あなたの感想って最高ですよね! 遊びながらやる映画批評

マイペースな婚約相手の弟に惚れられて…徹頭徹尾ロマンティックな映画『月の輝く夜に』を初めて見た

カルチャー
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フェミニスト批評家の北村紗衣さんが、初めて見た映画の感想を話しながら注目してほしいポイントを紹介する連載「あなたの感想って最高ですよね! 遊びながらやる映画批評」。聞き手を務めるのは、北村さんの元指導学生である飯島弘規さん(と担当編集)です。

連載の中で紹介されていくポイントを押さえていけば、いままでとは違った視点から映画を楽しんだり、面白い感想を話せたりするようになるかもしれません。なお、北村さんは「思ったことをわりとランダムに、まとまっていない形で発してもよいもの」が感想で、「ある程度まとまった形で作品を見て考えたことを発するもの」が批評だとお考えとのこと。本連載はそのうちの感想を述べていく、というものです。

第五回でご覧いただいたのは、ロマンティックコメディ映画『月の輝く夜に』(1987年)です。複数のアカデミー賞も受賞しているこの映画を初めて見た北村さんの感想は……?

※あらすじ紹介および聞き手は飯島さん(と担当編集)、その他は北村さんの発言になります。

あらすじ

7年前に夫を亡くしたロレッタ(シェール)は、ある日、自身と同じくイタリア系アメリカ人であるジョニー(ダニー・アイエロ)からプロポーズされる。病床に伏している母の最期を看取り、結婚の許しを得るため故郷のシチリアに帰るジョニーの頼みで、ロレッタは彼の疎遠となっている弟ロニー(ニコラス・ケイジ)のもとへ結婚式への出席を依頼しに行くも、ロニーは片腕が義手になった原因はジョニーにあると激高しだします。

そんなロニーに同情したロレッタが彼の家で食事をふるまったところロニーから突然キスをされ、ロレッタもそれに応じます。一夜明けて冷静になったロレッタに対して、最後に一緒にオペラを観てくれたらあきらめるとロニーが言い出して……。

イタリア系移民にとってのオペラ

――北村先生はロマンティックコメディ好きというイメージがあります。『月の輝く夜に』はどうでしたか?

北村 すごく面白かったです。アカデミー脚本賞、主演女優賞、助演女優賞を取るだけのことはありますよね。笑えるところも、心が温まるところもたくさんあるし、すごいロマンティックで、よくできていると思いました。

――今回は作品選びに難航したこともあり、北村先生にいくつか候補をご提案いただきました。なぜこの作品を候補に挙げられたんですか?

北村 映画における舞台芸術の引用について書かれた論文の中で『月の輝く夜に』が言及されていて、これは見ておかなくちゃいけないなと思ったんです。見た後に、もしかしたら日本ではロマコメというより、人情ものとして捉えられているかも、と思ったんですが。

――この映画はオペラが非常に重要なポイントになりそうです。まずはオペラについてお話いただけますか?

北村 いろいろあるんですけど、まずロニーとロレッタがメトロポリタン・オペラに一緒に行くところはこの映画の中でも非常に重要なシーンですよね。

ロニーは、日常的にオペラを聞いているんだろうなと思わせるシーンがありましたけど、ロレッタ一家も、ロニーの兄であるジョニーも、オペラをあんまり聞いてなさそうな気がしました。

特にロレッタは、ロニーとメトロポリタン・オペラに行く前に美容院で髪の毛をしっかりセットしてもらったり、かなりオシャレをしていたじゃないですか。普段から劇場でオペラを見る人って、ロレッタみたいなオシャレはしないんじゃないかなって思うんですよね。私は学生時代に、ロンドンでオペラをたびたび見に行っていたんですが、安い席には普段着の人がけっこういたんですよ。

とはいえ、私もキャンセルが出たか何かで前の方に座ることになったら、周囲の人たちがみんなしっかり正装していて困ったという経験をしているので、席にもよるのかもしれませんし、そもそもデートでメトロポリタン・オペラに行くとなったら、すごいオシャレをするのが当然で、私の感覚がズレている可能性もあるんですが……。

――当時の人たちにとってオペラがどのように受容されていたのかは見ていて気になりました。日本でいうと歌舞伎みたいな感じなんでしょうか? なんとなくは知っているけど、普段から見にいく人はめったにいないくらい?

