第一章・合同企業説明会/『就活闘争20XX』刊行記念 冒頭無料公開②

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こんな地獄を乗り越えないと就職できない世の中、間違ってないか――?

20XX年の近未来、「ウルトラベビーブーム世代」の大学生たちが、今とは比べ物にならないほど激化した就職活動に挑む――

3月26日(火)に太田出版より刊行される佐川恭一『就活闘争20XX』。OHTABOOKSTANDでは本書の発売を記念し、ひと足先にプロローグ〜第二章までを全三回にわたって無料公開。

第二回は、第一回から引き続き第一章「合同企業説明会」の試し読み。就職活動に熱が入っていない京都大学三回生の主人公・太田亮介。同志社大学の友人・小寺に背中を押され、京セラドームで行われる合同企業説明会に来た主人公・太田を待ち受けていた光景とは…!? 至高の“就活エンターテインメント”をお楽しみください。

第一章 合同企業説明会②

 待ち合わせていた大阪環状線の大正駅で会った小寺は、四か月前に高校の同級生で集まって飲んだ時とは雰囲気が変わっていた。長めに伸ばしていた髪は短髪になり、心なしか目つきが鋭くなっている。服装は濃紺のスーツに黒の革靴、鞄もビジネスバッグを用意してきたようだった。対する太田はいつも着ているシャツに紺のカーディガン、ズボンはチノパン、靴はスニーカー、鞄はリュックだった。

「お前、服装自由って書いてたけどそんなバチバチでいくん?」

「当たり前や。もう戦いは始まってるんやからな。合説ぐらいって気ぃ抜いたらあかんぞ」

「すごい気合やな……」

「ただ、お前みたいにあえてラフな格好を選ぶっていう戦略もあるやろうな。初期段階ではそうやってリラックスしてますよっていう大物ぶりを見せていくのも手かもしれん。お前も考えたな」

「いや、何も考えてへんねんけど……まあ行こうか」

 会場に着くと、その周囲に就活生らしき人間がウヨウヨしていた。するとその一部から大きな歓声が上がった。そこを見に行くと、なんと火のついた棒と球を高速回転させながらブンブン振り回すパフォーマンスをしているスーツ姿の男がおり、太田も小寺も思わず見入ってしまった。五分ほどしてパフォーマンスが終わると大きな拍手が起きて、男は「ありがとうございました!」とニコリと笑い、まだ熱そうなその道具を黒い袋に入れて、ビジネスバッグに突っ込んだ。太田が「すごい奴もいるもんやな、何がしたいんかわからんけど。とにかく目立ちたいだけか?動画でも撮ってたんかな?」と疑問を投げかけると、小寺は「やられた!」と叫んだ。

「何がやられてん?」

「今の盛り上がりで、ドームから各企業の採用担当がチョロチョロ出てきてチェックしとるぞ。あいつ、最初からそれ狙いやったんや。僕はこんな大勢の前で難易度の高いパフォーマンスを平常心でやれますっていうアピール、つまりパワポでプレゼンなんてお茶の子さいさいですという暗黙のメッセージやったんや!」

「そうなんかなあ……」

 首を傾げる太田に小寺は突然バッグを預け、「同志社大学、小寺正紀!シャドーボクシングします!」と言い放った。小寺は同志社でボクシング部に入っていて公式戦では八戦八敗だったが、まあそのへんの素人に喧嘩で負けることはないぐらいにはちゃんと練習していた。しかし小寺が「シッ、シッ!」と言いながらパンチを出したりダッキングやウェービングといったボクシングの動きをやってみせても、それに注目する人間は皆無だった。まあ普通よりはすごいのかもしれないが、正直インパクトはなかった。周りを見てみると、企業の採用担当らしき人たちも姿を消している。

