酒場と生活
第10回

大阪・新大阪「松葉」の「串かつ」

暮らし
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今年8月数年ぶりに夢のように楽しかった関西へ行ったのに、2か月後の10月再び関西に向かった。今回は家族旅行だったので大好きな大衆酒場には行けなかったが、最終日、帰りの新大阪駅ではからずもボーナスひとり酒チャンスが訪れた。残された時間はたったの15分間……飲める!  いや、飲む!

今年の8月、久々に京都大阪に飲みにいき、夢のように楽しい日々を過ごした。なかでも特に印象的だった店については、前回と前々回、関西編としてこの連載に記録した。さて関西編も終了。と思いきや、もう一度だけ続いてしまう。

というのも、実はこの10月、僕はふたたび大阪を訪れたのだった。8月が数年ぶりだったというのにペースがおかしいが、今回は自由気ままな飲み歩き旅ではなく、家族旅行。以前から娘が「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」に行きたがっており、コツコツと旅行貯金をため、ついに実現したのがこのタイミングだったというわけだ。

小1の子どもを連れての家族旅行ゆえ、2泊3日の行程中、僕好みの渋い大衆酒場に行くことは、やはりできなかった。隙あらば夜にひとりで宿を抜けて……とも思っていたが、両日とも疲れ果てていて無理だった。歯がゆいけれど、目的が別なんだからしかたない。それに、大衆酒場めぐりが目的でない大阪旅行も本当に楽しく、むしろよけいに大阪のことを好きになってしまった。

そしていよいよ最終日。おみやげも買いたいしと、早めに新幹線の出る新大阪駅へ向かう。そこで少し遅めの昼食もとろうと思っていた。とはいえ、特に目当ての店があるわけではない。なんとなく駅構内の「エキマルシェ新大阪」というショッピングモールにたどり着き、そこで食事ができそうな店を探す。

娘は“粉もん”が大好きで、たこ焼きは特にだ。旅行中にさんざん食べたのに、「くくるハナタコ」という店を見つけると、そこがいいという。当然その希望は最優先となるから、カウンターでたこ焼きを買って席へと向かう。すると店内は大盛況で、席がふたりぶんしか空いていない。そこで僕は「いいよいいよ、ふたりで食べてて。おれはそのへんふらついてるから」と少し時間を潰していることにした。

歩きだすといきなり隣に、串カツ屋。さすが大阪。テイクアウト販売もあるが、その横にL字カウンターがあり、人が群がって立ち飲みしている。ピカピカのお店だから、いわゆる観光客向けなんだろうけど、それはそれとして魅力的だ。家族がたこ焼きを食べ終えるのに少なくとも15分はかかるだろう。飲める!  いや、飲む!

運良くひとりぶんの隙間に詰めてもらうことができて、まずは「生ビール(サン生)」(490円)を頼む。“サン生”は、サントリー生ビールか。

当然、旅行中にまったく酒を飲まなかったわけではない。要所要所でチャンスを見つけては飲んでいた。そして、家族旅行中にチャンスを見つけて飲む酒には、いつもとはまた違ったうまさがあるのだった。今唐突に、想像もしていなかった流れで立っている串かつ屋のカウンターで、ごくりと飲む生ビール。いつも飲んでいるはずなのに、心身に沁み渡るありがたみが何倍にも感じるような気がする。

カウンター内では店員さんが忙しそうに働いている。奥に揚げ場があって、調理人さんが鮮やかな手つきで次々と串かつを揚げている。おもしろいのはそのシステムで、注文が入ってからではなく、いろんなネタをまんべんなくどんどん揚げては、カウンター上にあるバットに並べてゆくのだ。なので目の前はお祭り騒ぎ。で、お客から注文が入ると、その串をもう一度さっと揚げなおして提供してくれる。また、店員さんが「〇〇揚げたてで〜す!」と言いながらバットに並べてくれたネタは、そのときに食べたければ直接とってもいいようだ。

メニューは「牛串」「ジャガ串」が120円、「海老」「ハムカツ」「うずら」が180円、「チーズ」「まぐろ」「アジ」が190円、「若鶏」「ささみチーズ」「黒豚」が210円、そして最高級品の「大海老」が300円と、全体的にリーズナブル。もちろんまだまだ串の種類はある。