北村 うーん、どうなんでしょうね。イタリア系コミュニティだと、もう少しふだんから話題にする人がいるくらいにはみんな知っているんじゃないですかね、ただの予想ですけど。このあたりは調べてみないとわからないですね。

オペラ『ラ・ボエーム』に注目

――ロニーは、オペラを一緒に見に行ってくれたらロレッタのことを諦める、と言ってデートに誘っていました。デートを誘う口実だったのか、本気だったのか、どっちだと思いましたか?

北村 口実なんじゃないですか?

ロニーはしばらくオペラを見に行ってなかったと言っていましたけど、最後にオペラを見に行ったのは、婚約を破棄されたガールフレンドと付き合っていたときなんですよ、たぶん。ロレッタをオペラに誘ったのは、前の女性のことを吹っ切って、新しい恋愛に踏み出す覚悟ができたことを示しているんだと思うんです。

それに、ふたりが見たオペラは『ラ・ボエーム』でした。内容をすごく簡単に説明をすると、ミミというおとなしい女の子と、ミミにぐいぐいアプローチする、ロマンティックな詩人・ロドルフォの物語です。

ロドルフォはあるとき、具合がどんどん悪くなるミミのことを思って、友人に「自分なんかより、お金持ちの男性と付き合った方がミミの健康にとっていいはずだ」みたいなことを打ち明けるのですが、それを聞いていたミミが、ロドルフォの優しさを思って別れを切り出します。その後、症状が悪化したミミがロドルフォのもとに戻り、息を引き取る……という話なんですね。いや、国民皆保険がない時代のひどい話なんですけどね。今のフランスなら、ミミは金持ちの愛人にならなくても保険で病院にかかれますから。

これって、ロニーを諦めてジョニーと結婚したら、ミミとロドルフォみたいになってしまう、愛し合っているのならどちらかが身を引くなんてことはしてはいけない、ということを示唆しているんだと思います。ロニーが出会ったばかりのロレッタをぐいぐい口説いていたのも、ロドルフォと重ねられているんじゃないですかね。愛の力がテーマのオペラを一緒に見に行こうと誘っている時点で、ロニーはロレッタを諦めるつもりなんてまったくなかったんじゃないかなと思います。

だからこの映画って、ふたりが見に行った『ラ・ボエーム』に重ね合わせられているし、それによって話が展開していくと思うんですよ。ロレッタは『ラ・ボエーム』を見て感動していますが、オペラのお話と、それに対するロレッタの感動が、ロニーとの恋を前に進めるきっかけとして機能しているんだと思います。

ニコラス・ケイジの大げさな演技に注目

――そのロニーは、出会ったばかりのロレッタに突然キスをするし、そのまま抱き抱えて寝室に連れて行ってしまう、だいぶ強引な男性じゃないですか。かなり問題のある行動だと思ったんですが……。

北村 性的同意の話ですよね。私もそこは今だとウケないんじゃないかなと思いました。昔のロマコメには、ああいう独りよがりで乱暴な男性って多いんですよね。最近だと、勝手にキスする描写自体が非常に少なくなってきているし不評なので、もうちょっと穏やかにするか、そこに至る描写をもっと増やすと思います。

この映画って、ロニーの行動にロレッタが巻き込まれていくことで展開が生まれていますよね。そのロニーを、「ここでこんなことやる!?」みたいな、予想できない演技をするニコラス・ケイジが演じているのは、すごく合っていると思いました。『ウィッカーマン』(2006年)の叫んでハチを怖がる悪名高い場面みたいに変な方に転がることもあると思うんですが。