パシィ‼

 そのとき、破裂するような音がして振り返ると、太田のシャドーを素手で止めているガタイの良い男がいた。見ると「10」と書かれたシンプルなラガーシャツを着ている。

「なんだテメェ?」

 小寺が凄んだが、男はそれを見てフッと笑った。

「こんなところで貧弱なシャドーをやっても何のアピールにもならん。他の就活生の邪魔になるだけだ」

「なんだとコラ?てめぇ誰なんだよ?」

「早稲田大学スポーツ科学部三年生、ラグビー部の松尾剛だ」

「早稲田のラグビー⁉」

「ああ。もうこんなとこでチョロチョロするんじゃねえぞ」

 松尾はそう言って会場の中へ入っていった。太田はその剣闘士スパルタクスを思わせる大きな背中を見て、もはや逆に笑ってしまいそうだった。

「いや、あれすごい背中しとんな。ていうか早稲田って、わざわざ東京からこっち来とるん?」

「アホかお前は。もう東京は人口過密で大気汚染やら物価高騰やらですっかりダメになって、大企業の本社はだいたい大阪に移転しとる。何年も前から就活の中心地は大阪やねんぞ」

「え、そうなん⁉」

「そうや、せやから昔ならMARCH(注・受験においてだいたい同格とされる明治大学・青山学院大学・立教大学・中央大学・法政大学を指す。私立大学では早慶上智の次のラインに来る大学群。諸説あり)に行ってたような関東人が、就活を睨んでわざわざこっちの関関同立(注・受験においてだいたい同格とされる関西学院大学・関西大学・同志社大学・立命館大学を指す。レベル感はMARCHと同程度である。諸説あり)に来るようになってるんや。そんくらい調べとけ。しかしあいつ、早稲田のラグビーとなると強敵やぞ。結局仕事っていうのはな、体力があるやつが勝つ。多少事務処理能力やら頭のキレで劣ってても、ほんまに過酷なデスマーチを乗り切らなあかんって時に、最後に勝つのは体力のあるやつなんや。ああいう見るからに体力のあるラグビー部、しかも早稲田ときたら相当レベル高いぞ」

「へー……」

 太田は受験時代の名残で、京大が早稲田に負けることはまずないだろうなどと思っていたが、頭の中で集団面接を思い浮かべ、松尾と自分が並んでいるところを想像すると、どう考えても松尾を採用するだろうと思った。小寺にしても、同志社でのしっかりとしたボクシング経験がある。それに対し、自分は京大合格に照準を絞り他のことをしなかったのでスポーツ経験もなく、大学に入ってからも漫然と日々を過ごしてきた。アピールするポイントも何もない。これは相当がんばって戦略を練らなければお話にならないかもしれない……

 太田と小寺が会場内に入ると各企業のブースがずらりと並んでおり、そのほとんどが活気にあふれている。太田は思わずしり込みし、あまり学生の来ていない不人気企業で肩慣らしをしようと提案したが、小寺は「そんなとこ行ってる時間ないぞ。ほんまに入る気のある一定レベル以上の企業の名簿に名前書いていかなあかん」と言い、まずZ社のブースへ行こうとしたが、あまりにも混み合っているのでギガバンクと呼ばれる大銀行のブースへと向かった。20XX年では銀行の統廃合がさらに進んで、小さな銀行は大きな銀行にどんどん吸収され、メガバンクが二行、ギガバンクが二行という体制になっている。ギガバンク二行が合併しテラバンクができるという噂も絶えない。

 ギガバンクのブースではテーブルの向こうに採用担当が座っており、「灰皿チャレンジ」という催しが行われていた。ギガバンクでは富裕層に金融商品を売りつけまくるノルマがめちゃくちゃに課されるということが明らかになっており、ギガバンク側でももはやそれを隠していない。客に灰皿を投げつけられることもよくあるのだ。ちなみに20XX年には電子タバコから紙タバコへの逆行が起きており、また喫煙率も上がってきているため、昔ながらの灰皿が置いてある家庭も多い。「灰皿チャレンジ」は、就活生が灰皿を投げて、百戦錬磨の行員に当てることができるかというものだった。ここで少しでもインパクトを残そうと、就活生たちは次々に灰皿を投げるが、行員はおそろしいほどの反応速度でそれをかわし続ける。しかも、かわしながらしゃべり続けている。

