魚。

魚捕り名人のあの子供、これをどうやってつかまえたんだろう。気が済んだところで湖に返してやると、素早い動きでひらりと消えていった。

さっきまで小魚を追いかけて泳いでいた子供たちの将来はどうなるだろうか

3時間ほど泳いで水から上がり、荷物をまとめてゆっくり駅へと引き返す。いつもならこのまま自宅方面へ帰るところだが、今年の夏は違う。すぐ近くのおごと温泉駅で電車を降り、駅前から送迎バスに乗って数分の場所にある旅館へ向かった。

旅館を手配してくれたのは妻と義母で、私はどんな宿だかも知らずに来たのだが、10階建てぐらいのずいぶんと立派な建物である。新型コロナウイルスの感染者数が“第7波”と呼ばれるほどに再び増加してきたタイミングでもあったため、直前にキャンセルが出たのか、破格とも言える値段でいい部屋が取れたのだという。

旅館のスタッフの案内で部屋に通してもらってびっくりしたのだが、なんと部屋の中に露天風呂がある。いや、部屋の中というか、琵琶湖に面したベランダに浴槽が設置してあって、夜中でも早朝でも、いつでも好きに入っていいのだという。

各部屋に露天風呂がある旅館だった

「こんなのテレビでしか見たことない!」と私ははしゃいだ。旅館には視界いっぱいに琵琶湖の眺めが広がる大浴場もあっで、そこはそこでよかったのだが、なんといっても、気ままに使える自分専用の露天風呂が部屋の延長にあるという感動が大きく、さっきあがったばっかりなのにまたすぐ入ったりして、とにかく何度も湯につかった。

当然のことだが、夕方から夜にかけて、空の色が少しずつ変わっていく。その一瞬一瞬がもったいなくて仕方ない。空の下には琵琶湖があり、対岸の山々や建物まで見える。あの湖で数時間前まで泳いでいたのだ。

18時過ぎ、100人も200人も収容できそうな広いバイキング会場で早めの夕食がはじまる。テーブルの席で妻の妹の夫と向かい合って、生ビールのグラスで乾杯した。彼は元高校教師で、今も形は違えど教育関係の仕事をしている。こういう機会でもないとなかなか話すことはないのだが、ここ数年の教育の現場がどうなっているか、聞かせてもらうのがいつも楽しみである。

といっても、話はいつも重たく暗い雰囲気を帯びる。今の日本のように少子化が進むと、生徒数が定員を割らないようにするために、学校は実績重視の方向に、どうしても進んでいく。偏差値の高さや、生徒たちがどれだけいい大学や企業に進んだかという結果を打ち出して生徒を集めなければ学校が維持できない。

そのような厳しい状況のなかでは「自由な校風」とか「生徒の個性を伸ばす教育方針」みたいなものは少数派になり、よっぽど独自性を打ち出さないと存在できなくなりつつあるという。親たちが学校に求めるのも、少しでも安定したコースに子供たちをのせられるような教育方針だ。

「受験でどれだけいい点数を取れるかが勝負みたいな時代に、また戻りつつある気がするんです」という話を聞きつつ、さっきまで小魚を追いかけて泳いでいた子供たちの将来はどうなるだろうかと、少し離れた場所に座っている彼らを見やる。

ドリンクバーのコーナーから、みんなグラスになみなみとジュースを注いできて飲んでいる。トレイの上の大きな皿にはフライドポテトが山盛りになっていて、あとは小皿に唐揚げが3個とマグロの寿司が2貫みたいなめちゃくちゃなバイキングの使い方をして、それで子供たちは満足気だ。

意地汚くいろいろと取りすぎてしまうバイキング

ズシンと腰に響くような低い音がした

ケチな性根ゆえに私は食べ過ぎてしまい、はち切れんばかりのお腹をさすりながらバイキング会場を出た。フロントの横にはローソンがあって、町で見かける普通のローソンと同じく、食品やら生活雑貨やらいろいろ売っている。そこで寝酒のつもりの缶チューハイを選んでいるとき、ズシンと腰に響くような低い音がしたかと思うと、館内の電灯がすべて消え、真っ暗になった。

スマートフォンで調べたところによると、どうやら近畿地方を広く雨雲が覆い、特に滋賀県あたりは激しい雷雨に見舞われているらしかった。落雷の影響か、滋賀県内のいくつかのエリアが停電していたようだ。幸い旅館の電気はすぐに復旧したが、コンビニのレジシステムが起動するのにしばらく時間がかかり、「なるほど、コンビニってこういうときは逆に不便なのか」と思った。まあ、酒が買いたかっただけなので何も急ぐことはないのだが。

部屋に戻ると強い眠気に襲われた。泳いだ疲れもあったのだろう。食事中に敷かれていた布団に倒れ込んで目を閉じた。柔らかい掛け布団。パリッとしたシーツ。大きな雷の音がして、何度か目が覚めた。