――ニコラス・ケイジは大袈裟な演技をすることで知られている俳優だと思います。『マッシブ・タレント』(2022年)ではニコラス・ケイジ本人がニコラス・ケイジを演じたりもしていました。ああいう演技は『リービング・ラスベガス』(1995年。この映画でニコラス・ケイジはアカデミー、ゴールデングローブで主演男優賞を取っている)以降のものなのかと思っていたんですけど、『月の輝く夜に』の時点ですでにそうだったんだ、と驚きました。

北村 ロニーは登場シーンから妙に芝居がかっていましたよね。ロレッタにジョニーとの結婚式に参加してほしいと告げられた途端、「結婚式の日にナイフで喉を掻っ切ってやる」とか「兄のジョニーに自分の人生を奪われたんだ」とか言って激高し始めます。そして左手の義手を見せながら、「これはジョニーのパンの注文を聞いていたら、スライサーに挟まれてこうなったんだ。そのせいで恋人に婚約を破棄された」と捲し立てていました。

しかもロレッタに、それはジョニーのせいじゃないって指摘されたら、「知るか! 理屈じゃない!」ってさらに怒り出して……ジョニーからしたらとんだとばっちりですよね。初対面の人間にこんなふうに不幸話を言われたら普通は引きますし、ロレッタも困惑していました。

こうやってロレッタを巻き込む、ロニーのめちゃくちゃなペースがニコラス・ケイジの演技に合っているし、見ているこちら側も「こういう熱い男なら仕方ないか」と受け止めやすくなっている。ロニーがオペラ好きなのも、大袈裟な人間であることを納得するようにうまく機能していると思います。

一方、ニコラス・ケイジの演技が、イタリア系は大袈裟で情熱的みたいなステレオタイプになっているかも、とも思いました。

――この映画は、イタリア系移民のファミリー映画でもあると思うんですが、実は監督も脚本家もイタリア系じゃないんですよね。

北村 そうなんですよ。しかもロレッタを演じるシェールも、アルメニア系なんですよね。

もしいまイタリア系ファミリーの映画を作るとしたら、イタリア系というルーツを大切にする監督を雇うだろうし、イタリア系の女優さんを起用するだろうなと思います。

ロマコメはけっこう保守的

――『バタリアン』の回ではホラーの「お約束」が話題になりました。ロマコメというジャンルにおける定番・お約束ってどういうものがありますか?

北村 古典喜劇の時代から現代まで、ロマコメには恋愛に障害がないといけないんです。ギリシャ系アメリカ人の女性と、おそらくドイツ系アメリカ人の男性の恋愛を描いた『マイ・ビッグ・ファット・ウェディング』(2002年)は習慣や信仰が障壁でしたし、『月の輝く夜に』は、婚約者の弟と恋愛関係になってしまうという障壁でした。『恋するプリデンター』(2023年)みたいに、一回出会っていたがうまくいかなかったことが障壁になっているパターンもあります。年齢や階級など、障壁をどう設定するのかは時代によって若干違ったりするんですよね。

――最終的に、障壁となっている価値観や枠組みそのものを壊す話と、障壁を乗り越えてそうした価値観や枠組みの中に入っていく話があるのかなと思ったのですが、どちらが多いですか?

北村 後者が多いと思いますね。古典的なロマコメってだいたいが、障壁によって恋愛を阻害された若いカップルが、その障壁を打ち破って社会参加することで大団円になるんですよね。それこそシェイクスピアの時代なんかはこの障壁が親の反対みたいな家父長制的なものだったりするんですが、最近はいろんな種類の障壁が出てきますよね。

一方で異性愛中心主義とか恋愛中心主義みたいな社会の基本的な秩序じたいはあまり問い直されないんです。社会を健全な形に刷新することで維持して強化するという展開になることが多いので、けっこう保守的というか教訓的で、あんまり革新的にならないジャンルだと思います。

――でも北村先生って、アンチソーシャルを自認されていますよね? 『アナと雪の女王』(2013年)や『グリンチ』(2018年)で、社会参加こそが善みたいに描かれていることに対して反発されていました。だけど、ロマコメがお好きなんですか?