「いいですか、灰皿を投げてくる客というのは、良い客です! 想像してください、もしあなたが頭に血が上って灰皿を投げてしまった後、どう感じるか? ああ、灰皿を投げてしまったなあ、悪いことをしたかもしれないなあ、という反省の念が湧いてくるでしょう。そこがビジネスチャンスなのです! このチャンスをいかすためには、灰皿に当たってしまってはいけません。なかには大きなガラス製の、非常に危険な灰皿を投げてくる客もいますから、それに当たって大けがをしてしまっては、その後の商談はままなりません! 軽い灰皿ならけがをしない程度に当たりに行く、というテクニックも使えますが、基本的にはかわすこと。それも、大外しではない程度の、当たるか当たらないかというところでかわすことが重要です。大外しは、相手に恥をかかせてしまいますから。とんでもないノーコンでないかぎりは、当たるかどうかぎりぎりのところを見極めて身体をすばやく動かしてください!」

 もはや行員の動きは人間のものとは思えない。まるで流れる水のようになめらかな動きで、すべての灰皿を面白いようにかわしていく。その姿に就活生たちは沸き立つ。「ギガバンクヤバすぎるやろ!」「人間は訓練次第であれほどまでに成長できるのか……!」「内部で勝ち組と負け組に激しく分かれるっていうけど、挑戦する価値はあるかもな……」

 そうして無数の灰皿が飛び交う中、銀色の簡素な灰皿がひとつ、宙に舞った。それは綺麗な放物線を描き、ちょうど行員が他の灰皿をかわした瞬間、頭のてっぺんにカーンと当たって、そのまま転がり落ちた。

 行員はニヤリと笑いながら、「一人、私に見事灰皿を当てた人がいるようですね。今この灰皿を投げた人は挙手してください」と言った。

 すると、太田と小寺のすぐ後ろにいた男がスッと手を挙げた。メガネをかけ、細身のスーツを着こなしていかにも知的なオーラを噴出させている。

「君、名前を聞いてもいいかな?」

 行員がそう言うと、男は「東京大学法学部三年生、清水晃一郎です」と静かに答えた。

「チッ、東大か……」

 太田は思わず声を漏らしていた。京大生の太田に学歴コンプレックスはほとんどないが、家に金さえあれば東大に挑戦してみたかったというかすかな思いがあったことは否定できず、クイズ番組などで東大がフィーチャーされていると胸がムカムカしてくる程度には東大を意識してしまっていた。

「君はどうやって私に灰皿を当てたのかな?」

「簡単なことです。あなたは次々に飛んでくる灰皿を不規則に避けているようでいて、ある中心点を決めてサインカーブを描きながら、必ずそこに十秒に一度戻ってくるように計算していた。私はその点に向けて、タイミングを計って灰皿を投げただけです」

 すると行員は拍手をしながら「ご名答」と言った。

「君は見込みがあるね。どうだろう、うちの名簿にぜひ名前を残しておいてもらいたいのだが」

 行員はそう言うと、普通の名簿とは明らかに異なるバインダーに挟まれた真っ黒の紙と、金色のサインペンを清水に手渡そうとした。周囲の就活生たちは歯嚙みしていた。あいつ、合説でもうギガバンクの内定を取りやがった……

 しかし、清水は「結構です」と言ってその紙とペンを受け取らなかった。

「私はZ社以外に興味はありません。Z社のブースが混み合っているので、ひまつぶしに寄っただけです」

 その言葉に周囲はざわついた。小寺は「ギガバンクの内定をこんなに簡単に蹴る奴がいるなんて……」と震えていた。

「しかも、あんな言い方したらもう絶対に内定はもらえへん。Z社に落ちた時の滑り止めにする気すらないってことか……」

「まあ落ちる気がせんのやろな。そういう奴もおるってことや。でもそんなん、東大の中でもかなり上位層なんちゃうか?俺らは俺らで地道にやっていこうや」

「お、おう……」

 半ば戦意喪失した小寺を太田が励ます形になり、「何やねんコイツ……」と太田が思いながら他の企業を回っていくと、何十年も前にやっていた『学校へ行こう!』という番組の「未成年の主張」コーナーのように、就活生を集めて大声で何かを主張させている企業や、用意されたむちゃくちゃな内容の資料を元に、いかにもっともらしくプレゼンできるかという虚無プレゼン体験を実施している企業などがあり、太田はそれを見て小寺に「やってみるか?」と聞くものの、小寺は「いや、いい……」と元気がない。だんだん腹が立ってきて、「お前なあ、東大みたいなもんに何ビビらされてんねん!」と怒鳴った。

