なぜ、いま、「宗教2世」なのか?

学び
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2022年11月25日に緊急出版された荻上チキ編著『宗教2世』。本書に掲載されている「社会調査支援機構チキラボ」による宗教2世当事者1131人へのアンケート調査は、NHK・日テレ・TBS・テレ朝・朝日新聞・毎日新聞・読売新聞など各メディア、そして国会でも取り上げられて話題となった。2022年12月に発表された「新語・ 流行語大賞」には、「宗教2世」がトップ10に選出され、授賞式には本書の編著者・荻上チキが登壇している。なぜ、いま、本書が書かれなければならなかったのか。なぜ、「カルト2世」ではないのか。親子問題と宗教2世問題は、何が違うのか。「宗教2世」という言葉からひも解いていく。

 

「宗教2世」とは何なのか。「カルト」と「宗教」の違い

まず、本書で扱う「宗教2世」という言葉について触れておきたい。

この言葉は、文字通り読めば、「宗教を信仰している親・家族の影響のもとで育った者」を指す言葉である。この場合の「宗教」とは、広くは伝統宗教も新宗教も含まれるはずだ。

しかしながら、「宗教2世」という言葉は、一定の文脈のなかで用いられがちだ。家族が特定の宗教に関与していることにより、社会への適応が困難となってしまったり、教育や生活のなかで大きな影響を受けたりした場合などである。具体的には、集会への参加強要、自由恋愛の制限、過剰な献金などを通じた経済的苦痛など、当事者の人権問題として語られるような場面である。

だからこそか、この言葉は、新宗教の「2世」に用いられることが多い印象だ。たとえば実家が寺院の「檀家」などであったり、慣習的に法事などに参加してきたりしたからといって、自身が「宗教2世」であるという自覚を持つ者は少ないだろう。

研究などの分野では、かねてから「2世信者」という言葉も使われてきた。しかし実際には、子ども自身が「信者」であるかは別であることには留意が必要だろう。

たとえば、自身が一定程度の成長を経てから、親が特定の信仰を持つことで、「親の宗教」として認識しているケース。あるいは物心ついたときから親が信仰を持っており、子どもである自身もまた、「家の宗教」「自分の宗教」として認識させられてきたケース。「宗教2世」は、どちらのケースであれ、包括的に議論できる言葉となっている。

「宗教2世」という言葉を使うことについて、「なぜカルト2世という言葉を用いないのか」という疑問を抱く人もいるだろう。その理由を簡単に説明したい。

まず、「カルト」と「宗教」とは、異なる概念である。カルトという言葉は当初、「異端の宗教小集団」を表す言葉として用いられていたが、昨今では「セクト」という言葉と並び、「異端の集団」「狂信的集団」といった意味合いでも用いられることがある。

カルトは、しばしばマインド・コントロールなどを伴う、「集団健康度」の悪いグループであると位置付けられる。このような視点に立つと、「宗教カルト」に限らず、政治カルト、商業カルト、教育カルトなど、さまざまな分野でのカルト団体が存在することが分かる。

また昨今は、明確な「集団」でなくとも、あるいは権威あるリーダーや集団的なマインド・コントロールを伴わなくても、似たような異端信念を持つ人々が、全体として大きな「集合」となり、影響力を持つという現象も目立つ。

代替医療、歴史改竄主義、スピリチュアル、陰謀論。昨今では、過激派テロ組織、ネットを通じて広まった「Qアノン」もまた、「2世問題」を持ちうる。このようなものも含め、広く「カルト2世」や「異端信念2世」の問題を捉えることは、社会的に大きな意義を持つ。

他方で、「カルト2世」という言葉でくくることによって生じる問題もある。それは、「伝統宗教には2世問題がない」といった誤解を生みかねないことだ。「あたかも伝統宗教には問題がない、むしろ良いものだという価値観があることで、自分の葛藤が理解されにくい」というのは、2世の自助グループなどでもしばしば話題となっている。この点は、「カルト宗教2世」と言い換えても同様である。

「カルト宗教は問題だが、伝統宗教には問題がない」といった語りは、既存宗教が持つ教義や規範によって葛藤した信者の苦悩を見落としてしまうことにもなる。宗教を口実に、人権が制限されたり、厳しい宗教教育を受けたり、信者ではない周囲の人々との軋轢を味わうという体験は、伝統宗教の2世であっても持ちうる。

たとえば伝統宗教のなかでも、性愛などの価値について、保守的・抑圧的・差別的な価値を持つものが少なくない。実際、本書で扱う事例のなかには、伝統宗教であっても、集会や政治応援などの活動を求められて困惑したり、差別的な経験を味わったりしたという2世の声がある。また、宗教そのものから特段の理不尽を感じなくても、出自や信心がゆえに、信者ではない周囲の人々とのコミュニケーションなどに苦労したという2世もいる。

「宗教2世」が抱える「親子問題」

また、宗教2世問題は、宗教そのものの問題というより、それを強制する「親」の問題なのだ、とする意見もある。しかし、宗教2世問題は、ほかの「親子問題」とは異なる一面も持つ。

多くの2世は、信仰を持つ親とだけ関わるのではなく、親以外の信仰集団とも関わることとなる。そこで交流する信者たちは、同じ教義を信じ、親と同様の価値観を持って、2世に接することとなる。2世は信者コミュニティに帰属することで、親以外からもさまざまな影響を受ける。信心について評価するような声掛けを浴び、時には同世代の子ども信者とも交友関係を持つ。その分、信者コミュニティ以外の友人らと、ネットワークを築く時間が制限されることも起こりうる。

