40代で直面する心身の変化や日々の悩みを細やかにすくい上げ、連載開始時から共感の声が絶えない話題のコミック『あした死ぬには、』が、このたびついに完結。最終巻(第4巻)の発売を記念して、スペシャル記事をここに連続配信いたします!
第1弾となる今回は、第2巻に収録されたよしながふみさんと著者の雁須磨子さんによる貴重なロング対談の一部を特別公開! 出会った10代の頃から40代の現在に至るまで、互いに友情と敬愛をもちながら、長くあたたかなおつきあいを続けてこられたお二人。対談前編では、『あした死ぬには、』のよしながさん的読みどころをたっぷりご紹介。共感&発見でいっぱいの抱腹絶倒トーク、どうぞお楽しみください!(一部ネタバレを含みます、ご注意ください)
他人事じゃない
よしなが(以降、「よ」) (おもむろに『あした死ぬには、』を開いて)この本奈さんが寝坊する話、もうつらくてですね…。他人事じゃない感じがして。すごく昔なんですけど、私同人誌のイベントをすっぽかしたことがあるんです。売り子さんが「どうしましたか?」って電話をかけてきて、うわーってなって。
雁 ああ~。それは疲れてたんですか?
よ 手帳に書いていたんですけど見返してなかった。私がすっかり忘れちゃってたから本自体も届いていなくて……。私にとってはそれが自分が歳をとったっていう自覚をした初めての出来事だったんです。若い時は手帳なんか見なくてもちゃんと色々覚えていたのに手帳に書いていたにもかかわらず今の私は忘れちゃうんだと思って。(マンガをさして)まさにこういう感じでした。消えてしまいたい。
雁 私もやっぱり本当にそういうことがありましたね。30くらいの頃。仕事の打ち合わせを忘れて、鷹揚な方だったのでなんとか許してもらったんですけど。私はもともと記憶力が割とよくて、ずっと手帳がいらないタイプだったんです。最近はもう手帳につけてても忘れるので、携帯のアラームが鳴ってくれないと(笑)。
よ わかる。あ、あとこの本奈さんが久しぶりに友達と会う回が私は好きです。友達からのお手紙もいい感じで。字といい、雰囲気といい。久々に会った友達がお母さんなんだけどあんまりお母さんお母さんしてない感じもすごくリアルだなあって。昔の友達と会うと、やっぱり昔の感じになりますよね。
雁 なりますね。私、昨日久しぶりに『愛すべき娘たち』を読み返してたんです。あの中に中学校の同級生の女の子たち3人の話が出てくるじゃないですか。中学の時にいろんな男女平等の話とかしていた子たちが、大人になってなかなか思っていたようにはいかなくて……っていう。若い頃に読んだ時はあの話のオチに「あ、このまま終わるんだ」って驚いた覚えがすごくあって、「つらい」って思ったことがあったんです。だけど、今ちゃんと読み返したら「全然つらくない。優しいな」って。よしながさんのマンガのすっと終わる感じが。
よ 同級生からハガキがきて、一番へろへろしていたやつが一番ちゃんと暮らしているっていうことがわかってうれしいっていう話ですよね(笑)。そのことに瞬間救われたかもしれないけど、別に自分の辛い仕事の状況とか先の見えない不安は何も変わらないっていうオチだったような気がする。
雁 そう。あの話を今読んだら、無理にオチをつけない方が素敵なんだなって思ったんです。同じような考えを持った人がこの話を読んだら、きっとすごく救われたり楽になるだろうなって。眼帯をつけていた同級生について、大人になってから彼女は家に問題があったのかもしれないって思い当たるシーンもあるんだけど、その事情に細かくは触れていかないところもすごく好き。
よ あれはなんか願望。幸せになってほしかったから。現実だと難しいかもしれないけど、でも幸せになって!って思って描いた。
雁 そうですよね。
久しぶりの友達からの連絡
よ 『愛すべき娘たち』で描いたような同級生からのハガキを、私本当にもらったんです。『西洋骨董洋菓子店』で賞をいただいた時に、ちょうど30歳くらいの頃だったんですけど、新聞か何かに記事が載ったのを見て友達が「おめでとう」って突然ハガキをくれたの。
雁 学校の時の友達?