「東大ってお前、年間何千人受かってんねん!昔人気があったらしい、半分金髪半分黒髪のYouTuber がなあ、早稲田とか東大とか何万人もおるようなとこに行ってるやつを『すごい』なんて言うとるのは本物のアホやって言ったらしいわ。俺はその通りやと思うで、大学名だけでそんなビビる必要あるかい‼」

「でも、俺は真剣にやったけど東大より劣る京大にも落ちて、こうやって同志社行くはめになってしもたんや。やっぱり俺、根本的に間違ってるんちゃうやろか?」

「間違ってるって何が?」

「いや、もう受験のことはあきらめて同志社に通い続けてるわけやけど、やっぱこういうのって、なんぼ忘れようとしても一生消えへん傷として残ると思うねんな。今から仮面浪人して東大なり京大なり受けてみたほうがええかな?」

「アホかって!お前そんなんしとったら卒業する時何歳やねん!大体ほんまに受かるかどうかもわからんし。何十年か前の人も『置かれた場所で咲きなさい』とか言うてたらしいし、今の自分の環境を受け入れた上で最善を尽くせよ」

「うーん……」

「な?お前、仮面なんかして結局どこも受からんくて同志社留年してみ?もう手の施しようがないで。おっ、あそこ何かやってるぞ」

 太田はへこんだ小寺への対応がだるくなって目についたブースを指差した。そこにはボクシングのリングが用意されており、その上でスーツ姿の男たちがヘッドギアもつけずに殴り合っていた。近寄ってその企業を見てみると、超巨大商社W商事である。一体超巨大商社が何をしているのか?場を仕切っている商社マンはマイクを持って叫んでいる。

「お前ら、この大舞台で相手をブチのめしたら筆記は免除したる!うちの筆記は東大レベルや!その時点で八割の学生が落ちる!それを免除したる言うとんやから、どんどん参加してこんかい!」

 そうしてデカい声で学生を煽りまくる仕切り役商社マンの様子を、何やら別の商社マンが真剣なまなざしで撮影している。この映像を自社の宣伝にでも使うのだろうか、あるいは研修にでも使うのか? いずれにせよ逆効果にしか思えないが、ボクシングといえば小寺の出番である。

「お前、ボクシングでW商事の筆記免除やったら願ったり叶ったりやんけ! やってこいよ!」

「いや、でも俺公式戦は八戦八敗やし……どうせ勝てへんわ。それに、情けない負け方したらマイナス評価になるかもしれんしな……」

「アホかって!そもそもボクシング部入ってるってだけで素人には負けへんやろ?絶好のアピールチャンスやんけ!」

「お前なあ、よくわかってないかもしれんけど、ボクシングってプロやと十七階級あって、大体が二、三キロ刻みで分かれてんねん。それがどういうことかわかるか?わずか二、三キロ違うだけで、強さがまったく変わってくるっていうことやねん。俺は今六十キロしかない、減量とかはおいといて、単純に言えばこれはライト級ってことなんやな。そこに素人とはいえ多少動けるウェルター級とかミドル級のちょっと重い奴が来たら、苦戦必至や。しかも『ボクシング部です!』とか言いながら出て行って負けてみ?印象悪なって大減点やろ」

「ごちゃごちゃ抜かすなって!お前あんだけ意気込んどいてそれかい!ほなもうええわ。俺が出るわ」

「ハァ⁉お前、運動経験まったくないやんけ!」

「知らんがな。もしかしたらめちゃくちゃボクシングセンスあるかもしれんやろが。もしそうやったら就活なんかやめて格闘家に転向するわ。ほんで動画投稿とかも始めて企画いっぱい作って億万長者になって女優かアイドルと結婚するわ!」

「やめとけってお前!」

 小寺が止めるのも聞かず、太田は「はい! 次やります! やらせてください!」と手を挙げた。すると商社マンは、太田の貧弱な身体を見てそれまでの勢いを一転して失い、「君、ほんま? 大丈夫?」と聞いた。

