日本の女性と家族、仕事と恋愛、幸せのかたちを描いてきたNHK「連続テレビ小説」(通称「朝ドラ」)。1961年度の誕生からこれまで、お茶の間の朝を彩ってきた数々の作品が、愛され、語られ、続いてきたのには理由がある。はたして「朝ドラっぽい」とは何なのか?
『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版刊)では、エンタメライターで「朝ドラコラム」の著者・田幸和歌子が、制作者のインタビューも踏まえて朝ドラの魅力に迫っています。
ここでは、その一部を特別に紹介していきます。(第2回目/全6回)
パッチリ目、中背、セミロングのタヌキ顔?
約50年もの歴史の積み重ねによって、私たち日本人の中には「朝ドラ的」な作品、「朝ドラ的」なヒロインというイメージが積み上げられてきている。
たとえば、明るく愛嬌たっぷりの『おはなはん』だったり、過酷な運命に負けず、耐え忍ぶ逞しさを持つ『おしん』だったり、古いしきたりの中で、家族のために身を尽くす『澪つくし』だったり、「太陽の陽子」がすべてを照らすヒロイン至上主義の『おひさま』だったり……。
「朝ドラ」的イメージが作り上げられる一方で、ときには「非・朝ドラ的」と呼ばれる、後ろ向きな主人公が登場する『ちりとてちん』が、一部から熱狂的支持を得たりするという現象も起こる。ここ2〜3年でも、『ゲゲゲの女房』『カーネーション』という「朝ドラヒロインっぽくない」女性を軸とした異色のヒット作が生まれている。
では、そもそも「朝ドラっぽい」とはいったい何なのだろうか。それを考えるときに、興味深い存在なのが、2012年3月末に2や連続で放送されたスペシャルドラマ『朝ドラ殺人事件』だ。本物の「朝ドラ現場」を舞台にし、朝ドラ現場に幽霊がいて、撮影ができないということから、「幽霊対策室」を作って幽霊を成仏させようというストーリーだったが……。NHKドラマ番組部のチーフプロデューサー・遠藤理史さんは、次のように語ってくれた。
「『朝ドラ殺人事件』には、本物の朝ドラ現場が出るだけでなく、架空の朝ドラヒロインや、架空のヒロインのお父さん、お母さんがセット上で芝居しているんですが、彼らが何者であるかをドラマ内で説明している時間はないので、演じるのは『見るからに朝ドラヒロインっぽい』『見るからにヒロインのお父さん、お母さんっぽい』人じゃなきゃダメなんですよ。
そこで、いろんな事務所に『朝ドラのヒロインっぽい子いませんか?』とお願いしてプロフィールを集め、局内の通りすがりの人たちに『誰が朝ドラヒロインっぽい?』と聞いたところ、8人中7人が同じ子を指さしたんです。
言語化しにくいんですが、『いかにも』なんです。あえて言語化するなら、大雑把にいうと……タヌキ顔なんですよね。井上真央さんが、直球ど真ん中。背は高からず低からず、目はパッチリで、口は少し大きめで、肩より少し下ぐらいのロングヘアが似合う感じ。可愛いけど、色気はありすぎない。モデル顔みたいに美人すぎない。
もうひとつ言えるのは、『女性に嫌われない』ということもあるかも。朝ドラ視聴者は圧倒的に女性が多いので、女性が観たくないと思うと、逃げられてしまうということはあると思います」
「朝ドラヒロイン」の象徴的存在であり、今日に続く「朝ドラヒロインっぽい顔」のきっかけとなったのは、現在の朝ドラスタイル「女性の一代記」を確立させた第6作のヒロイン『おはなはん』の樫山文枝だろう。
「Views」(1993年7月14日号)の「朝の時計代わり NHK『連続テレビ小説』50作記念! 『娘と私』北林早苗から『かりん』細川直美まで ヒロイン50人の顔と時代」において、コラムニストの泉麻人がこんな指摘をしている。
全体の印象からいうと、NHKくささというか、優等生的な顔が多い。都立高校のマジメな生徒会長、というよりは実力ナンバー2の書記長タイプの顔。きれいなんだけれども、スレていない顔だ。いわゆるマジメな美女という雰囲気の方がずっと朝のヒロインの役を張ってきた。(中略)