北村 そうなんですよ!とはいえアンチソーシャルといっても反社会的じゃなく反社交的のほうですけど。みんな仲良く社会に参加しなくちゃいけないみたいなのが苦手なんですが、ロマコメってまさに社会参加を促すジャンルなんですよね。ギルティプレジャーと言いますか、自身の立場との矛盾も覚えながら、でも映画としてよくできているものはやっぱり面白くて、そこの折り合いをつけるのは昔からすごく難しいです。

ただ、やっぱり結末自体は納得できないことが多いですね。あと、障壁がでかいやつが好きなんですよね。それこそ『ロミオとジュリエット』くらいの大きな障壁があるものとか。

――過剰な障壁が設定されているから、フィクションとして受け取りやすい、ということですか? 『バタリアン』(1985年)の回でもそういうお話をされていました。

北村 それもあるんですけど、さらに言うと、階級差別とか民族差別とか未成年者虐待のような大きな障壁があったら、社会秩序を厳しく問い直したり転覆したりする以前に、まずそういう大きな人権侵害と戦わないといけないと思うんですよ。だから見ていて、応援したい気持ちになります。

ハリウッド映画における年齢差問題

――そういう意味だと、『月の輝く夜に』はどうでしたか?

北村 ロレッタって、ロニーよりも年上ですよね? ロニーの役柄の年齢設定はわからないんですが、37歳というロレッタよりは明らかに若くて、実際の俳優の年齢差だとシェールはニコラス・ケイジよりも18歳も年上です。兄の婚約相手を好きになるという障壁だけでなくて、いわゆるエイジギャップロマンスという側面もあると思います。面白いところもであるし、引っかかったところでもありました。

ハリウッド映画って男性が付き合っている女性よりかなり年上の映画が圧倒的に多くて、それはすごい問題視されてきたんですね。映画に出てくる恋愛相手の年齢をチャートにしたものもあります。実際は日本でもアメリカでも、男性が10歳とか年上の異性愛者のカップルはかなり少ないのですが。

例えば、オードリー・ヘップバーンの相手役ってほぼ全員、年上なんですよ。そのせいでオードリーは、同じくらいの年齢の男性スターだったジェームス・ディーンとも、モンゴメリー・クリフトとも映画の中で恋愛していないんです。ふたりともあまり長生きしなかったというのもあるのかもしれないんですが。

もちろん、ダイアン・キートンをめぐってジャック・ニコルソンとキアヌ・リーヴスが恋のライバルになる『恋愛適齢期』(2003年)とか、アンジェラ・バセットが20歳も年下のテイ・ディグスと付き合ったらいろんな問題が起きる『ステラが恋に落ちて』(1998年)みたいに、女性が年上のロマコメはないわけではありませんが、男性が年上のカップルは当たり前のようにハリウッド映画に出てくるのに、女性が年上のほうが変なカップルだという扱いをされていたということはあると思います。そういう点で『月の輝く夜に』はちょっと年齢差の点では攻めた作品ですね一方で、これは特に2010、2020年代の傾向だと思うんですが、ジェンダーを問わず年齢差のあるカップルがくっつく話って好まれなくなってきている気がするんですよね。

最近は男性が年上のカップルが出てくる映画はけっこう嫌がられます。レズビアンのロマンスを描いた『キャロル』(2015年)も、私はいい話だと思いましたが、ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラーに年齢差があることを嫌がっていた人がいました。グルーミング(性的な行為を目的として、未成年に近付いて、信頼関係を築き、性的虐待をすること)への警戒心が高くなっているんでしょうね。

『月の輝く夜に』は、女性が年上だし、しかも年下のロニーが強引すぎないかって感じの話なので、グルーミングとはまた別の話だと思いますが。

あと、現実の個々の人間の人生と作品の話はまた違いますからね。フランスの大統領であるマクロン夫妻とか、ジョージとアマルのクルーニー夫妻とかはすごく年が離れていますけど、現実の人の人生の選択を他人がどういう言うべきではないと思います。問題は映画やテレビでパートナーの片方、とくに男性が非常に年上のカップルが平均を大きく越えた形でたくさん出てきて、しかも非現実的に理想化されがちだということだと思います。

映画業界で軽んじられがちなロマコメ

――最近だと、恋愛関係にならないことが評価されることもありますよね。ロマコメの中で、恋愛を描いていなかったり、成就しないものってあるんですか?

