2024年3月31日、惜しまれつつもサイトが閉鎖されることになったWebメディア「Wezzy」。そこで掲載されていた記事の中から、OHTABOOKSTANDで「やさしい生活革命――セルフケア・セルフラブの始め方」を好評連載中の竹田ダニエルさんのコラムを、竹田ダニエルさんと「Wezzy」編集部の許諾を得た上、OHTABOOKSTANDでアーカイブしていくことになりました! 今後は貴重な論考をOHTABOOKSTANDにてお楽しみください。
※本記事は2021年2月16日に「wezzy」に公開されたものを転載しています。
音声会話をベースとしたSNSアプリ「Clubhouse」が日本でも爆発的な人気を得ている。しかし、前編で紹介した通り、アプリが差別やヘイトスピーチを助長し、権威主義的なコミュニティになりがちだと問題視されている。その原因として、アプリの構造や、ユーザーによって形成されるカルチャーの影響が指摘されている。
1)アプリの構造から発生する権威主義
Clubhouseの決定的な特徴といえば、「招待制」であることだ。ユーザー1人に与えられる招待枠は限られており、その招待がもらえないとアプリを使うことさえできない。
このように人工的に作られた希少価値によって、「枠を持っている人」vs「枠が欲しい人」の不均衡な関係が成り立つ。さらに、Clubhouseは元々ベンチャーキャピタルやテック系の起業家、そしてハリウッドセレブなどを初期ユーザーに迎えており、それら「権力者」たちやその取り巻きとネットワーキングできることが一つの魅力とされている。
すでに日本でもオンラインサロンや女性蔑視的な起業家カルチャーが問題視されているが、そのような害悪なカルチャーを形成してる人々たちが話題の中心を握れるアプリでもあるのだ。そのことを認識せず、「乗り遅れるのが嫌」とばかりに、日本でClubhouseが手放しに称賛されていたことに違和感を抱いた人も多いのではないだろうか。
Clubhouseでは、モデレーターによって選ばれ発言権が与えられる「ステージ上の人」対「リスナー」という構造が可視化されている。日本のコミュニケーションでは上下関係を厳しく守る文化があるが、このしきたりがClubhouseの権威的なカルチャーを加速させる可能性もある。
発言している人たちが内輪ネタで盛り上がっていたり、質問を受け付けていない場合は、手を挙げてコメントすることは非常に躊躇われてしまう。「経験のある人」や「知名度のある人」が発言権を持ち、参加者がそれを聞くという形式が一般的であるが、その「成功者」のアドバイスが間違っていることも当然多い。しかしアプリの構造上、コメントやシェアができない。つまり、スピーカーの言葉に対して反論や訂正、軌道修正ができないのだ。
2)男性中心社会のシリコンバレーの闇
ガーディアン紙に「現実での男性中心的でエリート主義的なカルチャーがそのままバーチャルに」というタイトルの記事が掲載されている。
この記事は、アメリカで起きているテック企業ブームの裏側では、雇用機会の不均等やセクハラ、レイプなどの深刻な問題が長年問題視されていることを指摘するものだ。
シリコンバレーに憧れを抱く人は多いが、実際はその男性中心的なカルチャーや「権力者の有害な行動が野放しにされる」ような環境でもある。目立たない理系のナードがテック関連で大儲けし、突然権力者に成り上がり、その権力を濫用したり女性を搾取したり、ホモソーシャルな企業環境を作ることで女性を排除する文化には”bro culture”という悪名がついている。
Googleの元社員が告発したセクハラの数々が例としてよく挙げられるが、そのような害悪なカルチャーについて言及せず、イノベーションのメッカとしてのみ米国のテックカルチャーを神格化するのは極めて危険だということは、エミリー・チャン氏による『Brotopia』でも記述されている。Clubhouseは、その「男子校のような内輪ノリ」を行うための最適な場所でもあるのだ。
そもそも、テック業界には女性が極めて少ない。日本でも「リケジョ」の育成が度々話題になるが、アメリカでも理系に進学する女性や有色人種の少なさは常に議論の中心だ。多様性を謳うシリコンバレーでも雇用機会の不均衡や給料の格差、そして「女性は数学や科学が苦手」という社会的なバイアスが存在している。アファーマティブアクション等によって女性やマイノリティが活躍しやすいような環境が形成されつつあるが、それでもテックやVC業界は相変わらず男性中心のホモソーシャルな社会だ。
「若い独身男性が中心のシリコンバレーでは、子供のいる30代女性は仕事との両立に悩まされる。実際、女性は男性の2倍、テック業界の仕事を辞めている。が、理由はそれだけではない。セクハラや性差別が横行しているのだ。」
シリコンバレーの驚くべき「男性優位・超ブラック体質」の実態
女性経営者に対するネガティブな偏見、そして性差別的な体質により、男性起業家の方がベンチャーから資金を圧倒的に得やすいということも現実だ。こうして「マイノリティが排除された」環境から生まれるテクノロジーには、映画”Coded Bias”(2020)でも取り扱われているように、マイノリティに対して有害な偏見や配慮の不足が施されてしまう。Clubhouseでは、その結果として「成功者」の男性たちにとっては居心地がよく、その他マイノリティは排除されてしまうようなユーザー体験が生まれてしまったのだ。
3)遮られてしまう女性やマイノリティの声
東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗元会長の女性蔑視発言が強く批判された際に話題になったのが、実際は会議などで話が長いのは女性ではなく男性だという研究データだった。女性を遮ってまで男性が話を割り込んだり、女性の実力や知識を軽視して「マンスプレイニング」をしたり、日本社会でも女性の発言が聞かれないことが問題提起されている。