『Views』(1993年7月14日号)
典型的な生徒会の書記長顔というと、第6作目の『おはなはん』の樫山文枝、第9作目の大谷直子だ。
朝ドラの歴代ヒロインは『朝ドラヒロインは本当に「明るく」「前向き」?』の項をご覧いただきたいが、『おはなはん』の樫山文枝から、『おひさま』の井上真央に至るまでの「王道の朝ドラヒロイン顔」のほかに、時代時代で「朝ドラっぽくない顔」のヒロインも多数登場している。
たとえば、「王道ヒロイン」が「タヌキ顔」とすると、大きく異なるのが、キツネ顔代表とも思える『おはようさん』(1975年)の秋野暢子や、『鮎のうた』(1979年)の山咲千里だろう。従来のヒロインよりもロリータ系の個性派だったのが、『水色の時』(1975年)の大竹しのぶだ。また、内容のドタバタコメディぶりも手伝ってか、「おとなしめのお嬢さん」を大きく逸脱したヒロインと言われるのが、浅茅陽子が飛行士を演じた『雲のじゅうたん』(1976年)。
その後、ユニチカのマスコットガール出身の紺野美沙子(『虹を織る』/1980年)や手塚理美(『ハイカラさん』/1982年)が朝ドラヒロインを務めるようになり、東レ水着キャンペーンガール出身の山口智子(『純ちゃんの応援歌』/1988年)、モデル&カネボウ水着キャンペーンガール出身の鈴木京香(『君の名は』/1991年)、旭化成水着マスコットガール出身の松嶋菜々子(『ひまわり』/1996年)などの「モデル&キャンギャル出身」がひとつの路線となった。他に、斉藤由貴(『はね駒』/1986年)や、荻野目洋子(『凛凛と』/1990年)などのアイドル歌手出身路線もわずかだが、存在している。
先述した『Views』(1993年7月14日号)の「ヒロイン50人の顔と時代」では、泉麻人がヒロインとして成功した人・しない人について、次のように分析している。
(1985年のヒット作『澪つくし』を取り上げ)主役のかをるを演じた沢口靖子は、樫山文枝とは顔形も変わってはいるけれども、朝のヒロイン的保守性をいまに残している。だから、朝のドラマの歴史でいうと後期の樫山文枝的存在なのだ。(中略)
『Views』(1993年7月14日号)
沢口が化粧品の宣伝をやったけれども、あれをみていても何か昔の食卓のイメージがする。要するにちゃぶ台があって、みそ汁の匂いがプーンと漂ってくるという当初の朝のドラマのイメージ。化粧品のCMを見ても画面の下に8・15と時刻が打たれてしまうような雰囲気なのだ。(中略)
朝のヒロインとして成功する顔というのは、細面よりは丸顔。どこか頼りなげがいい。
ところで、「朝ドラヒロイン」と聞いて思い浮かべるものには「明るく」「前向き」という言葉を挙げる人も多いと思う。最近では、そんな世間的イメージをコントにした、「アロハ」というお笑い芸人の「朝ドラ風女子海空花子」なんてネタまである。
「一瞬一瞬を全力で(笑顔)! 海空花子ですっっ!」
「(膝を抱えて)うちはだるまや! 転んでも起き上がる!」
「東京の洗礼を受けました(大の字に寝る)」
実際に「うちはだるまや!」なんて言う朝ドラヒロインを見たことがあるわけではないし、「海空花子」なんて人もいない。にもかかわらず、朝ドラをそれなりに観てきた人には、この暑苦しいほどに真っ直ぐな、ちょっとズレたポジティブヒロインが、「朝ドラ」であるというのは、すぐに頷けてしまうのではないだろうか。丸顔で目がパッチリ大きく、少しふっくらしていて、やや野暮臭い純朴な女性のルックスからして、なんとなく「朝ドラ風」である。
実際、コント番組で披露されたとき、朝ドラ出身女優・本仮屋ユイカが、「朝ドラってああいう風に映ってたんですね……」と悲しげに呟く姿も見られた。