よ うん。マンガとほぼ同じ文面で、「高校の時一生懸命男女平等の話とかしたようにはうまくいってないけど、それでもなんとか仕事は辞めないでがんばってるよ」みたいなことが書いてあって。なんか涙が出そうになるほど嬉しくてね。きっと若気の至りみたいなことも言ってただろうに、そんな昔のことちゃんと覚えててくれて真面目に受け止めてくれてたんだなあって。
雁 優しいハガキですね。そういう会話ってやっぱりずっと覚えてますよね。
よ あ、でもこの話には愉快なオチもあって。すぐに連絡して会ったら、彼女は単に藤木直人さんのすごいファンで、『西洋骨董洋菓子店』のドラマの裏話を聞きたかったっていう(笑)。
雁 ウィンウィンじゃないですか(笑)。
よ ウィンウィンですよね。あの優しいハガキはそういう事だったんだって私もちょっとほっとして。すごく嬉しかったです。『あした死ぬには、』で本奈さんに手紙が届いたみたいに、雁さんもこういうことあったりした?
雁 私は割と自分が連絡をするほうです。なんでかよくわからないんだけど、節目節目に小中学校の時の同級生たちに会いたくなるんですよね。急に電話をかけて、「明日が結婚式なの」って言われてウソーと思ったり、……宗教と間違えられたり(爆笑)。
よ 急に連絡するから(笑)。
雁 なんか、ふっと思いつくんですよ。「会うまですごく怖かったの~、何を言われるんだろうって思って」って言われたりして(笑)。学生の頃は、みんなとまんべんなく仲がいいタイプで、すごく仲いい子っていうのは特になかったから。
よ じゃあ本当に『あした死ぬには、』の本奈さんと塔子さんの間柄くらいというか。名字覚えてるかなっていうくらいの関係。
雁 私は密度より時間で攻めていくタイプなんだと思います。ずっと変わらない距離感で長くいられる人が仲いい人。10年ごとくらいになんとなく連絡してみたくなる時期があって、その都度そういうテーマのマンガは描いてて。急に昔の友達に会いに行ってどうこうするみたいな話は割と好きなんです。最近だと、ちょうど『あした死ぬには、』を描いている時に中学の同級生からメールが来ていることに気がついて。お正月に来たメールを夏返すみたいな感じで、連絡したら会うことになったんですね。おめかしして行ったら、向こうからさっぱりした昔と変わらない友達がやってきて「私気負ってた…?」って。
よ あ、私もやっぱりおめかしして行った! また、本奈さんみたいに外で働いている人ともマンガ家って違うスタンスじゃないですか。こんなことでもなければお化粧もしないし、ちょっとがんばりすぎるんだよね。
雁 どう思われるかってね。私は自分ではあまり変わらないと思っていて、意外と相手に対しても変わらない部分を見ちゃう。変わってたら変わってたでちょっと面白いですしね。
よ うん。だからやっぱり『あした死ぬには、』ではこのお友達と会う話がとっても心に残りましたね。すごく他愛ない話をしながら楽しいなあって思ってるじゃないですか。もう大爆笑みたいな話をする必要は全然ないのよね。
雁 あの人どうしたの、って思い出話だけで3日ぐらいは費やせる(笑)。
よ この「20歳の男に言い寄られたら多子ちゃんならどうするみたいな……」って言われた時の本奈さんの顔も好きなんです。「な」っていう(笑)。
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対談の後編は10月11日(火)より配信。『あした死ぬには、』スペシャル記事は火曜日・金曜日に集中配信中です!
完結巻『あした死ぬには、』第4巻(雁須磨子・著、太田出版)は、10月14日より全国書店・通販サイト・電子コミックストアにて順次発売。A5判・160ページ、1,320円(本体1,200円+税)。発売日からはプレゼント企画も開催予定ですので、どうぞお見逃しなく。
『あした死ぬには、』お試し読みはこちら。
筆者について
よしながふみ
東京都出身。『月とサンダル』(芳文社)にて商業デビュー。2002年、『西洋骨董洋菓子店』(新書館)が第26回講談社漫画賞少女部門受賞。2004年から2020年まで連載された『大奥』(白泉社)で、第13回手塚治虫文化賞マンガ大賞や第42回日本SF大賞など多数の賞に輝く。その他、『こどもの体温』『フラワー・オブ・ライフ』(ともに新書館)『愛すべき娘たち』(白泉社)『愛がなくても喰ってゆけます。』(太田出版)など著書多数。現在、ドラマ化、映画化された『きのう何食べた?』(講談社)を連載中。
雁須磨子
かり・すまこ。福岡県出身。1994年に『SWAYIN' IN THE AIR』(「蘭丸」/太田出版)にてデビュー。BLから青年誌、女性誌まで幅広く活躍し、読者の熱い支持を集め続けている。2006年に『ファミリーレストラン』(太田出版)が映像化。2020年、『あした死ぬには、』が第23回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。『幾百星霜』(太田出版)、『どいつもこいつも』(白泉社)、『感覚・ソーダファウンテン』(講談社)、『うそつきあくま』(祥伝社)、『ロジックツリー』(新書館)など、著書多数。