北村 成就しないロマコメはあんまりない気がしますね。原始的な分け方をすると、結婚で終わるのがコメディで、死で終わるのがトラジディですから、ロマンティック+コメディだって考えると、基本的に成就すると思います。もちろん例外はあるんですけど。

――今回、作品を選んでいるうちに、ロマコメっていったいなんだろう? と思ったんですね。恋愛を描いていてコミカルなものって、ロマコメに限らず幅広いジャンルにありますよね。例えば、『ローマの休日』(1953年)はロマコメだと思いますか?

北村 うーん、基本的には、性的指向が互いに向いているふたりが恋に落ち、なんらかの障害を乗り越えてくっつくお語を、ユーモアを交えて描いているものをロマコメと言うのだと思うのですが、『ローマの休日』の場合は途中まではロマコメだけど、最後は結ばれないし、かなりバッドエンドな映画ですから、ロマコメじゃないのかな、どうなんでしょう。いや、ロマコメかなぁ……。

――『(500)日のサマー』(2009年)も、最終的にふたりはくっつかないですが、ロマコメとされますよね。

北村 そうですね。うーん、『ローマの休日』も『(500)日のサマー』も、歴史的にたいへん評価の高い映画だと思うんですが、こうした作品って、なんらかのひねりがあるんだと思うんですよ。ホラーでも『シャイニング』(1980年)が、映画史的にすごく重要視されているのは、普通のホラーとは違う映画だと見なされているからですよね。

一方で、典型的なロマコメって、どっちかっていうとチック・フリック、「女性が好きな恋愛映画」みたいにちょっと軽んじられていると言うか、評価が低くなるジャンルなんだと思います。

――候補作品のひとつだった『ウェディング・プランナー』(2001年)も、興行的には成功しているけど、映画業界の中では評価が低い映画ですね。

北村 ロマコメってスラッシャーホラーと同じくらい、ジャンルマーケットとして囲い込まれているんだと思うんですよ。そしてスラッシャーホラーは、そのジャンルの中で評価する枠組みができているけど、ロマコメにはそういうものがないんじゃないですかね。ここには性差別的なものが関わっているように思います。

さらに言うと、『Romantic Comedy /ロマンティックコメディ』(2019年)というドキュメンタリー映画で、ロマコメが白人異性愛者中心的であり、最終的には結婚をするという、保守的な価値観を肯定していることが指摘されているんですが、ロマコメ好きもだんだんロマコメを評価できなくなってきているところがあると思うんですよね。

――まさに北村先生が、その矛盾を抱えながら見てきたわけですもんね。

北村 はい。ただ、あらゆるジャンルに、それぞれ特有の保守性があると思いますし、この連載の中でも他のところでもたびたび言及してきました。もし、ロマコメに限って、その人の政治的な立場との矛盾を覚えるのだとしたら、それこそなんらかのバイアスが働いているんじゃないかなあと思います。

「家族っていいよね」で大団円

――『月の輝く夜に』の話に戻すと、この映画ではロニーとロレッタの恋愛だけじゃなくて、ロレッタの両親も恋愛、というか不倫をしていましたよね。お父さんは若い女性とメトロポリタン・オペラに行っていたし、お母さんは、ひとりで食事をしていたところ、デートしていた学生が喧嘩してお店から出て行き、連れがいなくなった大学教授といい感じになっていました。若い学生に手を出す中高年の大学教授に惹かれるお母さんって、ちょっとどうなのと思ったんですが。

北村 お母さんと教授は、まさに女性が年上の恋愛でしたよね。あの教授が、お母さんと本気で不倫をしていたら、若い女性を追いかけるのをやめて、年相応に成長するって話になっていたんですかね。

――そういえば、最後にお父さんの不倫は家族みんなの前でバラされるけど、お母さんの方はバラされてなかったですね。

北村 そうですね。でもあれって、厳密には不倫と言えない程度ですよね。お店で食事をして、夜道を散歩した後、お別れのキスを頬にしたくらいでした。お母さんは最初から賢明な人として描かれていましたし、あんな大学教授となんか付き合う気もなかったのかもしれないですね。