少し眠ってから起き上がってみると、まだ時刻は22時にもなっていないようだった。子供たちが部屋に集まり、ゲームをして遊んでいる。

私は起き上がった流れそのままに浴室へと歩き、浴衣を脱いで露天風呂に入る。頭上の雨雲は去ったようだが、お湯につかって対岸を眺めていると、ときおり空が光る。何秒か遅れて雷鳴が遠くから響いてくる。

琵琶湖の夜景が時おり稲光に照らされていた

さっきまでここらへんにあった雲が、今は向こうを覆っているのだろうか。裸でお湯につかってそれを遠く眺めているなんて、のん気過ぎて申し訳なくも思えたが、湖の向こうの夜景がときどき真っ白い光に包まれるのが神々しくも見え、つい長湯してしまう。

翌朝、起きてみると外は雨模様だった。昨日に引きつづいて今日も不安定な天気らしく、少なくとも日中は激しい雨がつづくと、テレビの天気予報が知らせている。「帰りも湖水浴場で泳いでいこうか」などと昨日の時点では話していたのだが、これでは無理だろう。チェックアウトは11時でいいというので、ギリギリまで部屋でゆっくり過ごすことにした。もちろん朝から何度も部屋の露天風呂に入る。

昨日買って飲み切れずにとってあった缶チューハイを開け、湯舟の傍らに置いて風呂に入ったりもしてみる。雨が降っているなかでも湖に何艘かの船が出ていて、その船が通ってできた波が、こっちのほうまでゆっくりと時間をかけてやってくる。それをただ、ぼーっと眺める。こんな雨降りでなければ、もっと早起きして部屋を出なければならなかったかもしれない。こんな時間が過ごせてよかった。

いつでも部屋に露天風呂があったらいいのにな
遠くから来る波が水面に作る複雑な模様に見飽きることがない

「琵琶湖の眺め、最高だな」と、つくづく思う。私は水辺が好きで、毎日のように近所の川べりで水面を見つめながら暇を潰しているのだが、琵琶湖の湖面はとにかく広く、そして向こう岸にも景色があるのがいい。それをお風呂から眺められるなんて。ここでもう一泊していけたらいいのになと思う。

雨が激しく降るなか、宿を出て駅までバスで送ってもらい、そのまま電車で京都駅まで向かう。京都駅前にそびえ立つ「京都タワー」であれば、地上に出ることなく地下通路を通って行けるから、その展望台にでも登ってみようという話になった。

展望台には無料で利用できる望遠鏡が何台も置かれていて、のぞき込むと清水寺が見えたりした。

京都タワーから望遠鏡で遠くを眺める
これがきっと清水寺……かな?

京都タワーの展望台からは360度ぐるっと見渡せるから、さっきまでいた琵琶湖のあたりが見えないかと思ったりもしたが、湖は山の向こうにあって、ここから見通せるわけもなかった。

湖を泳いだときの透き通った涼しい感覚も、露天風呂につかっていたときの静かな気持ちも、指の隙間からするすると逃げていくように、早くも遠ざかろうとしている。私がそれを味わうのは、また来年の夏になるのだろうか。

筆者について

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』、『集英社新書プラス』、月刊誌『小説新潮』などを中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『酒ともやしと横になる私』、『関西酒場のろのろ日記』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』、『「それから」の大阪』、パリッコとの共著に『酒の穴』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ”お酒』、『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』がある。

  1. 第1回 : 蔵前のマクドナルドから
  2. 第2回 : 上を向いて有馬温泉を歩く
  3. 第3回 : つながっている向こうの場所で
  4. 第4回 : 敦賀の砂浜で寝転ぶ
  5. 第5回 : 家から歩いて5分の旅館に泊まる
  6. 第6回 : 煙突の先の煙を眺めた日
  7. 第7回 : 犬鳴山のお利口な犬と猫
  8. 第8回 : 暑い尾道で魚の骨をしゃぶる
  9. 第9回 : 湖の向こうに稲光を見た
連載「自分を捨てる旅」
  1. 第1回 : 蔵前のマクドナルドから
  2. 第2回 : 上を向いて有馬温泉を歩く
  3. 第3回 : つながっている向こうの場所で
  4. 第4回 : 敦賀の砂浜で寝転ぶ
  5. 第5回 : 家から歩いて5分の旅館に泊まる
  6. 第6回 : 煙突の先の煙を眺めた日
  7. 第7回 : 犬鳴山のお利口な犬と猫
  8. 第8回 : 暑い尾道で魚の骨をしゃぶる
  9. 第9回 : 湖の向こうに稲光を見た
  10. 連載「自分を捨てる旅」記事一覧
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