四畳半からの脱出~宇宙編~/梅津瑞樹『残機1』重版記念!お試し読み第4回

カルチャー
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舞台『刀剣乱舞』(山姥切長義役)など人気作品に多数出演する傍ら、鴻上尚史主宰の「虚構の劇団」に所属し役者としての高い実力と類稀な美貌で注目を集めている俳優・梅津瑞樹、初の随筆集『残機1』(2022年12月8日(火)発売)の重版が決定! これを記念して、OHTABOOKSTANDでは、本書の中から6つのエピソードを抜粋し、特別に公開していきます。(全6回)
孤独と自意識に揺れ、もがき、あらゆる決めつけに抗って生きる。
「異端の2.5次元俳優」が“穴”の中から見つめる、その先にあるものとは――?

四畳半からの脱出~宇宙編~

時は来れり。

叫ぶ声に誰ぞと振り向くと、それは己が荷物たちの悲痛なる叫びであった。はじめは筍が如く生えていた本の山は今や竹林と成り果て、その他服やら、何やらよく分からぬところに入り込んだまま判然とせぬ暗黒物質らによって占有されたこの部屋は、今や四畳半の隅々にまで至る極めて小規模な私的宇宙を形成し始めており(但し敢えて言うが、当人においては決して小規模ではない極めて差し迫った問題である)、私はこれに洒落っ気を効かせてインナースペースと命名した。この私的宇宙の果てを見た者はかつてなく、際限なく膨張を続け片っ端から有象無象を飲み込んでゆくその様は最早、怪異と言っても過言ではない。

そして、ことここに至っても、今だ寝袋の中でもぞもぞとしている私を見兼ねて四畳半の同居人たちが意を決し引っ越しに踏み切ったであろうことは、流石の鈍い私も感づいた。

というのも、先刻から述べている事柄があながちただの与太話とも言えないからで、彼らはたしかに懸命なる意思表示をもって私に引っ越しの必要性を訴え続けたのである。逐一書き記すには枚挙にいとまがないが、その方法は時に過激であり、私の脳天目掛けて飛び降りてきたり、必要な時を見計らってその姿を隠してみせるという実力行使にでるのでほとほと困ってしまった。

そんなこんなで、一年と少しにわたって、愛すべき隣人による夜毎の騒音にため息を吐きながらも住み続けたこの部屋とも、遂に別れの時がきたと悟ったのである。

だが、しかし、と逡巡する。

果たしてどのくらいの部屋に移り住めば良いのか皆目見当がつかない。

寝ることさえ出来れば良い、と適当に部屋を選んだ結果がこの風呂無し四畳半なのだ。

何を隠そう、旅先で不動産屋のビラをしげしげと眺めたり、ウェブで賃貸物件を流し見しながら飯を食うのが趣味のこの私、憚らずに言わせていただくが賃貸に関しては一家言ある。しかし、いざ自分がそこに住むとなるとなかなか踏ん切りがつかないというのが人情というものだ。

謂わば、これまで眺めてきた物件の数々は私の生活の延長として捉えていたのではなく、ふと立ち寄った劇場の客席から見た舞台上のセットのようなもので、その舞台に自分が立っていたらと想像し得ないのは、大半の者が頷くところではあるまいか。職業柄誤解を招くような例えではあるが。

四の五の言わずにさっさと目を皿の様にして部屋を探せ、と宅の怪異が金切り声をあげる。どうやらもう限界が近いらしい。このままでは、インナースペースが玄関をぶち破って街へと雪崩れ込み人々を飲み込んで行くことは避けられず、ゆくゆくは新たなる銀河系の誕生を目にするであろうことは最早疑いようもない。あわや大惨事である。

折しも、私は舞台の稽古中であり、物件を見に行く余裕はこれっぽっちもなかった。いや正確にはその様な程であった。

実家で暇している父の姿が脳裏に浮かんだのはこの時である。早速、父に電話して物件探しが急務であり可及的速やかに新天地を目指さねばならない旨を伝えた。伝えたその途端に先程まで焦っていたのも随分阿呆らしくなり、まあなんとかなるだろうと持ち前の太々しさを遺憾無く発揮すると、マグカップに並々とミルクティーか何かを淹れ、茶菓子をつまみながら映画を観て夜を過ごした。

数日後、果たして新居は見つかった。

この豚小屋の様な四畳半から少し離れたところにある小綺麗な部屋で、間取りも大体倍ぐらいはあるようだ。なによりも風呂がついているではないか。ここしかあるまい。即決、となれば即行動である。

先日彫刻に興じた際に木片だらけとなったままのソファから重い腰を上げると、尻からパラパラと木屑が落ちた。私は一つ深呼吸して腕をまくり、これから始まるであろう楽天地での新生活に想いを馳せながら、眼前の小宇宙へと手を伸ばした。(本書「四畳半からの脱出 〜地獄篇〜」へ続く)

写真=梅津瑞樹

* * *

本書『残機1』(梅津瑞樹・著)では、本エピソードを含めたエッセイ22作品の他、書き下ろしの短編4作品を収録。【通常版】に加え、【NFTデジタル特典付き特装版】【アニメイト限定版】【フォトブック付き限定版】の4バージョンで、好評発売中です。
詳しくは、以下のページ、または太田出版公式サイトをご確認ください。

SOLO Performance ENGEKI「HAPPY WEDDING」出演情報

(C)東映

東映が企画・プロデュースをする、一人芝居企画“SOLO Performance ENGEKI”の第三弾「HAPPY WEDDING」が上演決定! 第一弾でお届けした「HAPPY END」と同じ布陣で、完全オリジナルのまったく新しい一人芝居をお届けします。

【公演情報】
公演期間:2023年2月17日(金)〜2月26日(日)
会場:シアターサンモール
脚本:宮本武史
演出:粟島瑞丸
出演:梅津瑞樹
企画・プロデュース:東映
※チケット情報他、詳細は公式サイトにてご確認ください。

筆者について

梅津瑞樹

うめつ・みずき。俳優、表現者。1992年12月8日生まれ。千葉県出身。主な出演作は、舞台『刀剣乱舞』(山姥切長義役)、TVドラマ『あいつが上手で下手が僕で』(天野守役)、映画『漆黒天-終の語り-』(嘉田蔵近役)など。『ろくにんよれば町内会』(日本テレビ系)ほかバラエティ番組でも活躍するなど、活動は多岐にわたる。2020年、『GIRLS CONTINUE』Vol.2にてコラム『残機1』連載開始。その後、兄弟誌の『CONTINUE』でも同時連載。同コラムと書きおろし短篇を収めた同タイトル著書『残機1』にて、作家デビューを果たす。

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