「大丈夫です、やらせてください!」

「君、大学どこ?」

「京都大学です。文学部三回生です」

「京大? それやったら筆記受けたらまあいけると思うで。ていうか、筆記のほうがいけると思う。今日はやめとき?」

「いや、やります。やらせてください!」

 なぜか熱くなって引き下がらない太田。商社マンもその謎の熱意を否定するわけにもいかず、念入りなドクターチェックの後に太田はリングに上がった。その相手に選ばれたのは慶應大学のイケメンだった。

「僕は慶應義塾大学経済学部の三年生・風間亮です。去年ミスター慶應にも選ばれてます。格闘技経験はありませんが、まあがんばります」

「なんや、慶應か。もう一回言っといたるわ、俺は京大や。五教科七科目のな!」

「へえ。京大って慶應より賢いんですか?」

「は?」

「いや、僕ずっと東京にいて。なんか、京大って言われてもピンとこないんですよね。ちょっとダサいイメージがあるっていうか。普通に慶應のほうがカッコよくないですか?」

「……ええわ。お前殺したるわ。早く試合始めてください!」

 すっかりスイッチの入ってしまった太田。小寺がこんな太田を見るのは、京大二次試験直前に高校の教室で自習していた鬼気迫る姿を見て以来のことだった。
 
 ゴングが鳴って試合が始まるとともに、太田は猛ラッシュをかける。まったく基礎のなっていないケンカスタイルのパンチで、小寺は自分なら余裕で避けられると思うが、慶應の風間にはヒットしていた。風間にもまた格闘技経験がないのが見て取れた。風間はスタンディングでガードをしたままダウンを取られる。

「コラテメェ!そんなもんか東京モンちゅうんは!ガンガン殴ってこいや!殺し合いしようや!」

 風間がファイティングポーズを取って試合が再開されると、太田はまたラッシュをかけようとする。しかしそのとき、リングに黒服の男が三人上がってきて、太田を羽交い締めにした。

「な、なんやお前ら⁉」

 すると、身動きの取れなくなった太田を風間がボッコボコに殴りまくる。

「あぶぶぶぶ!おぶぶ!」

「ほらほら、さっきまでの威勢はどうしたんですか?」

「どうしたんですかってお前……おぶぶぶぶ!」

 風間のパンチ連打で太田の顔がみるみる腫れ上がる。そこでレフェリーストップがかかり、リング上でレフェリーが風間の腕を高々と突き上げた。

「勝者、慶應大学・風間亮!」

 太田は文句を言う前に黒服たちにリングから引きずり出された。風間の横にはバニースーツを着た胸と尻丸出しの激エロラウンドガールが立っており、楽しそうに記念撮影している。

「勝者には賞金十万円と、筆記試験免除特典が贈られます」

 そのアナウンスを聞きながらもう一度リングに上がってブチギレてやろうと思っていると、ラウンドガールが太田に寄ってきて、リングの上からニコリと笑って言った。

「無駄よ、相手が悪かったわね。あの子は内閣官房長官の息子なの。さっきの黒服は首相官邸に常駐しているSPの中でも選りすぐりの精鋭たち。今回はあきらめたほうがいいわ。それに、あなたなら筆記試験は楽勝でしょう?」

 激エロラウンドガールにそう言われると、太田もなんだか怒りの気持ちが収まってきて「わかりました……」と引き下がった。それにしても官房長官とは……そんな凄まじいコネ持ちとも戦わなければいけないなんて、就活とはどれほど恐ろしい世界なのだろうか?

「おい太田、お前すごかったわ。よくがんばった。パンチとか動きめちゃくちゃやったけど、やっぱ一番大事なのは気合やってことがよくわかったわ。俺もチャレンジしてみるわ!」

「おう小寺、その意気や!お前ならいけるわ。あの商社、筆記試験さえなくなったらライバルはぐんと減るやろ?やったらんかい!」

 小寺はリングに上がる。そこで準備運動をしている姿もやはり慣れているからかサマになっている。その相手としてリングに上がってきたのは、小寺と同じぐらいの体格の男だった。

