27の夜/梅津瑞樹『残機1』重版記念!お試し読み第2回

カルチャー
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舞台『刀剣乱舞』(山姥切長義役)など人気作品に多数出演する傍ら、鴻上尚史主宰の「虚構の劇団」に所属し役者としての高い実力と類稀な美貌で注目を集めている俳優・梅津瑞樹、初の随筆集『残機1』(2022年12月8日(火)発売)の重版が決定! これを記念して、OHTABOOKSTANDでは、本書の中から6つのエピソードを抜粋し、特別に公開していきます。第2回目(全6回)。
孤独と自意識に揺れ、もがき、あらゆる決めつけに抗って生きる。
「異端の2.5次元俳優」が“穴”の中から見つめる、その先にあるものとは――?

27の夜

消えてしまいたくなる夜はありませんか? 僕はある。

時折、堪らなく自分が空っぽなように思う夜がある。どうしようもなく己の生き方が空虚で、頼りなく感ぜられ、次第に自責の念と焦燥感に駆られたまらなくなり、ならばいっそのこと霧散してこの世界に溶けて消えてしまいたいと思う。そのままゆらゆらと漂いながら「私」なんてしち面倒臭いものを忘れて、何処かへとやってしまってくれと思う。

理由は分からぬ。否、分からないふりをしているだけである。不毛だからだ。その正体と正面から向き合ったとて、殴り合いの末に両者血塗れとなる未来が見えるし、終いには双方地に倒れ、霞む視界の中でよく見れば、先程まで打ち合っていた者は他ならぬ自分自身であった、というようなことになるのは容易に想像ができる。つまりは、私が憎らしいのは未だ判然としない己の在り方であったり、それに付随した孤独感を御しきれないもどかしさやら、情けなさやらであって、これを不毛と云わずして何が不毛か。

そんなこんなで、にっちもさっちもいかずに頭を抱えていると、我が寝ぐらたるこの木造ワンルームのはんぺんのような薄い白壁を通して、隣人の阿呆の様な笑い声がこれ見よがしに聞こえてくる。にくたらしくて仕方がない。

引っ越してきてそろそろ一年になるだろうか。彼はこの一年ずっとオンラインゲームに夢中であった。ボイスチャットでもしながら友人と対戦しているのであろうが、昼夜問わず、突然奇声を発して相手を口汚く罵ったかと思えば、次の瞬間、猿のように手を叩いて甲高い声で笑うので、兎に角、情緒の忙しい奴だということが分かる。

当初は、賑やかなルームメイトのように感じて微笑ましく思っていたが、今や前述の孤独がまざまざと浮き彫りにされているようで、壁一枚隔てたこちらとあちらのコントラストに、思わず仁王の面持ちとなってしまうことを誰が責められようか。何がそんなに面白いのか。そんなに面白いのなら私にも少しやらせてくれ。子供の頃には言えたそんな言葉も、今は決して出てこない。

自意識の怪物の手をとって、私は夜の街へと飛び出す。

どこでも良い、どこかへ行きたい。

跨がったのは最近購入した真っ白なクロスカブ。こうして見ると、まるで白馬のようではないか。50ccというところが何ともダサイがポニーとでも思えばよい。数日前、ハンドル下の、首にあたる部分に貼った「令和」と書かれたステッカーが街灯の明かりを反射して、闇夜にお札のように浮かび上がっていた。

「ハイヨー!」の掛け声と共に、昼間の雨でまだ濡れたアスファルトの上に滑り出す私と純白のポニー。

脳裏を過るドン・キホーテと驢馬のイメージを振り払うかのようにアクセルを握る。

何処へ向かおうか。どこでも良いが、折角ならば着いた先にポケモンの巣があれば尚良い。

しばらく走っていると、バス停のベンチの上で縮こまって死んだように眠っている青年を見かけた。

私は、彼を尻目に「どうかこの青年に幸福とは言わないまでも、何か良いことがありますように」と願った。

もし、生きとし生ける者の幸せが、打算ではない、見ず知らずの誰かの為に思う、投げ銭的な祈りによって導かれるものだとしたら、そうした幸福ポイントとでも言うべきものの累計によって決まっていくのだとしたら、このくたびれた青年の為にちょいと無責任に祈ってみるのも良い。

そこまで考えて、私もまた、誰かにそう願っていて欲しいという、ただの打算的な祈りであることに気が付いた。

風を切って走るほどに身体は冷えて、カブのエンジンだけがただ暖かい。

写真=梅津瑞樹

* * *

本書『残機1』(梅津瑞樹・著)では、本エピソードを含めたエッセイ22作品の他、書き下ろしの短編4作品を収録。【通常版】に加え、【NFTデジタル特典付き特装版】【アニメイト限定版】【フォトブック付き限定版】の4バージョンで、好評発売中です。
詳しくは、以下のページ、または太田出版公式サイトをご確認ください。

SOLO Performance ENGEKI「HAPPY WEDDING」出演情報

(C)東映

東映が企画・プロデュースをする、一人芝居企画“SOLO Performance ENGEKI”の第三弾「HAPPY WEDDING」が上演決定! 第一弾でお届けした「HAPPY END」と同じ布陣で、完全オリジナルのまったく新しい一人芝居をお届けします。

【公演情報】
公演期間:2023年2月17日(金)〜2月26日(日)
会場:シアターサンモール
脚本:宮本武史
演出:粟島瑞丸
出演:梅津瑞樹
企画・プロデュース:東映
※チケット情報他、詳細は公式サイトにてご確認ください。

筆者について

梅津瑞樹

うめつ・みずき。俳優、表現者。1992年12月8日生まれ。千葉県出身。主な出演作は、舞台『刀剣乱舞』(山姥切長義役)、TVドラマ『あいつが上手で下手が僕で』(天野守役)、映画『漆黒天-終の語り-』(嘉田蔵近役)など。『ろくにんよれば町内会』(日本テレビ系)ほかバラエティ番組でも活躍するなど、活動は多岐にわたる。2020年、『GIRLS CONTINUE』Vol.2にてコラム『残機1』連載開始。その後、兄弟誌の『CONTINUE』でも同時連載。同コラムと書きおろし短篇を収めた同タイトル著書『残機1』にて、作家デビューを果たす。

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『残機1』試し読み記事
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