――兄弟で同じ女性に恋をしたり、両親は両親でそれぞれ不倫をしたり、三者三様いろいろありながら、最終的には家族みんなで集まって大団円……みたいな映画ですよね。

北村 ああいうのは、ロマコメに限らず、コメディの定番の落とし方ですよね、たぶん。結婚が急に取りやめになって、他の人と結婚します……みたいなのって19世紀初めに活躍した作家のジェイン・オースティンの時代からある話なんです。『分別と多感』が、まさにそういうオチで。

そうそう、途中でロレッタが仕事先のお金を銀行に預けるのを忘れちゃうじゃないですか。あれ映画を見ている間、お金を盗まれる展開になったらどうしようって、ずっと不安だったんですよね。最後に回収されたからよかったですけど。

――あれって特に意味はなかったですよね?

北村 いや、あれはたぶん、最後に家族ぐるみで付き合いのある夫婦が家にくる理由が物語的に必要だったからなんじゃないですかね。

――なるほど。あとジョニーがかわいそうだったんですよね。シチリア島にいる母親にロレッタとの婚約を報告しに行って、帰ってきたらロニーとロレッタがくっついてるじゃないですか。いや、まあ、母親が難色を示したり、縁起が悪いと思ったりしただけで結婚を取りやめるような人なんですけど。

北村 ジョニーは、仕事はできるけど生活力はない人として描かれていましたよね。シチリア島に行く前に、ロレッタから切符は持ったかとか、ガムとのど飴は持ったかとか、妙に確認されていたじゃないですか。あれっておそらく、ふだんから身の回りのことが全然できない人だってことなんだと思いました。ロレッタの両親がジョニーのことをあんまり気に入っていないのも、そういうことなんじゃないかなって。

――そんなジョニーを、最後にロレッタのおじいちゃんが慰めるところはすごいよかったですね。

北村 しかも、あのおじいちゃんは、ロレッタのお母さんが大学教授と連れ添って歩いているところを目撃しているのに秘密にしてくれていましたよね。それも含めて、すごいよかったですね。

――なんだかんだあったけど、最終的には家族っていいよねって話で落ち着くのは、やっぱりイタリア系ファミリーものとしてしっかり収まっているってことなのかもしれないですね。

まとめ

――最後に、北村先生がこの映画の批評を書くとしたら、どのような視点で書かれるかを教えてください。

北村 とにかく徹頭徹尾ロマンティックなお話で、その中でオペラがどういうふうに話を盛り上げるのに貢献しているかみたいなことを中心に書きますかね。全体的にオペラとか迷信の要素とかが強調されていてちょっと芝居がかった雰囲気がある作品だと思うのですが、それなのに役者陣の演技や脚本のユーモアなどのおかげで妙に切なく、リアルに感じられるところがある……みたいな方向性で褒めると思います。

あと、今見ると古くなっているところやツッコめるところも含めて時代特有の味わいがある……みたいなことも書くかなと思います。ロニーが強引すぎるとか年齢差とかもそうですが、パッとしない設定のはずのロレッタが最初からけっこうゴージャスすぎませんか!?とか、いくつもツッコめるところはありますよね。あんまりイヤな感じはしないツッコミどころではあると思いますが。

***

この連載では私が初めて見た映画について、苦労しながら感想を話しつつ、取り上げる作品だけでなく他の作品でも使えるポイントを紹介していきたいと思います。なお、私が見ていなさそうな映画でこれを取り上げてほしいというものがありましたら、#感想最高 をつけてX(旧・Twitter)などでリクエストしてください。

※YouTube版は後日公開予定です。

筆者について

きたむら・さえ 武蔵大学人文学部英語英米文化学科教授。専門はシェイクスピア、フェミニスト批評。著書に『批評の教室――チョウのように読み、ハチのように書く』(筑摩書房、2021)など。2024年度はアイルランドのトリニティ・カレッジ・ダブリンにてサバティカル中。

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