「あ、法政大学三年生、岩井守です。よろしくお願いします!」

 礼儀正しく礼をし、小寺もそれに礼を返す。雰囲気からするとかなりの好青年で、就活でも爽やかに面接をクリアしていきそうな印象だ。太田はそういう爽やかで人から好かれそうでモテそうな人間が嫌いだったので、「足腰立たんようにしたらんかい!」と思っていた。

 ゴングとともに試合が始まると、岩井が始まりの挨拶としてか右手を伸ばしてきたので、小寺はそれに応えて左手を伸ばした。その瞬間、岩井はスッと身体を沈めて小寺の下腹部を強打した。

「ウゥッ‼」

 小寺からうめき声が漏れる。腹を効かされたというよりはローブロー、つまり股間をしばかれたのに近い感じだったので、小寺は試合中断をアピールしようとしたが、岩井はその前に猛ラッシュをかけて小寺をダウンさせてしまった。その時点でレフェリーは試合終了を宣言し、岩井のTKO勝ちとなった。

「ちょ、ローブロー入ってるって!」

 と小寺は抗議したが、W商事としてもこの規模の合説で一試合の判定にそれほど時間をかけている余裕はない。抗議はあっさり却下され、小寺はそのまま負けとなった。

「あの岩井って野郎、わざと反則してきやがった……ああ見えて手段を選ばへんタイプや。俺はちょっと就活をナメすぎてたかもしれん。何が何でも勝ち切るっていう強い意志が足りひんかった。自分がボクシング部やしいけるやろっていう気の緩みもあった。
改めて、就活は気を引き締めていかなあかんって気付かされたわ……」

 リングを降りた小寺がそんなことを言うので、太田は「いやいや、反則する方が悪いやろ!」と言ったが、小寺はそれほど腹を立てていない様子である。

「あいつにはいいこと教えてもらった。就活の心構えを変えるきっかけをもらった。それだけでもリングに上がった意味はあったわ」

 それを聞いた太田はふと、小寺が京大に落ちた時にも似たようなことを言っていたのを思い出した。

「大学には落ちたけど、京大受験には大きな意味があった。自分の限界と、今後の人生における戦い方の示唆を得た気がするわ」

 どうも小寺は、自分が傷つかないように現状を肯定する思考に流れる傾向があるな、と太田は思った。それは負け犬の考え方だ、受験は受かった方がいいし、就活だって内定した方がいい。太田とてそれほど勝ちにこだわるタイプではなかったが、小寺の態度、受験にせよ就活にせよ威勢よく首を突っ込んでおきながら、肝心なところで言い訳を用意して日和るというスタイルに苛立ちを感じた。

「いや、やっぱお前、負けたら意味ないで。『結果よりプロセスが大事』って言っとくほうが何か立派な人間って感じするけど、やっぱ負けたら意味ないんよ。だって、この就活で負けたらもう将来の年収も限られてくるやんか。小さい会社に入ってそこでメキメキ成長したって、大企業の窓際族に年収は負ける、そういう仕組みになってるわけやんか。俺はそれが正しい社会の在り方やとは思わんし、ここに来るまで就活なんてもんはアホらしいと思ってたけど、就活が大きな分水嶺として存在する現実が変えられへんのやったら、ここは一発、本気出して取り組むしかないんちゃうか?」

「うーん、まあ、確かに……」

「一緒にがんばっていこうや。俺も親からZ社受けろって言われてんねん。受かるわけないしどうでもいいと思ってたけど、とりあえず腹くくって本気で目指してみる気になってきたわ。お前もZ社は受けるんやろ?」

「受ける」

 小寺は顔を上げて、太田の目をまっすぐ見て言った。

「そうや、俺はZ社に入って、大学受験で俺を置き去りにしていったやつらを抜き返すんや。そう思ってたのに、いつの間にか俺は安全な道を行こうとしてた。いや、何か目が覚めたわ。お前とか就活じゃ役立たんと思ってたけど、連れてきてほんまよかった。
改めてよろしくな!」

 小寺が太田に手を差し出す。太田が「なんやそれ」と恥ずかしがりながらも、その手を一応握ろうかと思った瞬間、ドームの照明が消えて真っ暗になった。

「停電か?」

「なんやろな」

 小寺と太田が戸惑っていると、突然爆発音が鳴り響き、ドームの奥で火柱が上がった。そちらを見るといつの間にかステージが組み上がっている。その中央がライトアップされると、昨年グラミー賞を八部門受賞した誰もが知る世界的アーティスト、レディー・ビビが立っていた。

