景色を覗く/梅津瑞樹『残機1』重版記念!お試し読み第3回

カルチャー
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舞台『刀剣乱舞』(山姥切長義役)など人気作品に多数出演する傍ら、鴻上尚史主宰の「虚構の劇団」に所属し役者としての高い実力と類稀な美貌で注目を集めている俳優・梅津瑞樹、初の随筆集『残機1』(2022年12月8日(火)発売)の重版が決定! これを記念して、OHTABOOKSTANDでは、本書の中から6つのエピソードを抜粋し、特別に公開していきます。第3回目(全6回)。
孤独と自意識に揺れ、もがき、あらゆる決めつけに抗って生きる。
「異端の2.5次元俳優」が“穴”の中から見つめる、その先にあるものとは――?

景色を覗く

夜分の不忍池は不気味である。

闇夜の先からはモケケケケ…と奇怪な鳴き声が聞こえて来る。池と隣接するようにして上野動物園があるので、恐らくそこに住む何者かであろう。こんな素っ頓狂な鳴き方をする輩であるから、さぞひねくれた見た目をしているに違いない。どんななりをしているか一目見てやろうとフェンスに沿って歩いたがそれらしい檻は見えなかった。

諦めて引き返したものの、依然として鳴き声は夜に木霊しており、冷えた空気の中とてもクリアに聞こえてくる。モケモケと響く声を聞いていると、何だか馬鹿にされている気がして鼻持ちならない。あと良い発声だなと思った。

放置されたイカ焼きの屋台は祭りの晩を思わせる寂しさが漂う。

ふと視線を感じて振り返ると誰もいない。

しかし一見、切り株か、はたまた道端に打ち捨てられた中身の詰まったゴミ袋かといった影が徐に動き、よく見れば早起きの過ぎる老人であった。寿命が縮む。

池は対岸へ渡すようにしてウッドデッキが敷かれている。そこから見渡す水面には座布団のようなでかさの葉っぱが所狭しと生えていて、ちょっとやそっとの風ではピクリとも動かない。湖畔に生えている柳の葉がよくゆらゆらと揺れるのでその静と動のコントラストになんとも言えないもどかしさを覚える。

雑黒を広げたような池の水が、時折ぼちゃんと音を立てて皺む。そうした様を、洞々と登った月だけが照らし出すので薄ら寒くもあるが、何だか首筋の毛が逆立つような感動を覚える自分がいる。

景色を巡る体験や、それに伴う情緒の発見というのは、得てして、忙しなく予定に追われて歩く昼の時間には得難いものだが、このような夜半に妖怪が如く水場をふらふらと彷徨うのにも、またどこか罪悪感を覚えるのは確かである。夜中にフラフラしているよと話すと、皆口を揃えて気をつけろと言うし。

しかし、何だか悪いことをしているような気がするというこの気持ちこそが、そうした体験に良い塩梅となっていることもまた否定はできない。

思い返せば幼少の折、親の目を盗んでゲームをしている時に感じたそれと近いように思う。

今でこそインターネットを通じて世界中の景色を眺めたり、VRなんてものを駆使して実体験さながらの没入感に浸れるけれど、当時そんなものは普及しておらず、僕はカリカリと音を立てるだけ立てて何にも始まらないパソコンそのものより、級友とフロッピーディスクの飛距離を競うのに夢中であった。

しかし、そんな少年期においてもある種の閉塞感に息苦しくなることはあり、こんな世界からは逃げ出してしまいたいとふと思っても、自分の住むベッドタウンのあそこからここまでが世界であって、知らない景色を見る手段は大抵本とゲームの中にしかなかった。

所謂お受験組だったこともあり、本はまだしもゲームは夜布団を被って懐中電灯の灯の中、もしくは両親のいない時にこっそりとやるか、父がやっているのを隣でぼんやり眺めることが大半であった。

そんな時、学校を終えて帰宅した昼下がりに両親がいつ帰ってくるか分からない中、ブラウン管の中で見た景色は今でも鮮明に脳裏に焼きついている。

PSで一番最初に買ってプレイした『クレイマン・クレイマン』、父が遊んでいたのをこっそり拝借した『MYST』、叔父がドリームキャストと一緒にくれた『シェンムー』、これらの中で見た景色は代わり映えのしないリアルの風景に勝る解像度として幼心にも迫ってきた。世界をこんな風に捉えても良いのかという驚き、しかしこの発見は決して両親にバレてはいけないという背徳感に酔いしれた。

気がつけば、あの頃から何も変わらない大人になってしまっている。ゲームは大好きだし、いつだってちょっとひねた風に世界を見ていたい。

写真=梅津瑞樹

* * *

本書『残機1』(梅津瑞樹・著)では、本エピソードを含めたエッセイ22作品の他、書き下ろしの短編4作品を収録。【通常版】に加え、【NFTデジタル特典付き特装版】【アニメイト限定版】【フォトブック付き限定版】の4バージョンで、好評発売中です。
詳しくは、以下のページ、または太田出版公式サイトをご確認ください。

SOLO Performance ENGEKI「HAPPY WEDDING」出演情報

(C)東映

東映が企画・プロデュースをする、一人芝居企画“SOLO Performance ENGEKI”の第三弾「HAPPY WEDDING」が上演決定! 第一弾でお届けした「HAPPY END」と同じ布陣で、完全オリジナルのまったく新しい一人芝居をお届けします。

【公演情報】
公演期間:2023年2月17日(金)〜2月26日(日)
会場:シアターサンモール
脚本:宮本武史
演出:粟島瑞丸
出演:梅津瑞樹
企画・プロデュース:東映
※チケット情報他、詳細は公式サイトにてご確認ください。

筆者について

梅津瑞樹

うめつ・みずき。俳優、表現者。1992年12月8日生まれ。千葉県出身。主な出演作は、舞台『刀剣乱舞』(山姥切長義役)、TVドラマ『あいつが上手で下手が僕で』(天野守役)、映画『漆黒天-終の語り-』(嘉田蔵近役)など。『ろくにんよれば町内会』(日本テレビ系)ほかバラエティ番組でも活躍するなど、活動は多岐にわたる。2020年、『GIRLS CONTINUE』Vol.2にてコラム『残機1』連載開始。その後、兄弟誌の『CONTINUE』でも同時連載。同コラムと書きおろし短篇を収めた同タイトル著書『残機1』にて、作家デビューを果たす。

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