そのなかからまずは、「牛串」「若鶏」「青唐」(180円)「紅しょうが」(180円)をいってみよう。

生キャベツとともにスピーディーにやってきた串かつたちは、二度揚げ直後で熱々だ。手はじめに青唐を二度づけ禁止のソースにくぐらせ、ざくりと噛むと、口の中にジューシーさと爽やかな香りが広がり、想像の何倍もうまい。辛さはまったくないから、青唐辛子ではなく、ししとうをそう呼んでいるのかな? さらに牛串。これまた風味と食べごたえ抜群で、とても120円とは信じられない。大阪ならではのネタ、紅しょうがの濃い味をビールで流すのも快感だ。

うまいな、この店。うん、ものすごくうまい……っていうか、なんだかうますぎないか?そもそもここ、なんて店なんだ!? 愚か者の僕は、ここにきてやっとそんなことを気にし、ここがかの名店「松葉」であることに気づくのだった。

松葉とは、創業70年以上にもなるという、大阪を代表する老舗の串かつ店。かつては大阪駅近くの地下街の通路にあり、まるで立ち食い蕎麦屋のような外観の店に、昼間でも常に人が群がって酒を飲んでいるという名物店だったのだそう。

その松葉が、地下道の拡張工事にともない閉店してしまったのが2015年6月のこと。僕が初めてじっくりと大阪で飲み歩き、その魅力にハマってしまったのが2014年末で、松葉という名店の存在を人づてに知ったのはもう少しあとのことだったので、入れ違いで訪れることのできなかった店ということになる。

現在は、梅田に「総本店」、大阪に「ルクア大阪店」、そして今僕のいる「エキマルシェ新大阪店」の3店舗が営業中だそうだが、なれそめがそんなだったので、今まで訪れたことがなかった。そんな松葉に、まるで導かれるようにやってきて、しかも家族旅行の最後の最後の自由時間に酒が飲めている。まるで、お酒の神様からちょっとしたごほうびをもらったような気分だ。

今さら姿勢を正し、骨つきの、いわゆる“チューリップ”タイプの若鶏をかじってみる。ざくりと衣が厚く香ばしいのは、二度揚げゆえか。クセになる食感だ。そしてその下のふわりぷりぷりの鶏肉には、カレー粉がまぶされている。はは、これはもう、最強だ。一気に残りのビールを飲み干した。

ここまででわずか10分。まだ飲める! というか、飲む! と、たっぷりの唐辛子と「ひやしあめ」を合わせたという「松葉ハイボール(オリジナル)」(470円)を注文。ちょうど「揚げたてで〜す!」とやってきた、大好物のれんこんも1本もらう。

甘くて辛いハイボール、好き嫌いは分かれるだろうが、僕は家でもウイスキーに唐辛子を漬け込んだりするくらいの男なので、大好きだった。れんこんは二度揚げではなく一度揚げゆえか、さっきの串たちより衣が軽い気がして、これもこれでうまい。通のなかにはきっと、一度派と二度派がいたりもするんだろう(勝手な想像)。

最後に、せっかくの大阪旅行のシメ。ここは思いきって、最高級品の大海老を頼んでしまおう。といっても、1本300円。

すぐに届いた大海老をソースにどぷんとくぐらせ、がぶり。やっぱり二度揚げのこのザクザク衣、好きだ。そしてうわ、すごい! 大海老。かなりの太さで、食感がぶりんぶりんで、なんなら嚙もうとした歯を跳ね返してくる勢いだ。がんばってかじりとってもぐもぐやると、衣と海老の、それぞれの食感、香ばしさと力強い風味があいまって、くらくらするほどにうまい。あぁ、奮発して良かった……。

それにしても、まさか新大阪駅の改札内に松葉があるとは知らなかったな。今後は確実に、大阪旅行帰りのお楽しみになるだろう。いやなんなら、大阪に着いたらまずはここで一杯。が、お決まりコースになってしまいそうだ。

*       *       *

『酒場と生活』次回第11回は2024年11月7日(木)公開予定です。

筆者について

パリッコ

1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。

  1. 第1回 : 秋津「もつ家」の「モツ煮込み」
  2. 第2回 : 大泉学園「あっけし」の「火の鳥」
  3. 第3回 : 西荻窪「をかしや」の「練り切り」
  4. 第4回 : 赤坂「赤ちょうちん ぶらり」の「角こんにゃく」
  5. 第5回 : 新宿「モモタイ」の「ミニカオマンガイ」
  6. 第6回 : 池袋「梟小路」の「天ぷらそば」
  7. 第7回  : 上井草「やしん坊」の「馬さし」
  8. 第8回 : 大阪・鶴橋「よあけ食堂」の「エビエッグ」
  9. 第9回 : 京都・西大路御池「髙木与三右衛門商店」の「国産牛モモビフカツ」
  10. 第10回 : 大阪・新大阪「松葉」の「串かつ」
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連載「酒場と生活」
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