Clubhouseでも、例えば男性の発言に女性蔑視的な内容が含まれていなくとも、女性を聞き手に回し、男性ばかりが喋っているルームは非常に多い。現実で存在しているカジュアルなミソジニーが、アプリ上で明確に可視化されてしまうのだ。
米国内でClubhouseが最初に話題となった大きな理由は、「有名人とも一般人のようにフラットに喋れる」というメリットだった。シリコンバレーのテック業界では「ネットワーキング」を通して豊富な人脈を形成し、自身のステータスや企業の成長を向上させることが非常に大切だ。だからこそClubhouseで積極的に会話に参加し、議論をする中で強いインパクトを残すことが次世代の成長戦略だとさえされていた。
Quoraでモデレーションを主導していたEstevez氏は、以下のようにツイートしている。
In light of recent issues on Clubhouse & harassment targeted at
@taylorlorenz, I want to share some thoughts re how difficult it will be for CH to set up an effective moderation system — in particular, how difficult it will be to protect women & other marginalized groups. /1
Tatiana Estévez(@Tatiana_Estevez) July 4,2020 https://twitter.com/Tatiana_Estevez/status/1279116270881902592?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E1279116270881902592%7Ctwgr%5Ed05321899ddc80f17422adbefad1ad2cbfb06547%7Ctwcon%5Es1_&ref_url=https%3A%2F%2Fwezz-y.com%2Farchives%2F86714
「性差別や男性の割り込みの問題は、テキストよりも音声の方がはるかに酷い。基本的なチャットにおいても、テキストだと少なくとも多少の非同期性がある。それぞれの参加者は考えをまとめる時間を得て、エディタに入れ、完成形を投稿する。文字上では、男性が女性を遮ることができないのです。」
一方、日本での使用方法を見ると、「有名人同士が喋っている様子を一般人が鑑賞する」構造になりがちだ。さらに、その「内輪話」が合コンや飲み会のノリに発展し、下ネタやセクハラをネタにする傾向も既に見られている。最初に指摘したように、「ステージ上の人」対リスナーがより顕著な形で現れているのが日本のClubhouseだと言えるだろう。
4)Clubhouseの今後の成長の見込みについて
Clubhouseの今後の成長の見込みについて、シリコンバレーでプログラマーとして働いている友人にも話を聞いた。
「招待制の特性上、アプリの機能をオーガニックに発見できない環境を作ってしまっていた(主にテック系の人やメディア系の人しか最初は使わなかった)。利用者が増える前からアプリのカルチャーがすでに形成されてしまっていて、どんなコンテンツが実際に人気があるかを見るというよりも、すでにフォロワー数の多いものが作っているものを追いかけているだけになってしまう。
例えばTinder、Facebook、Instagram、Snapchat等はオーガニックな消費者の行動を把握するために、大学のキャンパスのように多様性のあるコミュニティに焦点を当てていた。正確なサンプルサイジングはアプリの基盤を作るし、行われない場合は基盤を壊してしまう。
このプラットフォームをマネタイズするための明確な道筋や、今後の活用事例がない。現在のアプリの主な魅力は、クールな人たちがいる”特別なクラブ”であることだけ。さらに、有名VCからの強固な支援を受けているという理由だけで、10億ドルの評価額を叩き出している。まだベータ版の製品にしてはスケールが速すぎて、過大評価されている。
最後に、このアプリは、人々がこの隔離された場所で出会い、たむろしたいパンデミックの世界に最適である。パンデミックの後、人々はただバーや他の社会的な機能に行くよりも、このアプリを使う明確な理由はない。フォーマットとアイデアは素晴らしいが、長期的なビジョンが欠けている。」
前後編で指摘した問題の他にも、サービスとしての魅力や持続するためのマネタイズなど、Clubhouseが抱えている問題は多岐にわたると言えそうだ。
最後に
Clubhouseを通して、良い変化も起こせる可能性は十分ある。文字ベースよりも直接的なコミュニケーションができる上に、正式なトークイベントよりも気軽に参加できる。若い人やマイノリティ間で連帯が生まれ、勇気やエンパワメントへと繋がることを私は期待している。
今マジョリティが「変わる」ために必要なのは、今すぐに起こせる行動、今すぐに改められる態度、今すぐに見直せる自分の組織の構造について学ぶことだ。そしてそのためには「当事者と議論する」ことではなく、「当事者の意見を聞く」ことこそが重要になってくる。気軽に誰とでも会話で交流できるアプリだからこそ、普段は意見が聞かれにくいような人たちの声が聞かれるチャンスがあるのではないだろうか。
筆者について
たけだ・だにえる 1997年生まれ、カリフォルニア州出身、在住。「カルチャー×アイデンティティ×社会」をテーマに執筆し、リアルな発言と視点が注目されるZ世代ライター・研究者。「音楽と社会」を結びつける活動を行い、日本と海外のアーティストを繋げるエージェントとしても活躍。著書に文芸誌「群像」での連載をまとめた『世界と私のA to Z』、『#Z世代的価値観』がある。現在も多くのメディアで執筆中。「Forbes」誌、「30 UNDER 30 JAPAN 2023」受賞。