また、親の宗教教育に疑問を抱いたとしても、宗教コミュニティに所属するほかの信者から、励ましや説得を受けることによって、自分が得た違和感が無効化されることも起こりうる。このように、宗教2世問題は、家族問題としてのみならず、帰属する(させられた)コミュニティの問題とも関わることにもなる。

社会問題や事件は、複合的な要素で成り立っている。そのうち、何をどのようにくくり、いかに語るか。問題意識の持ち方によって、「名付け」の仕方も問われてくる。

たとえば、ほかにも「2世問題」という言葉ではどうか。確かにこのフレーズは、より幅広い当事者を含めるものである。より包括的な議論を行うことが可能だ。ただし、その幅広さゆえに、「宗教」にまつわる特徴的な体験に絞った分析は厳しくなる。

このような前提を踏まえたうえで、本書は「宗教2世」の体験に焦点を当てている。これまで述べたように、幅広い宗教のもとでの2世体験を把握することによって、宗教に関する人権、特に子どもの権利を考えるためである。

もちろん、「宗教2世」とくくって語ることへの注意も必要だ。とりわけ無宗教であると自認する者の多い日本では、さまざまな宗教に対する偏見やスティグマ(社会的烙印)が存在している。「宗教2世の苦悩」を語るとき、「あらゆる宗教は有害であり、あらゆる2世は苦悩を抱いている」といった誤解を招かないように注意しなくてはならない。

それは、それぞれの宗教に関わり続けたいという「信仰への自由」を守るためだけでなく、宗教から脱したいという「信仰からの自由」を守るためにも、重要なことだ。もし社会に、宗教2世へのさまざまな偏見が強く存在していれば、脱会したいと考える者や、理不尽な宗教教育について相談したいと考える者にとって、社会とつながることをためらわせることにもなるだろう。

宗教全般に対するレッテル貼りなどには反対の立場をとること。信仰の自由を社会として認めること。そのうえで、差別的な教義に対しては異論を述べること。反社会的な振る舞いを行う団体に対して、政治的な対処を求めること。これらはいずれも、同時に目指すことができるはずだ。

さらには、現職議員を銃撃するという暴力を批判すること。これまで可視化されてこなかった問題に目を向けること。これらもまた、併せて議論することが可能である。

奇しくも昨今、「毒親」「親ガチャ」といった言葉で、出生時の環境によって、人生の多くが左右される不公正さに焦点が集まっている。そこで本来なされるべきことは、「どのような家庭に生まれようと、公的な政策によって、不幸が最小化され、あらゆる権利が満たされること」であろう。

人は、人に似せて、神を作った。
人は、世界に納得するために、神話を作った。

神のために人がいるのではなく、人のために宗教が作られた。このことを忘れてはならない。人の幸福追求のための手段として設けられた宗教が、人を、とりわけ子どもを不幸にするような出来事が、相次いでいるならば。そのような不合理は、改められなくてはならない。

どこに生まれても、どのような状況になっても、なんとかなる社会。困り事を抱えた人が、何かにだまされる必要なく、支援につながる社会。親や家族に問題があっても、子どもを直接支えることも可能な社会。こうした議論に踏み込むには、さまざまな社会制度の改善が必要である。

本書に集まった、宗教2世たちの声。その背景を分析する、専門家らの知見。これらは、今後の社会作りを進めるための、欠かせないものであると確信している。

* * *

本書『宗教2世』(2022年11月25日発売)では、TBSラジオ「荻上チキ・Session」の全面協力のもと、選べなかった信仰、選べなかった家族、選べなかったコミュニティ、そして社会からの偏見に苦しんできた2世たち1131人の生の声を集め、信仰という名の虐待=「宗教的虐待」(スピリチュアル・アビュース)の実態に迫っています。

また、12月23日(金)には、『宗教2世』(太田出版)刊行記念 荻上チキ×松本俊彦トークイベント 「『宗教と依存』――カルトを渡り歩く人たち」が開催。精神科医の松本俊彦さんと本書の編著者であるチキさんが、「宗教と依存」というテーマで語り合います。ご来店、またはオンラインでご参加可能です。詳しくは、Peatixイベント案内ページよりご確認ください。

【イベント&オンライン(Zoom)】『宗教2世』(太田出版)刊行記念 荻上チキ×松本俊彦トークイベント 「『宗教と依存』――カルトを渡り歩く人たち」
11月25日に刊行の荻上チキ編著『宗教2世』。本書に掲載されたチキさんが所長を務める「社会調査支援機構チキラボ」の宗教2世当事者1131名への大規模調査は、各メディアで話題とな...
緊急出版!荻上チキ編著『宗教2世』特設サイト - 太田出版
信仰という名の虐待=宗教的虐待の実態に迫った「宗教2世問題」決定版。TBSラジオ「荻上チキ・Session」協力のもと刊行!

筆者について

おぎうえ・ちき 1981年、兵庫県生まれ。評論家。「荻上チキ・Session」(TBSラジオ)メインパーソナリティ。著書に『災害支援手帖』(木楽舎)、『いじめを生む教室 子どもを守るために知っておきたいデータと知識』(PHP新書)、『宗教2世』(編著、太田出版)、『もう一人、誰かを好きになったとき:ポリアモリーのリアル』(新潮社)など多数。

  1. 「え? 撃たれた? 誰が……安倍?!」――緊急出版『宗教2世』より「はじめに」をまるまる公開!
  2. なぜ、いま、「宗教2世」なのか?
  3. 証言 宗教2世はどうサバイブしてきたか?
  4. 宗教2世が経験する、体罰や価値観の強要
  5. 2世たちの、その後
『宗教2世』試し読み記事
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