様々な時代の様々な女性を描いてきたにもかかわらず、「朝ドラの王道ヒロイン」とイメージされるもの。これはいったい何なのだろうか。ひとつには、今の朝ドラスタイルを確立させた、草創期の爆発的ヒット作『おはなはん』に端を発する「ちょっとドジ」&「明るく前向き」という“少女マンガ”的ヒロイン像が挙げられるだろう。あるいは、昔の少女マンガヒロインが、「朝ドラヒロイン」的だったというほうがいいのかもしれない。というのも、詳しくは第5章「朝ドラのはじまり」で後述したいが、『おはなはん』と類似点が多い『はいからさんが通る』の場合、マンガの連載時期が『おはなはん』放送時よりだいぶ後であること、『おはなはん』には実在の人物がモデルとして存在していたことから、『おはなはん』の影響を受けたのではないかと推察されるからだ。
草創期の朝ドラヒロインの描き方については「ホームドラマ」的だという指摘を、日本マス・コミュニケーション学会で発表された論文「NHK 朝の連続テレビ小説に対する一考察──類型化された女性像:朝ドラのヒロインはどのように描かれているのか」(黄馨儀)の中に見ることができる。
夫の死後、女医に挑戦し、助産師の試験を受けるおはなはん。息子が病気になり、三雲に求婚され、好きな気持ちはあるものの、断るという展開がある。
はなは「私は、私の一生を、子供のために使うことにしました」といい、子供のため、母として生きると決意し、三雲の求婚を断り、学校も辞めることにした。ここでは、主人公が冒険と成長を達成しないまま破綻し、子育てと家庭へ回帰を選んだことがわかる。
「NHK 朝の連続テレビ小説に対する一考察──類型化された女性像:朝ドラのヒロインはどのように描かれているのか」(黄馨儀)
「ヒロイン」は人生のすべてを妻として、母として、夫と子供に捧げるように設定されている。
『おはなはん』の演出を手掛けた齊藤暁さんは、次のように語っている。
「昭和40年(1965年)頃は、女性の社会進出が多くなってきた時代で、若い女性がどんどん社会に出て頑張る姿に『ヒロインを応援したい』という気持ちが重なり、ちょうど時代とマッチしていたのではないかと思います」
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※この続きは、本書『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(田幸和歌子・著)にてお読みいただけます。
※本書では、他にも最高視聴率62.9%の”お化け番組”『おしん』の大ブームや、『ゲゲゲの女房』で挑んだ大変革、朝ドラの「職業」の変遷、新人女優の”登竜門”ヒロインオーディションについてなどを朝ドラの人気を紐解くエピソードを多数収録しています。『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(田幸和歌子・著)は、各書店・電子書籍配信先にて大好評発売中です!
筆者について
たこう・わかこ 1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。『日経XWoman ARIA』『通販生活web』でのテレビコラム連載のほか、web媒体などでのドラマコラム・レビュー執筆や、週刊誌・月刊誌での著名人インタビュー多数。エンタメ分野のYahoo!ニュース個人オーサー、公式コメンテーター。
かり・すまこ。福岡県出身。1994年に『SWAYIN' IN THE AIR』(「蘭丸」/太田出版)にてデビュー。BLから青年誌、女性誌まで幅広く活躍し、読者の熱い支持を集め続けている。2006年に『ファミリーレストラン』(太田出版)が映像化。2020年、『あした死ぬには、』が第23回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。『幾百星霜』(太田出版)、『どいつもこいつも』(白泉社)、『感覚・ソーダファウンテン』(講談社)、『うそつきあくま』(祥伝社)、『ロジックツリー』(新書館)など、著書多数。