「Hello everyone in Japan! I love Japan. As you are right in the midst of job hunting, I’d like to offer my support.I would be delighted if my song could bring a little bit of energy and positivity to you!」

 レディー・ビビがそう言い終えると、ド派手な衣装を着たダンサーたちが次々に登場し、世界でMVが五百億回再生されたというキラーチューンのパフォーマンスが始まる。会場は熱狂の渦となり、小寺も思わず「スゲー!」と興奮していたが、音楽に興味のない太田は「しょーもな」と思っていた。その後も日本や韓国のアイドルグループが登場したり有名なモデルや人気YouTuber がファッションショー的なことをやったりして大盛り上がりを見せ、最後に一人、いかにも俺成功してますみたいな臭いをプンプンさせた、四十代ぐらいの男がマイクを持って現れた。

「誰あのオッサン?」

「知らんのかい!Z社の名物人事、滝川シンジやぞ。テレビとかネット番組とかも結構出てはるけど見たことない?」

 言われてみれば何かの番組で見たことがある気もするが、はっきりとは覚えていない。
男はニコニコしながら話し始める。

「本日はご来場いただきありがとうございます。Z社の人事部長、滝川と申します。ここにいるみなさんには、それぞれ第一志望の企業というものがあると思いますが、残念ながら、みながみな行きたい会社に行けるわけではありません。全然希望と違う会社に入ることになる人もいるかもしれない。しかしそんな時、絶対に忘れないでいてほしいのは、あなたはどこにいてもあなたなのだということです。どんな大学を出ていて、どんな会社に入って、年収がいくらで、というのはあくまでも付随的な、本質的でない情報にすぎません。あなたという存在は、そんなもので測れるようなものではありませんし、逆にそんなもので測れるようでは、その人の先は知れています。肩書や数字ではないところに、自分のコアを持ってください。そのためには、大きな大きな夢を持ってください。数はいくつでもいいです。今の自分の実力では到底届かないような夢を、そしてあなたがどれだけ悩み苦しむことになろうと本気で目指したいと思える夢を持ってください。それがない人間の目は、少し見ればわかります。大学をゴールに、就職をゴールにしているような人間と、私たちは一緒に働きたいとは思いません」

 太田はよくあるタイプの退屈な話だと思うが、隣の小寺を見ると真剣に頷きながら聞いている。会場の他の学生たちも、滝川の言葉に静かに耳を傾けている。一言一句漏らすまいとメモを取っている者もいるし、あからさまに録音している者もいる。太田はそんな周囲の様子を見てバカバカしく感じるが、その中にバニースーツを着た胸と尻丸出しの激エロラウンドガールの姿があることに気づく。ラウンドガールもまた、滝川に熱い視線を向けているのだ。その瞬間、冷めかけていた太田のZ社への情熱がよみがえる。「大きな大きな夢を持ってください」滝川の言葉が頭に響く。俺も、俺もあの激エロラウンドガールに熱視線を注がれるような存在になりたい。こんな大会場でなくても、Z社を目指す就活生から憧れの目で見られながら、OB訪問とかを受けまくりたい……太田の中に邪な気持ちが、しかしはっきりとコアをなすような気持ちが芽生える。太田は小寺と一緒に真面目に話を聞き始めた。

「いいでしょうか、今の世の中、ジョブ型採用が主流になってきていますね。しかし我が社は昔ながらの終身雇用を崩しておりません。なぜか?それは、人を見る目に絶対の自信があるからです。我が社の採用プロセスを経て内定にいたった人間で、使い物にならなかったような人は一人もいません。最初は多少苦戦したとしても、我が社のどこかのポジションで必ず活躍してくれています。そして、私たちもそうなるように全力でサポートします。我が社はすべての社員を家族と考え、家族にメンバーを加えるような気持ちで採用活動に当たっていますから、少し仕事をやらせてみてできないから見捨てる、というようなことは決していたしません。どこの誰が、自分の家族を簡単に見捨てるでしょうか? こんなことを言うと、時代錯誤だとかうっとうしいだとか言われるかもしれません、仕事は仕事と割り切ってやりたいと敬遠されるかもしれません。しかし、我が社では仕事はほとんどそのまま人生であり、はっきりと割り切れるようなものではないと考えています。一日最低八時間、週に五日も従事する仕事というものに情熱を感じることなく、ただ淡々とデスクに座って過ごしてしまえば、人生のかなりの部分を無駄にすることになります。仕事にもプライベートにも全力で、人生の全体に魂を燃やしてぶつかってもらいたい。私たちはそういう人材を発掘したいと思っています。では、またみなさんにお会いできる日を楽しみにしています!」

 滝川がそう言った瞬間、レディー・ビビのステージで火柱を上げていたロケット砲のようなマシンからまた爆発音が響き、無数の紙切れが発射された。会場のみんながその紙切れをアイドルグループのコンサートの銀テープのように激しく取り合う。

「なんやねんあれ?」

「あれは……出席カードや!」

「出席カード?」

「そうや!たぶんこの会場で滝川の話を聞いたって証拠になるんやろ!」

 小寺は慌ててジャンプしてカードを取ろうとするが、なかなか手におさまらない。太田が下に落ちているカードを見つけて拾おうとすると、その瞬間横から頭を蹴り飛ばされてカードを取られる。

「あっ、すみません!」

 すみませんじゃないやろお前!と思って頭を上げると、その男はさっき小寺をローブローで倒した法政大学の岩井だった。岩井は太田が文句をつける間もなく立ち去っていく。小寺もなかなかカードを取れずに苦戦している。

「クッソ、マジで取れん。お前、肩車したるから上乗れ!お前の方が軽いやろ!」

「肩車⁉ そんなんでいけるか?」

「やらんよりマシやろ!」

 そうして太田が小寺の肩に乗ってカードに手を伸ばすが、他の学生たちがガンガン当たってきて姿勢が安定せず取れない。しまいには相撲部みたいなデカい学生にぶつかられ、そのまま転倒してしまう。

「いってぇ!何すんねんお前コラァ!」

 太田が叫ぶが、相撲部みたいなやつは猛スピードの摺り足で遠ざかっていく。その時、相撲部の足に当たったカードが二枚跳ねるのが太田に見えた。

「あっ、あそこにカード落ちてるぞ!」

「何⁉よっしゃ、俺行くわ!」

 足に自信のある小寺がカードに向かって走り出す。するとさらに遠くから同じカードに向かって俊足を飛ばす男がいるのを太田が発見する。

「小寺! 急げ! 向こうから野球部みたいな奴が来とるぞ!」

「何ィ⁉ クソ、めっちゃ速いやんけ!」

 小寺が加速するが、野球部みたいな奴も負けてはいない。二人が一直線に、まるでかつての日本で放送されていたという番組『最強の男は誰だ!壮絶筋肉バトル‼スポーツマン№1決定戦』で行われた競技・ビーチフラッグスのように熱く、カードに向かって一心不乱に走り込む。

「うおおおおおっ!!!!」

「おらああああっ!!!!」

 二人が叫びながらカードに手を伸ばす。太田は祈るように手を組んでその瞬間を見つめている。二人は衝突しそうになりながら、ズザーッと腹ばいでドームの床を滑っていく。

「どっちや⁉」

 太田がまるで競馬場で人生を賭けた三連単を握りしめているオッサンのような大声を出す。すると、小寺が後ろを向いたまま右手を突き上げる。そこには二枚の出席カードが輝いていたのだった。

冒頭無料公開③(3/17公開)へつづく

* * *

銃撃をかわしながら出身大学OBを探す「OB訪問」やSNSでの10万人フォロワー獲得をめざす「インターンシップ」、歴戦の就活猛者たちと激論をかわす「グループディスカッション」、そして多くの就活生が命を落とす「面接試験」。生死を賭けた選考に挑む就活生たちの悲劇を克明に描き、現代の新卒一括採用システムに一石を投じる、“就活エンターテインメント”登場!

『就活闘争20XX』(著・佐川恭一)は3月26日(火)より現在全国の書店、書籍通販サイトで発売予定です。

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